120.餅は餅屋
「それにしてもジェイクは遅いわね?誰だったのかしら?」
ハンナがソースを作りの作業を終えて手を洗った。
「じゃぁ、俺が見に行ってくるよ!」
「いいえ、ルークちゃんはここに居ましょう。こんなに遅いだなんて、何かあったのなら、目的はルークちゃんかもしれないでしょう?」
「そ、そうね!ルークはここに居ましょう!」
二人はルークを守るために引き留める。
「でも、タマちゃんがくれた加護の力で護られてるから大丈夫ってユキちゃんとレイギッシュが言ってたよ?あの日の光に触れた人に危険は来ないって。」
「「え?そうなの?」」
二人がハモる。本当仲良しだよねー。
「うん!だから、二人にも危険は来ないみたい。心配しないで?行ってくるね!」
「え!ちょっと?」
ハンナはハラハラしているが、デイジーはシリーを目視で確認していく。
のんびり横になって、顔を手で擦っている。
「うん。大丈夫そうね。」
「え?何を見てそう言うの?あ、精霊さん?」
「精霊みんな、ルークが好きみたい。だから、何かあれば、多分契約してる私よりも、ルークを優先するんじゃないかしら?」
そう言うと、花豹の精霊はぴくりと動きを止め、気まずそうに姿勢を変えた。
「そうなの?それだけルークは特別な存在なのね。」
「そうね。あの子はどんな役目を持ってるのかしらね?」
二人は顔を見合わせて、情けない顔をした。
「出来る事をしましょ。」
ルークは玄関の扉を開けて外に出る。
馬車回しには馬車が置かれていない。
「あれ?誰か来たんじゃないの?歩いてきたとか?ありえないか。」
厩の方に向かうと、なにやら声が聞こえてきた。やはり誰かが来ているようだ。
ゆっくり歩いていくと、厩の中から「可愛いー!」と言う声が聞こえる。
「ん?女性?」
こっそり入り口から覗いてみると、大勢の大人が馬房を覗いているのが見えた。
「!!」
な、なんだあの人数!どうなったらこんな人数が!?
「あ!ルーク君!お久しぶりです!」
馬房の前で座っていたトーマスさんがこちらに気がついて、笑顔で手を振っている。
知り合いがいたことに少し安心したルークは、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
トーマスの声と身振りにより、トーマスの周囲にいた大人たちが一斉にこちらを向いたので、ルークはびっくりして頭を引っ込めた。
「こ、こわぁ。」
こりゃ、手に負えそうにないなと思って、急いで家に帰る。めちゃくちゃ走って祖母たちの元へ戻る。
「ば、ばあちゃん、ハァ、ハァ、なんか、知らない大人が、いっぱい、馬房に!ハァ、ハァ。」
短距離だが、めちゃくちゃ急いだので息が切れる。
「え?大人がいっぱい?」
「う、うん。ハァ、ハァ。トーマスさんだけ、知って、るけ、ど、ハァ、ハァ。ハァー。」
息を整え、もう一度伝える。
「馬房の仔馬を、みんなで見てたんだと思う。でも馬車は馬車回しには無かった!」
「あら?なら、追加の従業員なんじゃない?キースが合計十人は欲しいって言ってたもの。」
デイジーはそう言うが、すでに五人いるのだから、それなら五人程度では?多くても七人とか。
「でも、十人くらいはいたよ?」
「え?そんなに?どういう事かしらね?」
「じゃあ、私が確認してくるわ。ついでに石鹸梱包用のガラスケースも持ってくるわね。ハンナちゃんとルークちゃんは、お茶でもしてて?昨日のココナッツクッキーでも食べて、改良でもしてて?」
そう言うと、デイジーが部屋を出ていった。
「ココナッツクッキーで良い?それとも、何か作る?」
ハンナはルークに尋ねながら、ルークをダイニングチェアに座らせた。
「ねぇ、昨日のチョコの件なんだけどさ、ココナッツオイルとココアで生チョコが作れたはずなんだけど、ココアの代用でキャロブパウダー使ったら、作れないかなぁ?」
「え!?生、ちょこ?」
「うん。折角お酒も作れるようになったから、お酒入りの生チョコとかどう?」
喜ぶと思ってそう言ったのだけど…?
「ルーク?お酒ってどう言う事?」
ハンナはダイニングチェアを掴むとルークの目の前に置いて座る。真正面だ。
「え?」
ハンナばあちゃんの顔が怖い。そして、近い!
「作れるようになったって?」
「えぇ!?」
どんどん怖い表情になっていく!?
「さぁ、教えてもらおうかしら?」
「ジェイクじいちゃんから、聞いて?いませんよねぇ?」
「ええ。聞いておりません。」
じいちゃーん!なんでお知らせしてないのー!!
時間なかったー??
「ええっと、順を追って説明させていただきます。」
「よろしくお願いします。」
丁寧!にっこり笑っているのに怖いっ!!なんで!!
ルークはサトウキビから出来るモノについて説明していく。
搾り汁からは砂糖。
残りカスからはスキルを使えば酒。
さらに残った繊維からは布や紙。
ゴミはほとんど出ないし、おそらくそこから出たゴミはあっという間に土に戻るのではないか。と言う仮説も。
ルークはゴミ問題の厄介者になっている、ジュースの実とサトウキビには共通点があることに気が付いたのだ。
どちらもまだゴミではない。取れる資源があるから土に還らないのではないか。という考えだ。
あくまでも仮説であるので、経過観察をしなければならない。これはハンナに初めて話した事も伝える。
「そう。そう言う事なら、その経過観察に手を挙げたいところなんだけど。昨日の実験で使った出たジュースの実から、ゴミはほぼ出なかったのよね。」
「でも、硬い殻が残るでしょ?」
「私もそう思ってたんだけど、デイジーがあの殻からお手拭き用の受け皿とか、お食事処で使えるお皿を作ったらどうかって言い出して。」
ハンナはキッチンのお皿を置いている棚から、濃い茶色でピカピカしているお皿を持ってきた。
「これ、お手拭き用のトレイと、サラダボウル。こっちの大きなボウルはお料理用ね、実験用に準備したジュースの実の殻、全部使ってスキルで作っちゃったのよ。で、ボビーとメーネも喜んじゃって。ボビーは焼き物?だっけ?それでお茶を飲むコップを作るって。その受け皿もデイジーが作るみたいよ?」
「地産地消!!」
「ちさんち…?なあに?それ。」
「地域でとれた農林水産物をできるたけ地域で消費しようという試み?」
「そう言う意味なのね。本当、ここで採れたもの、ここで作られたもので埋め尽くされていくわねぇ。面白いったらないわ!」
ハンナはとても嬉しそうに拳を握る。
「お酒まで作れるなんてね。それで昨日はサイラスのところへねぇ。で素材とお酒を作って持って帰ってきたわけね?」
じっと見つめるのはやめて欲しい。いくと言い出したのは、あれ?俺だった?じいちゃんじゃ無かったっけ?
「ええと、はい。」
「その割にはめちゃくちゃ早く帰ってきたじゃない?」
「なんかね?馬が張り切っちゃって。」
「え?は?」
「うん。だからね?馬たちが張り切っちゃって、こう、物凄いスピードでビューンって。あの安全ベルトが無かったら、振り落とされてたと思う。」
身振り手振りを加えてハンナに伝える。
「そんなに?」
「そんなに。」
うんうんと頷いてみせる。
「どう言う事なのかしら?今までそんな事なかったわよね?」
ハンナは立ち上がってキッチンへ向かうと、冷蔵庫からおやつとお茶を出した。
「もう冷えただろうから、パンナコッタ、二人で食べましょ。」
「え!良いの?」
「そのつもりでソースを急冷盤に乗せておいたのよ。これ、便利よね。前世には無かったって私の中のもう一人の自分が言ってるわ。」
ハンナは見たことのないランチマットを出し、その上にパンナコッタとスプーン、ソースの入った深皿三つ、お茶を入れるカップを並べる。
「はい。お茶はどれにする?ジャスミンティーとミント水、グリーンティーがあるけど。」
「えー、迷うー。でも、ジャスミンにしようかな。でもココナッツと喧嘩しちゃうかなぁ?やっぱりミント水で!」
ハンナは、ミント水をルークのカップに注ぐ。
「で、馬とお酒よ。色々あると、忘れちゃうのよね。聞きたかったことを全部聞けずに、どんどん一日が進んで、忘れた頃に驚く。が、ここ数日ずっと続いてる感じ。」
「あ!それ俺もだよ!ここに来てから消化不良だもん。」
「ルークがそうなら、私たちはもっとそう思ってるわね。」
と、笑う。
「俺、この星の常識を知らなすぎるみたいで、なんでかな?って思ったら、絵本なんじゃないかと思うんだよね。一冊も読んだ事ないんだよ。伝説とか、この星の成り立ちとか、全然知らない。」
「え。それは大変かも。でもバーネットが買ってきてくれるはずだから、それまでの辛抱よ!」
「辛抱って。」
ルークも笑ってしまう。
「あぁ、面白い!でも笑ってる場合じゃ無かったね。馬ね、馬はね、多分なんだけど、藤棚で、すごい光が降り注いだでしょ?」
パンナコッタにマンゴーソースをかける。やっぱりマンゴーがあるならマンゴーだよね!
「あぁ、タマちゃんの光だったんでしょう?」
思い出したのか、目をぎゅっと瞑る。
あれは凄かったもんね。
「あれ、タマちゃんが使えるスキル、浄化の光、祝福の光、加護の光のトリプルだったんだよ。で、それが、このじいちゃんとばあちゃんたちで借りているこの土地全域に降り注いだんだって。」
そっとパンナコッタをスプーンで掬う。
「え?なんか凄そうだけど、すごいのよね?」
「うん。多分。常識知らないからはっきり言えないけど。あの光を受けたところは全て加護を受けるんだって。俺たちもだけど、馬たちにも加護が与えられたって。で、昨日乗って行った勿論幌馬車も。」
え?と、ハンナの顔色が悪くなる。
その横でルークはパクリとパンナコッタを口に入れる。
「美味しいーーー!ばあちゃん天才!!」
「ありがとう。でも、それって、すごいとかすごくないとかじゃないんじゃ…。」
「そんなわけで、亀裂に遭うことはないみたい。馬もそれを知ってるのか、いつものゆっくりの動きじゃないの。もう、全速力って感じ。しかも。言葉で指示した通りに動くから、全自動で帰ってきたようなもんだったんだよ。」
ハンナは片手で目頭を抑える。
ルークはスプーンでどんどんパンナコッタを掬って口に入れる。
口の中が幸せで包まれています!!
「それは…ジェイクは説明しにくかったのね。」
「そうかも。で、お酒だけど、お酒は果実を漬け込むためのお酒って感じかな。そのままも飲めるけど、かなりアルコール度数が高いんだ。悪酔いするから出来れば果実酒として成熟してから、炭酸水とか氷とか、あとお茶とかで割って飲んでね?」
「どれくらいで成熟するの?」
「保存の魔法がかかってなければ、半年から一年かな。保存魔法がかかってる瓶だと、成熟しないから、スキルで成熟させる必要があるよ。」
「そう。じゃあジェイクにやらせたら良いのね?」
「えっと、そうだね?」
ハンナばあちゃんはお酒に執着が?
「ハンナばあちゃんはお酒が好きなの?」
「え?そんなに飲まないわよ?若い時に何度か飲んだけど。」
え?その割には酒の話に目が輝いてるんだけど…。
「あぁ、スイーツに使うのよ。使えると幅が広がるの!使いたいレシピがあるのよ!」
「あ、そうなんだ。あれ?でも、スイーツに使うのってリキュールじゃないの?サトウキビのカスから作ったのはホワイトリカーだよ?」
ハンナはポカン顔をしたあと、あぁ、と説明してくれた。
「ホワイトリカーで作った果実酒が、リキュールなのよ。」
「え?そうなの?知らなかった!」
ハンナは薄く笑いながら
「ルークが知らないことがあるなんてね。」
「沢山あるよ。」
ルークは少し恥ずかしい気持ちになった。
知ったかぶりになってなかった?
専門的なことは、やはり専門家に任せられたらいいよねぇ。
餅は餅屋っていうもんね。
「ちょっとだけ、おばあちゃんらしいことができた気分よ。」
「見た目はお母さんだけどね?」
「そこはありがたいやら、切ないやらよ?」
二人で笑ってミント水を飲んだ。
「で、このランチマットは?初見だけど、もしかしてサトウキビの繊維から?」
「あら、バレました?」
へへ。とハンナは笑った。




