スラム街を整えよう
「それと、来年の誕生日にマグノリアのお披露目を行いたいと思っている」
セルヴェスの言葉に、工房の者達はキョトンとするが、ギルド長ふたりは難しい顔をし、従者として付き添っていたリリーとディーンは表情を引き締めた。
「……マグノリアは実家の意向により貴族のお披露目をしていない。今後、幾ら隠そうが隠れようが存在感は増す事だろう。マグノリア本人は、穏やかな生活をしたいと考えているようだが、正直厳しいと思う」
本人は穏やかな生活がしたいと考えているようだ、と聞き、全員がウソだろ!? と言わんばかりの目でマグノリアを見た。
(……なんだよ、その顔は!)
マグノリアもジト目で返す。
いつも可愛がられているセルヴェスにまで、厳しい(=無理)と断言されているこの絶望って……
「辺境伯家では、マグノリアに無理を強いるつもりは無い。出来る範囲で自由に生きてほしいと思っている。とは言え、今後皆の所にも問い合わせや何やらが来る事だろう。危険を遠ざけるため、回答はせずに辺境伯家に問い合わせるように伝えてほしい」
思ったよりも物騒な事が想定されている様子に、全員が神妙な顔で了承を伝えた。
「……準備に一年とは、かなり大がかりな披露目にするつもりなんですね」
「うむ。会自体は従来とそう変わりないが、マグノリア自身の価値を上げ、逆に手出しし難くするための準備期間込みだ」
ヴィクターの問いにセルヴェスが自信を持って返す。
価値を上げる……
工房の者達は首を傾げながら、疑問を口にする。
「……畏れながら。それなら、会頭として表に出た方が良くないですか?」
「いや。それだけの実績と実力を持ちながら、自分は前に出ず控えめにしている方が良いのだ」
「……まあ、おおまかには事実ですよね? なんだろう、若干テイストが違うだけで」
うん……と言ったきり、全員が微妙そうな表情でマグノリアを見た。
マグノリアも微妙そうに首を傾げる。
お披露目。
(ついに来ちゃうのか~……やだなぁ)
……してしまったが最後、社交に精を出さねばならないのだろうか……
「これから暫くはパプリカピクルスに忙しいだろうが、落ち着いた所で手芸部隊を大きく動かすそうだ。それと、農作業部隊で良いのか……肥料を多く作ってほしい。勿論普段の作業を阻害しない程度で構わない。今まで通り自由に使ってもらって、過剰分を買い上げたい」
農作業専従代表が、背中をピッ! と伸ばして、急いで頭を下げる。
「承知致しました! ……因みに、特にご入用のものはありますか?」
「そうだなぁ。貝や骨が良いかな? 粉状だしな」
セルヴェスは以前見た肥料の数々を思い出しながら頷く。
「畏まりました!」
大きな声で返事をすると、肥料、貝、骨……と繰り返し呟きながら真剣な顔をしていた。
「益々、益々忙しくなるだろうが、皆よろしく頼む」
「…………。はい」
念押しに繰り返されたセルヴェスの言葉に、みんなが青ざめながら恭順の礼を執る。
……ヴィクターの赤毛は再びしんなりしていた。
*****
区画整理はすぐさま始められた。スラム街の人々には嫌がる所か歓迎と歓喜を持って迎え入れられた。
スラム街は元々、戦争時に空き家になった場所に人が住み着いた事から始まった。
補修される事も無いまま使い続けられ、かなり老朽化が進んでいる。更にはメイン通りに近いにもかかわらず、都度足された建材などで危険な上、見た目にも良くないので密かに頭痛の種であった。
なるべく手つかずのまま後世にとは言え、流石にここを整理する事に忌避感はない。
まずはある程度、住民が住める場所を作ってから優先度の高い場所を建て替えていくのが良いだろうという事になった。
「住む所と一口に言うが、どのようなものにするか……」
「要塞の騎士達が住む部屋みたいな感じで良いのではないでしゅか? 少人数用と家族用と分けて作って、それぞれに炊事場みたいなものをつける感じでしょうか?」
イメージは地球のアパートやマンション、団地のような感じだ。
野宿はあってもお屋敷にしか住んだ事がなさそうな保護者ふたりに、マグノリアは簡単に絵をかいて説明する。ガイにも見て修正してもらい、この世界の一般的な間取りを詰めていく。
「水場……各家ごとというのは難しいな」
「取り敢えず、ブロックごとに井戸を作りましょう。下水だけは病気を蔓延させないためにキチンとした方が良いでしゅよ」
ある程度決まったら早かった。
見習い工の募集は暫く時間が掛かるだろうと、またもや休日の騎士たちが、今度は各地から招集された。
一番端のブロックから建て直す事が決まり、住んでいた人には一時的に要塞で間貸しをして移動してもらっている。
騎士達が到着して数分。目の前にはもうもうと砂ぼこりが舞っている。
あっという間に、彼等によってボロ家は粉砕(!)された。
「あ、使えそうな木材は後で使いましゅ! 駄目そうなものはこちらへ」
孤児院の子ども達に運んでもらう。使えないものは薪などに使うつもりだ。
レンガや石なども分けて積んでいく。
そうして見習い工が選出される頃には、早くも半分程の区画(……の建物)が粉砕されていた。
「……なんか、本当に甘えてちまって良いのでしょうか……」
流石に職権乱用なのではなかろうかとマグノリアは思う。
正式に依頼を出すか、少なくとも報償が必要なのではないか?
「大丈夫ですよ! 自主練の内ですから!」
騎士達がイイ笑顔で返事をするが……自主練?
確かに巨大な廃材を持ち上げて運ぶさまは、ウエイトトレーニングのようだと言えなくはないが……
更には更地になった土の上を、横一列に並んだ騎士達が太い丸太を抱えて持ち上げると、一斉に連打して打ち固めていく……連打と共に地響きがする。
「「「「うおぉぉぉりぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
「「「「どおぉぉぉるぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
地を這う唸り声と共に、打ち下ろされる弾ける筋肉と飛び散る汗が、大変暑苦しい。
……プレス機(人力)みたいなものだろうか。
「「…………。」」
ディーンは顔を引きつらせ、青と墨の混じった瞳を逸らした。
マグノリアは騎士という人種は、基本祖父と同じ人種なのだなと思う事にした。
文句も言わず手伝ってくれる彼等は、非常に有難くはあるが。
こう、お話の中に出てくるような、カッコいい騎士というのを見たことが無い気がするのだが……気のせいなのだろうか?
集まった見習い工達も、騎士が取り壊す姿を見てドン引きしていた。
しかし、無償(食事付き)で手伝っていると聞くといたく感心しては、自分達も頑張らねばと奮起していたので、良しとすればいいだろうと思う事にする。
そんなこんなで、瞬く間に居住区は完成した。
次は店舗や工房の商業施設を……と思っていたら、ゴロゴロと遠雷のような音が聞こえてくる。
……おそるおそる振り返ると、やっぱりいた。
我らが GI・L・MOU・R・KI・SHI・DA・N・!!
戦隊ヒーロー宜しく(?)、それぞれが丸太や砂袋を持ち綺麗に整列している。
――そして何やら後ろの数名が、手に大きな鉄製のローラーを携えている。
(えっ? あれ、整地用ローラー??)
地球で校庭を整えるために使う、リヤカーみたいな持ち手に鉄やコンクリートのローラーがついた、クッソ重いコロコロ(?)である。
(……騎士団で何にあれを使うの? もしや鍛錬用?)
怪訝そうにみつめるマグノリアに、代表の騎士が話しかける。
「お嬢様、石畳と同じようにする所はどの辺ですか?」
「えっと……この辺とあの辺でしゅ」
指をさすと、その場にいた全員が頷く。
「丸太、よーい!」
「「「おっりゃ! おっりゃ!」」」
先日のように丸太で土を叩き、固めて行く。
「砂撒き、よーい!」
「「「さっ! ほい! さっ!」」」
「石係、並べよーい!」
ドンの声と共に、廃材として出た石を隙間に合わせて並べていく。
ディーンとマグノリアが呆気に取られて見ていると、楽しそうに頭を左右に揺らしながらガイがやって来る。
「早ぇですね。図体はデカいけど、仕事は細やかっすねぇ」
大きな身体を屈めて、小さい……く見える石を太い指でちまちまと並べている。
綺麗に色分けまでして。
眺める三人を気にする事もなく、訓練という名の石畳作り? が進められていた。
「ローラー、開始!!」
「「「わっせー! わっせー!」」」
数百kgはありそうな鉄製のローラーの上に騎士が二名程乗り、騎士が置いた石の上を転がす。いつもながらバケモノじみているのは、もう仕方が無い(?)のだろう。
「水撒き。よーい!」
「「「さっ! ほい! さっ!」」」
そうして、今回もあっという間に石畳モドキが出来上がった。
ほぼ同じ形の次の区画へと、騎士達が移動していく。ゴロゴロゴロ。
ディーンとマグノリアは彼等の逞しい背中を静かに見送った。
向こう側では、作業をしている見習い工達がギョッとして二度見している。
うん、解る。
そうこうしている内に、また地響きがしてきた。丸太で土を均しているのだ。
ディーンは小さな声でポツリ、呟いた。
「……俺、騎士には向いてない気がしてきたよ」
(うん。それな~)
マグノリアは無言の肯定を返す。
常人には無理な気がしてきたわ……っていうか、こんなのはギルモア騎士団だけなのではなくて!?




