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第8話 何も知りません

 トールは不思議だった。


 先ほどからの、サラの言い方。時には、彼のマスターの言い方。


 彼らロイドが動くのは、プログラムの指示によって、計算の結果によってであると誰より知っているはずの彼らが、何故時折プログラムに組み込まれていないものを認めるような発言をするのか。


 彼のマスターは、何か奇妙なことを言っても、そのあとで必ずトールの疑念を払拭する。彼は必ず否定する。プログラムにはない「揺らぎ」のこと。


 当然だ。


「どうしてって」


 サラは肩をすくめた。


「判っていることをいちいち声高に言って、偉そうにするなんて。頭、固くなったわね、あの人」


 ふん、と彼女は鼻を鳴らした。


「人を動かすのは主に『感情』じゃない? 愛情だとか熱意だとか、数値にならないもの。金銭的な損得だって、呼び起こされるのは感情だわ。欲望も一種の感情だとすれば、そのエネルギーは膨大でしょう」


「そうかも、しれません」


 トールは答えた。彼にあるのは疑似感情プログラムであって、それが行動や判断を決定することはない。だが、参考にはする。


「正しい知識と技術があれば、ロイドは作れるわ。一度作ったら、全く同じ手順を踏んで、デザインだけ少しいじって違う作品とすることもできるわね。でもそんな工房に、人はこない」


 サラは続けた。


「リンツェロイドは芸術品に近いものがあるのよ。でも販売が前提である以上、芸術と言っても商売。となるとクリエイターは、愛と熱意で、人を感動させなけりゃ」


 それが〈レッド・パープル〉店主の考えであるようだった。


 〈クレイフィザ〉店主は、自分の趣味と興味を上手に客に押しつけてしまうところがある。客の方では押しつけられたと気づかず、より良質ものを入手できたと思うようだ。「作りたいものを作った方がよい作品ができるのだから、この方が互いのためだ」というのが店主の弁――詭弁だ。


 どちらがよいとか悪いとかではなく――どちらかと言えば、マスターが悪いようではあるが――ずいぶん違うな、とトールは思った。


「どんなご関係だったんですか、マスターとサラって」


「あら。何か色気のあること考えてる?」


「い、いえ、そういうんでもないですけど」


 トールはもごもごと言った。


「学生時代のマスターというのが、想像できないので」


「いまじゃ、生まれたときからプロのクリエイターみたいな顔してるものねえ」


 サラは笑った。


「若いときは、それなり若かったわよ。外見はもちろんだけれど、中身だってもちろんね」


 昔を懐かしむように、彼女は目を閉じた。


「うちの研究室は厳しかったから、恋愛してる時間なんてなかった。研究室の外ではフィルもいくらか人気があったけれど……『怖い』っていう評価が多くて、近寄る子は少なかったわねえ」


「『怖い』……ですか」


 少し意外に思って、トールは繰り返した。


「何か酷いことをした訳じゃないわよ。研究に打ち込む様子が、ね。本気すぎて」


「それって、何も悪いことじゃないでしょう」


 首をひねってトールは言った。


「もちろん、何も悪くないわ。それだけ努力したから、ダイレクト社にも入れたんだろうし」


「え」


 トールは口を開けた。


「マスターって、ダイレクト社員だったんですか!?」


「あら、知らなかったの?」


 サラは目をしばたたいた。


「し、知りませんでした。そんなこと、一言も」


「十年弱かな。第一線にいたわよ。私たち後輩の目標だった。まあ、ダイレクト社正規の技術者ともなると、『怖い』を取り払ってアプローチする子も増えて、違う『目標』にもなってたみたいだけど」


「……はあ」


「そうした並みいるライバルを蹴落としたのが、ソフィアって訳ね」


「ソフィア」


 トールは繰り返した。


「どなたですか」


 きょとんとトールが問えば、サラは再び目をまたたかせた。


「……知らないの?」


「……はい」


「まずったかなあ」


 サラは顔をしかめた。


「ごめん。これ以上は私からは言えないわ。もう既に、言いすぎてるみたい」


「あの……」


「ごめん。忘れて。って言っても無理ね」


 両腕を組んで、クリエイターはうなった。


「……そうだ。ねえ、トール君。ちょっと、ラボ行かない? 調子悪いとこでもあったら、見てあげるから」


 語尾にハートマークでもついていそうな調子で、サラは言った。


「え、遠慮します」


 示唆されていることに気づいて、トールはぶんぶんと首を振った。


「冗談よ。データ抹消なんかできませんって。倫理的にも、技術的にも」


 サラは肩をすくめたが、少しは本気が混じっていたのではないかと少年ロイドは思った。


「あの、でも」


「うん?」


「『技術的にも』って、何です」


 サラ・サンダースは立派なロイド・クリエイター、一級技術士だ。技術のないはずがない。


「そりゃあ、だって、あなた」


 彼女は唇を歪めた。


「フィルがあなたに(ロック)をかけてないはず、ないでしょう」


「鍵ですって?」


「もちろん通常のプロテクトとは別に、とてつもなく厳重なのがかかってるに決まってるわ。私にだってプライドはあるから絶対に破れないとは言わないけれど、時間はかかるでしょうね」


「はあ」


 そうだろうか、とトールは首をひねった。彼自身が彼自身のメンテナンスをすることはないので、よく判らない。


 だが少なくとも、アカシやライオットにそのようなものはついていない。サラの思い込みだ、と彼は判断した。彼女は、「フィル」がとてもとても〈トール〉を大事にしていると思っている。


「そんなことであなたを軟禁してご覧なさい。飛んでくるわよ、フィル」


「はあ」


 やはりサラは何か誤解をしているようだな、とトールは思った。


 彼のマスターは確かに彼を大事にしてくれるが、彼はマスターの製作物で所有物なのだから、当然だ。「最初のリンツェロイド」だから多少の情はあるかもしれないが、それだけのことである。


「あーあ、やっちゃったわ。私、『お喋り』って決して悪い特質じゃないと思うんだけれど、口が軽いのは駄目ねえ」


 天を仰いでサラは言う。


「フィルに何か尋ねるにしても、私から聞いたと言わないで……っていうのも無理よね」


「――言いませんよ」


「ええ?」


 彼の返答に、サラは軽く目を見開いた。


「いまのお話は、僕の胸に納めます。マスターから聞いていないこと、マスターが僕に知らせたくないことは……僕は、何も知りません」


「トール」


 サラは不思議そうな顔をした。


「あなた……」


 彼女は何か言いかけたが、その続きは発せられなかった。


「ああ、ちょっと失礼」


 その代わりにサラは、手を胸もとの記章に触れて視線を下に向けた。通信が入ったのだなとトールは理解して、礼儀正しく目を逸らした。


「え? もうそんな時間?……まだじゃないの。……判ってるわよ、リー夫妻をお待たせなんてできないわ。ええ、すぐに」


 その辺りでトールは立ち上がった。彼には時間があるが、サラの方になくなった訳である。


「ごめんなさい、トール。お客様がずいぶん早くいらしたみたい」


「いえ、僕が……と言いますか、うちのマスターがきちんとお約束をしなかったのが悪いんですし、渡すものはきちんとお渡しできたんだから、僕はちっともかまいません」


 にっこりと笑って彼は言った。


「楽しい時間を有難う、サラ。もしマスターが僕にお使いを命じることがありましたら、また」


 そうしてトールは、もう一度ホークの案内を受けて、ショールームを通り抜けた。デイジーはデモンストレーション中で、彼はそっと彼女に手を振るだけにした。ロイド同士ではあまりやらないことだが、そうするのが自然に思えたのだ。


 時間は、ある。


 〈レッド・パープル〉をあとにしたトールは、ネットワークにアクセスして、いくつかの情報を集めた。


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