2-6.フルーツ大収穫
果実園に到着した。ジェイクは今日のこの風の強さからすると、明日には台風や竜巻が発生する可能性があるとマックスとマリーネに説明する。
ひとたび台風や竜巻が起きると、フルーツが風に煽られて地面に落ちてしまい廃棄処分になってしまうのだ。そんな勿体無い事は出来ない。
「フルーツを片っ端からどんどん収穫して行ってほしい。同じ種類のフルーツは同じ箱へ。箱には保存のスキルと軽量化のスキルが付与されているから、ルークでも引きずれるはずだ。では、よろしく!」
ジェイクはそう言うと、たたっと走って消えて行った。その後ろを牡鹿の精霊も続いて消えた。
はやー。めっちゃ足はやー。
マックスはジェイクじいちゃんと収穫するのを楽しみにしてたんじゃないの!?
竜巻が来るかもしれないからって放っておいて良いの!?
あわわ。と少し焦りながら、マックスとマリーナの二人を見る。
なんだか二人とも、キースとデイジーに懐いているように見えた。キース達に任せても大丈夫そうだとホッと息をついていると、
「ねぇルーク、私たちも手伝っても良い?」
と、ルークのそばにいる雪豹と白馬の精霊が尋ねてきた。
二人がこんな尋ね方をするのは珍しい。
「食べたいフルーツがあるの?」
「桃!」「柿!」
ユキちゃんはいつも通り。
ハクは柿が好きなのか。渋いところをつくなぁ。
固めが好きなのかな?
馬が好きなのは人参というイメージがあるが、ハクが人参を食べているのを想像できない。
普段あまり主張しない二人の希望。叶えてやりたいが、ここはジェイクたち祖父母の果実園だ。好き勝手に食べさせて良いものなのか?
前に雪豹と二人で食べにきたことをすっかり忘れているルークは、しばし悩む。
ルークは近くにいるキースとデイジーに尋ねようとそちらを向くと、二人は笑いながらルークを見ていた。
二人とも精霊と契約したので、今の話をバッチリ聞いていたらしく、なんの説明もなく良いよと言う。
「ルーク、好きなだけ食べさせておやり。」
「それが良いわ。あんなに必死に食べたいフルーツを言うなんて、可愛いわねぇ!」
キースとデイジーにそう言ってもらえたので、マックスとマリーネにも、果実園の奥へ行くことを告げた。
元の大きさに戻った白馬の精霊の背中に乗ると、小さいままの雪豹の精霊はルークの前にしゃがんだ。そうして三人で目的地へ急ぐ。
収穫用の箱が、白馬の精霊のスキルによって後ろからふわふわと追いかけてくる。
「便利すぎー。ありがたーい。」
急いだのはユキちゃんとハクの意向だ。
とにかく早く食べたいらしい。
ハクの乗り心地は物凄く良い。振動ゼロ。風圧ゼロ。なのにスピードはかなり速いのだ。控えめに言って最高だよ!
あっという間に果実園の奥へ到着した。
歩くより数十倍早い。
手前に柿、奥に桃のゾーンがある。
ルークはこの桃のある一帯よりも西に行ったことはない。
森が続いているので、果実園はここで終わりなんだと思う。
白馬の精霊はルークをスキルを使ってふわりと地面に下ろした。箱は既に地面に置かれていた。
その横に立った二人は
「「ねぇ?本当に好きに食べて良いの?」」
と、嬉しそうに尋ねてくる。目がキラキラと輝いている。楽しみで仕方がないと言った感じだ。
小さくなると、感情豊かになるのか、めっちゃ可愛い。元々可愛いのに、さらに可愛いくなるなんて、罪作りだよねぇ!
「ちょっ!ルーク!ダダ漏れ、サトラレよ!?」
恥ずかしそうにその場から離れていく二人に、収穫もよろしくねー!と声をかけたが、聞こえただろうか。
雪豹の精霊は桃の木が生えている一帯へ、白馬の精霊は柿の木が生えている一帯へ。
置かれた箱を見る。
「本当に便利だな。ハクと契約できて良かった!」
さて、俺は近くの梅ゾーンで梅を収穫しよう。
下ろされた場所から小道の西南側に梅の木が沢山生えているのだ。
「梅さん、梅さん、美味しい梅をくださいな!」
梅の木に向かって大きめの声で言えば、いつものように美味しい梅がぴかりと光る。
一番近くの梅の木に近づいて気がつく。
「うん。全然届く気がしない…。」
一人では無理だったか。
梅の木は高さがあって、大人でも届かない場所に実がなっているのだ。
梅の甘露煮にしようと思っていたのだが。
ステップ種は持って来ていないし、こりゃ無理だな。と諦めようとしたら、モモンガ精霊がふわりと現れた。
「こんにちは?ルークさん?お手伝いさせてくださいな?」
ドジっ子のモモンガ精霊とはなんとなく色合いが違う気がするその精霊は、語尾が疑問系の口調なのが気になるが、ふわふわとした毛並みに頬を寄せたくなる可愛らしさだ。
「ポッとしちゃう?ダダ漏れです?」
モモンガ精霊はルークの心の声に赤くなったほっぺを両手で隠しているようだ。手が小さくて隠しきれてないのも可愛い。
「あ、そうだったね。口で言わなくても通じるのは恥ずかしい時も多いよね。」
「はい?お恥ずかしいです?」
モモンガ精霊はふわふわとルークの頭の周りを飛んで、お手伝いしても良いのかの答えを促す。
「じゃあ、よろしくお願いします!光っている梅の実を収穫してください!」
ルークが願うと、モモンガ精霊は仲間を呼ぶ。
梅の木のあちこちから動物のモモンガたちが一斉に顔を出したのだ。
「うわぁ!可愛いーー!!よろしくねー!」
どの梅の木にもモモンガがいるようだ。
モモンガたちは次々と梅の実を収穫しては滑空で箱に降り立つ。梅の実を箱に入れると、四足歩行で素早く木に戻って登っていく。細い枝もなんのその。
箱が足りなくなりそうだな。
と思っていたら、モモンガの精霊が箱を追加で持ってきてくれていた。
「有り難いけど、便利すぎて人間がダメになるやつ?」
モモンガたちの働きで、あっという間に二箱梅の実でいっぱいになった。ルークは何もしていない。
「この先のブルーベリーも取っていこうかなぁ。」
ルークは呟きながらブルーベリーゾーンのある南側へ歩く。
とりあえずブルーベリーがどれくらい生っているのかを確認するためだ。
「ブルーベリーは沢山収穫できます?」
モモンガ精霊がふわふわと付いてきて、教えてくれるのだが、末尾が疑問系なので、少し混乱してしまう。
「んー?それって沢山生ってるってこと?」
「生ってる?」
にっこり笑って頷くモモンガ精霊を見て、沢山生ってることを理解できた。
なら収穫していきたい。ブルーベリーはドライフルーツにしておけば、そのままでも焼き菓子に混ぜても美味しいのだ。
「じゃあ、箱持ってくる?」
可愛く首を傾げると、モモンガ精霊は消えた。
瞬間移動で持ってきてくれるのかもしれない。
有り難いけど、なんでここまでしてくれるんだろう?
ブルーベリーの一帯に来ると、ルークはここでも魔法の言葉を使う。
「ブルーベリーさん、ブルーベリーさん、美味しいブルーベリーをくださいな。」
ブルーベリーの木はその言葉に反応して、実を光らせて教えてくれる。
ブルーベリーは木が低いので、ルークでも楽々収穫ができる。
ルークはどの木から収穫しようかと眺めていると、いつのまにか沢山のモモンガたちに囲まれていた。
さっきのモモンガたちだ。
大きな瞳を潤ませて、ルークの顔を覗き込むモモンガたち。後ろ足で立ち、握った手を胸の前に置いてじっと見つめられる。
これは誰でも断れないやつ!
「こっちの収穫もお願いしちゃおっかなぁー。」
ルークが言うと、モモンガたちは目をキラキラと輝かせてから、一気に散らばって行った。
「お待たせです?」
モモンガ精霊も戻ってきて、近くに箱を置いてくれた。今度は薄い箱を何箱か持ってきてくれた。
ブルーベリーは完熟すると柔らかく、積み重ねすぎると潰れてしまうからだろう。
どこまでも気が利くモモンガ精霊に、感謝の気持ちを心で伝え、ルークも収穫をして行った。
沢山のモモンガたちが収穫を手伝ってくれたおかげで、こちらもあっという間に終えた。
ブルーベリーの木を見ると、光っている実は見当たらなかった。
ブルーベリーゾーンの東側はグレープフルーツの木があるが、こちらはルークにもモモンガたちにも収穫は難しそうだ。
木は高いし、実がでかいのだ。
こちらは大人たちに任せよう。
ルークはグレープフルーツゾーンを突っ切るように東へ向かう。
ここを南に下るとサトウキビが生えていた場所だが、今回サトウキビの収穫はしないので、そのまま真っ直ぐ進む。
ルークの後ろをモモンガたちが歩いてついてくる。まだお手伝いをしてくれるつもりのようだ。
「この先は葡萄棚があったはず…。お。見えてきた。」
ジェイクが前に、まだ葡萄棚は完成していないと言っていたが、それでも充分に色々な種類があるように見える。
しかし、どの葡萄棚にも実が一つも生っていない。
すごいな。じいちゃんかレイギッシュが調整しているのかもしれないな。
そのまま進んで行くと、他種類のブドウを植える場所なのか、少し広い何も植えられていないところに出た。
そこを無視してさらに東へ進むとさくらんぼゾーンが見えてきた。
「うわ!赤!黄色!黒!びっくりするくらい生ってるじゃん!」
どの木もたわわに実っていて、枝が下を向いている。放っておいたら折れそうなほど実をつけて。
「こりゃ、大変だ!木や枝にに負担が掛かっちゃう!」
ルークは慌てて走ってさくらんぼの木に近寄った。
「さくらんぼの木の皆さん!美味しいさくらんぼいただきますね!」
声を張ってさくらんぼの木に伝えると、さくらんぼの木はゆっくりと左右に揺れたように見えた。
「う。生りすぎて苦しそうに見えてしまった。こりゃ急いで収穫しなきゃ!」
ルークの後ろを歩いていたモモンガたちは、全速力でさくらんぼの木に登って行った。
モモンガの精霊がまた箱を持ってきてくれたので、有り難く使わせてもらう。
「さくらんぼも大好きー!でも、さくらんぼは生で食べたい派なんだよねぇ。」
こんなに収穫しちゃったら加工しなきゃだよねぇ。
ドライチェリー?
さくらんぼジャム?
んー。俺は飲めないけどさくらんぼ酒とか?
熟しすぎたさくらんぼをミキサーかけて濃いめのさくらんぼリキュールとか?
それでブラウニーとか作ってもらったら、大人たちにはウケるだろうなぁ。
かなりの量がありそうだから、全種類作ってもらっても良いかもしれない。
上手くできたら、お土産コーナーに置いてもらえれば良いんだし。
ルークは楽しく考えながら、サクサクと収穫していく。
モモンガたちも頑張ってくれているのだが、さくらんぼの木は他のフルーツの木よりも本数が多いのか、それとも豊作だからか、全然減らない。
「こりゃ、お手伝いを増やす必要があるかもしれないなぁ。」
収穫の手を止め周囲を見渡しながら言うと、目の前にパッと満面の笑みのアライグマの精霊が現れた。
「ん?賄賂アライグマじゃん。」
「のおぉぉぉ…。そのあだ名、いつになったらやめてもらえるのでしょうか…。もう五年になります…。う、うう…。」
嬉しそうに現れたのに、ルークの一言で涙目になるアライグマの精霊。
「だって衝撃的だったんだよ。あんな賄賂送るみたいなことする精霊も人も動物も、君にしか会ったことないもんで。」
「のおぉぉぉ…。ワイロだったわけじゃなかったのです。でもそう受け取られても仕方がなかったのも事実…。」
目の前で苦悩されてもね。
作業の邪魔なんだけどなぁ。
ルークは賄賂アライグマに対して若干の冷たさを滲ませた思考を巡らせる。
ダダ漏れ、サトラレなのに。
しょんぼりとわかりやすく首を垂れた。その頭をゆっくり地面に落としていくアライグマの精霊。
頭を支える元気すら失ったようだ。
「えぇー。」
演技かと思って視線を向けると、脱力してちょっと泣いていた。
うむ。演技ではなかったようだ。
そのアライグマの精霊の周囲に、動物のアライグマたちもわらわらと寄ってきて、頭を撫でたり、肩を叩いたりして慰めているようだ。
こういうのを見ると可愛いなとは思うけどねぇ。
まぁ、引っ越し先で仲良くやろうとして地が出て、習性やら勘違いやらもあっての今なんだろうし、もう少し優しくしてやるかなぁ。
あれ以来おかしな行動取ってないしね。
「わかった、わかったよ。賄賂精霊と呼ばないように気をつける。で?何しにきたの?見ての通り、忙しいんだけど。」
ルークはさくらんぼの収穫を再開した。
アライグマの精霊はアライグマたちに涙を拭いてもらって顔をあげて話し出す。
「フルーツの大収穫祭が行われていると耳にしまして、くすん。及ばずながらお手伝いに参ったのです。くすんくすん。」
話しながら泣き出すアライグマの精霊。
そんな、泣かなくても…。
ちょっと厳しくし過ぎたかなぁ?
ルークは少し申し訳ない気持ちになった。
アライグマの精霊は良かれと思ったことが、裏目に出ただけなのだ。
なかなかいないキャラだったからと、ちょっと面白がってやり過ぎたのかもしれない。ごめん。
「わかったよ。ありがとう。それならさくらんぼの収穫を手伝ってほしいな。沢山実ったから、俺たちだけでは収穫しきれないなって思ってたとこなんだ。」
そう言うと、アライグマの精霊とアライグマたちから花が飛び散るかのように、ぱぁっと頬を染めて喜んだ。
なにそれ、めっちゃ可愛いじゃん。
「ありがとうございます!では、お手伝いしますぅー!」
アライグマの精霊がアライグマ達に声をかけると、ババっと散っていった。
散り散りになったアライグマ達だが、モモンガたちがいない木に登ってゆく。
まだ収穫していない木を選んだのだろう。
前回の失敗からしっかり学んだようだ。
えらいよ?
でも、収穫に関しては気にしないんじゃなかろうか。
自分達が担当した木を終えて、モモンガ達が終えてなくても手伝わないって事になるんでしょ?
それはちょっとなぁ…。
いや、でもモモンガ達に聞いたことはないし、これが正解かも分からない。
ルークは動物達の習性を知らないので、口には出さないでおいた。アライグマとモモンガで相談して上手くやってもらうしかない。
ルークは胡乱げな目でアライグマを見てしまう。
やはりあのアライグマの失敗の内容を引きずっているのだ。
流石にちょっと根に持ちすぎか。
俺サイテー。ごめんアライグマたち。
そんなアライグマたちは、めちゃくちゃ素早く、だが傷が付かないように優しくさくらんぼを収穫し、次々と箱に入れていく。
これが驚くほど丁寧な仕事な上、ルークやモモンガたちの数倍の速さでの収穫。
箱に入れる際も、果実が傷まぬように細心の注意を払っているように見えた。
ルークは自分の収穫したさくらんぼを箱に入れに行って、驚いた。
箱の中のさくらんぼたちが、綺麗に整列していて輝いて見えたのだ。
それを見て、ルークは自分の収穫したさくらんぼを、もう一つの方の箱に入れた。
せっかく綺麗に並んでいるのだ、崩したくはない。
ルークは改めてアライグマたちの収穫物を確認する。
高級品のソレ!!
前世でお中元のカタログでしか見たことのない高級仕様のさくらんぼの並びと同じ!
アライグマって手先が器用だと聞いたことがあるけど、すごいんだな。
こんなに丁寧な仕事が出来るなら、専用の小箱に保存と衝撃吸収のスキルをかけて、並べ入れてもらったら、高級品としてお土産コーナーに置けるじゃん?
いや、待てよ待てよー?
その二つのスキルを使うなら、商人さんに入ってもらって、王都で売ってもらった方が利益が出るかもしれないぞ?
ちゃんと利益を出したら、アライグマたちに何か還元しても良いかもしれない。
何が好きか知らないので、ゆっくりリサーチしないとならなそうだ。
ルークはそう考えながらながら、楽しくなってむふふと笑ってしまった。




