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01、初めての都会

「うおぉ、すげぇえええ」


 大きな家、大きな道路!

 たくさんの馬車、たくさんの人!

 大興奮の獣人が一人、街の入口で叫んでいた。

 クリーム色の毛皮が全身を覆い、フッサフサの毛が隙間なく生えている獣人が、その毛皮一枚でただただ叫んでいた。

 感動のあまり足も震えている。しかし、浮き足立ったまま街に入ろうとした瞬間声をかけられる。


「お嬢ちゃん、ダメだよ」

「えぇっと?」

「いくら獣人とはいえ裸で街に入るのはイカンぞ」

「チョット待って」


 オジサンの言葉を聞き、獣人は少し困った顔をして、小さな単語帳をカバンから取り出す。


「ボクは、共通語、を話しにくいから、話せない」

「ん? お嬢ちゃんもしかして無毛人族の町に来るのは初めてかい?」

「わからない」


 それを聞いたオジサンは諦めて身振り手振りのみでのコミュニケーションを試みることにした。こっちへこいと伝え、なんとかして獣人をこの国のサービスステーションへと連れていく。


「あ、署長。お疲れ様です」

「お疲れ。この子、ちょっと無毛人族のルール全然知らないみたいだから色々教えてあげて」

「えぇ〜!? 何この子!? 可愛い〜!」


 サービスステーションにはたくさんの女性スタッフがおり、そのうちの一人が発した「可愛い」の一言で獣人の周りは女性スタッフで埋め尽くされた。


「え? なになにどうしたの?」

「キャー! 可愛い〜え? しっぽとか触っていい?」

「ナニ? ヤメロ! おい! わからない 言葉、わからないぃいぃ!」


 獣人の言葉は虚しく、女性スタッフは店の奥へと獣人を連れて消えていった。


●●●


「はぁ……ヒドイ目にあった」


 獣人はセーラー服に身を包み、大きな紙袋を4つも携えていた。

 赤いリボンと紺色のスカート。まさに女子学生と言った外見だ。


「人間族、服を着る……ボクも服を着る。脱ぐは逮捕か、覚えておかないと」


 共通語の辞典を広げながら、一つづつ単語を調べて、独り言のようにつぶやく。


「着る、脱ぐ、逮捕、覚える。着る、脱ぐ、逮捕、覚える」


 ブツブツと言いながら歩いていると、目的の場所に着く。冒険者ギルドだ。

 キョロキョロと中を見回しながら中に入ると酒の匂いと汗の匂いが鼻に、人々の喧騒が耳に入ってきた。

 獣人の村では常にされていた『匂い』と『音』の配慮がここには一切なかった。


「さすがは人間の街だ……」


 獣人はそう文句を漏らしつつも、『匂い』に鼻を慣らすためあえて鼻で呼吸をし、『音』に耳を慣らすため、普段使いしている耳栓を外した。


「ようこそいらっしゃいました。冒険者ギルドへ。本日行われる冒険者ギルド入会試験の参加者ですね?」

「そう! ボクギルド試験、参加者」

「こちらへどうぞ。もう皆さんいらっしゃってますよ」


 そう言われて通された先は噴水のある大きい広場。ギルドの建物がぐるりと周りを囲んでおり中抜けになっている。

 そこには自分とだいたい同じ年齢だろう十数人の人達がいた。それぞれがピカピカの装備を身にまとってこの場に立っている。


「少年! 君も獣人? 吾輩と仲良くなろうぜ!」


 ビクリと振り向くと、そこには白髪で、水色の角を生やした獣人がニッコニコでこちらを見ていた。


「あ……いいぞ」

「そうか! 私はめーしだ! よろしくな!」

「ボクはアサギです」

「いい名前だな。よろしく! よろしく! 試験頑張ろぉう!」

「お、おう」


 めーしと名乗った獣人は一緒にいる自分が恥ずかしいほど腕を振り上げてはしゃいでいる。アサギは、これが都会の洗礼なのかと衝撃を受けた。


「それじゃ」


 しかし、めーしはすぐに去っていった。何事も無かったかのように他の参加者にも同じように絡みに行くめーしの後ろ姿を見ながらポカーンとすることしか出来なかった。


「集まってるかぁ!?野郎ども!!」


 突然、耳が痛くなるほどの爆音が会場内に響いた。この人をムキムキと呼ばなければ何を筋肉と呼ぶのかと思うほどのムキムキした男が、ピッチピチの服を身にまとってそこに立っていた。

 アサギは、あんな服を、用意されなくて良かったと心底思った。スカート? とかいうのを今は穿いているが、あんなふうに股間がもっこり締め付けられるような服など絶対に着たくない。


「吾輩野郎じゃないでーす」

「黙ってろ新米!」


 くだらない感想を抱いていると、さっきの獣人が見るからに怖そうなこの人につっかかっていた。さすがにドン引き。


「オレはこの試験の試験官のシンだ!シン試験管と呼んでくれ」

「はーい、シンセンセー!」


 この試験の参加者は一人を除いてひたすらに困惑していた。二十人の参加者のうち、十九人が黙ってシンの話に耳を傾けており、たった一人がひたすらにシンにリアクションを返している。

 シンも含めてほぼ全員が、コレにいちいちツッコんでいては前に進めないと判断していた。その結果生まれたのがこの絶妙な空気だ。

 アサギはソレを見て都会の凄さを感じ、困惑しつつ、自分もリアクションをするべきなのかどうかに悩まされていた。


「今からオマエたちには前衛と後衛2人1組でとある競争をしてもらう。ペアはこちらで適当に決めさせてもらうから安心しろ。仲良しグループにはならないと思え」


 そう言ってシンは懐から小さな紙を取り出した。


「第一ペア前衛ノリン、後衛鳥崎」


 シンは決めたペアとやらを1組ずつ発表していくようだ。20人の参加者が1人ずつ呼ばれていき、自分のパートナーを確認していく。


「第七ペア前衛めーし、後衛コーベン」

「吾輩は七番だな! ラッキーセブゥン!超ラッキー! あ、コーベンくん! さっきぶりだな、元気してた?」


 コーベンはめーしの方向をバッと振り返り可哀想なぐらいの絶望顔を浮かべていた。

 だが、アサギはその絶望顔とは裏腹にコーベンの合格を確信した。めーしはこの中で一二を争うほどの実力者であると感じていたからだ。


「第九ペア前衛アサギ、後衛シメサバ」


 そして、ついに呼ばれた。シメサバという女も遅れて前に出てくる。シメサバは無毛獣人のようだ。白髪で狐耳と尻尾がついている。シロキツネだろうか。


「おー、キミ結構強いよね。これからよろしく」

「ボクはアサギです。よろしく、シメサバ」

「獣人やのに公共語喋るのうまっ」


 そう言うが、シメサバはどっからどう見ても獣人だ。アサギは自分と年が離れていない女に遅れをとっていることにショックを受けた。同じ獣人に完璧な公共語で公共語を喋ることを褒められる。これほどの屈辱があるだろうか。

 ちょっとした会話をしていると、もう全員ペアを組み終わっており、シンはさらに説明を続ける。


「お前たちには、今決まったペアと共にシンケン山の頂上を目指してもらう。ゴールするまでにゴブリンを五体駆除し、できるだけ早くゴールする……というのが今回の試験内容だ」


 アサギがチラッと横に目をやると、コーベンに口を押えられているめーしの姿が見えた。


「ゴール地点にはうちの職員がいるので、その職員をみつけ、討伐したゴブリンの討伐証明をわたせば試験終了だ。結果はその試験中お前らがした行動によって決める。ペアのもう一人に仕事を全部任せるようなクズに冒険者たる資格はないからな。あぁ、この試験に制限時間は無いが一応競走なので順位に応じて景品を出そう。がんばってくれたまえ。解散。」


 シンはそう言ってその場を後にした。

 3秒ほど全員固まったあと、4組のペアが我先にと扉へ駆け出した。オラどけぇ! とか、私が先に出るの! とか、吾輩が1番になる! とか、そんな口汚い言葉が聞こえてくる。


「で、どうするぅ?」

「まずはボクたちの能力、知る。作戦、してから行く」

「ほう? 作戦会議はした方がいいだろうね」


 そう会話をしながら遅れてアサギとシメサバは広場を出ていく。シンケン山は東門から出てすぐの所にある山だ。アサギはそこに行ったことは無かったが、戦闘経験のない女子供が入ってもほぼ確実に帰って来れるほどの安全地帯だと知っていた。


「ゴブリン5……ペア10。50のゴブリンがいる?」

「けっこう多いかも」

「ゴブリンは1見たら100はいる。余裕」

「だな! それぐらいなら全然いけそう」


 2人はゴブリン程度は楽勝だと思ったものの、とりあえず雑貨屋に入りアイテムを購入することにした。

 1番安物の回復ポーションを三本だけ購入しただけで、冒険者らしい感じがでてきてアサギは少し嬉しくなった。


「シメサバ、何が出来る?」

「私は魔法使いだよ! 水属性が得意! 水を操って魔物を斬ったりするんや」

「なるほど。ちなみにボクは獣人。毛で防御、爪と牙で攻撃する。前衛」

「おおおお! 思った通り強そう」


 シメサバはパチパチパチと拍手しながら褒めてくれる。アサギは都会で友達ができるか不安だったが、それが解消されていく。まだ言葉が不自由な自分でも友達が出来そうでよかったと本気でそう思っていた。

 特に急ぐわけでもなく、ゆっくり行こうと思うわけでもなく、2人は外へ出る門に辿りつく。


「忘れ物はないか?」

「さっき買ったポーション以外何も用意してないから大丈夫」

「確かに」


 門を1歩外に出るともうそこはシンケン山の入口みたいなもので、若干の傾斜を感じる。ギルドの職員らしき人がこちらを見ながら紙に何かを書いている。アサギはあの人が自分たちを試験してくれる人かと理解して、ペコリと礼をしておいた。それを見てシメサバも礼をする。


「武器を出す。ちょっと待って」

「私も杖はちゃんと手に持っとこうかな」


 シメサバは30cmほどの杖をカバンから取り出し、指揮者のように軽く振って感触を確かめる。

 一方アサギは自分の腕にバンテージを巻き付け、手の甲に青色の魔法陣を浮かび上がらせる。


「魔法陣浮かぶのいいね!」

「カッコイイだろ」


 そうして準備万端になった二人は一歩、森へ足を踏み入れた。

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