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124. 感謝と謝罪は、挨拶と同じくらい必要

「あら、ルークちゃん、難しい顔をしてどうしたの?」


レイギッシュと一緒にベンチに座ってジェイクを待っていると、デイジーが収穫した野菜をいっぱいに乗せたカゴを持って現れた。

ずっと伏せていた花豹の精霊が喜んで立ち上がり、デイジーの脚と腰にまとわりつく。

ゴロゴロと喉まで鳴らしている。


「あ、あぁ、ばあちゃん。お疲れ様。」


「ありがとう。で、何かあったの?」


片手で花豹の精霊を撫でてやりながら、ルークに尋ねる。


「うん。なんか色々あるっぽくて。お昼ご飯食べながらでも話すよ。」


「あらそう?じゃぁ、作り始めましょうか。ルークちゃん、手伝ってくれる?」


「もちろん、喜んで!」


デイジーと花豹君と一緒に玄関に回らず、お風呂のある廊下に通じる裏戸から家に入る。

この扉を使ったのは初めてかもしれない。


「ここっていつも鍵が開いてるの?」


「今まではそうね。でもこれからは閉めないといけないわね。誰のことも疑いたくないから。」


そう言ってキッチンへの扉を開けるデイジー。

ルークはレイギッシュと一緒にキッチンに入って扉を閉めた。

レイギッシュはそのままリビングの端まで歩くと、香箱座りをして目を瞑った。


「そうだね。ごめんなさい。俺のせいで不自由な生活をさせていくのかもしれない。」


「あら、そうなの?そうは思わないけど。」


デイジーは野菜を流しに置いて軽く水で洗う。


「俺が来なければ、スーパー温泉も出来上がらなかったし、従業員が増えることも、こんなにお客さんが来ることもなかったでしょ?」


「そうね。つまらない毎日だったでしょうね。」


水を止めて手をタオルで拭うと、目線をルークに合わせるために膝をついてルークの両肩に軽く両手をつくデイジー。とても真面目な顔をしている。


「ここに住むことを決めた私たちはね?良い場所を見つけられたと喜んだの。ある時自分たちが帰還者でとてつもないほど長生きをしてしまうと分かって、それぞれ思うところがあったと思うのよ。でも、私は失望したの。」


デイジーは思い出すように目を瞑った。


「長生きするにしたって、普通の人の五倍から十倍生きた記録があると言うだけで、最大が八百歳ってわけじゃないのよ。五倍って言っても四百歳で老衰で儚くなったってわけでもないの。事故で亡くなったって記録はあるわね。でもそれだけなの。どう言うことか分かる?」


「えっと、死んだ記録が見つかってないってこと?」


「そう言うことなのよ。いつまで生きるかわからない。いつ死ぬのかも判らない。帰還者じゃなくても、そこは同じよね。でも長さは比べるまでもなく、途方もなく長いのよね。」


「うん。」


「なのに、見た目年齢で誤魔化せるのはせいぜい三十代まで。頑張って四十代。それ以降は見知らぬ誰かの“刺激“にならないように、誰よりも早く引退して隠居を選ばなくちゃいけない。帰還者でなければ、死ぬまで現役で働けるし、人と関わりながら生きられるのに。」


「うん…。」


そうだった。デイジーばあちゃんは仕事好きだった。いや、好きか嫌いかじゃないか、生きがいっていう部分か。


「残りの人生の方がとてつもなく、途方もなく長いのよ。そんなつまらない時間をね、んー。十年くらいかしら?ルークが生まれるまで続けていたのよ?」


デイジーは真剣な顔から笑顔を見せる。


「ルークが生まれて、顔を見た時「これは楽しい毎日が始まるぞ」ってなんとなく感じたのよ。」


うふふ。と笑いが漏れてしまったようだ。

デイジーは立ち上がり、食事の準備を再開しながら話を続ける。


「それは他の三人もそうだったみたいね。ジェイクもキースも喜んで泣いてたし、ハンナもアーサーが生まれた時より喜んで。孫だから余計かもだけど。」


水を張ったボウルをルークの斜め前に置き、レタスを渡してから、ルーク専用の踏み台を持ってきてくれた。


「これ、ちぎってボウルに入れてくれる?」


「うん。任せて!全部ちぎっちゃって良いの?」


ルークは準備してもらった踏み台に登って確認する。


「ええ、お願い。」


デイジーは冷蔵庫からキースが作り置きしてくれていた冷製スープを取り出して横に置き、他の野菜を丁寧に切り始める。


「で、一緒に暮らせたらなってみんなで相談してたら、前回の公共事業が始まったわけ。可愛いさかりのルークとアーサーとアイリス二人が一緒に居られないのは可哀想とは思ったけど、私たちからしたら、ラッキーだったわけね。」


パタン。


「随分と楽しそうな話をしてるじゃない?」


「あら、外まで聞こえた?」


「珍しく、楽しそうに笑いが漏れたあたりから丸聞こえよ。ダイニングの扉が開いてたからね。」


風通しのために、扉をあちこち開けているが、ダイニングの扉が開いているのは見たことがなかった。


「いつも開けてる?」


「大体開けてるわね。ジェイクが『カビたら俺もカビる。』って怖がるから。」


ハンナが楽しそうにジェイクのモノマネをして教えてくれる。


「あはは!似てる!言いそう!」


「でしょう?」


ハンナはデイジーとルークの作業を目で確認すると、ダイニングテーブルを整えることにしたようだ。


「で?ルークがここに来てくれて、私たちが猛烈に楽しく生活してるって話を、本人にバラしてたわけ?」


「そうなの。だってルークちゃんったら、迷惑かけてるって思ってるみたいなのよ?」


「はぁ??なんでそう思ったの?もう毎日が楽しくて、いつ死んでも良いわってくらい充実してるのに!」


「え?死んだらだめだよ!?」


「あはは!死なないわよ!こんなに楽しいのに、勿体無い!」


「ね?言った通りでしょ?」


デイジーはハンナの楽しそうな様子を見て、ルークに告げる。


「うん…。」


ルークはなんとなく少し恥ずかしくなって、レタスをちぎるペースを上げた。


楽しんでくれているなら良い。

でも、申し訳ない気持ちは湧いてきてしまう。

変化のある生活は楽しく充実もするだろう。

でも、穏やかな生活だって必要だと思うのだ。

今はバタバタしているが、ある程度したら落ち着くかな?と思う気持ちもあるけれど。


「ばあちゃん、ありがとう。」


「うふふ。どういたしまして。」


ハンナは二人の様子を耳に捉えながらテーブルを拭き上げ、ランチマットを並べる。


「あ、そう言えば、精霊さんたちの分は?今日は誰か来てるの?」


ハンナが何枚ランチマット出したら良いか迷っているようだ。


「えっとー。花豹君は食べる?」


デイジーの傍らで寝そべっている花豹の精霊に声を掛けると、ゆっくり首を横に振る。


「レイギッシュは?」


リビングにいる牡鹿の精霊にも声をかけるが、反応がないので、必要無さそうだ。


「今日は人間の分だけで良いみたい。」


「わかったわ。ユキちゃんは居ないのね?」


ハンナは雪豹の精霊の名前が出なかったので、一応確認してくれたようだ。


「うん。出かけてるから要らないよ。」


「あら、ルークのそばを離れられるのね。契約してても、結構自由なの?」


「うん。好きにやってもらえる。束縛はしたくないから、その方が良いよ。」


確かにねー。とハンナが呟きながら、サラダの取り皿を選び始めた。


ルークはちぎり終えたので、レタスの入ったボウルをデイジー側に寄せた。


「ちぎったよ。他にできることはある?」


「ありがとう。なら、フォークとスプーンを並べてくれる?」


「わかった!」


「ハンナちゃんはサラダの仕上げをお願いしても良い?私はドレッシングを混ぜちゃうから。」


「ええ、良いわよ。ドレッシングは何を入れるの?」


「うーん。味が決まらないのよね。何か良いハーブはない?」


「どれどれ?あーこれならそうねぇ。にんにく入れちゃう?バジルと一緒に。」


「それ美味しそう!!にんにく!!」


「あら、ルークちゃん、にんにく大丈夫だったの?」


「うん!結構好き!」


「なら沢山入れちゃいましょうか!午後誰かと会う事もないし!」


「じゃあ、さっき摘んできたバジルを持ってくるわ!」


ハンナは倉庫へハーブを取りに出て行った。


「ルークちゃん。あなたが気にしちゃう気持ちも分かるわ。でも、あまり萎縮されてしまうと、こっちにきて欲しい、遊びに来てって声をかけた私たちまで悲しい気持ちになってしまうことがあるって覚えておいて?私たちが私たちのために、ルークちゃんと一緒にいたくて呼んだのだから。」


「うん。ありがとう。ばあちゃん。」


こうやって、みんなから大丈夫なのだと言われなくちゃ、俺は進めないのだろうか。

それとも当たり前のこと?


前世幾つで死んだのか覚えていないけれど、じいちゃんが亡くなってからずっと一人で生きてきた。その記憶と時間の方が、こちらに生まれてきてからの時間より、断然長い。


「はぁ。だんだん慣れてはきてるんだけどな。」


誰かと比べても意味がないのは解るのだから、自分なりに進んでくしかないのだ。


でも、謝罪は必要じゃないだろうか。

自分が悪いと思ったら、きちんと謝る事ができるのって大切じゃない?

感謝と謝罪は、挨拶と同じくらい必要だと思う。


「よし!頑張ろう!」


そうやってランチの準備が整った頃、ジェイクがダイニングに現れた。

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