ガチンコするお嬢様
どうしても可愛らしくなってしまう声を最大限低くし、ドスを利かす。
「あんた、こんな会議に出りゅ位だ。スラム街で幅利かせてりゅんだろう?……同情? だったら何だって言うんだよ。同情されたって構わないから生きたい人間もいれば、本気でスラム街から出たい人もいりゅんだよ!!」
セルヴェスは凛々し過ぎる眉を八の字に下げてしょっぱい顔をし、クロードが眉間に盛大なクロード渓谷を作っている。
ディーンは丸い瞳をパチパチとさせ、視線の先にあるマグノリアのつむじを見つめ、リリーは大きく息を吸って静かに瞳を閉じた。
「ちっせぇ集団で幅利かせてりゅからってイキがってるんじゃねぇぞ? あんたの勝手な反発心と判断で、本当に困ってる女子供や、本気で仕事してぇ奴の食い扶持潰すんじぇねぇよ!」
ばん、と重厚なテーブルを、小さい拳で叩きつける。
組合長達は目の前の出来事に固まったままの表情で、叩きつける音に肩を跳ね上げさせた。
はったりをかます時はスピーディー且つ強気に。目は決して逸らさない。
マグノリアはそう心の中で反芻する。
……長い事ギルド長を務め、修羅場も荒くれ者もそれなりに熟して来た筈のドミニクも、巻き舌で啖呵を切る高位貴族の幼女に我が目を疑う。
「あんた、スラム街で辛い思いちて死んで逝った人だって見てんだりょ?……見てみろよ、その絵。毎日真面目に暮らしてりゅのに治んねぇ病気になって、理由がわかんねぇまま血だらけになって歯が抜け落ちて、身体がガタガタに衰えて行く恐怖。ここに居る親父たちより解んのはあんたじゃねえのかよ? グダグダかます口がありゅんなら、黙ってねぇで何とか言ってみりょ!」
「……っ! 恵まれた貴族の子どもが、知った風な口利くんじゃねぇ!」
(おおぅ、十八番の『恵まれた貴族の子どもが知った風な』いただきました!)
マグノリアに煽られて飛び出したセリフは陳腐なそれで。
スラム街で顔を利かせているダンの睨みも怒鳴り声にも全く動じない、貴族の……それもどエライ大貴族の深窓のお嬢様(と誤解している)の様子に首を捻る。
ダンはダンで、本気で幼児相手に凄むつもりも無いのだ。阿呆らしい。
……ちょっと脅かして、自分達を利用しようとする輩を追い払えればそれで良い。
貴族達はスラム街に住まう人間を、同じ人間だと思っていない。
今でこそ日常生活に困らない程度の動きを取り戻したダンだが、大怪我をして長い間不自由な身体を引き擦る生活を続ける中で、どれ程嫌な思いと惨めな思いをして来た事か。
思い出したら反吐が出そうだ。そう心の中で呟く。
上手い話には裏がある。綺麗ごとは偽善で自己満足だ。
(貴族のお嬢様が好きに奉仕活動をやるのは勝手だが、こっちを巻き込んで面倒を掛けられるのは真っ平だ。自分が庇うべきスラム街の奴らの為に、自分が泥を被るのは承知の上だ)
ふと、マグノリアをまじまじと見る。……めっちゃ眉を吊り上げている。本気の顔だ。
お嬢様の後ろで、死にそうな顔をしているお付きの少年がなんとも哀れである。
こちらの対応に怒ってはいるが、感情的になってる風でもない。言葉はこちらに合わせて荒いしデカいが、冷静だ。
(……普通この状況、女子供は怖くて泣くもんじゃねぇのか? 俺以上にがなってるんだが……??)
見た目がファンシーなため、怒った所で怖くもなければ、怒鳴り声も愛らしい。
……だが妙に慣れた感じがするのは、そして時折抉られるように感じてしまうのも、どう思えば良いのか解らない所だが……ダンは離れた自席で荒ぶる様子の怖いもの知らずなお嬢様に、再び首を傾げた。
(もう、駄目だ!!!!)
一応立場上、茶々を入れずに黙っていたが限界だ。
「ぶーーーーーーっっ!!」
凍り付いたような会議室の空気を、噴き出し笑いをした音が響き渡る。
一斉に、噴き出した人間に会議室の全員が視線を向けると。大きな身体を二つに折り、赤いふざけた頭をプルプルと震わせた冒険者ギルド長兼魔法ギルド長が細かく悶えながらテーブルに突っ伏していた。
ドミニクは口をへの字に曲げ、真っ直ぐ前を向いたまま隣の男の頭を引っ叩いた。弾みでおでこが打ち付けられて、鈍い音がする。
「てっ! ぐふっ……ぶっ! あはぁ、わははははははは!!!!」
我慢をしない、豪快な笑い声が響いた。
眉を吊り上げたまま、キョトンとした顔のマグノリアを見て、更に大笑いする。
「ぶわっふ! ぶーーーっ! はぁはぁはぁ……あはは! わはははは! ぐふふ」
「「「「「「…………」」」」」」
大きく息を弾ませながら、呼吸を整えながら目尻の涙を拭う。
「お嬢様、サイコーじゃん! いいねいいね~。相変わらずギルモア家って、変な人ばっかりだよね!」
受けるー、と言いながら失礼な事を言う。
((変が服を着ている奴に言われたくないわ!))
きゅっと、マグノリアとクロードが同時に眉を顰めながら思う。
……若干心当たりがあるセルヴェスは、上の方を見ながら視線を逸らした。
「ダイジョウブダイジョウブ! ダンが何と言おうと、ギルドが総力上げて対応致しますよ。つーか、諦めろや、ダン」
ニッカリ笑ってVサインを出す。
それを受けてダンは嫌そうな顔を隠しもせずに、そっぽを向く。
「廃棄品の買取も、ギルドで請け負う事にしよう。貴族には原価なんぞ解らんだろうってチョロまかす奴が居ないとも限らんからね!」
滅多な事を言うヴィクターに、組合長達はギョッとした。
セルヴェスとクロードを見ると、小さく頷いている。任せろとの事らしい。
「……。よろちくお願い致ちましゅ」
「ぶっ!」
マグノリアがロサ仕込みの綺麗な微笑みを浮かべると、急いでデカい手で口を押さえるが間に合わず。再び盛大に噴き出しては腹を抱えて笑いだした。
ユーゴとイーサンはジト目でマグノリアを見ている。
「お嬢様は、なかなかやんちゃですなぁ」
司祭ののんびりした声が響いて、会議は終わりを告げた。
部屋には両ギルド長とギルモア家関係者だけになる。
とたん、怖い顔をしたクロードがマグノリアに向き直った。
「ゴロツキ相手に喧嘩を吹っ掛けて、何かあったらどうするんだ」
遥か頭上から腕組した鬼が見下ろしている。激おこである。
隣でユーゴとイーサンも頷いている。
(うううぅ……NO説教地獄!)
「……だって、あのタイプは丁寧に話ちても取り合ってくりぇないでしゅよ! 全力でぶつかって行かにゃいと、話が纏まりゃないでしゅ」
「まあまあ。確かに、不信感でいっぱいのスラム街の奴らには、あの位ガツンと言わないとこっちの土俵に乗らないよねー?」
心配満々と言わんばかりの祖父と叔父を取り成すために、赤毛の変なおっさんは庇ってくれる様子だ。
(……意外に良い人?)
朱鷺色の丸い垂れ目をパシパシさせると、小首を傾げた。
「あはは。こうしているとめっちゃ可愛いんだね! クロード様を叔父って言う事は、本家のお子様ですね?」
変な格好をしていても、流石に押さえる所は押さえているようで。きちんと貴族名鑑が頭に入っている様子である。
「航海病の原因と、この事業の発案はお嬢様が?」
「あい。でも子ども相手には話が纏まらないでしゅし、細かい決まりや手配等、起業に関ちてはおじいしゃまとお兄ちゃまにお任せなので。実際にはふたりに比重のかかる事業でしゅ」
うんうん。とヴィクターは頷いた。
「凄いねぇ。ちゃんと色々解ってるんだね。小さいのに……、まるで大人が子どもになったみたいだ」
「!!」
マグノリアはぎくりとする。
思ってもみない所からの指摘に咄嗟に身構えられず、小さく目を瞠った。
「王家に見つからないようにしないとね?」
そんなマグノリアを気にする事も無く、目の前の男は意味深な言葉を言ってにかっと笑った。
クロードはちらりとどこか強張った顔のマグノリアを見ると、さり気なくマグノリアの前に立ち、不自然でないように書類を渡す。
「……。それよりも、これが取り敢えずの内容になります」
「うへぇ……凄いなぁ!」
ガラス瓶とかめのサイズ、個数。そして凡その買取金額。キャベツとパプリカの種苗の量と買取金額。その他各組合へ通達する内容の箇条書きの数々。そして廃棄品の買い取りの多種多様な種類……
取り敢えずの叩き台と言った所だ。
「こっちは商業ギルド案件だな」
「…………」
ドミニクは嫌そうな顔で渡された書類に目を通し、ため息をついた。
今でも多忙な彼に、多大なる仕事が降りかかったのだ。
「……ギルドでも知っておいた方が良いかと思ったのだが。もし無理そうならば、こちらで周知と手配をしますが……?」
「……………………。いえ、大丈夫です。万一の場合はお願いするやもしれませんが」
気遣うクロードに、たっぷりの間を取ってドミニクは返事をした。
スラム街の人々を雇う上での仕事の種類と金額を見て、ヴィクターは感心したように確認する。
「本当に多種多様だね……金額も本当にこんなに出すの?」
スラム街に住まう人は、定職にありつくのも一苦労だ。
そこで、ギルドで日雇い等の仕事を斡旋して貰い日銭を稼ぐ者や、定期的に募集される公共施設の清掃等の仕事等を行っているものが多い。総じてそれらは賃金が安く、働けど生活はなかなか楽にならない者が多いのが現状だ。
「アゼンダの平均賃金を調べて、そちらを計上しています。最初は持ち出しですが、多分直ぐに回収出来るでしょうから……軌道に乗れば、利益分から捻出して行く形になります。元々、マグノリアが彼等の生活と環境の改善をしたいが為に事業化出来るものをと計画していたのです。確かに我々もどうにか出来ないものかと考えていましたから」
クロードの説明に、なるほどねとヴィクターが返す。
セルヴェスは窓の外を瞳に写し、静かに言った。
「スラム街が改善されれば、領都の治安も更に良くなるだろう」
「確かに。そうですな」
ドミニクは各方面との調整や問い合わせに忙殺されそうだなと思い、大きくてとても深いため息をついた。




