説明をしよう
セルヴェスは言葉の終わらない内にユーゴへ視線を送り、一つ頷く。それを受けてユーゴも頷いた。
「ギルモア騎士団西部駐屯部隊隊長ユーゴ・デュカスと申します。先日クルースに停泊中の他国所属の商船に、航海病患者六名が発生したとの報告を受けました。すぐに事実確認をし……」
そこからは先日一連の内容を知らない者のために、クルースでの治療内容をなぞった。
だが、話を聞いた大人たちは、一様に疑心暗鬼な様子で首を捻っている。
「……その、長い間原因不明と言われていた航海病が、食事療法で回復したとおっしゃるのですか? それもこんな早期に?」
商業ギルド長であるドミニクは全員の疑問を代表するような形で発言した。
……まあ、当然の疑問だろう。
地球では早い人ならば翌日位には何らかの改善が見られる事が多く、一、二週間程で回復すると言われていた筈だ。サプリメントが無い分地球よりは完治に時間が掛かるだろうが、それでもかなり早い時期に改善がみられるだろう。
実際にパウルは数日の内にかなりの回復を見せていた。
「そうですね。我々も非常に驚いております。罹患者六名の内、一名がアゼンダ辺境伯領出身者のパウルです」
ユーゴから紹介を受けて、やや緊張した風のパウルが頭を下げた。
「クルースに住んでおります、パウル・モーリアと申します。
……先日までイグニス国にある商会の、多国籍商船に乗船しておりました。アゼンダに寄港する数日前に発疹が発生し、船医より航海病と診断されました」
病状から家での様子、辺境伯家からもたらされた治療方法と回復の様子を、時折つかえながらもしっかりと話す。
説明に『お嬢様』という言葉が出る度に、会議に出席しているおっさん達の顔が面白い程に曇っていく。
ここは明確な男社会な世界だ。女性で、幼児で、更には領主家の人間。
平民の多い商いの世界では、三重苦である。
そんな奴が自分達の領域に入って来ようとする事に、拒否感があるのだろう。
(まあ、幼児に病気を治されたって言っても首を傾げるよね。極普通の反応だわなぁ。みなまで言わずとも、それに関連した事業を起こすつもりなのアリアリだしなぁ。逆の立場なら自分でも正気かって聞くわ)
「……その、どうしてお嬢様が病気の治療方法を知っていたのでしょう? クロード様に教えを受けて代わりに対応されたのでしょうか?」
精肉組合長の男性が恐る恐るといったテイで発言する。
「過去に(日本で)……書物(ネット記事)を読んだのでしゅ」
こういう場合、嘘をつかずに本当の事を言った方が良い。
嘘はいつか見破られるし、綻びが出る。
……全ての詳細は明らかにせずとも、本当の事を伝えるに越したことは無いのだ。
「あ、わたくち、マグノリア・ギルモアと申しましゅ。宜ちくお願い致ちましゅ」
マグノリアの名乗りに、彼女を知るものは面白そうに……もしくは困ったような表情を隠さずに目礼した。
初見の人達は、何と言ったものかといった表情で、窺うようにマグノリアを見ていた。
「……お嬢様は字が読めるのですか?」
パン職人組合長が訝し気に尋ねる。あい、と言ってマグノリアは頷く。
――『本』ではなくて『字』が読めるのか。
無意識の内に侮っている事が出てしまうのだ。しかし当たり前の反応だ。
「字が読めるかお疑いでちたら、手元の資料全文を読んで内容を解説致ちましゅか? それとも韻文でも作ってみましゅ?」
さも不思議な事をと言わんばかりに小首を傾げる。内心は平謝りだが。
(おっちゃん、ごめんね! おっちゃんの感覚は全然普通だから!!)
しかし、今それをしていると残念な事に、全くもって話が進まないのである。
不敬とか言って罰せられない事を切に願う。
……万一お咎めがあったら取り成さねばと、ひとり心に誓う。
セルヴェスとクロードを見ると、小さく頷いている。
続いてユーゴとイーサンに視線を移すと、ため息をつかんばかりの表情をしていた。
そしてもう一人、面白そうな顔をしてマグノリアを見ている人がいる。無表情だが内心は苦虫を嚙み潰し切ったような様子の商業ギルド長の隣に座る、ガタイの良い赤毛のおっさんである。
(……つーか、なんで辮髪パイナップルヘアなの?)
後頭部以外を全て剃り上げ、残した髪はみつ編みではなく、キュッと根元からポニーテールにしている。元気よく広がった髪はまるでパイナップルの葉っぱみたいだ。服装も何と言うか、山賊の様なアラビアンナイトのような、筋肉の上に派手派手なベストが大変個性的である。
真面目なオッサン集団の中でひときわ目立つその風貌は異端だ。傾奇者か?
ついつい髪にばかり目が行ってしまうが、まとう雰囲気がガイと一緒だ。
(また変な奴がいたよ……隣のおっちゃんは注意しないのかねぇ)
マグノリアは危険人物(多分)から目を逸らす。
「叔父が知識があるにもかかわらず、代理にわたくちを派遣ちたかについてでしゅが。そんな事をしゅる理由がよく解りませんが。命に関わる事でしゅ、行けりゅなら叔父自身が行くと思いましゅよ? 騎士とちても領地のために尽くしていますのに、しょんな人だと思ってましゅの? わたくちが行った方が良いから許可が下りたのでしゅ」
精肉組合長は顔を赤くしたと思ったら、青く変わり、今は色味を無くして真っ白になっている。
(スマンね……おっちゃんも処分はさせないから、ちょいと我慢してくれ!)
一旦言葉を切ると、ディーンに端に座るおじさんにスケッチと小さな肖像画数枚を渡すように伝える。
「今から順番に回ちて見ていただく絵は、イグニス国の商船内で治療を受けていた船員の症状の変化の様子を描いたものでしゅ。船医の指示により経過観察のために描かれたものでしゅ。見ながら話を聞いて下ちゃいましぇ」
いつか何処かで(日本だが)読んだ書物に、食べ物には身体に必要不可欠な成分が入っており、それが不足したり逆に摂り過ぎたりすると体調を壊すという内容を読んだ事があった。
航海病の事を聞き、長い航海で不足するものを考えて行く。肉は干し肉や塩漬け肉がある(これはこれで全く問題が無い訳でも無いが……)し、魚も必要であれば獲る事が出来る。パンやポリッジ(麦粥)も……と考えて行くと、新鮮な野菜や果物が不足するであろう事が推測できる。
……本当は知っていたんだけど、それは不自然なので言わないでおく。
身体に良いとか肌に良いと(前世で)言われているものを(壊血病もとい、航海病に効くのか)試したら、それが幸いな事に効果を奏した。
たまたまでない事は、複数名が改善した事で示す事が出来る。
……そう説明する。
「それならば、効果があった野菜や果物を食べれば良いという事ですな?」
「そうでしゅね。ただ新鮮であるというのは(劣化すると栄養素が減少して行くから)航海病において大切なのでしゅ。長い航海中、寄港まで日数がかかる事がありましゅ。そんな時、補助する食品を広めたいと思っていましゅ」
マグノリアの言葉に、おっちゃん達が眉を顰める。
そして突っ込む所だと思ったのだろう。あちこちから声が上がる。
「その食品も効果的であると証明されているのですか?」
「商売というのは、思い付きで出来るのものではないのですよ?」
「そもそも大貴族である辺境伯家が、商いをしてまでこれ以上儲けを得る必要はありますまい」
ここぞとばかりに出るわ出るわ。
隣の祖父を見ると、若干ヤバイ感じの顔になっている。
(この人達、大丈夫だろうか……)
後ろでリリーとディーンが息を飲んだ音が聞こえる。
クロードを見れば、収拾に動くべきか考えている様子が見て取れる。
はいはいはい。そうですよねー。
マグノリアは頷いた。
「えっと。今まで原因不明だった病気が改善しゅる事が解った上に、それを抑制するかもちれない食品を流通しゃせる事にどうちてそんにゃに否定的なのでしゅか?」
解ってますよ~。諫めたいんですよね?
商売を軽く考えているであろう子どもとその保護者を、参ったゴメンって言わせたいんですよね?
お金持ちの癖により富を得る事を想像すると、まるで独り占めするようで気に食わないんですよね? 妬ましいんですよね?
そんな無意識な感情を、善意から『忠告して考えを改めさせたい』のですよね。
「商いについて素人だと思っていりゅと思いましゅが、彼等は領政を行っていりゅ事をお忘りぇで?」
領地を問題無く運営するにあたって、違いもあるがそれなりに相関性はあるのだ。
謂わばミクロ経済とマクロ経済。
この辺は余り詳しくないマグノリアだが、マクロ経済はミクロ経済の集積であり、マクロ経済学を学ぶ上で、ある程度ミクロ経済学を学ぶ事が必須だったと記憶している。
そんなこんなを考えていると、生意気な幼女の後ろには領主と次期領主がいる事を思い出し、おっちゃん達は一斉に口ごもる。
「そもそも大貴族は商いでお金を稼いではいけないのでしゅか? なぜ? 領地が富めば、必然的に領民である貴方がたにも利点がありゅのでは? 具体的には減税でありゅとか、新たな商いの芽でありゅとか」
穢れなき眼(※当社比)でひとりひとりに視線を合わせれば、それとなく視線を逸らされ、眉を顰められる。
「皆しゃんが否定的なのは、自分が損をしたくないかりゃですよね? 解りましゅ」
多くのおっちゃんが瞳を左右に揺らす中、辮髪パイナップルはにこにこしている。
(おおぅ……何か喜んじゃってるじゃん……)
思わず引きつりそうになる顔に可愛らしい笑みを浮かべながら、言う。
「皆しゃん、会議に呼ばれたので寄付や協力を要請さりぇると思ったのだと思いますが、違いましゅよ? 資金は元々辺境伯家で用意する予定でしゅ。
……勿論商機を見て参加したいと仰る方がいれば許可する予定でちたが、必要ないと解りまちたので。リリー、参加は不要と記載をちておいてくだしゃい」
顔を斜め後ろに向けると、かしこまりましたと言う声と共にペンの音が響く。
(おっちゃん達の感覚は間違いじゃないし、普通かもだけど。だけど、いたいけな幼女をみんなで吊るし上げようってのは、オバちゃんちょっといただけないよ~)
組合長達は呆気に取られて口をはくはくと動かす者、ポカンと開けたままにしている者とがいる。
「商品は、病気を未然に防ぐためのものでしゅ。そしてそれを沢山の人になるべく安価で手に取ってほしいと思っていましゅ。高かったりゃ意味がないのでしゅ。何故って皆が買えないから。ましゃか、お金持ちなのだから無料で配布すれば良いと思いましゅか? 幾らなんでも他の幾つもの国の沢山の人達にまで恒常的に配布する財力は無いでしゅよ?」
マグノリアの言葉に誰かが呟く。
「他の国……?」
「しょうでしゅ。航海病で苦しんでいるのは他の国にもいるのでしゅ。未然に防ぐため多くの人の手に取ってもらい、尚且つ領地のためになるような事業にすりゅでしゅ。そのために幾つか出来る範囲でご協力いただきたい事を伝えるために招集されたのでしゅ。協力と言っても、損はしない、どちらかと言えば微々たるものと言え儲け話でしゅよ?」
怒るでもなく淡々と話す幼女に、組合長達は完全に閉口した。




