変わりゆく季節
第三章、本編最終話となります。
お読み頂きましてありがとうございました。
「マグノリア様。こんなちっさい布切れ、どうやって使うんですか?」
本来廃材の筈の小さな布を使ったパッチワーク。更にそれを作った後に残る小さな布。
……更にそれを活用しようと、三種類ほどの大きさの正方形に切った木切れと同じ大きさに切ってもらっている。
パッチワークがある程度落ち着いたら……もしくは思ったよりも受けなかった場合に次に出す手芸品の材料だ。今はせっせと材料を溜めておく。
「それが、ちゃんと使い道があるんだよ~。なるべく同じ大きしゃに、綺麗に切ってね!」
「へぇ。流石にこっちは使えないよね?」
そういって指差したのは、細かい……縫う場所など微塵も見受けられない『布だったもの』だった。
「……そうだね。流石にこれは商品には使えないかな。同じようなのをまとめて焚き付けの着火剤にちようか」
小さすぎてほつれてしまった布や、小さな糸くず、数ミリと言って良さそうな布を適当な大きさにまとめる。
パッチワークなどの手芸品に向かなそうな端布や、シミなどがついていて商品としては使えない端布で包んでは、頭の大きなてるてる坊主のように縛っておく。
そのままでも使えるが、油などに浸せばよく燃える。
そうしてかまどや風呂など、火を起こす際の着火剤にして最後まで使い切るのだ。
――日本に生きていた頃、ここまで布を使い切ったことなど無いであろう。
デザイナーズブランドの流行、ファストファッションの台頭。
右から左に流れていく流行の波。
手軽に服も布も手に入る時代に住んでいたため、買ったものの袖を一度も通さずに、クローゼットにしまわれたままの洋服もあった筈だ。
そんな事を考えていると、手伝いの子どもがにこにこしながら話し掛けてくる。
「マグノリア様、最近滑舌が良くなったよね」
「しょうなの! ……あ」
言ったそばから、周りから笑いが漏れる。
……ガイとディーンも笑っているので、後で締めあげるつもりだ。
ちなみにリリーは子ども達と一緒にせっせと布を切っている。
「『さしすせそ』が苦手なんだよね!」
「うん……早く直ると良いのにぃ」
小さい頃に余りにも話さなかった弊害なのか、はたまた滑舌が残念なほどに悪い人間なのかは解らないが、マグノリアの言葉は未だ未熟な感じだ。
とは言え、当初に比べればだいぶマシになったのではあるが。
「あー! 疲れた!!」
大きな声を張り上げながら、ギルドで行われている授業から子ども達が帰ってくる。
こうだった、楽しかった、難しかったと表情豊かに話す姿は、なんだかんだでイキイキとしている。マグノリアは子ども達の様子を見て朱鷺色の瞳を細めた。
先日やっと全ての調整が整い、ギルドや集会所で『アゼンダ学校』がスタートを切った。
地区ごとに幾つかの集会所、領都はギルドの一室を借りての、基本文字と数からの勉強である。
基本の読み書き計算から生活に必要なある程度までの内容を、約一年かけて学ぶ。
もっと高度なものをと思ってしまうが、急いては事を仕損じる。
周りの状況と要望を噛み合った状態で進めていかないと、計画倒れになってしまうだろう。
必要だと思わない所にどんなに素晴らしいものを作ったとしても、使う人が必要としなければ活用されない……ただの自己満足にしたい訳ではないのだ。大切に育て、大きくしていかねばならないものだ。
教育は力になる。必ず。
まずはそう気づくまでの素地を作っていかなくてはならないのだ。
仕事の合間を縫って、ダンや各部門の代表者達も学んでいるらしく、必要に迫られているからなのか。驚くべき早さで習得しているらしいとの事だった。
(みんな頑張ってるな。私も頑張らなきゃな!)
鼻息荒く外へ出ると、数ブロック離れた場所にだいぶ出来上がってきた新しい区画が見える。スラム街だ。
街が生まれ変わるに当たって、通りと区画の呼び名を変えようという話になった。
どんな名前にするのが良いかとマグノリアも尋ねられたが……
『旧スラム街』と敢えて過去の名前を残すか他のものにするか大人たちは絶賛協議中だ。
(個人的には、復興度合いというか……変化と努力の跡が見えて『旧スラム街』、悪くないと思うけどねぇ)
空いたスペースにやたらと木蓮が植えられているのが何とも……マグノリアはため息をついて目を逸らした。
(食べれるものが実る木にしたら良かったのに……)
本日、後ろに付き従うディーンはお休み中である。
勉強地獄から一日解放された彼は、心底嬉しそうに浮かれ気味で。
本日は従僕としてというより、友人として同行しているのだそうだ。
あんなに暑かった筈なのに、あっという間に季節は晩秋を迎えた。
柔らかな秋の日差しが、紅葉を始めた樹々の葉の上に優しく落ちる。
陽気な護衛が繰る馬車に揺られながら窓の外を見ると、農家の人達と農作業部隊の人達が手を振っている。
マグノリアも窓から身を乗り出して手を振り返す。
ギルモア家の紋章が屋根の天辺に鎮座する黒塗りの馬車は、あぜ道にあって異彩を放っているためにすぐ解るのだろう。
目立つ紋章の屋根飾りは、本来は盗賊や山賊、悪漢避けのために考案された『ヤバイ奴ら避け』なのである。
(こう考えると、黒塗りのベンツに乗ってる感じなのかな……あれ? 大丈夫か??)
なんか怖い人認定されていないかと、今更ながら首を捻った。
何度となく通い慣れた道を、馬車が走ってゆく。
曲がり角を過ぎれば、領主館が見えてくる。
「……なんか、今日は人が多くない?」
マグノリアの言葉に、リリーとディーンも窓から首を出した。
見慣れた館の前に、数十人に及ぶ大群が並んでいるように見える。
「何事ですかね……」
「……まさか、また何かやらかしたの?」
疑わし気な声でディーンがマグノリアを見る。
「わたちが、いつ、何をやらかちたって言うのしゃ!」
「無自覚なんすねぇ」
何故か馬車を繰るガイまで半笑いで参入してくる。
ディーンの言葉に食ってかかるが、ディーンはディーンで、ジト目でマグノリアを見ていた。
リリーはそっと、飴色の瞳を逸らした。
「きぃーーーーっ!」
馬車が館の前で止まると辺境伯親子とその使用人達に加え、何故かヴィクターと騎士達数十人がいた。
……そして何故かヴィクターと騎士達は満身創痍である……
(何があった……?)
「ただいま戻りまちた……?」
「おお、お帰り。マグノリア!」
ピンピンしているセルヴェスが、いそいそとマグノリアを抱き上げ、左肩へ乗せる。
収まりよく座ると、首を傾げた。
「街はどうだった?」
「はい。特に問題なく。学校も区画整理も順調な様子でちた」
至急の研究があるとかで自室に籠っていたクロードは、食事以外で久しぶりに顔を合わせた。
「もう研究は終わったのでしゅか?」
「ああ。恙無く」
ホクホクとした表情をしている。
……仏頂面ではなく、柔らかい顔をしていれば年相応なのに。
(おや、珍しい……余程楽しかったのかね?)
「これを」
「?」
心の中で失礼な事を考えているマグノリアへと差し出されたのは、鉄……色的には銀のインゴットであった。
「……これは?」
「アダマンタイトとヒヒイロカネの合金だ」
無駄に良い声で静かに言うクロードの呪文のような言葉を、頭の中で繰り返す。
アダマンタイトトヒヒイロカネノゴーキン?
何故か周りの人間が慄いている。
あちゃ~と言わんばかりに右手で顔を覆ったヴィクターが、やけくそ気味に声をあげた。
「つーか、クロード様ってばなんてモノ拵えてんだよ!」
「……以前学院で研究していたひとつだ。使い道が出来たので完成させたのだ。合金にすることでそれぞれの良い所を残しつつ、加工し易くなっている」
「????」
「硬くて魔法を通さない『アダマンタイト』と、鋼より軽くてダイヤモンドより硬く、錆びない『ヒヒイロカネ』の合金らしいっすよ。剣も槍も魔法も弾く金属なんでしょうねぇ?」
ガイがかいつまんで説明する。
……アダマンタイトって、あのゲームやファンタジー作品御用達の『アダマンタイト』か、とマグノリアは瞳を瞬かせた。
(あったのか、異世界レアメタル!)
確か、ヒヒイロカネも同じ類の金属だった筈だ。
それを合金にしたらしい……
「手甲の材料にするといい」
「手甲……」
まさか、あの時……武器庫での話かと思い当たる。
ヴィクターとの様子を見るに、珍しい合金を調合しちゃったっぽい系なのか……?
良く解らないまま、ありがとうございますと礼を述べておく。
クロードは満足気に頷いた。
「儂からはあれだ」
セルヴェスが指さす方を見ると、大きな生き物が庭に転がっていた。
「……あれは……?」
羽がはえており、表面が鱗で覆われている。
三メートル程の何か。
「黒竜だ」
「コクリュー」
事も無げに言うセルヴェスに、マグノリアが繰り返す。
「竜の革……鱗で作った鎧は丈夫で多少の攻撃には傷つかんからな。手甲の材料にすると良い」
武器庫で話を聞いた時、良く伸びて強い革と聞いた時に思いついたそうだ。
ここ数日出掛けていたのは、竜討伐に北の森の奥でキャンプをしていたらしい。
「……竜討伐も危ないでしゅけど、北の森……国境とか大丈夫なんでしゅか?」
まさか国際問題に発展しないだろうな、と心配になるが。
セルヴェスは問題無いと、右手を小さく左右に振る。
「大丈夫だ。森は色々と魔物がいるので不可侵なのだ。森を出た所からが国境だ。問題無い」
「……いや、別の意味では問題ありありだケドね。とにかく冒険者歴史上一番ハードなやつだったわ! 遭遇しちゃって討伐は解るけど、自分からアイツらのねぐらにのり込んでいく人間、初めて見たわ」
ヴィクターは呆れ気味に言うと肩をすくめた。騎士達も苦笑いする。
――武器庫で祖父と叔父は考えた。
あまり物欲がないらしく、欲しいとねだる事がない娘。
そのマグノリアが珍しく探しているものがあると言う。聞けばそれは武器と手甲らしかった。
…………。
流石武家の人間と言うべきなのか……
本当はお人形やドレスなど、女の子らしい可愛らしいものを贈ろうと考えていたのだ。
いや、しかしマグノリアは成人女性の記憶があるという。人形は要らんかも……あの娘が人形で遊ぶ所は想像出来ない。
ならば宝石? 屋敷? 土地? 権利書?
それとなく誕生日の贈り物のリサーチをしていたが、武器はよく解らなかった。刺さない切らない潰さない武器とはこれ如何に??
それならば、素晴らしい手甲(の素材)をプレゼントしよう! と相成った訳である。
そしてそんな超レア素材を使って作られるその手甲、実はその価値が国宝級である事は、マグノリアの与りしらぬ事である――
「おじいしゃま、ありがとうございましゅ……嬉しいでしゅケド(?)、危ない事はしないで下しゃいませ。ヴィクターしゃんも皆しゃんも、ありがとうございましゅ」
困ったようにマグノリアが言うと、セルヴェスはプルプルと身悶える。騎士達も顔を緩めてゴツイ身体をモジモジとさせた。ヴィクターは苦笑いでサムズアップする。
うち震えながら……危ないので肩から降ろすと、そっとクロードにマグノリアを渡す。クロードも勝手知ったるで、黙って受け取るのが最近のセオリーだ。
マグノリアは小動物よろしく、両手で脇を持たれ、ビローンと伸びたまま、悶えくねる祖父を見ていた。
「孫が可愛すぎて、ツライ……ッ!」
「「…………」」
竜をも投げ飛ばす、悪魔呼ばわりされる辺境伯は、孫娘にはめっぽう弱いらしかった。
全員が苦笑いしている。
「さあさ! 皆様あちらへ。宴の用意が出来ております」
パンパン! と景気良く手を鳴らすと、セバスチャンが庭の奥へ手を指し示す。
見れば、辺境伯家のだだっ広い庭に、美しく飾り付けられたガーデンパーティーの支度が整っていた。
早速、解体されたドラゴンがバーベキューのように焼かれ始めた。
テーブルの上には、お菓子やご馳走、花々が所狭しと並んでいる。
「……今日って何かあったっけ?」
マグノリアが首を傾げると、ディーンがびっくりしたように眉を上げる。
「何言ってんの、自分の誕生日じゃん!」
そう言われて思い出す。
(そうか、私の誕生日か……)
この世界では祝われ慣れていないため、すっかり自分の誕生日を失念していた。
なるほどねぇ、と納得していると、はにかみながらディーンが後ろ手に持っていた小さな花束を差し出した。
「お誕生日おめでとう、マグノリア!」
顔を赤くしながらもにっこり笑った顔は、天使のようである。
可愛い。
――気持ちは、幼稚園児に手作りのカーネーションを貰ったオカンのそれである。
「ありがとう」
ふんわりと笑うと、手が差し出された。
「さ、行こう! 食いっぱぐれるぞ!」
「オッケー!」
小さな手を握り返し、小走りで走り出す。
「マグノリア様ー!」
いつまでも祝いの席に来ない主に向かって、リリーは大きく呼びかけて手を振る。
「せっかくだ、ダンスの練習の成果を見せてもらおうか」
「ファーストダンスはおじい様とだぁぁ!」
大きな笑い声と、賑やかなやりとり。
……時折物騒な声。
(一年か……)
あっと言う間に過ぎた、辺境伯領での慌ただしくも愛おしい一年を思い起こす。
そして、新しい一年がまた走り出す。
「はーい!」
みんなが見守る中、精一杯身体を縮めた悪魔将軍と、ちっさなちっさな妖精姫(見た目)のファーストダンスが始まりを告げた。




