110.季節も感覚もバグる
お昼ご飯を食べ終わり、ボビーたちが来る頃、ルークはリヤカーを引くジェイクと一緒に果実園に向かった。
もちろんルークはボビーが軽量化してくれたあのリヤカーの後ろに座らせられているし、荷台にはキースが作り溜めておいた瓶をしこたま乗せている。ユキちゃんとレイギッシュも一緒だ。
レイギッシュがリヤカーに乗り込む際、一悶着?一事件?あったが…。
ふわりとリヤカーに乗り込むユキちゃんを見て、精霊は動きが俊敏だな。とジェイクは他の準備をしてから出発の準備も整えた。
対して、レイギッシュは立派な角を考慮しつつ、自分が座る場所を目で確認してから、ゆっくり動いて乗り込もうとしていたのをジェイクは見ておらず。
座るルークの横に前脚を掛けたところで、ジェイクがリヤカーを出発させてしまったのだ。
前脚は動き出したリヤカーに。
後ろ脚はまだ地面。
転ばないように、大慌てで一生懸命後ろ脚をバタバタと動かすが、リヤカーの動きに合わず、前脚がつるりと滑ってリヤカーから離れてしまい、哀れなレイギッシュは、顔面と角を地面に打ちつけたのだ。
ルークは慌ててリヤカーを止めるようにジェイクに声をかけたが間に合わず。
止まった時にはすでにレイギッシュは地面の上に倒れ込んでいた。
その時の慌てたレイギッシュの顔…。
「秘密だ。我とルークの。」
はい。承知いたしました。誰にも言いません!
えっと、痛くないの?
「物理的には。心は痛い。」
なんか、本当にごめん。レイギッシュ。
何が起きたか知らないジェイクは、なんだ?転けたのか?とか言ってた。
本当、ごめん。
今日果実園に行く事になったきっかけは、キャロブを収穫しながらのルークとジェイクの会話だ。
「じいちゃん、この世界の砂糖って何から出来てるの?」
「サトウキビとビートだな。ここにもサトウキビなら生えてるぞ?」
「それ、ここで砂糖にしてるの?」
「いや、搾って液体にして保存魔法のかかった瓶に入れたものを、ブライアンが買い取ってくれてる。専門の工房で砂糖にするんだよ。ほら、火の魔法が使える者がいないと作れないから、高級品なんだ。あまり体に良いものではないとデイジーが言っていたからうちでは使ってないな。」
「へぇ。搾った後のはどうしてるの?」
「果実園の“お渡し場所“に置いておくと、動物達が持っていってくれてるが、隣の産地ではどうしてるんだか。あぁ!そうだった。このサトウキビのゴミの問題もあるんだよ。この搾りカスが何故かなかなか土に還らないんだ。」
お。隣がサトウキビの産地なの?
ってか土に還らない?
「え?そうなの?」
「あぁ、ジュースの実の次に、何故か長いこと土に還らない。あっちは火災の危険があるから保管しなきゃならないが、こっちのカスは火災はないから積み上がっていくばかりだよ。」
「え?でも腐るでしょ?」
「いや。何故か腐らないから、積み上げる場所を取るだけで、数年はそのままの状態だな。多少乾燥する程度。」
「へぇ。なんでだろうね?」
「それが解ってないんだ。だからこそ、サトウキビから取れる砂糖は趣向品だな。作れば作るほどゴミが出るうえ、砂糖にするのに金がかかる。」
「ふーん。そうなんだ。」
砂糖については興味がない。ハチミツがあれば充分!
「で、お渡し場所って何?」
「この間話さなかったか?食べきれない果実を動物にあげてるって話しただろう?そこをお渡し場所って呼んでる。」
「へぇ。名前があったんだ。でさ、お酒って何から作られてるの?」
「んー。俺も詳しくはないが、芋とか米だと聞いた事がある。どうした?何か閃いたのか?」
ふむ。芋焼酎と清酒がメインってことか。
なら、じいちゃんがあまり興味がないのも納得できる。前世のじいちゃんは、果実酒が好きだったもんね。ホワイトリカーで自分で作ってたし。
「閃いたっていうか、試したいって言うか。ん?あれ?ここで取れるサトウキビも絞って砂糖にしてるの?」
「へぇ。サトウキビの収穫っていつ頃なの?」
「あれはいつでも獲れる。なんだ?砂糖が必要なのか?」
「砂糖はいらない。サトウキビのカスを使って実験したいんだ。」
「は?カスなんて何に使うんだ?」
「じいちゃんのスキルで酒が作れるかもしれないよ?ホワイトリカーってお酒。」
「ホワイトリカー?ホワイト…ホワイトリカーか!?」
「おお。刺さった?前世のじいちゃん、ホワイトリカーの果実酒が好きだったんだよ。」
「なんだと!?」
そんなわけで、ジェイクは実験のために?嬉々としてリヤカーを引いているわけだ。
リヤカーを引くジェイクにサトウキビのカスから酒になるまでの工程を、知っている限り話して、頭に詰め込んでもらう。
「おお。なんか出来るって気がしてきた!」
一緒に乗ってるレイギッシュが、ピカリと光ったので、何某かのやりとりがあったのだろう。
が、先程倒れ込んだ自分に納得がいってないのか、しょぼくれているレイギッシ。
はぁ。とため息をつきながらユキちゃんが言う。
「牡鹿の精霊、貴方も精霊なんだから、いつも通りサラッと乗り込んだら?」
「まぁまぁ。じいちゃんは契約したばかりで精霊が見え始めたばかりだし、レイギッシュも気にして欲しい時期なんじゃない?」
とりあえず小声で言うが、みんなの声普通だから、じいちゃんに聞こえてるんだろうな。
「まぁ、そう言う時期は確かにあるかもしれないけど。でも、相手はジェイクでしょう?鈍感アーサーの父親だもの。このままな気がするけど。」
「あー。うん。それを言われると、子供の俺はどうして良いやら。」
「あら。ごめんなさい。」
「大丈夫。俺も気をつけなきゃって思ってるんだけど、こればかりはね。意識が向かないとわかんないよね。俺といて不便があれば、ユキちゃん教えてね?」
「あら。素敵な事言ってくれるのね。大丈夫よ。私は人間との契約に慣れてるから。」
「慣れとかあるんだ。」
「回数こなせば、あぁ、気がつかない人間だな。とか、やけにこっちを気にする人間だな。とか、色々経験して、自分の心地の良い立ち位置をその時その時で作れるようになるのよ。人間だって、新しい環境に慣れたら、それ以前と違う行動が取れるようになるでしょ?一緒よ。」
「そうかー。ってことは、レイギッシュは人間と契約はあんまりしてこなかったの?」
「うむ。同じ属性の精霊達からあまり離れた事はない。」
「なら教えてあげるわ。精霊らしく、扉くらいはすり抜けなさい。」
「善処する。」
動物と同じ動きをしようとしてくれてるのは、可愛いけどね。精霊なら精霊らしく。か。
まぁ、俺としてはどちらでも、好きにしてもらって構わないかなぁ。
そんなことを話しながら、目的地までリヤカーに揺られていく。
それほど遠くないうえ、ジェイクの足で歩いてくれたので、あっという間に果実園に到着した。
が、ジェイクは止まらずそのまま進んでいく。サトウキビの生えてる場所までこのまま行ってくれるらしい。
グレープフルーツの木々が見えてきたところで、未完成の葡萄棚の先を右、方角としては南に曲がって進んでいくと、緩やかな下り坂になっていて、その先にサトウキビ畑があった。
「うわぁ!思ったより広いね!」
「そうか?一本で百グラムくらいしか取れないから、これくらいなら大した量にはならないぞ?」
「それ、農家の人の感覚!」
まあ良いや。じゃあ、まずは搾りカスを作りましょう!
「じいちゃん!魔力接続するから、とりあえず、その一箱分の液体をサクッと搾っちゃってよ!」
「よし、やるか!」
リヤカーには、大瓶十六本が入った箱が八箱積んである。その一箱分を砂糖の原料の液体にしてもらう。
いや、あれ?
「ねぇ、じいちゃん。搾り汁から砂糖にするのって、要は乾燥でしょ?水だけの分離だよね?」
「あ。言われてみれば。わざわざ加熱する必要があるのか?」
「んー。解んないけど、一気にできたら魔力の節約になったりしない?」
「うん。なりそうな気がしてる。」
「「やっちゃうか!」」
ピカっと光ってカスがその場に残る。
「これがゴミ問題になるってやつ?」
「そうだな。スキルを使うと楽な上、カスに水分も残るのか。」
「砂糖はどんな感じだ?」
「どの箱にパッキングしたの?」
「あぁ、すまん。下の方の箱だ。ちょっと待て。」
ジェイクは一箱リヤカーから下ろして、その箱の下にあった箱を開けると、一本砂糖がたっぷり入った瓶が入っていた。
「おお。出来てる。味見しても?」
「食べてみなきゃ成功かわからんしな。」
二人で少しだけ手のひらに乗せて舐めてみる。
「「おお!美味しい!」」
「なんか、風味が違う気がする。煮詰めてないのに、綺麗な薄茶色なのは、ミネラル分が残ってるからなのかなぁ。サラサラで使いやすそうだね。」
「だな。でもこれは、倉庫行きだな。半分くらいブライアンが買い取ってくれたら良いんだが。」
瓶の蓋と箱の蓋も閉め、下ろした箱をリヤカーに積んでおく。
「よし!じゃあ酒も作るか!」
「ホワイトリカー的なやつね。アルコール度数は三十五パーセント程度ね!あまり高いと燃えるからね?」
「お、おう。解った。火災は困るからちゃんとやる。」
ルークはジェイクの背中に手を乗せると、ジェイクはスキルを発動する。
「『分離、発酵、分離、成熟、美味しくなーれ!』」
「何その最後のスキルー!?」
ルークからジェイクに魔力が流れ、ふわりと光と、サトウキビ畑には茶色の繊維だけが残されていた。
「え。全部やっちゃったの?」
「瓶の空きはまだあるぞ?」
「そうじゃなくて、ちゃんとホワイトリカー的な物になったか確かめてないじゃない?」
「おー。それは大丈夫だ。大丈夫ってスキルが言ってた。」
「そ、そうなんだ。でも一応確かめない?」
リヤカーまで戻って箱を開けると、それぞれの瓶の中ほどまでの液体が入っている。
「この体は五歳児なので、確認はジェイクじいちゃんにお任せするよ。」
「なんだよその言い方、面白いじゃないか!」
笑いながら瓶の蓋を開け、香りを嗅ぐジェイク。
「うん!懐かしい香りがする!」
「じゃあ、成功だね?」
「だな。ルーク、このままフルーツも選んで、漬け込んでも良いか?」
「勿論!熟成させたら、今日の夜にはもう飲めちゃうね!」
「それはやばいな。飲みたくなってくる。」
リヤカーに戻るジェイクに
「ねぇ、このカスさぁ、繊維がたっぷりなんだけど、布に加工出来るよ?」
「え?それもゴミじゃないのか?」
「何でもかんでもゴミにしないでよ。ちゃんとした布になるから。ハンナばあちゃんにお願いしたら、良い生地になるはずだよ。」
「じゃあ、積んである袋に詰めて持って帰ってみるか。『パッキング』」
「……。もう、なんでもありだね。じいちゃん。」
「俺も驚いてる。レイギッシュに感謝だな。」
「ならもっと大切にしてやって。」
「すまん…。もっと気をつける。」
リヤカーに乗り込んで、果実園まで戻る。
「ねぇ、あのサトウキビ畑はあのまま放っておくの?」
「そうなんだよ。そのままにしておいてもどんどん勝手に拡張してく。根が残っていたら生えるんだ。不思議だよなぁ。」
不思議なのは、植物なのか、この星なのか。
星が違うと色々違って面白いけど、思ってた事とあれこれ違ったりするだろうから、更新しなくちゃ帰還者だってバレちゃうんだろうなぁ。
バレても良い気もするけど、長生き出来るって点だけでも羨ましい、ずるいって思う人がいるんだろうな。良いところしか見なきゃそう思っても仕方がないのかなぁ。
リヤカーが止まったので、ルークはあたりを見渡すと、りんごゾーンだった。
じいちゃん、りんご好きだよねー。
「『収穫・カット除去・パッキング』」
謎の三つのスキルを発動したジェイク。
収穫で、木から収穫して、ある程度のサイズにカットして、除去で要らない部分、りんごなら芯とタネ周りを除去。最後に瓶にパッキングして終了。
「手作業って一体…。」
全く手を動かす事なく果実酒作りが終わっていく。
ジェイクは箱を開けて中を確認して、ヨシヨシ!と笑っている。
その次からは、歩いてスキルを使っていく。
見かけた果実は、りんご、梨、洋梨、枇杷、梅、もも、ブルーベリー、さくらんぼ。マンゴーまであったのには驚いた。
この世界の気候のおかげで、前世の季節によるフルーツの旬はない。バグるよねぇ。
レイギッシュー!
めげるな頑張れー!
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