転生幼女は勤労幼女
マグノリアの杞憂は長く続かなかった。
そんな事を感じるような余裕など無い位に忙しかったからである。
異世界の知識を基に起こす事業の、全容を知っているのはマグノリア一人だ。必然的に全ての工程を確認する事になる。
肥料を耕した畑に混ぜてみたり(これはこれで、おおまかな知識しかないのだけど……)、合間に小さな魚の骨をカリカリに焼いて味をつけ、骨せんべいにしたり。西洋風なもつ煮込みはないかと頭のなかを掘り起こして、トリッパもどき(イタリア風モツ煮込み)を作ってみたり。
教会にお邪魔して、大人数で座る事が出来る食堂と調理場を見て回る。そして端の方にちんまりと器具を置かせてもらったり。
商品の説明、作り方、航海病で気をつけること(食事の内容など)が書かれた小さなリーフレットのような見開きカードのようなものを作ったり。
細かい打ち合わせや会議。シミュレーション、荷を運ぶ経路の確認。
骨や貝殻等の肥料を作るための、各地の水車小屋の点検。
ガラス瓶とかめの最終確認、農具、器具等、その他必要なものの購入と振り分け。etc、etc……
秋に始めた時には猜疑心で一杯だったスラム街の人々も、日々仕事をすれば本当に食事が支給され、提示された給料が間違いなく支払われる事がわかると、次第に参加者が増えていった。
反発していたダンは、まとめ役としてどの作業も熱心に覚え、わからない者や新しく参加した人間に教えフォローする姿が見える。
パウルも出過ぎないように手伝いながら、貪欲に出来るだけの知識を吸収しようとしているのが見て取れる。自分がやるべきことを見つけて頑張る姿というのは、なんだかんだで格好イイものだなとマグノリアは思う。
忙しいながらも順調に進んでいると言って良いと思う。
ある日働きたいと言って結構ご年配のお婆ちゃんがギルドへやって来た。
力仕事は無理で、長時間立っているのも辛いらしい。水仕事は長時間だと節々が痛くなるそうだ。
貯えも多くないため、働ける内は働きたいが、なかなか雇ってくれる人もなく、日々切り詰め切り詰め生活をしているのだと言う。
……事業の発案者であるマグノリアが最も助けたい部類の一人だろう。
そうは思うものの、ヴィクターは流石に何処へ配属させれば良いか困っていたようで、マグノリアが要塞に出張に行ってる間に伝書鳩が飛んできた。
「ヴィクターしゃんって伝書鳩使っていりゅんだ……あ! わたちも伝書鴉飼おうと思っていたのに、忙しくてしゅっかり忘れてた!」
ガイが手紙を外す間、思い出して叫んだ。
「おや、お嬢もカラスが欲しいんで? ちなみにセルヴェス様はハヤブサを使ってますよ」
「へぇ。色んな鳥を使えりゅんだねぇ」
「知能が高い鳥に限られますが、色々ですねぇ」
一番は鳩が多いですけどね、という言葉に返事をしながら、視線は手紙の文字を追う。
(……体力のない、お婆ちゃんでも出来る仕事かぁ……ついにあれも手を付けちゃう? 婆ちゃん目は大丈夫かなぁ? 慣れるまでにある程度時間かかるもんね……)
どの道、ザワークラウトはそこまで長くは大きな産業にはならない。手に取れば簡単にまねされるものだし、早く広まって病気を無くしてほしいのでこちらも隠匿せず、情報を流すつもりだ。
始めは大きく跳ねるだろうから、ある程度回収したら徐々に減らしつつ、次の事業にスライドさせていく。
それに作り方を知ったとしても、上手く出来ない人や面倒な人はいつの世の中にも一定数いるのだ。
後は味を改良していき、お惣菜や健康食品的な感じである程度まで絞っていけば、大きな損失も出ないであろう。
本家の地球のように、付け合わせとして推しても良い。
春に大きく売り上げ、夏はパプリカピクルスを出す。病気に対しての効果としては、パプリカピクルスの方が上であるだろうと予測する。
ザワークラウトが秋から冬にかけてどのように推移していくか様子を見て、次の動き方を考える。
ヴィクターへの返事を書きつけてガイに渡すと、今は王都に出張中のクロードにも書きつける。
「こりぇ、鳩しゃんに付けて。こっちはクロードお兄ちゃまに飛ばちてほしいの。リリー、パッチワークの作り方って覚えてりゅ?」
後ろに控えるリリーに顔を向けると、はい、と頷いた。
「じゃあ、基本的な作り方の先生になってくりぇる?」
ガイとリリーが目を瞬かせたが、すぐに困ったような顔になる。
「……まだ事業が始まっていねぇのに、もう次の事業っすか?」
「……落ち着いてからの方が良くないですか? これ以上忙しくなると、お身体を壊しますよ?」
マグノリアは苦笑いする。
確かにね、そりゃそうだよねぇ……
もうじき苗の植え付けをしたりと、忙しさはより増していくだろう。
正に『二十四時間戦えますか』状態。
(よりによってあのガイに正論で諭されるとは、どんだけやねん)
「違うのでしゅ。力仕事や立ち仕事なんかが出来ない人に出来りゅ仕事を作るのでしゅ。運搬中に瓶が割れないよう、廃材で緩衝材を作るのでしゅよ」
次の事業に繫がるのだと言うのは言わずもがな。
ふたりは困ったように笑った。




