采配の練習
「マグノリア様、お花は如何致しましょう?」
「そうねぇ……春らしく淡い色にしましょうか」
貴族女性の大きな仕事は家政の采配である。
本来、母親について見てまわり、何度も練習して覚えるらしいが……
実親から離れて暮らすマグノリアであるが、引き取られたというか転がり込んだというか、辺境伯をしている祖父の家には女主人が不在であった。
最近芸術系の教育に加え、その辺の教育もおざなりにならないようにという事で、実際に辺境伯家の家政の一部を任されているマグノリアである。
今は本日の花の指定と、季節の模様替えの確認をしている最中である。
……練習は練習ではなく、ぶっつけ本番なのがらしいと言えばらしい。
(誰かがやってみせてくれたら良いのに~)
たとえ多少失敗した所で気にもしなさそうな性格の祖父と、理詰めで延々とレクチャーしてくれそうな叔父が住んでいるだけなので、ぶっつけ本番でも問題はないのではあろうが。
生ぬるい練習を十回するよりも、本番一回の方が得るものが大きいという事か。
本当の本番は結婚した先の家での采配であろうから、辺境伯家で好きなだけ失敗しろという事だ。余程のアウトな内容であれば、出来る家令セバスチャンと、肝っ玉侍女頭のプラムから待ったが入る筈……と願っておく。
(実家でもウィステリアさんがやってる様子はないから、最悪は家令か執事、侍女頭辺りがよしなにやってくれているのだろうしねぇ)
「夏物のファブリックの見直しをしておいた方が良いかもしれませんね。足りない分は発注をしておいてほしいのだけど……」
「畏まりました」
春夏秋冬、模様替えとかメンドイねぇと指示出ししながら、独り言ちるマグノリアであった。
秋に行われるマグノリアのお披露目の支度も少しずつ始まる。
招待客の名簿作り、招待状の用意と発送、招待客と季節に合わせた会場の用意、料理、お土産、遠方の来客用の晩餐会の支度……
通常、産まれて半年から一年の間に行われる行事なのである。
貴族の子育ては乳母がいる事が殆どだとはいえ、産後になかなかの重労働というか気苦労というか。産後の奥様もノータッチではないのだろうから、お母さんは何処の世界でも大変である。
「ブリストル公爵っと。役職・宰相……? こんな人、辺境に呼んでも大丈夫なの……?」
ある程度頭に入っている貴族名鑑と招待客リストを見比べながら、リストの隣に記載されている役職や好み、特記事項などを頭に叩き込んでいく。
突発的な『何か』があった場合に備えるためだ。
粗相がないように、相手の好みや趣味、体質、家族構成など覚えておくべき事は山積みである。
ウィステリアさんが大の社交好きとは言え、自宅で舞踏会も晩餐会も開かない理由と気持ちはよく理解出来た。
招待客は基本、親や家門の関係者やお付き合いのある人々である。
本来子どもは居るだけである筈だが、今回は異例の六歳でのお披露目である。要らぬ詮索と勘ぐり、時に好奇の目に晒されるだろう事が想定される。
リストの写しを見ては、リリーとディーンがいちいち青ざめているのが何とも。
形だけの貴族であり意識は地球の平民であるマグノリアに対して、低位とはいえ立派な貴族であるふたりの方が、事の重大さを感じられるのであろう。
「……流石、辺境伯家ですね……そうそうたるお客様ばかりで、私、粗相をしてしまわないか心配です」
「俺、給仕の手伝いをするんだけど……大丈夫かなぁ」
「都合がつかない者は代理を寄越すから大丈夫だ」
王都から帰ってきたクロードも写しに目を落としていた。
久々に辺境伯家が勢ぞろいでお茶の時間を楽しんでいる所である。
最近はお茶のテーブルのあれやこれやも、マグノリアが指示する事になっている。そう、パーティーの指示出しの練習である。
セルヴェスがマグノリアを膝に乗せながら、クロードの言葉に頷く。
「ブリストルは次男坊を名代に寄越すだろう……近くに住んでいるからな」
家門の付き合いとしてはアスカルド王国にいる人間が多いのだろうが、あくまでマグノリアは辺境の地で過ごさせる事を考慮して、招待客の大半を辺境伯領の貴族にした。
「私の事情ってどうなってるのでしょう?」
「……幼少期、身体が弱かった事にするそうだ。それが一番瑕疵が少ない」
「ほほぉう」
両親に疎まれて育ったマグノリアは、する筈のお披露目をしていない。
この世界の貴族ではありえない事らしい。
その場合、子どもに何らかの不都合があるが故、行われなかったとみなされるそうだ。
小さい時に身体が弱く、生き永らえないかもしれないのでお披露目をしなかった。空気の良い辺境の地で療養をしており、健康になったのでお披露目を……という事にするのだろう。
想定ド真ん中の言い訳である。捻りもなんもない。
「アスカルド王国からはブリストル公爵とギルモア侯爵家、オルセー女男爵、ペルヴォンシュ女侯爵だけなのですね」
「うむ。遅いお披露目で辺境だからな、各家にはご遠慮願ったのだ。筆頭公爵家のブリストルは宰相故、例外で呼んでおく方が王家との色々を押し付けやすいからな……まあ、本人は多忙で来られないだろうが。ギルモア家は実家故、呼ばない訳にもなぁ」
……色々本音が漏れ出ている。
セルヴェスにマグノリアも頷く。
「まあ、来る来ないは別としても、声掛けはしないとなりませんよねぇ」
あちらも出席などしたくはないだろうが、来ない訳にもいかないだろうというジレンマ。
辺境伯一家は全員、小さくため息をついて再びリストに視線を戻した。
「オルセーは隣の領地の中にある、一番端にある街だ。女男爵の父がその街の地方代官を務めている。彼女自身は手広く事業をしている人間だな」
「キャンベル商会の本店があって、一緒に事業をしてるんですよね?」
マグノリアの確認にクロードがそうだと返す。
オルセー女男爵は実業家という事だ。
本店と言ってもいわば総合商社のような感じであり、扱う商品は食品から輸入品、生活雑貨まで多種多様だ。
服飾が専門であるサイモンの経営するキャンベル商会とは似て非なるものである。
この本店とのやり取りと物流の関係、そしてギルモア家でのやり取りを見てしまったが故に気にかけてくれており、サイモンは忙しいにもかかわらず、時折、辺境くんだりまで出掛けてくるのである。とっても良い人である。
「領地に一番近いし、クルースの港を利用した商いもしているので関わる事もあるかもしれないからな……そして次の欄に記載されているぺルヴォンシュ女侯爵は『東狼侯』だ」
『東狼侯』――アスカルド王国の東……正確には南東部を治める侯爵家だ。
ギルモア家と並び、アスカルド王国有数の武家の家門である。
今はだいぶ弱体化したが、大変気性の荒い砂漠の国と、大国であるマリナーゼ帝国、そして幾つかの小国とも接している領地だ。なかなかハードな領地である。
「東狼侯って女性だったのですか……」
今度はセルヴェスが頷く。
「数年前に代替わりしたのだ。ペルヴォンシュ家は東の領地を治め、代々砂漠の国の人間を相手に引けを取らず、狼のように恐ろしく勇敢である事からずっと東狼侯と呼ばれているのだが……」
「現東狼侯は兄上と同じ年だ。内乱・内戦時代に身分を隠して戦闘に参加して武功をあげたのだ」
凄い。そんな事が可能なのだろうか?
一般的な貴族女性が、あの重い剣を振り回して戦えるとは思えない。甲冑も信じられないぐらい重いのである。
一般的な貴族女性と言われてマグノリアが思いつくのが、母であるウィステリアとモブーノ伯爵令嬢なのだが……性格はともかく、体力的には一般的な範囲であろう。
あの二人が甲冑を着て剣を振り回せるとは到底思えない。
「先代は男児に恵まれなかったのだが、たまたま娘に武の才がある者がいて、その子を跡取りとして育てたのだよ」
(日本の歴史少女漫画の大傑作にも、そんな女性が主人公の物語がありましたね!)
セルヴェスの説明に心の中で余計なツッコミが繰り返される。
(……結末は歴史の渦に散ってしまわれましたが。漫画を読んで少女だった頃の元マグノリアも涙しましたよ)
まあそれは置いておいて。
実家に居た頃についてくれた、侍女のライラを思い出す。
確か、結婚が決まる前はペルヴォンシュ家の騎士団に入団する予定だったと言っていた筈だ。
(跡取りが女性だから、女性騎士も受け入れているのか……)
ギルモア騎士団が女性を受け入れない訳ではないのだが、元々女性騎士は極々少数らしく。国内一屈強とも言われている騎士団故、体力的に女性が参加する事が難しいそうなのだ。
……まあ、丸太で土をプレスしたり巨大な鉄のローラーを転がす様子を見れば、女性はおろか普通の男性ですらも参加出来るとは思わないであろう。
「凄いですねぇ」
「正式に跡取りとするのに、武功も陞爵も邪魔にはならんからなぁ……とは言え、ふたりとも、なんだなぁ」
「……マグノリアの未来ですよ」
感心するマグノリアと、濁すセルヴェス。
クロードがとどめを刺すようにひと言告げると、何でもないような風に澄ましてお茶を飲んだ。
「マグノリアはあんなにおっかない女達の仲間にはならんぞ!」
「……まず間違いなくこのまま行けば、三人目の女性爵位持ちになりますよ」
クロードにすげなく再度念押しするように言い切られた。
縋るようなセルヴェスの視線に、リリーもディーンも、ガイもセバスチャンも。庭の端の方に居る騎士達もが全員目を逸らした。
マグノリアは首を傾げる。
(爵位、要らないけどねぇ。でもじい様が怖いって言うくらいの女性かぁ。どんな人達なんだろう……)
実業家のオルセー女男爵はともかく。
東狼侯ことペルヴォンシュ女侯爵に関しては、女コマンドーみたいな筋骨隆々の女性戦士を思い浮かべては、垂れ気味の丸い瞳を瞬かせた。




