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【小説7巻12/19発売・コミカライズ2巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第三章 アゼンダ辺境伯領・起業編

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作戦会議をしよう

 約一週間ぶりの帰宅に、セルヴェスもマグノリアも休日を挟むことなく執務室に入る事になった。


 込み入った話になる事が解ってか、セバスチャンとリリーはお茶の支度を終えると、静かに部屋の外に出た。本来であればセバスチャンには聞いて貰った方が上手く回るのかもしれないが、マグノリアの前世の話がどう飛び出すか解らないため、骨組みが決まるまでは席を外して貰う事にする。


 もう既に航海病が回復するという事が判明しているので、『しない』という選択肢は無い。

 プレゼンのつもりが作戦会議に様変わりする事となった。



 取り敢えずは、クロードが航海病発生の知らせからマグノリア達が西部に行くまでの流れを掻い摘んで話す。


「……解ったし、助かったが……万一知っている記憶と違った場合、取り返しがつかない事になっていたかもしれん。そこは考えなかったのか?」


 セルヴェスが困ったような難しい顔でマグノリアを見る。マグノリアは頷く。

(叱ってくれるのも、大事に思われてるからなんだよね……ありがたいことだ)


「それは勿論考えたのでしゅが。何と言うか……多分()()()()と思ったのでしゅ」

「違わない?」

「……あい。異世界の割に、この世界と前世の重なり具合が多いのでしゅ。不自然な位に」

「どういう事だ?」


 ひとつ頷いて、どう伝えれば良いのか迷うようなマグノリアに、セルヴェスとクロードが訝し気な声と顔をする。


「上手く言えないのでしゅけど。『前世の情報を知っている人が、その情報を基に構築した世界』みたいな感じ、と言うのが一番近いでちょうか。違う国や違う世界なのに、言葉や文字、曜日に時間……それ以外にも色々と異様に似通っていたり……まあ、誤差はありますち、全て同じわけではないのでしゅが。でも、()()()()()だと思ったのでしゅ」


「……だから、同じ方法で解決出来ると思ったのか?」

 セルヴェスの言葉に、あい、と返事をする。


「それならばここが、違う時代の『チキュウ』である可能性は無いのか? 時代や国が違うから、違う名称で呼ばれているだけで……」


 クロードの言う可能性が本来ならば一番高いし現実的であろう。

 しかし、マグノリアは首を横に振る。


「それは無いと思いましゅ。前世の人間で、こんな髪の色は生物学的に無理でしゅ。それに多分、中世や近世と呼ばれる時代がごちゃ混ぜになっていりゅ世界だと思いましゅけど……その時代に『大陸』と同じ形をちた大陸が存在ちていませんち、未来の記録に同じ名前の国も歴史も全く無いのは不自然すぎましゅ。……仮に何かがあってこれだけ大きな陸地と国々が丸々海に沈んだり、消えてなくなったとちたら、他の島や大陸の国々に記録が残る筈でしゅからね」


 確かに、とセルヴェスとクロードは思う。

 文字や数字が存在しているのだ。そんな現象が起こったなら、後世に情報として残すであろう。


 確かに海を渡った遥か向こうに別の国々が存在するが、マグノリアに聞いた大陸の名前も国々の名前も、何一つ一致するものが無かった。


 今いるこの世界に『日本』は無い。


「動植物や暦まで変えるのは大変なことでしょうから、そこはそのまま採用されたのかと……今となっては地球が作られた世界なのか、ここがそうなのかは、わたちには解りませんけど」


ま、今更それは良いとして。セルヴェスににっこりと笑って礼を言う。


「心配してくりぇて、ありがとうございましゅ。本当に危ないと思う事はしないちゅもりでしゅ。なので、世界の概念よりも新事業の話を進めまちょう!」




 マグノリアは、まず前世のノブレス・オブリージュの精神の説明をする。

 そして、それとは若干ずれるが保護者二人を手伝いたいという側面と、領民あってこその、貴族として恵まれた生活が送れているのだから……自分に出来る事でより良い改善をし、領民に豊かで健やかに暮らして貰えるように出来ないものかとの考えを伝える。


「……だって、自分が美味ちいものを食べて笑っていりゅ横で、小しゃい子どもや病気の人が食べりゅものが無くて凍えて丸まっていりゅとか、嫌じゃないでしゅか?」


 目の前の幼子は事も無げに言うが。

 その当たり前な考えに至る事など無く、人を蹴落とそうが、自分が肥え満たされることのみ考える人間がどれだけ多いものかと思いながら二人は声を飲み込んだ。


「領民や領地を富ませるのにも、色々方法はあると思うのでしゅが。わたちとしては、まず一番困っていりゅ人達が普通の生活を出来るようにサポートちたいと思うのでしゅ」


「それでスラム街なのか」


 クロードの言葉に頷き、話を進める。


「あい。元々戦争で不自由になったり身寄りが居なくなったりで、貧しく暮らさなくてはならなくなった人達なんでしゅよね。

 ……成長すれば自分次第とか、もっと努力すればと言う意見もあるのかとは思うのでしゅが、出来ない理由がありゅから存在ちている訳で、精神論を並べるよりも抜本的な解決をちた方がお互いに有意義だと思うのでしゅ」

 

 ……ある意味、働けない人にも働く環境や状況を用意しようという訳で。道筋を作るという意味では優しいが、結果として、働かされてる感が拭えない者にとっては厳しいのかもしれないな、と保護者二人は思う。


「そりぇと、人として最低限の生活は必要でしゅ。自分も役に立っているという気持ちや、出来るという誇りを取り戻してもほしいのでしゅ。貧しさも飢えも差別も、人の心を蝕むのでしゅ」


「人としての尊厳か……」

 クロードが呟く。


「あい。時には、お金よりも重要な事があるのでしゅ」


 騎士生活が長いセルヴェスは頷いた。

 ある意味、騎士は誇りに生きる人間だ。


「実際にはどうやって彼等に職を作るつもりなのだ?」

「始めは、布小物を作ろうと思ったのでしゅ……」


 前世で、『パッチワーク』と呼ばれる小さなハギレで作る手芸があった事。大陸と同じような文化を持つヨーロッパで流行した事。ヨーロッパ以外にも、世界各地にその地方の特色を持ったパッチワークの種類があった事。


 その小物の持つ素朴で温かみのある雰囲気は、このアゼンダ辺境伯領の牧歌的な雰囲気に合いそうな事。

 

 先日洋品店で廃棄の切れ端の存在を聞いた事。焚き付けに使う位なので、買い取ったとしても原価がとても安く済む事。道具も余り要らず、力仕事も少ないので、子どもからお年寄りまで出来る可能性が高い事を伝える。


「畑はどう関係があるのだ?」

「働く動機づけの一環として、食事を出そうと思ったのでしゅ。もし使っていない畑があるのなりゃ、自給自足用の野菜を育てたり出来ないかと考えたのでしゅが……航海病を知ったため、そっちを解決するための野菜を育て、予防するための製品を作って販売する方が先だと思ったのでしゅ」

「もうひとつの事業か……」

「いえ。命に関わる方が優先順位が高いので、事業としてはザワークラウト工房を着手すべきだと思いましゅ」


 セルヴェスとクロードは頷く。


「基幹産業である農業とも相性が良いでしゅし、使用する野菜はアゼンダでの生産率が高い野菜でしゅ。シュラム街の人達が作っても良いでしゅし、作業できる人が居なかったり足りないようならば農夫を雇う事も出来ますち、普通に農家から購入するなりお店から買うなり方法は幾つもあると思うのでしゅ」


 クロードに依頼していた、必要な物と費用の目算をテーブルの上に置く。

 三人で覗き込む。そして自由に発言して行く。


「原価は安そうだな……ガラス瓶位か、高いのは」

「しょうですね。ある程度大きさと形が揃っている方が良いでしゅが、領内の雑貨店や食器店のデッドストックを当たって、似たようなものを選別するという手も使えましゅ」

「……それだと、場合によってクレームが起こるかもしれないな」

「中身の量が同じなのかっていう疑問ですよね? ……はかりはかってという方法でも駄目でしゅかね?」

「うーむ……ガラスの品質は特に問題が無いのか?」

「あい。きちんと保存出来るか出来ないかが大切なので、色やガラスの質にはそこまで拘らないで大丈夫でしゅ」

「新しく作る場合は、ガラスの質を下げて密閉性だけきっちりすれば、安く出来るかもしれない」


 セルヴェスとクロードはそれぞれ今までの話し合いを頭の中で整理しているようであった。


「工房の建物はどうするのだ?」

「建物を建てたり借りるとその分経費が掛かりゅので、可能ならば教会の調理場をお借り出来ないかと思うのでしゅ」

「それで教会の許可なのか」


 スラム街からも近いので、通いやすいだろう。

 最初は反発も考えられる。暫くは第三者の目がある場所の方が色々と良いだろう。


 教会を借りる事に教会側や法律的に問題が無いならば、借りた分として食事を教会在籍者分提供するとか寄付をするとか、教会にとってもプラスになる事を返したいと思っている。


「製品の一時保存には国などの許可が必要でないのなら、要塞を考えていましゅ。寄宿舎として使われているので、盗まれたりといった危険も無いと思うのでしゅ。それと工房で安い専用の荷馬車と馬を購入して、各種移動に使うつもりでしゅ」

「移動?」


 セルヴェスが聞く。


「あい。沢山作ると重いでしゅから……教会から要塞への製品移動、シュラム街と畑間の移動。クルースで販売するのが主でちょうから、要塞からクルース間の移動など、結構荷馬車を使う機会は多そうなのでしゅ」


「なるほど。要塞は辺境伯家の持ち物だから使用に問題はないが……もし事業としてある程度当たった場合には色々危険なので、確かに要塞を拠点にするのは安全面で良いかもしれないな……」


 既にそこまで考えている事に、セルヴェスとクロードは感心する。


「そりぇと、農地や店舗などで、廃棄をするような食品を安価で仕入れたいのでしゅ」

「……うん?」

「安く売る予定のものまで買い取るつもりは無いのでしゅが……捨ててしまうなら有効利用したいのでしゅ」

「例えば?」

「安売りでも残ったものや、元々捌き切れないもの、作り過ぎて買い叩かりぇるために破棄すりゅもの、お肉屋しゃんやお魚屋しゃんの骨や内臓等。売れにゃい分等は有効活用ちたいのでしゅ」

「……それらで食事を作るのか……」


 日本人お得意のMOTTAINAIである。更には出汁である。

 侯爵令嬢としては微妙かもしれないけどね。


「何か他の商品を思いつくかもちれましぇんし。食事だけでなく、肥料にしたり家畜の餌にしたりと利用方法は沢山ありゅのでしゅ。お店や生産者は損しないで済む、食事をある程度安定して提供出来る、ゴミは減る。一石三鳥でしゅ!」



「教会側は何と言うでしょうか……」

「基本は正教本部からの支給金とお布施、寄付で運営しているのだから、見返りがあるのならば文句は言わんと思うが。シャロン司祭は荒立てるようなタイプの人間ではないしな」


 セルヴェスとクロードは、各機関との調整について話出す。


「これだけ周りにも大きな影響を考えると、ガラス工房や窯元にも周知が必要ですね」

「うむ。元々スラム街の求人は各ギルドが請け負っているところも大きい。ギルドも初めから巻き込んでおいた方が、調整をし易いだろう」

「ギルドから各店舗へ廃棄品買取の話もして貰った方がスムーズかもしれませんね……」


 暫く話した後で、クロードがセルヴェスにため息交じりに言う。セルヴェスも微妙な顔で頷いた。


「取り敢えず、早期にガイを戻しましょう。イグニス国について調べたら、戻るように言いましょう」

「そうだなぁ。アーネスト・シャンメリーか……」

「多分偽名でしょうね。本名だとしても、イグニス国ならアーネストではなく『エルネストゥス』でしょう……エルネストゥス……?」

 

(エルネストゥス……ギリシャ語かラテン語っぽい? この世界も読み替えがあるのか)


 地球でも同じ名前が国(言語)によって読み方が違う。例えば『マイケル』だったら。


 英語ならマイケル、ドイツ語ならミハエル。フランス語ならミシェル、イタリア語ならミケーレ。スペイン語ならミゲル、ロシア語ならミハイル……と他にも変化する。


(こちらに馴染みがあるだろう名前で言ったのか、もしくは隠すようなご身分なのか)


 まあ、面倒なく買い取ってくれるのなら問題無い。

 十五歳で身の上を偽らなければならないとしたなら、アーネストはアーネストで難儀な人生を送っているなぁと転生幼女は思う。




「忙しくなりそうだな……」

「未だかつてない忙しさになりますよ、多分」


 保護者二人は目まぐるしくなりそうなこれからの日常を思い、どう算段をつけるか更に考える事にした。

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