サイモン、会議に出席する
「アゼンダ辺境伯閣下とマグノリア様におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。キャンベル商会会頭のサイモン・キャンベルでございます。この度はお召しと伺い参上いたしました」
サイモンが礼を取ると、すかさずセルヴェスが手を左右に振った。
「いや、堅苦しくせんで構わん。それよりも忙しい時分に遠い所を呼び出して悪かったな」
「滅相もございません。恐悦至極にございます……仕立てましたお召し物の納品もございましたので」
穏やかに微笑むサイモンに、マグノリアも微笑みかける。
「本当に、お忙しい所ごめんなしゃい」
「いいえ……端布と半端糸を、との事でしたが。こちらで宜しゅうございましたか?」
サイモンは持参した袋を開け、マグノリアに見せた。
「あい。わざわざありがとうごじゃいましゅ!」
喜ぶ姿を見てサイモンはほっとする。
マグノリアはリリーに目配せで合図をすると、早速、幾つかのパッチワーク製品をテーブルの上に拡げた。
「サイモンしゃん、こちらを見てどう思いましゅか?」
「……これは……手に取っても?」
サイモンの目は、目の前のパッチワークに釘付けになっている。
マグノリアはそうでしょうそうでしょうと心の中でほくそ笑むと、ゆっくり頷いた。
「あい。よく見て下しゃいましぇ」
サイモンは頷いてから、じっくりとひとつひとつを検分する。
小さな布が幾何学模様のように組み合わせてあり、丁寧に縫い合わされている。
大き目の布が合わせられているもの、小さいものが合わせられているもの。
更にそれらは明るい色合いのもの、シックな色合いのもの。
他には寒色系で纏められたものもある。雰囲気の違う小花柄で統一したものや、同じ形の布を合わせて作られているもの。布レースと白とアイボリーの淡い色合いで合わせられたもの……それぞれ違う雰囲気でありながら、どこか素朴で温かみのあるそれらを見て、サイモンは小さくため息をついた。
丁寧な手仕事だ。
そして鍋敷きらしきものやコースター、鍋掴みのようなものと、ティコゼー、クッションカバー、タペストリーがテーブルに置かれている。
もっともっと、色々なものが作れるだろう。
日用品から大きなカバー類まで応用が利く上に、布の合わせ、模様の形、色合い……ちょっと変えるだけで雰囲気が大きく変わるのだ。
そして何より。
(これ……端布で作っているのか……!)
顔を上げると、にっこりと笑うマグノリアの顔があった。
「お嬢様の発想にはいつも驚かされます……」
マグノリアにとっては、本当は自分の考えたものではないので苦笑いをするが。とりあえず話を進める事にした。
「今すぐではないのでしゅが、そう遠くない時期に新しいアゼンダの品として、これらを広めようと思っているのでしゅ」
「今すぐではない?」
マグノリアの言葉を確認するかのように繰り返す。
「あい。今作りぇる人を育て始めた所なのでしゅ。作りゅのに時間もかかりゅので、ある程度の数を流通させりゅにはそれなりの数を作っておかなくてはなりましぇん」
細やかなパーツを組み合わせたそれに、確かにと納得する。
製品にもよるが、かなりの時間を要するものもあるだろう。
領地の新しい品……聞かされてしまった時点で片足を突っ込んでいる気がしないでもないが、自領の洋品店は使わないのだろうか? そうサイモンは心の中で首を傾げた。
「……なぜ私どもなのですか?」
「子ども相手にもきちんと対応してくりぇる所。たまたま顔見知りだった事。誠実な所。平民と貴族とを分け隔てせず共存を考えていりゅ所。新ちい事でも自分が納得さりぇれば決断出来る所。でちょうか」
――まあ、確かに成人間近な子どもならともかく、幼児が店に来たとしても対応する人間は少ないかもしれない。
自分とて、ひとえに素性がしっかりしており、一緒に保護者が同席していた事。そしてその保護者がなかなか無下には扱いにくい人物だという事に終始していると思うが。
過分な評価にサイモンとて、何も知らない初見の四歳児が同じ話を持ってきたら、きちんと話が聞けるのかは自信が無い。
「今しゅぐ決めてほちいとか、無理にとは言いましぇん。ただ、産業として起こすためには沢山の人の協力が必要でしゅ。そのきっかけを作るために、サイモンしゃんの忌憚ない意見を皆に話ちてほちいのでしゅ」
(……うん? 誰かを説得するために有用性について話せという事か?)
サイモンがマグノリアの言葉を吟味していると、セルヴェスが問うた。
「サイモンよ、この後少し時間はあるか?」
「……はい」
悪魔将軍にそう聞かれて『ありません』と言える人間は少ないだろう。何が飛び出すのか首を捻りながら続きの言葉を待つ。
「では、暫し付き合ってもらおう。何、ギルドでお仲間にちょっと説明するだけだ」
「……は?」
(ギルド?)
それだけ説明するとセルヴェスは立ち上がり、マグノリアを当たり前のように肩に乗せた。
「さ、行くぞ」
「えっ? どちらへ!?」
扉を開きながら、振り返り退室を促される。
そしてあれよあれよという間に辺境伯家の馬車に同乗させられると、サイモンは小さな従僕と若い侍女に同情めいた瞳で慰められながら、陽気な護衛が繰る馬車は軽快な音をたてて走り出した。
*****
そして今。サイモンは何故か自分には全く関係が無いアゼンダ辺境伯領の、商業ギルドの会議室に座っている。
お仲間という通り、大きなテーブルには洋品店や布問屋、服飾関連工房の組合代表が座っている。
更にアゼンダ辺境伯領のギルド長二人と、何故かスラム街の代表が同じく鎮座していた。
(……どうしてこうなった????)
首を捻りながらも、冒険者ギルド長兼魔法ギルド長という人物の変な姿を横目でチラチラと見る。
(異国風のド派手な服は百歩譲っておいておくにしても、あの変な頭は何だ?)
冒険者ギルド長の多くが元冒険者である事が多いため、立派な肉体を持つものが多いのは良くあることだが……ハゲ頭のてっぺんで左右に揺れる髪を見て、茶色い瞳を瞬かせた。
苦虫を噛み潰したような顔をした商業ギルド長が、開会の決まり文句を告げた。
「当家のマグノリアが、端布等廃材を使った新しい産業を考えている。産業の概要とその資材の取引他の話し合いをしたいと思う」
セルヴェスの言葉に、隣に座るマグノリアに視線が集まる。
部屋に入ってきた時から、見覚えのある幼女に複雑な表情をしていた組合代表者たちだが。
少し前に店や工房に飛び込んできた、自分が話半分に追いやった子どもが領主に連なる人物と知って、顔色を悪くする者がいるようだ。
祖父に促されると、慣れたようにマグノリアが概要を説明する。
目の前に広げられた製品の数々に真剣な目を向けながら、代表者達は若干困惑気味に目の前の幼女の話に耳を傾けた。
「……恐れ入りますが、何故廃材なのでしょう? 綺麗な布を使えば宜しいかと思いますが……」
ひとりの男が尤もなことを言う。言わないものの殆どの者がそう思っているのだろう。
「布や糸を作るのに、沢山の人や時間が使われていましゅ。まだ使えるのならば有効に使いたいからでしゅ。現在はあて布のように使うか焚き付けとして使うかだと聞きましゅ。焚き付けとして有効活用されているので良いと言えば良いのでしゅが……せっかく製品に生まれ変われるならばそうして使った方が良いかと思いまちた」
確かに布を作るにも手間が掛かる。焚き付けに使うよりは新しい製品を作る方が良いであろうことはいうまでもない。
「また、本来捨ててちまうという事は、廃棄物ということでしゅよね? 材料費用が安く済むという事でしゅ。同じ製品を作った時に、売り物の布を使って作りゅよりも安い費用で作る事が出来りゅという事でしゅ。辺境伯家では、領民の格差をなりゅべく無くちたいと考えていましゅ……裕福層の収入を分配しゅるとかではなく、現在困窮ちている人達が自ら望んで働ける環境や、仕事そのものを作り、より多くの人が当たり前な生活を送る。それによって消費などが増え、更に別の消費が……というように、豊かさが循環していく領地になれるような枠組みを作る事を考えている所なのでしゅ」
スケールの大きな話に、大人たちが目を丸くしている。夢見がちな発言とも取れるが、とても幼女が話すような内容ではない。
かといって言わされている風でもなく、淀みない言葉の数々は、幼女自身のものなのだと物語っている。
……ギルド長を始め辺境伯もお付きの者たちも、慣れた様子だ。
「今、ある食品を使った新事業が形になりつつある。そちらも現在スラム街の者を中心に、各ギルド、地域の農民や関連工房も足並みをそろえて進めている。春に本格的に始動を始め、自領だけでなく諸外国への輸出に比重を大きくしたものになるだろう」
セルヴェスの言葉に、場に居る多くの者が息を飲む。
「ただ、それは健康に大きく関わる事案のため、もとより儲けという部分はそれ程考えられていない。次に続く事業が必要になってくる」
「以前お話ししたように、必要な端布まで売ってほちいとは言いましぇん。本当に不要な無理に燃やしてしまうような分で構わないので売ってほちいのです」
組合の代表者たちは、困惑したまま言葉を続ける。
「……お売りするようなものではないのですが……」
「かといって、タダで頂く訳にもいかないでちょう? 数回なりゃまだちも、ずっとになりゅと不平不満を感じましぇんか?」
「「「「「「…………」」」」」」
代表者たちは微妙な顔をした。マグノリアが首を傾げる。
「お互い気分良くやり取りをするために、譲って頂く布や糸の代金を支払うのが一番すんなり行くと思うのでしゅが、何がそんなに引っかかるのでしゅか?」
ある意味ゴミがお金になるというのに、何がそんなに嫌なのだろう。
やはり、少しでも高く売れる普通の布を買えという事なのだろうか?
「……お言葉なのですが、商売というのは簡単なものではないのです」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
(おおぅ……デジャヴ!)
またあのやり取りをしないといけないのかと、セルヴェスとマグノリアはげんなりした。
前回ザワークラウト事業を打ち立てる時にやり取りを見ていたギルド長達とダン、辺境伯家の従者三人は遠い目をしたり左右に瞳を動かして様子を見ている。
会議室に微妙な空気が流れ、マグノリアが口を開こうとするより早く、落ち着いた凛とした声が会議室に響いた。
「……そんな事は百も承知だと思いますよ?」
発言しようと大きく開いたままの口をセルヴェスとガイとディーンにじとりと見られて、マグノリアは急いでむんぐと閉じる。
ギルド長達は面白いものでも見るようにサイモンを見た。
「領主は領地経営者ですよ? 我々より余程大きくて多岐に亘る内容の、ね。アゼンダはアスカルドでも屈指の税率の安さで有名ですよね?……それは辺境伯一家が騎士として領地経営以外の収入がある事と同時に、領地経営が上手いからですよ。自領の事なのにまさかご存じではないのか?」
そうなのだ。
領主は基本領民からの税金で領地を経営し暮らしている訳だが、セルヴェスもクロードもギルモア騎士団の人間であると同時に軍部にも籍があるため、そちらの収入があるのだ。
――軍部に籍があるのは、国が配下に置いておきたいが為なのと、万一戦争が起こった時の指揮系統のあれこれのためなのであるが。
なので税金は純粋に領地のためだけに使う事にしているようで、領民に負担をかけないためにかなりお安い税収入になっているのである。
セルヴェスとクロード、そしてセバスチャンとで、運用だ何だと色々考えて運営がなされているのだった。
「更に困っている領民のために事業を起こそうと考えて下さっている。何が不満なんです? 廃材で燃やしてしまうならタダで寄越せと言われても文句を言えないような物に代金を払ってくれると言っているのに」
頼んでもいないのに、サイモンは流れるように援護射撃をしている。
いや、きっかけを作るために忌憚ない意見を皆に話して欲しいとはお願いしたが。まさかその手前(?)の援護をされるとは思わなかった。
……何でも知っているガイに依ると、彼は実家がアゼンダと領地が接しているオルセーの街にあるという。
更には彼の兄が、オルセー男爵家のご令嬢とビジネスパートナーであり恋愛関係でもあるらしく……多分オルセー家は地方代官を務めているとの事なので、領主家のあれこれな苦労を知っているため、組合代表者達の言葉にカチンと来たのであろう。
マグノリアはそうあたりをつける。
「……何なんだ、あんたは」
「申し遅れました。私は王都で洋品店を商っておりますサイモン・キャンベルと申します」
「何故王都の人間が……」
「過去にひょんな事からマグノリア様に別のお品物をやり取りさせていただいた事がございます。そちらのお品も素晴らしく、直ぐに完売してしまいました。こちらのお品物も大変素晴らしい。是非とも当店とお取引いただきたいものです」
「…………」
組合長達は黙って、サイモンとテーブルの上のパッチワークを交互に見ていた。
サイモンの思わぬ援護射撃に、マグノリアはたたみ掛けようと口を開いた。
「……ハギレなのはもう一つ、気持ちと一緒に製品が作られるからでしゅ」
「気持ち?」
ポツリと繰り返した誰かの言葉に、マグノリアは頷いた。
「元はどこかの(地球の)遠い国で似たような物があるそうなのですが……元々は子どもの洋服のハギレや家族のお気に入りの服の使える部分、思い出の布の一部などを縫い合わせて、沢山の『好き』や『思い』が一緒に縫い合わさって出来ているものなのでしゅ……」
紀元前のエジプトといわれているパッチワークの起源や、地球の色々な地域にあるそれぞれの歴史はまた別にあるにしても。現代の誰かが手作りした作品には、そういった逸話が多いのがパッチワークの魅力でもあるとマグノリアは思っている。
「今、この事業をするために練習をしている人達の多くは『お母さん』でしゅ。使われている布は、誰かの晴れ着になったかもしれない布の切れ端。誰かのお気に入りの服の切れ端。毎日愛用している布小物の切れ端。それらをお母さん達が心を込めてひと針ひと針縫う。温かみのあるこの小物たちは、素朴で牧歌的なアゼンダの土地柄ととても合うと思うのでしゅ」
「なるほど……そういう一枚一枚なのですね……」
サイモンは製品のコンセプトを知り、もう一度目の前にあった一つを手に取って撫でた。
……コンセプトはそうである。
実際にサイモンが手に取っているのは、眠れない時にマグノリアが作った説明用の鍋敷きであるが……言わぬが花である。
更に婆ちゃん以外は、まだ声掛けしただけだ。
「心を込めて織られた布、心を込めて染められた布。そして使う人を思い、色や形を合わせてひと針ひと針縫う。そんな優しい心が宿ったものなのでしゅ。皆さんを呼んだのは、無理に協力してほちくて呼んだ訳ではないのでしゅ。領地の事業に、領地の人々が関わらないのは不自然でしゅのでお声がけしたのでしゅ」
出来れば正直、色々参画してもらえれば有り難いのだが。
当分は急ぐものでも無いのでこのパッチワークに関しては、無理なら無理でもなんてことはない。
端布は他領に当たる事も出来るし、乗り気そうなサイモンに声掛けしても何とかなるだろう。ちゃんと声掛けしましたよ~という既成事実作りだ。端布を領地で卸してもらえれば運送費も掛からず万歳で。一緒にやってくれる人が出てくれば最高というやつである。
ついでに綿の栽培もしなくてはとやる事リストに加えておく。パッチワークと言えばパッチワークキルトを外せないだろう。
栽培が厳しかったら別のものを考えなくてはならないだろうか……文句を言われそうであるな……とマグノリアは遠い目をした。
「組合として、全体に声掛けしてもらえればと思う。無理に協力を要請する事はないが、理解をしてくれる者がいれば嬉しく思う」
セルヴェスの言葉で締められ、会議は終わりを告げた。
「サイモンしゃん、ありがとうごじゃいまちた」
意外に熱血漢らしいサイモンにお礼を言うと、困ったような顔で微笑まれた。
セルヴェスはすぐ横で、ギルド長達と話し合いをしている。
会議室でアフターミーティングである。
「いえ、お恥ずかしい限りです……しかし素敵なお話でした。お品物もそうですが、事業として困窮者の問題など、もし上手くいかれたら素晴らしい一手だと思います」
「ありがとうごじゃいましゅ。では、支払いをちてちまいましょう。幾らになりましゅか?」
うーん、とサイモンは首を傾げた。あげてしまっても構わないが、話を聞くと売買にした方が良いだろうと考えているらしかった。
「多分、一袋幾らとか重さで幾らだと思いますが……」
マグノリアは値がつかない中古服の買い取りみたいだなと思う。
一グラム一円でどんなものでも買い取りますというやつだ。
「今回は秤もありませんし、袋で計算致しましょう。大きい袋でしたので、一袋一中銅貨で如何でしょう?」
「……そんなに安くて良いのでしゅか?」
かなりの量が入っていた筈だ。一袋数キロあるだろう。
サイモンは頷いた。
「適正価格です」
「解りまちた。そう言えば、さっき話に出た巾着、持ち帰られましゅか?」
「……お願いします」
目の前の幼女がいったいどうやって溢れるような発想を思いつくのか。そしてどう時間を遣り繰りしているのか不思議に思いつつも……侍女によってテーブルに広げられた巾着の数々をみて、疑問はより深まったのだった。




