お嬢さまは仮縫い中
季節は少しずつ進んでいく。
アゼンダは太陽が眩しく照りつける夏となった。
青々と茂るパプリカ畑を、今年も子ども達がはしゃぎながら実を摘み取っている事だろう。
手芸部隊はいよいよ販売となるパッチワーク製品作りと確認に余念がない。
……どのくらいの反響があるものか、初めはいつも手探りなのは変わりない。
完全手作りのため、充分な数を揃えているとはいえ余りに売れ過ぎた場合はパンクしてしまうだろう。少しずつ拡がっていけば良いが、余りに売れなくても士気が下がりそうだ。
アゼンダ領内では、手芸部隊関連への協力者が経営する商会を中心に製品を卸す事にする。これは反対も多い中に協力に手を挙げてくれた事へのお礼の一環だ。
とは言え変に軋轢を生んだりはしたくないので、もちろん希望があればそれ以外の商会へも卸しはする。だが、やはりある程度の差はつけさせて頂きたいと思うのだ。
王都での販売は今までの実績と信頼から、取り敢えずはキャンベル商会へのみ卸す事にした。アスカルド国内への流通は、今後の流れによって変える事を予定している。
大きすぎるようなら暫くは王都のみで販売する事になるだろうし、小さすぎるなら販路を増やして他の地域での様子をうかがう事になるだろう。
海外向けにはクルースの港町以外に、肥料販売所を開いている国境周辺の町の店にも置いて、陸続きで移動する他国の商人が手に取り易いようにと思っている。
お披露目会の準備も少しずつ進んでいく。
正式な招待客を決め、最近マグノリアは専ら招待状の宛名書きに勤しんでいた。
マグノリアはダフニー夫人を呼ぶことが可能か、セルヴェスとクロードに確認をした。実家にいた時にお世話になったと個人的に思っているので、きちんと挨拶出来ずに移領してしまった事を悔いている。
夫人の配慮があったからこそ、マグノリアの異世界の知識習得が思ったより早くなせたと思っているのだ。
とは言え、正式な教え子でもないのに招待というのもどうなのか。侯爵令嬢が呼びつけたら、こちらは呼びつけているとは思っていなくても、相手がどう思うかだ。
――伯爵夫人としては断りにくいのではないだろうかとも考えてしまう。
クロードが面白そうに笑みを浮かべながら言う。
「……いつもに比べて細やかな気遣いだな? ある程度の礼儀や上下関係はあるものの、比較的寛容だ。アスカルドもアゼンダも、そこまで大きく身分差を考えないだろう。先生である伯爵夫人が侯爵令嬢の誘いを予定があると断ったぐらいで波風は立たない筈だ」
揶揄うような表情にマグノリアは小さく頬を膨らませた。ニヤリと笑ったクロードに、ぶすりと指で柔らかな頬を突かれる。
ぷすぅ、と音をたてて空気が漏れた。
とは言え好意が押し付けにはならないと知りほっとしたのも事実だ。
お披露目会を憂鬱に思っている孫娘が、少しでも気が晴れれば良いと思いながら、セルヴェスはマグノリアに提案する。
「遠方故、体調や予定に無理が無いようであればと添え書きをしてみたらどうだ?」
「……正式に教えを受けていた訳ではないのですが、ご迷惑にならないでしょうかね……」
「それも併せて書いたら良いのではないか?」
マグノリアは兄の講義にお邪魔していたにもかかわらず、親身に対応していただいたおかげで学びを深められたお礼と、家庭の事情で急に出席出来なくなり、更には急な移領で挨拶が出来なくて申し訳なく思っている事。お披露目会を祖父の館で行うので招待したい事。しかし辺境であるので迷惑でないか懸念している事。もし来ていただけるのであれば、道中体調に気をつけてほしい事と、予定があるようならくれぐれも無理をしないでほしい事を丁寧に綴った。
思い悩んでる様子が透けて見えたのか、ダフニー夫人からすぐに返事が来た。
自分がした些細な事が役に立ったようで嬉しく思っている。また、元気な様子でとても安心しているので、そんなに思い詰めなくても大丈夫な事。喜んで伺うと結ばれていた。
(良かった! ライラやデイジーにも会いたいけど、結婚しているだろうから遠出させるのも……もしかしたら妊娠して体調とか悪いかもしれないしね……)
見知った人に再会できる事になり、お披露目会の楽しみがちょっとだけ出来た事に心が浮上する。
そんなマグノリアの様子を見て、リリーを始めディーンも館の使用人達も……何よりも誰よりも、セルヴェスとクロードが大きく胸をなでおろしたのだった。
*****
今日は衣装の仮縫いの日だ。
アゼンダでのお披露目会という事で、領内の服飾店にドレス製作をお願いしている。本来なら気持ちとしてはキャンベル商会にお願いしたい所だが、遠い上になかなかの人気店のため余計な事は言わないでおく。
いつもは動き易い簡素な服を好むマグノリアだが、身に纏ったドレスはふわふわのフリフリで大変落ち着かない。
質実剛健の家であるが、必要なものにはきちんとお金をかける。お金持ちがある程度消費をするのは経済を回す上、技術を向上させる上で必要な事でもある。
セルヴェスとクロードによって、最高級の布地が用意されている。
……恐ろしいので聞かないが、普段のふたりの様子からマグノリアにも察せられて余りあるのだ。
(まさか、館が買えるほどとか言わないよね……?)
ほんまモンのお姫様なのだなぁと、今更ながらに思う瞬間だ。
鏡に映る姿は大変可愛らしいが……こう、心理的に借り物感があるのだ。
(う~わぁぁ。めっちゃブリブリじゃん……)
マグノリアは小さな子どもの今でもシンプルなものを好む。
地球の日本でも、モノトーンの洋服が多かったと思う。
三十過ぎた女性が、見るも立派なロリータファッションで固めている姿を思い浮かべてほしい。それもふわふわ・甘々のパステルカラーだ。更にはこれでもかと言わんばかりにフリルとリボンに溢れて零れている(?)。
……もちろんファッションは個人の好みや主張だったりするので、他の人に対してどうこう言うつもりはない。好きにしてくれて構わないし、フリフリ可愛いよね!
……他の人にどうこう言うつもりはないのだが、マグノリア本人が自分に対しては、無い。
精神がゴリゴリと削られる。
(ありえん……ツラい……非常に辛い)
外身は何とか愛らしい子どもであるのは救いだ。
心の中ではゲッソリしている。そして白目を剥いている。
昭和の少女漫画なら、背景に集中線と効果線が描かれ……黒目が無くなって、長いまつ毛と下まつ毛のみになった瞳で青ざめている筈だ。
お針子さん達に呼ばれ、保護者が入室してくる。
……セルヴェスは一目見るなりプルプルし始めた。想定内である。
それを見たガイも(セルヴェスの後ろについて来た)プルプルしている……想定内である。
クロードはふむ、と頷くと、まじまじとマグノリアを見た。思わずたじろいで、グッと息を詰める。
「確かによく似合うな。とても愛らしい」
「!!」
次の瞬間放たれた、どストレート過ぎる誉め言葉にマグノリアがびっくりしていると、なぜか自信満々でドヤ顔したリリーが、鼻息荒く頷いた。
お針子さん達も凄い勢いで首を縦に振る。
「そうでしょう、そうでしょう! マグノリア様はとてもお可愛らしいのです!」
「知ってる! 可愛らし過ぎて儂の心臓は止まるかもしれない……っ!」
被せ気味に呻くセルヴェスが、大きな身体を震わせながら心臓を押さえる。
「……いや、止まっちゃ駄目ですよ?」
マグノリアが冷静に言い放つ。ガイもコクコクと頷いている。クロードは無表情で何かを考えているが……
通常運転である。
「……ドレスに合うティアラでも作るか……」
暫くして、ボソリとクロードが呟いた。
「それは良い! 大陸中の最高級ダイヤを集めよう!!」
「素敵ですね!」
急に元気になったセルヴェスがとんでもない事を言い出し、興奮気味なリリーが肯定する。
(ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!!)
マグノリアは心の中で悲鳴をあげながら怒鳴った。
「いやいやいや! 要らないですからねっ! 微塵も買いませんよ!!」
駄目だ、セバスチャンを召喚せねば!! 破産してしまう!!!!
(誰かー! セバスチャーーーン!!)




