ようこそなんでも工房へ
畑は何が重要か?
――土! 何はさて置き土!!
欲しい全員に行き渡らせるためには、充分な数が必要である。
国内外関係なく、沢山の人の健康を守るためには、安くなくてはいけない。
更に、スラム街に住まう人々の生活を立て直すきっかけになる事業にしたいので、収入もそれなりに上げたい。
薄利多売のためには、原価の削減。徹底的な無駄の排除。
……何もザワークラウトを作るだけなら、面倒な事をしなくとも農家や生鮮品店から材料を購入して作るだけなのだ。高いけどね!
これは多くの人の生活基盤を作るための産業でもある。
よって、畑作りからのスタートとなるのである。
ギルドに行って直接ヴィクターに構想の一から十まで説明すると、流石に腕組みしてうーむと考え込んでいた。
「取り敢えず、何人か募集してみよう? 細分化したものは都度募集するとして、全体の流れを知る人間がいた方が良いもんね?」
意外にもまともな回答である。
元気に頭上で揺れる赤毛を瞳で追いながら、マグノリアは返事をした。
「あい。大きくは畑作り、農作業、馬車の運転、賄い作り兼材料買取、製品作り、検品、資材製作、販売でしゅ」
「時間のかかるものからですね。畑作りに取り掛からないと、春に間に合いませんや」
ガイがメモを取りながら、面白そうにヴィクターとマグノリアの取り合わせを眺めている。
「……必ずスラムの人間じゃなきゃ駄目なのかな?」
「いいえ。ただ、他でお仕事が見つかり難い方や生活困窮者を優先的に雇用ちたいのでしゅ」
ふむふむ。頷くヴィクターと、小首を傾げるマグノリア。そしてニヤニヤみつめるガイ。
(……変人×暴走娘×変人……恐ろしい組み合わせだな。混ぜるな危険、だ)
苦虫を嚙み潰した顔でドミニクとクロードが同じ事を考えている。
気持ちを切り替えるかのように、ドミニクはクロードの方へ向き直った。
「……ガラス瓶の納品先はどうしますかな?」
「各地方の要塞を考えています。領都へ運ぶよりも、各工房の負担も少ないだろう。はじめは少なめに作り、規格等がわかるようになれば纏めて作るようにすればと思っているが」
定期的に各駐屯部隊に顔を出すため、その時に現物を確認する事になるが、最初の内は都度品質を確認する必要があるだろう。
お互い無駄と取り越し苦労が無いように提案しておく。
「そのように伝えておきましょう」
話し合いの後、マグノリアはガイなら知っているのではないかと思い聞いてみる。
「ガイは、屋台で串焼きを食べた事ありゅよね?」
「勿論ありやすよ?」
「塩じゃない、しょっぱいタレって、何処で買えるか知ってりゅ?」
「黒というか茶色いヤツですよね? ミソーユの実の汁っすね。調味料売ってる所にあるんじゃないっすか?」
「実!?」
何気ない言葉に、びっくりして瞳を見開く。
(……え! この世界の醤油モドキ、醸造じゃないの!?)
ガイは酷く驚いてる風のマグノリアを見て首を傾げる。
「……胡椒とかも実を潰して作ってますよね? あれは粉ですけど。 まあ、同じじゃねぇですか??」
(おおぅ……そういう感じな訳?)
時折ある差違に、探し物の困難さを感じるのはこういう時だ。
ほぼほぼ一緒ではあるが、時折違うものが入り込んでくる。
(無いと思ったものは木の実ってパターンもあんのか……)
眉に皺を寄せながら考え込むマグノリアに、ガイとクロードが首を傾げる。
「……では、それも買って帰るか」
「後、動物の骨と内臓、野菜、魚の骨。厚くてデカい鉄板に寸胴鍋……お嬢の言う賄いが明日お目見えするんすねぇ」
「……骨と内臓……」
『何が出来るのか』とワクワクするガイと、内容を聞いて若干引き気味のクロードが対照的である。
館へ帰るなり、マグノリアは下準備に取り掛かる。
「マグノリア様、お帰りなさいませ。お手伝い致しますか?」
明日必要なものの確認を終えたリリーが、調理場に顔を出す。
今日はずっと別行動だったので、心配になって見に来たようだ。
「じゃあ、そこの鍋を見てて? 灰汁掬ってね」
「……何ですか、これ……」
大きな寸胴に、沢山の骨が茹でられている。玉ねぎや人参などの野菜や香草類と一緒に、鶏ガラみたいなやつと豚骨みたいなやつのスープだ。
……何って、それっぽく言えばブイヨンともスープストックとも言えなくはないし、ラーメンスープみたいなやつ。とも言える。
そして隣には空の寸胴が。
「ガイ、オーブンの中の魚の骨、焼き色付いたりゃ天板に落ちてりゅ汁ごと空いてりゅ鍋に入りぇて、お水入りぇてー」
「へ~い」
言いながらマグノリアはニンニクとショウガ、玉ねぎをすり下ろして、醤油ことミソーユの汁と、蜂蜜、唐辛子、胡椒を混ぜる。みりんやゴマ油、胡麻も欲しいが、見当たらないのでここら辺は追々だろう。林檎と梨……ラフランスみたいな西洋梨もすり下ろして混ぜ、隠し味に味噌もどきも入れる。本当は豆板醤が欲しいが……以下略。
そう、味噌。
ミソーユの実は大きな大豆みたいな実で、堅い殻に穴を開けて汁を出すと醤油が取れ、その後に実を割ると中に味噌が詰まっていたのである!
実際は『ミソーユの中身』と呼ばれているらしいが……
(正に一粒で二度美味しいだ!)
店で見た時に感激して、テンションが上がりまくってクロードとガイと店主をドン引きさせた。
館の庭でも作れないのか聞いたら、なかなか育てるのにコツがいるらしく、素人には難しい植物らしくて買った方が良いだろうと言われてしまった。
(でもでも、これで和食っぽいものが食べられる! 米! 米を探さねば!!)
摺り下ろしたものと調味料全てを鍋に投入した、たれのもとをとろみが出るまで煮詰め、鼻息荒くかき混ぜる。
――分量? 例の如く目分量である。
……前世で焼き肉のたれは買ってくるオンリーだったが、無いものは自分で作らねばならない。味見すればちょっと何かが足りない気もするが、多分雰囲気的にはこんな感じなのではないだろうか、と誰にでもなく自分に言い訳をする。
初めてで適当に作った割には、まあまあではないだろうか。
数日寝かせたい所だが仕方あるまい。粗熱がとれたら保存瓶に入れ、完全に冷ます。
流石にパンは合わないだろうと思い、掻き込む米も無い。ならば麺をという事で。
手伝うという調理場の面々に今はうどんもどきを打ってもらっている。水と小麦と塩があれば出来るので、コシや角やと極めチックな事を言わなければ、何となくそれっぽいものが出来るのである。一晩寝かせて明日朝切る事にするが……調理場の皆さんの目が怖いので、一部取り分けて、伸ばして切ってもらう。
「まだちょっと煮込みが足りないけど……」
小さい鍋に濾した魚の骨スープを入れ、醤油を入れてひと煮立ち。茹でたうどんを深い木皿に入れ、スープを注ぐ。
(鰹節も昆布もないからね……鯛の骨やエビの殻で出汁をとるラーメンとかあったし、うどんだけど、よく解らん魚の骨の魚介出汁なら意外にイケるのでは?)
じっと皆の食べる様子を観察する。
――香りを確認し、一口スープを飲む料理長と料理人たち。
「「「「「「!!」」」」」」
……イケたようである。
「お嬢様! そちらのスープはっ!?」
もう一方の鍋を指さす。個人的には折角なので味噌ラーメンぽくしたいけど、他の人に馴染み深いように、ベーコンと腸詰めを軽く炒め、具になるようなその辺の野菜を入れて煮立たせ、塩と香辛料を利かせたポトフっぽいものにする。
どちらも食べ終わった料理長が、木皿の中をまじまじと見る。
「骨……捨てちゃダメ、絶対!」
調理場の面々が大きく頷く。
館の料理人の皆さんにも、きちんと受け入れられたようで何よりである。
翌日、庭に出ると何人もの騎士とヴィクターと数名のスラム街の人々に混じって、何故かパウルがいた。
「ありぇ、パウル。どうちたの?」
パウルは、とっても緊張した顔でマグノリアの前に膝をついた。
「お嬢様、この事業は、生活に困っているものを救済するために行われると言う事は解っておりますが、どうか、俺……私も参加させてはいただけないでしょうか!」
パウルは深く頭を下げる。
……マグノリアは困った顔でセルヴェスとクロードを交互に見る。
二人も目を瞬かせていると、ヴィクターがパウルの隣に立ち説明をした。
「航海病を助けてもらった製品に恩返しというか……製品に携わる仕事をして、病気に苦しむ人を少しでも少なくしたいんだって。だけど、スラム街の人を雇用するって言ってたから、なかなか言い出せなかったんだってさ」
「でも、船は?」
「母親に泣いて頼まれて……辞めました。危うく死んでしまいそうになって、散々心配かけましたので……」
「しょうなんだ……」
お母さんの気持ちはよく解る。多分凄く怖くて、哀しくて、辛い事だったろうから。
今回運良く助かったけど、また別の病気や怪我でって思うと、近くに居て、他の仕事をしてほしいと思ってしまうのも無理はないだろう。
一緒に住んでいても違う仕事をしていても、病気になる時はなってしまう訳で、全てを防げる訳でもないんだけど……そういう話でもないのであろう。パウル自身も、今は船に戻るよりも、同じように苦しむ人を救いたいという気持ちが強いのであろうと思う。
「わたち的には構わにゃいんだけど。最終的にクルースの町で他の国の人に売りゅ事が多くなりゅだりょうから、ある意味商船に乗っていたパウルに手伝ってもらえりゅのは有難いよ」
「では……!!」
マグノリアは再びセルヴェスとクロードを見ると、穏やかに笑って、小さく頷いてくれた。
「ようこそ、なんでも工房へ!」
パウルに笑いかけると、その場にいる全員が微妙な顔をする。
「……何でも工房……?」
クロードの怪訝そうな言葉がポツリ、響くと。
ガイとヴィクターは身体を震わせて笑い始めた。
「ぐっ……へ、変な名前っすね!」
「ぶふっ……変な名前だねー!!」
(失敬な!)
「必要ならば何でも取り組む、何者でも幸せになれりゅよう、枠組みなんてない工房だかりゃ『なんでも工房』なんでしゅ!」
「もう少しマシな名前は無いのか?」
マグノリアは口を尖らせて言う。すると、クロードがすかさず仏頂面で返す。
そんなこんなでいつしか。庭いっぱいに笑い声が響いた。




