お嬢様の隠し武器
「それは大変ですね……」
最近商会の人間に会うと、判を押したように同情される。
そう、お披露目会の事である。
アゼンダの智慧の女神と裏では(?)崇められている小さいお嬢様であるが、普段は動き易い質素なワンピースを着て畑の土を捏ねては、節約料理ばかり食べているイメージである。
よって、幾ら賢いとは言えきちんとしたお嬢様を演じられるのか、平民たちの方が不安に思っているのであった。
「……みんなも招待出来たらいいのに」
「いやいやいや、止めて下さいよ! 冗談じゃねぇ!!」
放っておくと本当に商会の平民を招待しかねないので、ダンが念を押しておく。
「着るものもなければ立ち居振る舞いも出来ねぇんですからね!?」
「そうよねぇ。迷惑よね……」
マグノリアとてそのくらいは察しが付く。
……気心知れた人がいたら気乗りしないパーティーも楽しく過ごせるかもと思い、言ってみただけだ。
常識人のパウルがマグノリアと引率のクロードを交互に見て尋ねる。
「……マナーとか大丈夫なんですか?」
「……実家に居る時に暇つぶしに練習したから大丈夫だと思う」
「実家に居る時って、いつの頃なんですか……」
「三歳」
「「「「「「…………」」」」」」
ギルド棟の会議室の一室が微妙な空気に包まれる。
勿論、マグノリアの礼儀・マナーが及第点以上であることは、辺境伯家でちゃんと確認済みである。
月一の定例会議の後に、いつもより元気のないマグノリアにパウルとダンが声を掛けたのが発端だった。
会の準備内容が具体的なものになって来た。いよいよ現実味を帯びてきて、お披露目会が気重らしい。
「……マグノリア様はとてもお可愛らしいんですから、綺麗なドレスを着てお澄まししていればすぐに終わりますよ」
苦笑いをしながらピアニーが慰める。ダリアもうんうん同意している。
「本当に。お世辞じゃなくて本気で、あたし、マグノリア様よりも可愛い人を今まで見たことが無いですもん。将来めっちゃ美人間違いなしですよ! 羨ましいです!」
――まあ、その顔が原因で面倒事があったりもする訳なのだが。
マグノリアもクロードも心の中でそう呟く。
「そう考え込まなくても大丈夫だと思うけどな? まあ気楽に美味しいものでも食べてればイイよ~」
冒険者ギルド長兼魔法ギルド長でもあるヴィクターは、あっけらかんと笑ってそう言った。
クロードと商業ギルド長のドミニクが、何か言いたげな顔でちらりとヴィクターを見遣った。
「あ、それと手甲ね。お待たせ~、やっとモンテリオーナ聖国から戻ってきたよ!」
「……随分かかりましたね」
クロードが呆れたようにヴィクターに言うと、彼は眉間に皺を寄せた。
「腕の太さと武器の大きさに合わせて伸び縮みするとか、他にもいろいろ魔法付与じゃん! 順番待ちだよ。魔力持ちじゃないと作れないんだからさ」
ヴィクターはぷりぷりと文句を言う。
クロードは無視して手甲を受け取ると、矯めつ眇めつながめては、軽く叩いたりと検分を始めた。
「……大丈夫なようだ」
クロードから差し出された手甲は、黒竜の鱗が光る、なかなか渋い代物であった。長いリストバンドのようになっているが、万一にもずれないように、三本のベルトと留め金が縫いつけられている。しっかりした造りであるのに、不思議と重さは感じられなかった。
黒竜の鱗つきの革は二重になっていて、間にはクロードが作った特殊合金のプレートが入っているそうで。
多分どんな刃物をもってしても、手甲をはめた腕を傷つける事は出来ないであろう。
手持ちの武器を装着出来るループベルトが別についており、腕が短くてもリーチが長く出来るようにお願いしたのだった。
それをしっかりと外れないように出来ないかと聞いたら、魔法付与をすれば良いと何気なく言われたのだが……もしや結構な事だったのだろうか?
ありがとうございます。と言っては周りの反応に首を傾げるマグノリアを見て、ドミニクは小さくため息をついた。
(……凄い手甲だな……)
武器についてそう詳しいわけではないが、ものの目利きには自信がある。ドミニクは金額がつけられなそうなそれを見て、微妙な顔をしてクロードとマグノリアを交互に見遣った。
(とんでもないものを作ったもんだ……正に辺境伯家の逆鱗と言う訳か)
祖父であるセルヴェスは言うまでも無く、クロードもなんだかんだで随分姪っ子を可愛がっている。
……無愛想な上に物言いが厳しく聞こえるので、一見するとそうは見えないが……忙しいだろうにもかかわらず、時間があれば姪っ子に付き添い(まあ、とんでもない事をしないよう調整をつける目的もあるのだろうが)、なんだかんだと甲斐甲斐しく世話を焼いているのだ。
今も膝をついては目線を合わせ、若干いつもより元気のない小さなお姫様のご機嫌を窺っている。
無理も無いだろう。
妖精姫と呼ばれ沢山の男たちから求愛された上に、実際に小国の王女でもあった彼女を我がものにしたい砂漠の国の皇帝によって、祖国を滅ぼされてしまったアゼリア姫。その、彼女の曾祖母にそっくりの面差し。
ドミニクも晩年期に差し掛かったアゼリアを見たことがあるが、年齢を重ねても非常に美しい女性であったのを覚えている。
……そんな見目な上に人懐っこい幼女だ。放っておいたらいつ誰に攫われてもおかしくない。
その上、類を見ない不思議で豊富な知識。
見た目に誤魔化されがちであるが、幼子とは思えない思慮深さも見せる。
身内ならば過保護にもなるであろうと納得する。
万一あの手甲が使われた時は、マグノリアを傷つけようとする者が現れたという事だ。
(……そんな阿呆は現れてくれるなよ……)
『悪魔将軍』は比喩ではないからな、と。
マグノリア同様、普段は存外人懐っこいセルヴェスが戦う、まさに鬼のような姿を思い出しては……ドミニクはぶるりと身体を震わせたのであった。
******
「こう、振りだしてロックするんだけど」
マグノリアは言いながら腕を振り下げる。
ガイは小さな主の動きと説明を聞きながら、頭の中で見た事のない新しい武器の構想を組み立てていく。
「……短い棒……短杖みたいなのに、太さが違うシャフト棒が入ってるんすよね?」
「うん。二段階か三段階ぐらいだったかなぁ。確かシャフト同士の摩擦でロックするんだったかな? 無理なら引っ張って留める、でも構わないんだけど」
「うーん、テーパー角にすればいいんすかねぇ……」
現在、陽気な護衛と小さな妖精姫が、なんやかんやと相談をしていた。
手甲が完成したため再び武器庫に行き見落としは無いかと、手甲に備え付ける武器を物色していたが……全くもって隠れる感じのものが無かったのである。
そういう場合隠密や暗殺者はどうするのか聞いたら、武器を自作するそうで。
新たな武器を作るのはどうなのかと敬遠していたが、考えてみれば今あるものよりも殺傷能力が低いものを作る分には問題無いだろうと思うに至った。
伸びる、に関してもジョイント式はあるのであるからして、ギリセーフなのではないだろうか……?
そして、なんだかんだと話し合いながら館の離れの奥の方に進んでいくと、鍛冶仕事をする作業場があったのである。なんでこんなものが……?
「……ほら、辺境伯家は一応武器を使う家門ですからね? ちょっとした直しくらいは出来るんですよ」
そう言いながらガイは慣れた様子で適当な武器を切断したり溶かしたり叩いたりして、手早く組み立て、作り上げていく。
「カッチカチの方がいいですよね?」
「……ある程度丈夫な方が良いけど……叩いたら即砕ける(相手が)とかは困るかも……」
「難しいっすねぇ。お嬢が叩いた所で、剣で切り刺しするよりかは全然ですけどね?」
怖い事を何でもないように言っている。マグノリアは渋い顔をした。
とんでもない金属がゴロゴロ(?)している世界なのだから、注意しないと元のものよりも数段恐ろしい武器に代わるかもしれないではないか。
流石にそれはマグノリアの意に反するのだ。
そんなこんなで説明をしたり世間話をしている間に、あっさりと警棒が出来上がったのである。
「グリップに何か巻いた方が良さそうですねぇ」
「おお! 凄い! ちゃんと伸びた!!」
短い短杖を振り下げると、金属のこすれる音がして、刑事ドラマで見慣れた金属棒が出てくる。
あの拙い説明で作り上げるとは……やるな。
「ガイ、ありがとう! ……この武器、広めないよね……?」
窺うように確認すると、苦笑いをされた。
「伸びる棍棒なんてお嬢ぐらいしか使わねぇですよ。もっと効率の良い武器が幾らでもありますからねぇ」
(良かった!)
と、いう訳で。
ピロリ~ン! マグノリアは新しい武器(手甲と警棒)を手に入れた!




