商業ギルド長と冒険者ギルド長(兼魔法ギルド長)
セルヴェスは領主として、関係各所に新規事業立ち上げについての意見交換というお触れで、五日後に会議を招集した。
リリーとディーンにも話し合いの差し支えない部分を話し、実際に稼働すれば講師として指導して貰ったり、現場の指揮をとって貰う事もあるかもしれないと伝えると、呆気に取られていた。
「……私に出来ますでしょうか……?」
不安そうにリリーが呟くと、ディーンも首がもげそうな勢いで頷いていた。
むち打ちにならないか心配である。
「出来ましゅよ。わたちにでも出来るんでしゅから」
(いやいやいやいや!!)
さも当然の事と言わんばかりの小さな主人に、そりゃ違うだろう! とお付きのふたりは心の中で盛大に否を突き付けた。
セバスチャンの方はセルヴェスに聞かされた上、仕事を山のように積み上げられたようで、二日位しおしおとした様子を見せていたが、今は何やら大変忙しそうに動いている。
なかなかご老体なのに大変な事だ。後で落ち着いたら是非とも労わないといけないであろう。
マグノリアはそっと柱の陰から両手を合わせておく。
そして、王都のダフニー夫人から手紙の返事が届いた。
授業に出なくなり心配していたが、元気そうで安心した事。挨拶出来なかったのは自分も残念であるが、自由に暮らす事が出来るようになり喜ばしい事。身体に気をつけて過ごして欲しい事。
そして、いつか再会できる日を楽しみにしていると結ばれていた。
とっても流麗な文字を二度ほど丸い瞳が追い、丁寧に折り畳み封筒に戻す。
(航海病と聞いて西部に乗り込み、今、事業をおっぱじめようって状況だと言ったら、呆れて怒られそうだなぁ)
厳しく光る水縹色の瞳を思い出して、マグノリアはクスクスと笑う。
……あの重い樫扉から出た方法を伝えたら、流石にびっくりするのだろうか? そう思うと余計に笑えて来る。
必要なものをリストアップしたり、セルヴェスに抱き締められて潰されそうになり、クロードに救出される一連のお約束を繰り返したり、ディーンに勉強を教えたり、騎士団の朝練に参加したりして。
あっという間に五日間が過ぎた。
大陸には各国、ギルドと呼ばれる組織がある。
職人や店舗、工房などの商売に関連する者の管理や所属は『商業ギルド』
冒険者や卸(採集や薬)等は『冒険者ギルド』
魔法使いや魔道具等は『魔法ギルド』
魔法ギルドはモンテリオーナ聖国以外、言い訳程度に設置されているものであり、大概は冒険者ギルドにおまけのように併設されている。
ここアゼンダも例外ではなく、よってギルドには二人のギルド長がいた。
「おーい、これ読んだ~?」
ノックせずに冒険者ギルド長兼魔法ギルド長であるヴィクターが扉を開けてドヤドヤと遠慮無く入って来る。
部屋の主である商業ギルド長を務めるグレイヘアを丁寧に撫で付けた男は、うんざりしたように投げやりな言葉を投げた。
「ノック位しろと何度言ったら解るんだ!」
「堅い事言うなよぉ。一緒に呼ばれてるんでしょ?」
「……領主としての招集状だ。まして場所の提供は商業ギルドだ、出ないで済む訳が無いだろう」
余り煩い事を言わないセルヴェスが、珍しく領主としての招集である。厳しい言葉が出るかもしれないとギルド長であるドミニクが気を揉んでいるというのに、ヴィクターはどこ吹く風といった様子で飄々としているのがイラつく。
「何か、招集状と一緒に、冷蔵の魔道具の依頼もあったんだよなぁ」
「冷蔵の魔道具……? 随分値が張るものを頼んだもんだな」
魔法の無い国であるアゼンダでは、魔道具はなかなか高価だ。更に動力となる魔石も恒常的に使用する事になり、そちらもアゼンダでは手に入り難い。
ドミニクは冒険者ギルド長であるヴィクターよりもガタイの良い領主を思い起こし、ため息をつく。
(まあ、あの御仁ならば、北の森で魔獣狩りでもして好きなだけ調達出来るのかもしれないが……)
「……シャロン司祭に幾つかの商会頭代表、スラム街のダンか。随分とバラエティーに富んだ人選だな」
「スラム街の連中は大人しくしているんだよな?」
「うーん。最近大きな事やらかした奴らは居ないと思うけどね?」
眼光鋭いドミニクの視線を受け、荒れてるねぇとヴィクターは苦笑いする。
「ううむ……これだけの人選だと、かなり大きな話になるのだろう」
ドミニクは今日何度目か解らないため息をつく。
「ため息ばかりつくと、幸せが逃げるよぉ?」
笑いながらそう言うヴィクターに、ドミニクは睨みながら舌打ちをした。
街の者には『ギルド棟』と呼ばれている建物は、教会との間に別の建物を数軒挟んで並んでいる。
華やかな街の中心部において、濃い色合いのどっしりとした外観のちょっと重厚な建物だ。
茶色いレンガ造りで、地球であればビルと呼ばれる四角い建物に似ている。
日本の無機質な……もしくは機能美とも言えるかもしれない程の味気ない形に対して、ギルド棟は柱や建物のふち飾りの部分は白い石で作られ、彫刻の様なものも施されており、よく見れば重厚ながらもなかなか優美な建物になっている。
重厚な木の扉を開けると、一階は総合案内所になっているようで、受付らしき女性が座っていた。
……地球のラノベならセクシーなお姉さんが担当の筈だが、至って真面目そうで地味な装いの女性が立ち上がった。
「アゼンダ辺境伯家御一行様ですね。皆様お待ちでございます。四階へご案内いたします」
二階は商業ギルド。三階は冒険者・魔法ギルドで、その上は会議室や倉庫などになっているそうだ。
マグノリアはいつもの如くセルヴェスの左肩に乗せられ、建物の中をキョロキョロと見回している。
(おおぅ、ギルドだ! ギルド!! めっちゃ異世界っぽいじゃん。テンション上がるわ~!)
磨き込まれてピカピカになった階段の手すりを見ながら、マグノリアがニヤニヤする。
別室では各商会頭や某ギルド長が胃と頭を痛めているというのに、何ともな感じである。
「……変な顔をしないで、ちゃんとしていなさい」
すかさずオカン属性の叔父に注意を受ける。
その後ろではガチガチになっているリリーとディーンの顔が見えた。
開かれた扉の中を見れば、十人以上の男性が一斉に視線を向けた。
「……ひっ!」
ディーンの小さな悲鳴が聞こえる。
(うわぉ。こんだけいると壮観だねぇ……)
何故かユーゴとイーサン、パウルまで呼び出されているようだ。
(……やっぱし、航海病の確認とか証人とかなのかな?)
三人に視線を向けると、小さく目礼を返して来た。
奥の方の席には、シャロン司祭も座っているので、同じく目礼をする。
それ以外の沢山の大人たちが、セルヴェスの肩に乗せられた小さな女の子を見た。
驚きに目を瞠る人、微笑ましそうに目を細める人。
訝し気な表情と面白そうにニヤニヤする表情。不思議そうに眺める視線に、何かを探るような視線。
立ち上がろうとするユーゴとイーサンを見て、その場にいる者達も慌てて倣おうとする。セルヴェスは小さく右手を挙げ留める。
「そのままで構わない。直ぐに議題に入る」
大股で部屋の中に入って行くと、小さく騒めく。もう一人小さな子がいたからだろう。
ディーンはカチコチでぎこちなくクロードの後ろについて行くと、椅子に座らされたマグノリアの後ろに立つ。その隣にリリーも並んだ。
「本日は招集に応じて頂き感謝する。
……それでは、先日クルースで発生した航海病とその治療に関する製品の事業について、周知並びに協力の願いを伝えたいと思う。意見や疑問等、説明の後に忌憚なく行う事とする」
セルヴェスの、低くはっきりとした長年人を導いてきた声が、狭くはない会議室一杯に響き渡った。




