閑話 ライラは見た!(ライラ視点)
本日2話目です。
まだの方は、是非前のお話も見て頂ければと思います(^^)
私はライラ。
アスカルド王国有数の武家の名門・ギルモア侯爵家で、行儀見習いのため侍女をしている者でございます。
普段は客室付き侍女をしておりますが、先輩侍女のロサさんがいらっしゃらない時に、屋敷付きのデイジーと交替で、ギルモア家のお嬢様であられるマグノリア様のお世話をさせて頂いております。
*****
麗らかなとある日の午後。
お勉強とお食事を終え、お庭を散策したいというマグノリア様について歩いております。
ここに来るまでも庭師のお爺さんとご挨拶され、家庭菜園の事と薬草のお話を質問され、熱心に聞いていらっしゃいました。
そして馬小屋にいた見習いの子を労って、困ったことは無いかと親身に聞いてあげつつ一緒に藁を運び、野山に茂る木の実の話を聞いては興味深そうにしていらっしゃいました。
マグノリア様の興味は多方面に渡ります……過去に私も、戦場の矢の様に次々と質問を浴びせられて、酷く驚いてしまった事がございました。デイジーも同じだったようで、休憩中に思い出して、二人で噴き出してしまいました。
……今ではとても元気(過ぎ)で、とても活発(過ぎ)なマグノリア様ですが、少し前まではお人形のように精気の無い、とても静かなお嬢様でした。
ご家門の事情なのか、隠されてお過ごしなマグノリア様。
「誰にも一切、マグノリア様の事は話さない様」にという契約を、厳しく念押しされるのがギルモア家の決まりです。
聞けば、貴族の子弟必須のお披露目を未だされていないとの事。
そう伺った時は、耳を疑いました。
失礼ながら産まれつき見目が、もしくはお身体が不自由なのかと思ったものですが。
実際は今迄見たどのご令嬢よりお美しく、頭も大変におよろしいご様子で、何故お披露目なさらないのか不思議でなりませんでした。
貴族のお披露目は、生後一歳までになされることが殆どです。
お披露目され、貴族の一員とされるのです。それをしないと言う事は、何らかの事情で出来ないから――と思われてしまう。
つまり瑕疵があると見做されてしまいます。
お身体が弱い方が、大きくなってからお披露目される事もありますが、かなり稀な事です。
このままでは将来、ご縁談に差し支えるのではないか……と、侍女の身ではございますが心配してしまいます。
「こんにちはぁー(・∀・)ノ」
「おやおや、お嬢様!」
「今日も可愛いねぇ」
「おばちゃん達もしゅてきだよ~」
……。
…………。
今、目の前で、ギルモア家のお嬢様であるマグノリア様が、下働きの洗濯係のおばさn……いえ、お姉さま方に囲まれて、わいわいガヤガヤとお話しされています。
最近、お散歩と称してお屋敷のあちこちを歩き回るマグノリア様は、こうやって行く先々の使用人に声をかけて行きます。
……貴族の、それも名門侯爵家のお嬢様が下働きの者に言葉をお掛けになるだけでも有り得ない事ですのに。
雑談やお茶休憩に入り込んでは、平民の生活ぶりやお屋敷での出来事、マグノリア様のご家族の噂話などを楽しそうにお話しされています。
年齢相応に屈託なく、お口を開けて笑われる姿はキラキラ輝いていて。
鬱屈した日々の事など吹き飛ばしてしまいそうですが……。
「おしぇん濯は、手ありゃい以外どうしゅるの?」
「叩き棒で叩いたり、大物は足で踏んだりですよ」
「えー!わたちもやってみたい!」
ん?
ワタチモヤッテミタイ……!?
不穏な会話が聞こえて来て、ふと我に返る。
「マグノリア様!?」
靴を脱ぎ始める無鉄砲なお嬢様を慌てて押し留める。
「ロサさんに叱られますよ?」
「えー、言わなけりぇば解りゃないよ」
「めっ! ですよ」
穏やかと言われる私が、珍しく窘めると渋々と収めて下さいました。
そこへ。
「にゃーーーん」
「猫?」
何処からか、ウィステリア様のお部屋にいる猫が、庭の茂みの前で香箱座りをしながら、尻尾を揺らしてます。
「ウィステリア様の猫ですね。お散歩でしょうか……プリマヴェーラちゃん、おいで~」
あのフワフワの毛並みが汚れてしまったら……怒れるウィステリア様のお顔が浮かび、捕まえようと、ちちちち、と舌を鳴らしました。
しかし、猫は小さくひと鳴きして走り出します。
「あ! 待って、プリマヴェーラちゃん……!」
「あれ? なんか咥えてるね?」
おば様の言葉に、良く見ると、プリマヴェーラちゃんの口元に小さな鼠が……!!
次の瞬間。
綺麗なターンを決めると、凄い勢いでこちらに走りだして来ました。
「ぎぃやああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
鼠を咥えた猫が。
私に向かって突進してきたのです。
思わず、手足を有り得ない位にバタつかせ、走り回ろうとした時。
足元の桶につまずいてしまいました。
「わー! ライラ、大丈夫っ!?」
宙を舞う靴。音をたて、水飛沫をあげながらひっくり返る洗濯桶。逆さに見える焦った顔のマグノリア様とおば様たち。
ひっくり返る自分。顔をとび越える猫。
そして、その時に猫の口から落ちた鼠。顔の上に。
それを見たおば様方の声。
「あら、いやだ」
「ぎぃやああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
身体を思いっきり地面に打ち付けると。
猫は私の顔の前で脚を揃えて座り、もうひと鳴きし。無情にも鼠を引き取らずに、元来た道を帰って行ったのだった……。
次の日。
お休み明けのロサさんに連れられて、マグノリア様は客室の備品を手入れする私のところへ、様子を見に来て下さった。
足と手に包帯を巻いた姿をみて、マグノリア様は心配そうにしていた。
「大丈夫? 痛いよね、おやしゅみしたら良いよ」
「ダイジョウブデス……」
ああ、恥ずかしい。
昨日は淑女に有るまじき大声をあげながら、転倒した。
偶然近くの庭を(見回りで)歩いていた侍女頭のグロリアさんが、びっくりして茂みを掻き分けて来て下さったのだ。
すぐに手当をして頂いて……骨は折れていないと言う事だったが、とても痛い。
話を聞いたのだろうロサさんが、呆れたような顔をしている。無理もない。
マグノリア様は心配そうに、
「ライラ、ここ、辞めにゃいよね? 次のお家に働きに行ったりしにゃいよね??」
「行かないですよ?」
ドヨウ、クジ……と小さく呟く声が聞こえる。
(?????)
何故だかもの凄く転職を心配されていた。
そんなこんなで。大人しいマグノリア様はいつの間にか居なくなり。
いつしかお屋敷がひっくり返るような騒動を起こすのは、もう少し先のこと。
もう一人の侍女・ライラさんでした。
閑話はひとまず終わり、明日からは本編に戻ります。