身を護るもの
日々の騎士のボランティア精神のおかげ(?)で、すっかり異人種であると認識したらしいディーンは、余り騎士になりたいとは言わなくなった。
とはいえふたりとも、きちんと訓練は続けている。
週に二日程だったものが三日に、四日に……と段階的に増え、最近は土日以外はほぼ毎日参加している。
センスが無いと言われるマグノリアも、木刀でディーンと軽い打ち合いを出来るぐらいにまでは成長した。
ディーンは最近、刃を潰した練習用の剣での素振りが追加された。
今も剣の重さに負けないように、頑張って振り上げている。
マグノリアは水を飲みながら休憩中だ。
「……こっちはちゃんとちてるのでしゅね……」
「当たり前だろう。こちらの練習は体力と戦闘の基礎力をつけるものだ。きちんと段階的に力を付けていく必要がある――戦闘は命に係わるんだ」
手巾で汗を拭いながら、クロードは呆れたように言った。
「ダンスだって段階を踏んでくれても良いのに……」
不貞腐れるように訴えるマグノリアに、クロードは片眉を上げた。
「踏んでるだろう? 舞踏家になるならまだしもそうでないのだから、まずは無理のない動きの基本を身体にしみ込ませるのが早い。毎日の鍛錬でふたりともある程度体力もある……その範囲内だ。嫌々してるから余計に疲れて感じるだけだ。それに、こちらに比べておざなりに取り組んでいただろう。身内だからまだしも、ああいう態度は良くない」
……全て見抜かれている所が恐ろしい。指摘の嵐だ。
「こちらは周りも自分も充分に考えながら、身の安全を確保する訓練だ。余力を残しながら鍛錬すべきだ」
「うへぇ」
「……変な声を出すんじゃない」
うえーん。
ひと言いうと数倍になって返ってくる! ましてや当たってるだけに何とも。
(……あっ)
「…………。どうした?」
マグノリアの何かを探るような様子に、クロードが青紫色の瞳を眇めた。
マグノリアは丸い瞳を動かしてきょろきょろと周りを確認するが、変わった様子は見受けられない。
「何か、最近やたらと視線を感じるんでしゅよね……」
「本当か? ……いつからだ?」
「はっきりとは言えないんでしゅけど、年明けくらいからでしゅかね。気のせいかも知れないでしゅけど」
難しい顔をしたクロードがガイに視線を向けると、彼は横に首を振ったのち、小さく頷いて何処かへ消えていった。
不審者などが居ないか、多分周りを確認しに行ったのだろう。
後姿を見送った後、クロードは大きな手をため息とともにマグノリアの頭に乗せた。
「何故早く言わない。何かあったらどうするんだ? ……今後異変を感じた場合はすぐに言いなさい」
「はぁい」
口を開けばお小言ばかりの癖に。
わかったかとばかりの心配そうな瞳で頭をポンポンされてしまっては、はいと言わざるを得ないではないか。
*****
「ガイ、武器庫に連れていってほしいんだけど」
いつもながら変な事を言い出すお嬢様に、陽気な護衛は細い目を何度か瞬かせた。
「武器庫ですか? あぶねぇ事しようって言うんじゃねぇですよね?」
「違うよ~、自分が思っているような武器があるか確認ちたいんだもん」
疑わしいとでも言わんばかりの様子に、マグノリアは頬を膨らませた。
ディーンは暫く勉強に重点を置くらしく、給仕につく位になっている。
とは言え、朝の鍛錬に一日置きのダンス、音楽、絵画・芸術史(付け加えられた!)のレッスンがあるため、それなりに顔を合わせているのだが。
本来まだ見習い仕事に就く年でもなく、遊び相手としての側面が大きかったのだ。まさかこんな幼女が相手とは誰も思わず……何かごめんなさいね、上手く遊べなくて。そう言いたい気分だ。
更には事業を始めたためそちらの用事を手伝ってもらう事も多かったので、予定していたよりも勉強のスタートが遅れたのであろう。本当に申し訳ない事である。
……お詫びに学習ドリルでも作って進呈しよう。そうしよう。
ぎゃいのぎゃいの言い合いながら、武器庫に付き従うのはガイとなった。
リリーは久々のお休みである。
「うるさいぞ、ふたりとも」
「お兄ちゃま! おじいしゃまも!」
扉を開けた途端、呆れたような叱責が飛んできた。
武器庫の中にはセルヴェスとクロードがいた。
在庫でもチェックしていたのであろうか、手に木札を持っている。
……何か悪だくみしないように(?)と、ガイが手を回したのだろう。
ちらりと見上げると、ニヤニヤしながら上の方を見ていた。
「マグノリアは何を探しているんだ?」
セルヴェスがソワソワしながら聞いてくる。
孫娘の所望する武器を好きなだけ(そんなに要らないけど)調達しようと考えているのがもろバレである。
ライラに貰った鎚鉾はあるが、お腰につけた鎚鉾は結構目立つ。
悪者に遭遇した場合、間違いなく出会い頭に没収されてしまいそうな気がするのはマグノリアだけではないだろう。
「視線を感じるって言ったじゃないでしゅか? もし隙を狙われた場合、武器を持っているとバレないよう、不意を突けるように隠ちておけるものが欲しいのでしゅ。あと、顔とか急所とか庇えるようなカバー?」
…………。
暫しの間の後に、大人三人が顔を見合わせた。
「暗器っすかねぇ」
「手甲?」
「仕込み杖かのう?」
そう言って目の前に拡げられた武器は、物々しいものばかりであった。
ベアクローみたいな尖がった長い針が沢山ついているもの、小さい隠しナイフ。どうやって使うのか解らない鉄の物体に、トゲトゲだらけの鉄球。尖がった刀が仕舞われた杖。
……どれも大変痛そうである。
そして杖。逆に、足も悪くない幼女が持つには不自然過ぎだと思うのだが。
手甲に関しては金属で出来たキンキラの甲冑の腕(の一部)みたいなやつで、目立つ事この上ないものである。
(ドレスの上? 下?……下に着けられないよね、これ)
「…………。一般的なご令嬢がこれ(手甲らしきもの)つけてても大丈夫でしゅかね?」
念のため確認する。個人的には全くもって大丈夫だとは思わないが。
三人は顎に手をやり白金色に光る手甲を見ながら、同じような格好で言った。
「居ないだろう」
「見たことないっすね」
「可愛いから大丈夫ではないか?」
ちらりと黒光りするベアクローを見る。
……命が懸かってる時に贅沢な事も悠長な事も言えないかもしれないが、ザクッて(切ったり刺したり)するやつを使える自信が無い。特に人間相手に。
(……警棒みたいなのは無いのかなぁ? 短杖みたいな長さで、こう、ポインターみたいにシュッて伸びるやつ)
倉庫の中を見まわすが、槍やら斧やらでっかい剣(誰が使うんだろう……爺さま? 重すぎて効率が悪くないのだろうか)やら。物騒この上ないものしか見当たらなかった。
「薄い硬い金属を革や布で覆ってあるようなものは無いのでしゅかね? 武器を差し込んで固定も出来るような……」
異世界らしいレアメタルのようなものはないのだろうか。レア素材とか。
「「ふむ……」」
「そんなん、作らないと無いと思うっすよ?」
四人で首を捻っていたが、目当ての物はなさそうなので帰ろうとすると、クロードに呼び止められた。
「取り敢えず、これなら使えるだろう」
そう言って、ズッシリとした重みの、若干トゲトゲがおとなしめ(?)の三つ指のメリケンサックを渡された。
他のふたりも、それなら使える! と言わんばかりに首を縦に振っている。
「…………。使えるかなぁ……?」
******
スラム街の区画整理は急ピッチで進んでいた。
予定よりだいぶ早く進んでおり、居住区はすべて建て替えが完了している。
要塞に間借りしていた人たちは少しずつスラム街に戻り、家族人数や収入との兼ね合いで家賃の段階を設ける事にした。日本の公営住宅の制度を真似た感じだ。
幸い身寄りの無い上に動けないという人はおらず、今はほぼ全員、小さな子供以外は何かしらの仕事を持っている状態だ。
今まで勝手にとはいえタダで住んでいた人達だ。一般の物件よりも格安に設定されているとは言え、当然文句が出るものと思っていた。
所が、文句を言うものは一人も出なかったのだった。
「……逆に良いのかね、こんなに安く住ませてもらって」
「本当になぁ。その分頑張って恩返ししないと」
そんな声があちらこちらから聞こえてきたのだった。
ほっとするとともに、ちゃんと心の交流が出来ているからだと感じさせる出来事だった。
工事は店舗や工房の部分に移っている。こちらは今迄に比べて時間が掛かる事であろう。店舗の建築という事で、細かな決まりや気配りが必要になる。
それでも日に日に出来上がっていく様子は、ここに住まう人々と領地の明るい未来を感じさせるに不足は無かったのだった。




