騎士印は強さの印!?
「マグノリア、貝肥料とはどうやって作るのだ? それと、事業として使わせてもらう事は出来るだろうか?」
執務室で仕事をしていると、セルヴェスが訊ねてきた。
進捗や経営などの進捗状況を聞いてくる事はままあるが、作業そのものを聞いてくるのは珍しい。
お世話になっている身。勿論、肥料位好きに作って好きに売ってくれて構わない。
「はい、全然。そう言えば、この前余った肥料を買い上げたいと言ってまちたね。買ってどうされるのでしゅか?」
クロードも気になったようで、書類から顔を上げた。
セルヴェスは口ひげを捩じりながら小さく唸り声をあげる。
「退団した騎士達のその後が気になってなぁ……」
騎士団を退団する際、報奨金が支払われる。
退団の理由は怪我や病気、実家や家族の問題、年齢と様々だ。
第二の人生をある程度過ごす金額が出るが、大きい金額を手に取ると、人間気が大きくなるもので……快適な人生を送っている人ばかりではないそうなのだ。
自業自得と言えば大半がそうなのだが、どうにか改善出来ないかと長年考えていたらしい。
「冒険者や日雇い、用心棒などをして生計を立てたり、子の世話になる者や実家の家業を継ぐ者もいるのだが。全員が全員そういうものがある訳でも無いのでなぁ。比較的習得が簡単そうな仕事を作れないものかと思っていたのだよ」
「なるほど……」
「それに、衛生環境が悪いと病気が蔓延する原因になると言っておっただろう? 多少なりともそれも改善出来るのではないかと思ってな。アスカルド王国では必要なくても、他の国の農業に肥料は必要だ。最近のアゼンダを見れば一目瞭然。収穫率が格段に良くなるだろう? 堆肥に比べて貝と骨の肥料は臭いもそんなにしないし、乾燥しているし、運びやすい。家畜の餌にも転用出来る。奴等の事業になかなか良い素材だと思ったのだ」
(おおぅ! お爺様凄いじゃん!)
「おじいしゃま! それは是非致ちましょう!」
二人の話を聞いていたクロードが、何やら計算を始めているらしく、紙の上をペンが滑っている。
「……どの位の規模を考えておられるのですか?」
「うーん。一応領都以外の五地区全てをと思っている。領都周辺の農家で結果が出たので肥料小屋を各地に作ったであろう。その近くに簡単な建物を作っては……と考えている」
領地全ての困窮した元騎士に出来るだけ対応したいと考えているのだろう。
仕事として賄うには、より多くの素材(貝殻と骨)を効率良く集めなくてはならない。
「ごみ処理場……」
「うん?」
マグノリアの呟きにセルヴェスとクロードが聞き返した。
「集落ごとなどに廃棄するものを集める場所を作るのでしゅ。使う人もいるかもちれないので、あくまで必要でないものというふれ込みで。強制しゃれたと勘違いちてはいけないでしゅからね? ……とはいえゴミの処理は面倒な筈でしゅからかなり集まる筈でしゅ。出す日や混ぜない事等決まりを作って、生もの、葉物、骨、貝殻、その他みたいに分けるんでしゅ。それを決まった日に回収ちて、処理するんでしゅ」
「そうすれば葉物は地区の肥料小屋に渡すなども対応出来るな」
「作り方はガイが書き留めていまちたから、すぐ渡せましゅ。一度各地の数名を領都周辺の農地に集めて実演ちてもらえば良いと思いましゅ。稼働したら何度か様子を見て、その後解らない事があれば都度対応でしゅかね?」
クロードが頷きながら確認する。
「粉に挽くのに水辺の近くが良いのか……」
「そうでしゅね。もち水車が難ちい場所でちたら風車もありましゅね」
話し合いはトントン拍子に進み、五地区の騎士団の大工組によるトントン工事も進み。あれよあれよという間に元騎士による肥料作りがスタートした。
ゴミの処理は思いのほか領民に喜ばれたらしく、順調にスタートを切った。
巡回の現役騎士も気に掛けてくれているらしく、手違いがあれば注意してくれているらしい。
収集日でない日に出される事やごちゃ混ぜに出される事も、殆ど無いとの事だった。
(地球でも見習わなきゃだけど、なんせ領主の威光がちらついているからね。この辺は身分差があるからこそなのかも知れないよね……)
葉物屑は各地区の農地に設置した肥料小屋に進呈し、生ごみは焼却処分。
貝殻と骨については作り方を伝授され、早速作られ始めているという。
割れたガラス瓶などをどうするか迷ったそうだが、万一放置されている間に子どもが怪我をするといけないので、一旦棚上げして課題となった。
何度かガイとセルヴェス、工房の農作業専従代表などが、作業の確認のために視察に出掛けていった。簡単な作業とあって、混乱もなく進められそうだと聞いてホッとする。
セルヴェスが視察のため、今日はクロードとふたりで執務だ。
外はうだるような暑さ。幾分だらけながら書類と向き合っている。
……暑いと言ってもかつての日本程暑くはない。
そして贅沢にも冷蔵の魔道具を改良した室内冷却の魔道具(クーラーもどき)が設置されているので、中はそう酷いものではないのだが。
商会化するにあたって部門長への裁量権も大きくしたので、以前に比べて現場に立つ事も少なくなった。
姿があるとついつい聞いてしまうのが人の性で、練習のためにもある程度本人達だけで出来るよう、手伝い控え中なのである。
時折、気分転換や作業と人々の確認のために出向いてはいるが、毎日ではなくなった。
どうしても不安があるものや解らないものは確認してもらい、それ以外は定期的に行われている会議で報告を受けたり、指示をしたりしている。
それに、商業ギルド長の指導は厳しいが的確らしく、全員がメキメキと力をつけていた。
もう暫くすれば、商品のアイディア出しだけで済むようになるだろう。そうすれば他の事に着手する事も出来る筈だ。
「肥料事業、諸外国という事でしゅが、相手は決まっているんでしゅか?」
「東部はアスカルドと接してるので、作ったものは他地区へ補填される仕組みだ。各地区は覚えているか?」
マグノリアは頭の中にアゼンダの地図を思い浮かべながら答える。
「……モンテリオーナ聖国に接する北部、アスカルド王国に接する東部。小国ふたつに接する東南部、マリナーゼ帝国に接する南部。そして海に面する西部でしゅね?」
「そうだ。各国境には平民の商人や冒険者などが行き来する場所があり、町になっている。そこで売るつもりらしい」
クロードは頷きながら答える。
更に辺境伯家が直接管理する領都を入れ、計六地区がアゼンダの区分けになっている。
北部と南東部、南部では国境地での販売をするらしい。西部では船で行き来する国へ輸出をするそうだ。
「外国とやり取りしゅるとなると、なかなか大変そうでしゅね?」
「販売は長年国境警備をしてきた、相手国の言葉にも対応できる者が行うそうだ。そう大きな面倒事は無いだろう。国境周辺には辺境伯家の偵察も潜り込ませてある。何かあったらすぐに対応可能だ」
(おおぅ……ガイみたいな奴等があちこちに潜り込んでいるのか……)
「売れましゅかねぇ……」
「そこそこ売れると思うがな。アスカルドと違って、他国はその時々でかなり収穫差があり安定しない。餌としても売れるから、その辺の調整は追々様子を見てだろな」
クロードは小さくため息をつく。
セルヴェスは本気で領政をクロードに引継ぐ準備を始めたようで、彼の執務の量が増えているのだろう。
(……そう考えると、もっと小さい頃から領政を熟してた親父さんは、それなりにデキる奴だったんだな。辺境伯家は国境警備もあったり、諸外国と接してるからまったく同じには考えられないけど)
クロードと同じ年には、ギルモア侯爵として独り立ちしていた訳だ(強制的に)。
そんな事を考えていると、クロードから草案という事でセルヴェスの肥料と飼料のパッケージ試作を渡された。
目の詰まった袋にマッチョな影絵のような、ガッツポーズの騎士印が印刷されている……
「……随分強くなれそうな肥料と餌の袋でしゅね……」
「……うむ……」
クロードとマグノリア、控えていたリリーも袋をちらりと見て、微妙な表情をした。
マッチョな上に病気を跳ね返す植物と家畜が連想され、乾いた笑いが漏れた。




