手芸部隊代表
計二日間の猛特訓(?)を受け、今日は用事があるんですの、と馬車を走らせることにした。
芸術は楽しむものであり、心の潤いである筈なのに……(ブー! ブー!)
……とは言え、動けるギリギリをついて組み立ててくる辺りは流石である。
特訓のお陰でステップ(基本)はすっかり身についた。
残念ながら、デッサンは二日では身につかなかったが。
ディーンは今日は座学の集中講座だそうだ。
出掛けるマグノリアを恨みがましそうな顔で見送っていたっけ。
……彼には座学も沢山あるのである。そちらは専属の教師に教わるそうで、本日顔合わせなのだそうだ。
「……帰りにお菓子でも買って帰ろうかな」
「いいですねぇ。何が良いでしょうか?」
リリーは馬車の窓から外の景色を見る。視線は洋菓子店にロックオンされているようだ。
中世の色濃いこの世界も、余りお菓子は発達していないように思う……思ったより食事時は美味しいのに、残念な事である。
ガレットやパイ。ゴーフルの様なパリパリのウーブリ。
ワッフルは前世の原型をほぼ留めている。
揚げドーナツみたいなベニエ、エッグタルトに似た、カスタードクリームの詰まったダリオル。
そして果物のコンポートやカラフルな花菓子たち。
(砂糖がもう少し安く流通したら、爆発的に発達するんだろうけどなぁ)
暫くすると、規則正しく響く車輪の音が止まった。荘厳な建物の裏側に回る。
教会の裏扉を叩くと顔なじみの修道士が顔を覗かせ、にっこりと笑顔を向けた。
「マグノリア様。ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは。腰の調子はどうでしゅか?」
老修道士は、はにかんで頭を掻く。
先日腰を痛めたらしく、だいぶ辛そうにしていたのだった。
「お陰様で随分ましになりました。ご心配いただきありがとうございます」
「良かったでしゅねぇ」
静かに微笑んで頷く。
「お医者様に診てもらったのでしゅか?」
「いえ。薬草で薬を作ったのですよ。教会や修道院には薬草園が併設されている事が多いですから」
「薬草園……」
領都のほぼ真ん中に位置する教会の庭はそう大きくはないものの、中ほどにはそれなりの敷地の庭がある。
(……薬って、昔は教会や修道院が幅を利かせてたんだっけ?)
地球で現存する最古の薬局は某修道院(後に教会になった)だと言われている。
神学だけに限らず、教会では多くの学問が研究されていた。医学や薬学もそうだったのであろう。
薬に限らず蜂蜜や蜜蠟など、教会と修道院が管轄(時に占有)のものは複数ある。
(多分この世界も同じような経緯を辿っているのか……)
「薬草園ってどの教会にもあるものなんでしゅか?」
「そうですね。教会だけでなく王宮や大きなお屋敷にもあるかと思いますよ? 辺境伯家の館にもきっとおありでしょう」
「聞いてみましゅ」
「はい。綺麗な花が咲くものもございますから、お気に召すものがみつかると良いですね」
アゼンダに来てからは怒涛の毎日で(ほぼほぼ自分のせいである)、暇を持て余していたアスカルドの実家程、庭の散策もしていない。
マグノリアは心優しい老修道士に頷いてみせた。
*****
「おや、マグノリア様! 久し振りだねぇ!」
気の良い手芸部隊のおばちゃん達が、愛想良く歓迎してくれる。婆ちゃんはいつもの席で手を動かしながら笑って頷いていた。
……変わりなく順調との事である。なによりなにより。
談笑しながら、忙しく動く手元や作られた製品を確認する。
そして人や周りへの配慮、目配り等々。
女性が多いせいか、協調性を持ってやっていこうという人達が多い。年齢も幅があるため、よく言われる女性同士のギスギスも思っていたよりも少ない。
多分誰が代表になっても上手くやれるとは思う。
任命する事も考えたが、せっかくの雰囲気を壊さないためにも、自分達で選出させた方が良いだろう。
「みなしゃん、この前商会にするにあたって、各部門で代表者を決める事にちたじゃないでしゅか?」
マグノリアの言葉に、みんな手を止めて顔を上げた。真面目な話を始めるとすぐに察したらしかった。
「うん。みんな婆ちゃんが適任だと思うけど、年過ぎて辛いからってきいてくれないんだ」
「確かに……でも、まあ会議に出たりと大変だもんねぇ」
うんうんと頷き合う。マグノリアも頷く。
「お世辞抜きに、みんな頑張ってくれているから誰が任命されてもきちんとやってくれると思うの。そろそろ決めないといけないのだけど、自薦他薦問わないので、誰かやっても良いって人いましゅか?」
「……それって、手当とかは出るの?」
「はい。そんなには多くないかもちれないけど、部隊の調整を取ってもらったり会議に出たりするから、手間賃みたいな上乗せはある予定でしゅ」
何人かの人達が頷き合い、口を開いた。
「それなら、ピアニーとダリアが良いと思う」
「あたしもそう思う!」
「「賛成!」」
「あたしもー」
笑ってみんなで拍手する。
……一方で、指名されたピアニーとダリアは焦った様子で周りを見回す。
「えっ!? ええぇ!?」
「無理無理無理無理!!」
どちらも三十代のシングルマザーだ。
ピアニーは旦那さんと死別して、女手一つで子ども三人を育てているお母さん。
ダリアは旦那さんに夜逃げされ、子どもとふたり住んでる所を追い出されて、スラム街に辿り着いたお母さんだ。
「賛成だけど……みなしゃんの理由を聞いても?」
マグノリアの言葉に、ハイ来たと言わんばかりに口を開いた。
「まず、ピアニーは字が読み書き出来るだろう? 会議や色んな所とのやり取りなんかで、絶対出来た方がいいと思うんだ。更にはしっかり者で周りをフォローしたりするのが上手い。ダリアは婆ちゃんの次にパッチワークが上手いし、度胸があるからね」
「それに、小さい子どもを抱えて大変なんだ。みんな同じ位だって言うなら手当がつくんだもの、ふたりが担当した方がイイと思う」
「一人だと大変だから。ほら、子どもってすぐ体調崩すだろう? ふたりで担当すれば何かと協力しあえるじゃない」
おばちゃん達はにこにこしながら説明する。
「何もさ、全部ふたりに押し付けるって訳じゃないよ?」
「そうそう。手伝えることはみんなで手伝うしさぁ!」
「あの子達に欲しいもん買ってやりなよ!」
本当に、スラム街の人達は結束が固い。
そしてその生活ぶりから誤解されがちだが、態度や口が悪くても、中身は温かく優しい人が多いのだ。
全員の顔を見まわした後、ずっとあわあわしていたピアニーとダリアを見て向き直る。
「全員同じ意見みたいだけど、出来しょうでしゅか?」
そう聞かれ、ふたりは困ったように顔を見合わせていたが……暫く考えた後、心を決めたような顔をして小さく頷くと、周りの仲間に頭を下げた。
「上手く出来るか解らないけど、精一杯頑張ります!」
「みんなだって大変なのに、ありがとう! 頑張ります!」
大きな拍手がふたりに向けられた。
ダリアは感極まったようで、瞳が潤んだ顔を隠すように手で覆ってしまった。
ピアニーは慰めるように相棒の背中を叩くと、マグノリアに向かってもう一度頭を下げる。
「解らない事だらけですが、よろしくお願いします」
慌ててダリアも涙を拭い、隣で頭を下げた。
リリーも飴色の瞳をウルウルさせ、隣でぷるぷるしている。
(リリーも手芸部隊は一番関わったもんね……そうなるよねぇ)
マグノリアは微笑むと、大きく頷いた。
「こちらこそ。どうぞよろちくお願いちましゅ」
*****
司祭に話があると言って、リリーを手芸部隊の面々に預けて礼拝堂へとやって来た。
通りがかった修道士に確認すれば礼拝堂に居るとの事であった。
時間があれば、シャロン司祭はいつでも熱心に祈りを捧げている。
(敬虔な信者の一人なのか、それとも祈らずにはいられない何かがあるのか)
熱心な信仰をしたことが未だないマグノリアにはわからない感情だ。
邪魔をしないように静かに後ろの方の席に座る。
薄暗い礼拝堂の中に薄らと伸びる陽の光を見て、数か月前の光の氾流を思い出す。
年末年始の礼拝堂で起こった珍事は、号外の新聞になって街で配られた。
……あの現象に遭遇してから、時折何かの視線を感じる事がある。
ガイが見ている(護衛している)のかとか思ったりもしたが、それだと却ってホラーだと思う。
――視線を感じて振り向いたら変人のオッサンがじっと見てるとか。
(怖いだろ、それ)
それは冗談で、ガイの視線が無い時――例えば彼が馬車の御者をしている時にも感じる事があるのだ。いやはや、何なのか。
神様? お化け? UMA? そういう不思議系の存在なんだろうか??
(それとも人間のストーカー的な奴?)
――こっわ!
「……お待たせいたしました。すぐに気付きませんで失礼いたしました」
「いえ。お祈りのお邪魔をちてすみません」
礼拝堂の後ろの方に小さな姿をみつけて、シャロン司祭は足早に近づいてくる。
立ち上がろうとすると、手で制された。近くの席に静かに座ると、小さく頭を下げる。
「手芸部隊の代表が決まったのですかな?」
「はい。ピアニーとダリアのふたりになりまちた」
「そうですか。みんなの移動まであと少しですね。ちょっと淋しくなりますねぇ」
シャロン司祭はしみじみと呟く。
静かな礼拝堂に、柔らかな声が響く。
「司祭様と教会のみなしゃまには長い期間、ご無理を聞いて頂きまちてありがとうございました。お陰様で沢山の人の生活と命を守る事が出来まちた」
「いえいえ。お役に立てたのなら幸いです。神の思し召しでしょう。また、同時にマグノリア様のお力でしょう」
マグノリアは首を振る。
そんな事はない。実際に動いてくれた沢山の人の力だ。
ただただ『知っている』だけではどうにもならない。
「いいえ、携わって下しゃったみなしゃんの力です。後日正式に纏まりまちたら、祖父か叔父がご挨拶に参りましゅので」
「ご丁寧にありがとうございます」
笑顔で言うと、司祭は青い目を優しく細めた。
「それと、工房とちて出入りちなくなっても、教会と孤児院へ食料の提供をさせてほちいのでしゅが、可能でしゅか?」
「宜しいのですか?」
思ってもみない提案に、司祭は小さな瞳を瞠る。
……末端の教会運営は何処も余裕がある訳ではない。孤児院を併設する教会は更に厳しい資金繰りとなる。
マグノリアは勿論、と頷く。
「はい。今までのお礼をさせていただければ」
「ありがとうございます。大変助かります……」
にこやかにお礼を言った後、司祭は一瞬、何かを言い淀んだ。
考えを纏めるような、何かの声を聴くような。
一瞬だけそんな様子を見せると、マグノリアを見て淡く微笑んだ。
「……マグノリア様に、神のご加護を」




