100.大地の属性スキルで畑を
おやつの時間の少し前、キースと商人の二人、御者たちが王都へ向かった。
みんなでお見送りをした後、ボビーからシェアハウスの近くに、スキルで家庭菜園を作りたい。との申し出があった。
魔石がないので、ルークに魔力接続と、デイジーのドクター依頼も同時に。
ジェイクとハンナは家事が終わっていないからと家に残ることに。明日から家事当番は休止で、みんなで行うそうだ。俺も頑張ろう!
ボビーがリヤカーの後ろにクッションを置いてデイジーとルークをそこに座らせた。
大切にしすぎじゃないかと思ったが、ルークとデイジーは有り難く座らせてもらい、連れて行ってもらうことにした。
俺を子供扱いするのは、本当に子供だから良いとして、デイジーをばあちゃん扱いしたのなら、思うところがあるぞ?三歳しか違わないはずだ。
デイジーとボビーには見えていないが、荷台にはユキちゃんとタマちゃん、花豹君が寄り添って乗っている。
ついでにボビーの背中にはムチムチボディのマー君が張り付いている。
あれ?そう言えば、マー君ってボビーさんが名付けをしたんだよね?見えてる時に。なら現在は仮契約って感じなのかなぁ?
「まぁ、そんなとこかしら。その大地の精霊は生命エネルギーが弱まっちゃってるから、本契約できる力がないのよ。でもここにいたら、ルークのそばにいることも増えるし、そのうち契約できるんじゃないかしら?」
そのうちって…それ、普通の人間生きてるくらいの時間?
「どうかしらね。クツクツ」
時間感覚が違いすぎるのだ。精霊と人間では。はぁ。
ガタゴト揺れるリヤカーの後ろで、のんびりしている。
ボビーさんは片手で軽々とリヤカーを引いている。
「本当、ボビーさんの『ライト』のスキルが、有能すぎますよね。王国外にバレたら誘拐されるかもしれないって話ですよ!」
今ここには家族と従業員しかいないが、どこに目があるか解らない。ボビーさん自身が知らないと、身を守ることが出来ない。それはルーク自身にも言えることだ。だからこそ、ボビーに伝えておこうという話になったのだ。
「え?まさか。自分は無能ですから、そんな誘拐とかありえませんよ!あはは!」
やっぱりかー。
無能だと思い込んでいた時期が長すぎて、自分の有能さを認められていない。
「あら。本当のことよ。ブライアンも心配していたわ。」
「え!父さんが?…それは、はい。気をつけた方が良さそうですね。教えてくださってありがとうございます。」
デイジーが知らせると、父親がそういうならと深く納得したようだ。
ボビーとデイジーは、ブライアンの引退前の第二の仕事が諜報員だった事を知っている。
そんな父親が気をつけろと言うならば、ボビーはしっかり考えなければいけない。
自分が拉致される危険性について。そして、もしそうなった場合、周囲を巻き込む事になる可能性について。そうならない為に今からできることを。
しかし、ルークはキースにスパイの気配を感じた際、嫌そうな雰囲気を出したので、出来るだけルークには知らせない方向でいくことが決まっている。
キースたっての願いなのだ。「これ以上嫌われたら、俺死んじゃう!」だそうな。
「ボビーさんはブライアンさんを尊敬、信用しているんですねぇ。」
「ええ。自分の父親ですから、当然です。」
と、ボビーは良い声で返事をして続ける。
「このリヤカーも便利ですが、座り心地はクッション頼りで、心許ないのが玉に瑕ですよね。小さな荷馬車を用意しましょうか。従業員用にしても良いかな。」
それほど距離もないし、徒歩で充分だと思うけど、ボビーさんの思うところがあるんだろうか。
「でもそうすると馬を準備しなくちゃでしょう?馬の管理まで加わると、大変じゃない?仕事場と自分たちの家の往復は徒歩で良いし。うちの馬を一頭貸し出す方がお得じゃない?こっちが必要な時には返してもらわなきゃだけど。」
「え。そうしていただけると嬉しいですが、一応みんなにも確認を取ってからお願いする形でもよろしいですか?」
「ええ。みんなで相談して決めてね。みんなに関わることだから。勝手に一つでも決めてしまうのはダメ。人との絆は簡単に壊れてしまうものだから。」
「はい。肝に銘じます!」
ボビーとデイジーが馬の貸し借りについて話している間にシェアハウスに到着したらしい。
あの日、ルークはほぼ寝ていたのでシェアハウスの記憶はない。
嬉々としてリヤカーから降り、シェアハウスを見る。
豹ペアと新生タマちゃんもついてくる。
心なしか、豹ペアが嬉しそうなのが微笑ましい。
「わぉ!アジアンテイスト!格好いい!」
「あら本当、昼間見るとまた違う趣があるわねぇ。」
ボビーはリヤカーが転がっていかないように固定すると、デイジーに家庭菜園を作っても良さそうな場所を教えてほしいと伝える。
ここの土地は全てルークの祖父母のものだから、家も施設も借りている。ということになるそうだ。
シェアハウスの家賃も、仕事が始まった日から日割りで支払いが始まる。
本当は建ててもらった日から支払うと新人たちは言い出したそうだが、仕事が始まらなければ給料が出ないのだから、始まってからで良いよ。とジェイクとキースが言ったようだ。
「そんな職場はありえないです!ありがとうございます!しかも、このグレードの家をこの家賃で良いなんて!天国すぎます!頑張って働きます!」
と、経理担当のメーネは涙ながらに喜んでいたらしい。
「そうねぇ。あっち側にはもう一棟同じシェアハウスを建築するって話だったのよ。こっち側に畑を作るとお客様が迷い込んだ時に丸見えになってしまうわ。テラス側が良いわね。テラスからの眺めを確認してから決めましょうか。」
「はい!ではこちらにどうぞ。」
ボビーは姿勢良く、身振り手振りも品がある。
やっぱり良いな。上品な立ち居振る舞いができるだけで、周囲の意識を高めることが出来るだろう。わちゃわちゃしているマックスもボビーを見て、少し自分の振る舞いを省みている節が見え始めた。
とても早いし、良き傾向!
シェアハウスの横を通って玄関から一番遠いテラスに向かう。精霊三人もそれについて行く。
「うわぁ!凄い景色!こっちの方向ってこんな感じになってるんだ!すごいね!これってじいちゃんたちが方向決めて建築したんでしょ?流石すぎるよね!」
こちらに向かって笑顔で喜ぶルークを、デイジーは喜ばしい気持ちで眺める。
今朝怖い思いをしたことも、それを克服する為に動いたことも、キースから聞いていた。
「ルークちゃんはなんて勇気のある子なのかしら。」
力の源は例に見ないほどだけれど、囚われていい理由にはならない。精霊と契約した孫。おそらくこの王国で二人目だろう。国王以外聞いた事がないのだ。強欲な者であれば、喉から手が出るほど欲しがる。魔力も他人にいくらあげても無事でいられる∞。しかも精霊と話せて触れられる稀有な存在なのだ。
「どれか一つだけでも狙われそうなのにねぇ。」
出来ることは少ないが、出来るだけ楽しい時間を過ごさせてやりたいと日々思う。
「キース、頼むわよ。」
王都のある方向の空に向かって願う。
「ハンナばーちゃーん!ここ良くないー?そこ座って俺が見えるー?」
孫の声は聞こえるが、姿が見えない。自分は立っている。
「え?どこにいるの?見えないけど?」
「じゃあここはー?」
「見えないわ。」
「テラスに座っても見えないー?」
スークの声に言われて座ってみる。が、立って見えないなら座ったら余計に見えないはずだ。
「あら?ボビーもいないけど、一緒にいるの?」
「あ、はい!ルークさんと一緒です!そこから、自分が見え始めたら教えてください!」
「え、ええ。」
見ている方向が合っているか自信がなくなるほど二人が見えない。
「まだ見えませんかね?」
「ええ。全く。もう立っても良いかしら?」
ボビーとルークの返事を待たずに立ち上がると、見ていた方向にボビーの頭が見えた。
「あ、立ったら見えたわ!ボビーの頭が。」
「ありがとうございます!そのまま真っ直ぐ歩いてもらうと、少し急な坂道の先は、緩やかな坂道なんです。」
ハンナは坂道があるつもりで歩いて行くと、確かに少し急だが大人の足で数歩程度で終わる坂の先が緩やかな坂道になっており、テラスからは死角になっている土地を確認した。
「あらあら。こんな感じになっていたなんて知らなかったわ。」
これならテラスからの眺望にも邪魔にならない畑になる。水捌けも良さそうだ。
先程のボビーの確認は、範囲の確認だろう。
「ここからあの急な坂の数歩手前くらいまで、横幅は、あ、今うさぎがいるところくらいから、あの黄色の花が二つ並んで咲いているところまで。どうでしょうか。」
「私はいいと思うわ。でも広くない?」
「トニーが畑仕事が好きらしくて、広ければ広いほど良いと言ってましたので、大丈夫じゃないかと。もちろん他のみんなも了承しています。」
「そうなのね!なら、問題はないわ。ここに決めますか?」
「はい!では、失礼させていただきます!ルーク君、お願い出来ますか?」
「はーい!こちらこそよろしくお願いします!」
土特化のスキル、先日の『ライト』以外を、目の前で見させてもらえるなんて、初めてだし、嬉しい!
ルークは準備が良さそうなボビーの背中に手をつけるために、マー君に場所を譲るように願うが、首を横に振り拒否される。
じゃあ仕方がない。手のひら同士の接続にするか。とボビーの手を握ろうとすると、その短い足で必死に妨害してくる。
えー。マー君、どうしろっていうの?
心で尋ねても首を傾げるばかり。
これは困ったぞ。とルークが思っていると、タマちゃんが空から降りてきて、
「この大地の精霊はー、少しずうずうずしいでーす。ルークに自分の背中越しに魔力接続してくれって言ってまーす。何様でしょー。」
そうなの?
ゆっくり歩いてきたユキちゃんも
「ルーク次第よ。あなたの溢れている魔力や他の力を分けてあげるかどうかは。」
ん?魔力の他にも溢れてるって?そんなのあったっけ?と思った瞬間、トーマスさんと会った日に自分の謎ステータスを見てしまった事を思い出す。
「あー。そんなのあったっけ。」
まぁ、溢れてるなら問題ないんじゃない?どうせGで自分ではどうにもならないんでしょ?
なら、有効に使えた方が良いし。無限大だし。
すると、マー君がニコッと笑った。
マー君、早くお話ができるくらい回復すると良いね。
「どうしました?精霊と話をしているとかですか?」
なかなか背中に触れようとしないルークに、ボビーが尋ねる。
「あ、はい。マー君がどいてくれなくて。でもいま話し合って、ボビーさんの背中に張り付いているマー君ごと、魔力接続することにしました。」
「え?そんな事をして、ルークさんに何か問題が出たりしませんか?」
「そこは、僕の友達精霊たちが何も言わないので問題ないかと。ただ、じいちゃんたちからも、精霊さんたちからも、俺、“規格外“と言われてるので、マー君に何か変化があるかもです。マー君はマー君越しに魔力接続を願っていますし、後はボビーさん次第かと。」
「そうですか…。マー君は生命力が弱ってるって話でしたよね?もしかして、ルーク君の魔力接続で、その生命力を補うようなことができるかもしれないって事なんでしょうか。」
「あら、この子、存外鋭いじゃない。大地の精霊がそこまでして会いたいと願って、回復したいって…え?まさかマー君ってあのマーモット型の精霊なの?」
驚くユキちゃん。花豹君も、デイジーばあちゃんの後ろで目を見開いている。
「えっとー?知り合いだった?」
「私の知ってるマーモット型の精霊とは大きさが違いすぎるし、この子は口も聞けないくらい弱ってるし、力も特に感じないから気が付かなかったわ。そう。やっと見つけて会えたのね。」
ポロリと涙をこぼすユキちゃん。
ううん。後で教えられる事だけ教えてくれる?
で、魔力接続はするよ。俺の中では決定ね!
「えぇ。わかったわ。大した話じゃないのだけど、後でね!」
ユキちゃんは後ろに少し下がると、少し不満そうなタマちゃんもユキちゃんに習って下がってくれた。
「ボビーさん、こっちに変化があればお知らせします!いつでも良いです。」
「わかりました!」
ボビーは地面に両手をつけて、畑にしたい範囲を凝視した。
そんなボビーの背中に張り付いているマー君の背中に、ルークは右手を添える。
マー君の毛が少しざわついた気がした。
「『耕起・沃地』」
ボビーがスキルを唱えると、いつもよりも多めの魔力がルークからマー君へ流れ、ボビーにも流れて行く。ボビーの胸から両手に流れ、ボビーの目標範囲が淡く光りずっと収まると、ボコボコと大地が隆起し畝が作られた。隆起と共にミミズのような生き物があちこちに現れて驚いたのか、慌て土に帰って行く。
「「「おおー!」」」
「あら、良い土地の証拠ね。」
とデイジーは笑いながらしゃがんで土に手を伸ばす。
「あらあら!本当に良い土だわ!これなら良い作物が実るはずよ!」
自分のスキルが作り上げた畑を少し驚いた表情で見ているボビー。
安心君は青緑色に光っている。問題なし!
「ここに来てから、自分の変化に戸惑うばかりです。ルーク君は僕の恩人ですよ!師匠とお呼びしたい!」
「え、えぇ!?やめてくださいよ!名前で呼んでください!そして、仲良くしてくれたら十分ですっ!!」
と目を瞑って、両手をボビーさんに突き出して振りまくる。
もう、本当に勘弁だよ!四十五歳に師匠呼びされる五歳とか、見たくないよ!!
「え…そうですか…。そんなに嫌なら諦めます。」
えぇ!!なんでそんなにがっかりするの?
がっかりするような事じゃないよね?
そんなに師匠呼びしたかったの!?
マー君を見ようと首を伸ばしたが、見えなかった。何か変化があっただろうか。
「素晴らしい畑が!!」
テラスの方から声が聞こえたと思ったら、素早い動きで畑に現れたのはトニーだ。
「こ、これはっ!!」
畑をあちこち見て周り、興奮した様子のトニー。
「良いんですか?こんな理想的な畑を好きにさせてもらってもっ!!」
トニーさん。確かアライグマが友達精霊さんで、おそらく水属性だったはず。土で汚れるから水属性の人は土いじりが好きではなさそうなイメージだけど、デイジーばあちゃんも水属性を持ってて土いじりが好きだし、このイメージは関係なさそう。
「トニーさん。挨拶が先ですよ。ここのオーナーにまずはご挨拶を。」
お。ボビーさんの躾が始まった。
「おっと、そうでした。大変失礼をいたしました。こんにちは。デイジーさん、ルークさん。この度はこのような素敵な畑を貸していただけることになりまして、感謝申し上げます。良き作物が作れるように精進いたしますので、よろしくお願い致します。」
「トニー君。きちんとお話しできるのね。初日はほとんど口を聞かなかったから、心配していたけれど、問題なさそうで安心したわ!」
「え?そうだったんですか?」
デイジーの言葉にルークは首を傾げる。俺が初対面の時はきちんと話していたはずだけど。
「あぁ、すみません。トニーはボーイ時代によく女の子を口説いている姿を見られてばかりいたらしく、口を開く暇があれば仕事をしろと。何度も誓わせられたらしくてですね。全体的に話すのが嫌になってしまったと。」
アライグマのオスって、ハーレム作るんじゃなかったっけ。それのせいかな?似た者同士?
ユキちゃんが後ろでクツクツ笑っているので、当たってそうだ。
そりゃ仕事中に女子を口説いていたら叱られるって。しかも反省するんじゃなくて、口を聞かなくなるって、反抗的な感じ?
「あらあら。」
「ナニーと付き合えてからはそう言った事はしてなかったはずなんですが、その後も理不尽に叱られまして。それならもう話さなくても良いかなって。」
トニーはそう言うが、ユキちゃんは、“何度か他の女の子を口説いているのをナニーさんに見つかってナニーさんにも怒られてる“って教えてくれた。
懲りないんだな。
まぁ、今後なければ良いんじゃない?
「そう言うことにしておきましょう!浮気は二度としちゃダメですよ?ナニーさんに失礼です!」
とルークに言われ、トニーはバツの悪そうな表情をした。
本当、反省してね!
そう言う人俺嫌いだし。
今後に期待するよ!
「じゃあ私たちは家に戻るけど、タネは買ったの?私たちの持ってるタネで良ければ譲れるけど。」
「本当ですか?今日商人さんから買えなかったタネがあって。」
トニーは欲しいタネをいくつか告げると、倉庫に全部あると言うので、四人で家に戻ることになった。




