閑話 祖父とアリさんと私
先日10万PVを記念してリクエストを募りました閑話になります。
・セルヴェスがマグノリアを猫可愛がりする話
・ディーンの兄弟や友人と出会いマグノリアがいつものサービス精神で「かまってあげる」話
・バトルを挑まれたアリさん視点の話
以上三つがあがりましたので、混ぜて一つのお話に致しました。
リクエストを頂きまして、誠にありがとうございました。
果たしてご希望に添えるものになっているか……?
セルヴェスは項垂れた。
年甲斐もないと館中の誰もが思ったが、孫娘が絡むとなると仕方があるまいと、また誰もが思う所でもあった。
ガックリという言葉以外、無いような風体で落ち込んでいる。
空気が重く、ジメジメして壁に床に、キノコが生えそうな勢いである。
一週間ほど前に王宮から使いが来て、無理矢理会議に出席させられる羽目になったのだ。
その間に、次男坊のクロードと孫娘のマグノリアが西部のクルースに出かけたと知り、大いに項垂れてしまったのである。
まして無理矢理呼びつけられた会議は、至極どうでも良いモノ(セルヴェス的には)で、全然面白くも何ともない……いや、むしろクッソつまらん会議だったのである。
果たして面白い会議とやらが、いまだかつて開かれたことがあるのかは甚だ疑問であるが。取り敢えず今は置いておこう。
行きの移動に二日半、王都に三日間、帰りに二日(強行軍!)の計八日を費やしたのだが、全くもって骨折り損のくたびれ儲け、という奴である。
帰りは孫娘会いたさと、用も無いのに(?)呼び出された怒りで、休みもそこそこで馬を爆走させてきた位だ。途中置いてきた馬車は、御者によって明日か明後日には館に着くであろう。
クロードとしても、移領して来たばかりの姪っ子をちょっと連れ出してやろうという思いやっての行動であり、領内の事に興味を持っているらしい姪に、幾つかの街やら場所やらを見学ついでに説明も出来るだろうという一石二鳥の考えのもとでの行動でもあった。
――それが、大陸で原因不明と言われる『航海病』の解明・解決に転がる結果になった挙句、領内の問題の幾つかを改善する為の一大起業をしようという流れになっている為、領主である父に説明するためには出掛けた事から話さざるを得なく……本当に、異世界から転生してきたとぶっちゃけ出した非常識な姪っ子は、物事を小さく収めると言う事はありえないのだなと思い、ため息をついた。
館中の人間が、マグノリアに視線を向ける。
「(えっ? わたち!?)」
一斉に向けられた視線に、抗議するような視線を返す。
……が、みんな示し合わせたように一斉に頷く。
こうなったが最後、セルヴェス心のアイドル(?)マグノリアにしか解決できないであろう。
(えーっ! 拗ねた爺様の機嫌を直す方法なんて、知らんのですけどー!!)
見た目は可愛いが心はアラサー女子……というよりもむしろオッサンに近そうな、転生幼女・マグノリア(物理四歳)は、文句アリアリといった表情でセバスチャンとクロードを見るが、揃って首を横に振るのみであった。打つ手なしとのことである。
(……クッソォ、こっちとらぁ、どうせしがない居候の身だぜ……)
心の中でヤサグレながら、部屋の隅でのの字を書く、悪魔将軍という二つ名の祖父の肩にそっと小さな手を置く。
「おじいしゃま? 今日は暖かいでしゅし、午後にお庭でお茶をちまちょう? おじいしゃまの為に、わたち、ケーキを焼きましゅよ。だから、セバスチャンから不在時のお仕事のお話を聞いてちまって、早くお仕事終わらせてくだしゃいね?」
上目遣いで小首を傾げる。
「ケーキを焼く……!? マグノリアがか!?」
「あい。火加減は他の人にちて貰いますけど、それ以外はわたちが作りましゅよ」
(型か鍋に順番に放って、混ぜるだけだけど)
「ふわぁぁぁぁ!!!!」
孫娘の言葉に頬を紅潮させ、身体をくねらせて喜びを表す悪魔将軍(六十)を、その場にいる全員が生温かい目で見ていた……
胸元から出したハンカチで顔の汗を拭きながら、セバスチャンがセルヴェスを執務室に引っ張っていく。
(ふー!! なんとか収まったようだ……)
マグノリアは、くねりながら引きずられる祖父を見て安堵の息をつく。
これまた小さくため息をついたクロードが言う。
「……感激し過ぎて、抱き締め潰されない様に気をつけなさい」
「いや、気を付けようがねぇと思うんしゅけど?」
思わず前世の言葉でツッコミを入れてしまったマグノリアであった。
*****
一方その頃。
魔の森と言われる森のはずれにある巣穴の中で、小さな子供たちに先日あった怖い話を聞かせる老魔虫の姿があった。
(拙者はジャイアントアントと呼ばれる、しがないB級魔虫である)
今日は外の世界の勉強会である。
厳しい世界を生き抜くために、若い者や子ども達に教えを授けるのが老魔虫の役目である。
「魔虫や魔獣は厳しい社会で生きている。圧倒的な力の差がある場合、構わず逃げる事。見誤ると強い魔獣に簡単にやられてしまいます」
そう。つい先日森を見回りしていたら、恐ろしい人型の魔獣が三匹もいたのである。
若いジャイアントアントが『ヒャッハー!』と言いながら走って行ったので後を追うと、人ではありえない禍々しい気を放つS級ランクの魔獣二匹(セルヴェスとクロード)と、A級ランクの魔獣一匹(ガイ)が居たのである。
『おい、若蟻その一よ! そいつは人間じゃない!! 人型をとった上位魔獣だ、戻ってこい……!』
しかし、止める声も虚しく。あっという間に手から伸びる触手(剣)で真っ二つになってしまったのだ……
それを見て逆上した三匹の若い者達が、震えながらイキる。
『畜生! やっちまえ!!』
『兄ぃの仇ぃぃぃ!』
他の奴らが玉砕覚悟でキシャキシャ言いながら向かって行くので、慌てて止める。
『駄目だ! 戻れ! そいつは一等バケモノじみているっっ!!』
赤毛のゴツイ魔獣が眼光を怪しく光らせ、低く唸り声を上げながら二匹をブチのめす。
一匹は身体に穴を開けられ、もう一匹は凄まじい勢いで大木に叩きつけられた。
『その二、その三……!』
「「ひぃぃ~~~!!」」
そんな時、片隅で震える人間がふたり、目に入る。
一人は小さい子どもだ。恐怖で腰が抜けているのか、目に涙を溜めて震えている。
(魔獣達の餌に、人里から連れて来られたのか?)
人の子に気を取られている内に、若蟻その四もA級魔獣の毒牙にかかり、あっという間に微塵切りにされてしまっていた。
(……くっ! なんという、酷い事を……!)
無力感に苛まれながらも、老魔虫は未だ幼い人の子を助けようと、声を張る。
『おい、人の子よ! ここに居ては危ない、早く逃げなさい!!』
言葉が通じないらしく、仕方なく老魔虫は大きな顎と歯をカチカチさせながら、大声を張り、手足を振って一生懸命アピールする。
『そこにいるのは人間じゃない! 魔獣だ!! 食べられてしまうぞ!? 拙者が引き付けておくので逃げなさい!』
しかし。恐怖で錯乱しているのか(?)、人の子は全く言葉が通じなかった。
老魔虫は益々焦る。
『早くーーーーーっ!!(焦)』
『むっき~~~!!!!(怒)』
何故だか解らないが、人の子は物凄く怒っていた。
『ふんっがーーー!!』
(……いや、仲間を殺されて、説得しているのにこんなんで、怒りたいのはこちらの方なのだが……)
老魔虫は困惑である。
そして、人の子は何を思ったか武器片手に、ちてちてちてちてちて!とおぼつかない足取りで老魔虫の後脚――立ち上がっているのでそこが一番狙いやすい――を叩いた!!
「とおぉぅっ!」
ぺこ。
叩いたとは思えない間抜けな音が鳴る。
『キシャ……?(ん……? 攻撃??)』
『キシャ? じゃねぇじょ、ゴラァ!(ピーーーーーー!!(自主規制))』
老魔虫は首を傾げていたが、目の前の幼女が大変お怒りらしい事は察したらしい。
長く生きる老魔虫は空気の読める魔虫なのである。
S級魔獣は揃って、何故だかしょっぱい顔で人の子を見ていた。
……若い方の魔獣は、何やら眉間に物凄い皺を寄せて人の子を見ている……あれは母蟻が子蟻を叱る時と同じ気配だ。
A級魔獣は毒でも食らったのか、その横で膝と両手をついてなんだかプルプルしている。
『…………。(困)』
『…………。(怒)』
どうも魔獣達は人の子を食べる気も傷つける気も無いようで、大人しくこちらの様子を窺っている様であった。
(……この子は妖精の末裔なのか……)
焦っていて気付くのが遅れたが、何やら懐かしい、優しい気配がしていることに気づく。今は酷く怒っているけど。
目の前の人の子は最近とんと見なくなった、妖精と人間の末裔らしかった。
……ん?
禍々しい妖気を辿ると、バケモノにも微かに妖精の気配がする。
(……あいつ、妖精と魔獣の亜種なのか!?)
妖精同士なら傷つけることもないだろうと納得し、老魔虫は硬い甲羅の隠しから、ジャイアント・ビーに貰った蜂蜜の結晶を差し出す。
大きな魔虫の手は怖いだろうと、少し離れた場所から小さな手に、コロンと落とす。
『さあ、そんなに怒るとひきつけをおこすぞ。これでも食べて機嫌を直しなさい』
『????』
安心した老魔虫は、そっと森へと帰って行ったのだった――――
【教訓】
無謀な戦いで命を散らしてはならぬのだ。生きる為には状況をよく見る事。
勇気ある撤退も時には大事。
しかし、無謀と解ろうとも か弱い者を守るのは魔虫の仁義。
気を付けないと、かつて長きにわたる戦争という殺し合いで沢山の命を落とした、愚かな人間共と同じになってしまいますぞ。
*****
マグノリアは久し振りの家族との昼食の前に調理場へやって来ては、片隅でその辺にある材料を(一応断って)空いている鍋を借りて、目分量で次々と放り込んでいく。木べらでゴリゴリと混ぜては平らに均し、何度か鍋ごと調理台の上に落として空気を抜く。
(昨日嫌って程作ったから、上手く焼けるだろう)
気分はチーズケーキ専門店の店員になったようである。
料理長はマグノリアの手元を覗き込んで、感心した様子で頷く。
「随分手慣れていらっしゃいますね」
「あい。昨日何十台も焼いたのでしゅ」
「何十台……?」
お嬢様の言葉に訝し気に首を傾げるが、見たことも無いレシピに調理場の人間たちは、興味津々でマグノリアの手元を見ていた。
「館の皆にも作りまちょう。空いてりゅ型があったら貸ちて下しゃいまちぇ」
「……お嬢様……!」
ご相伴に与れると花を飛ばす調理場の面々に、またもや手抜きレシピを教える羽目になった。
(こんな雑なレシピが拡がるの、不味くない? 大丈夫??)
今度から、せめて大匙、とかカップとか、単位と呼べそうなもので伝えなければと心に決めるマグノリアであった。
暫くすると、館中に甘い香りとチーズの焼ける香りが漂い、人々を幸せな気分にした。
一週間の出張から帰ったディーンとリリーには、数日身体を休めるようにと特別休暇を出した。リリーは却って落ち着かないと休日を返上していたが、ディーンは家族との時間も必要だと思い、半ば無理矢理押し付けた。
今は似たような年の子ども達と、転がる様に遊んでいる。
子犬がじゃれている様で、見ていて微笑ましい。
「皆ディーンのお友達でしゅか?」
「そうだなぁ。この辺は近くに家が無いから、使用人の子ども同士で仲良く遊ぶのだよ」
なるほど。辺境の地は幾分身分差の垣根が低いようだと、目の前で転がる平民の子と貴族の子の塊にほっこりする。
マグノリアと言えば、セルヴェスのお膝に座らせられ、さっきから頭を撫でられ通しである。
中身オバちゃんの身としては居た堪れなくはあるが、奉仕活動の一環として甘んじてされるがままになっている。
「この『ちーずけーき』というのは物凄く旨いな。これ、本当にマグノリアが作ったのか?」
「あい。材料費がここでは微妙でしゅけど、簡単に出来るのでしゅよ。焼くのは危ないので調理場の皆にやって貰いまちたが」
ぐぬぬぬ、と唸りながら口に運んでいる。
唸りながらも頭を撫でる手は止まらない。
「お砂糖って高いのでしゅね……」
「必要なら幾らでも輸入するぞ! 館一杯の砂糖を買おう!」
「いや、そんにゃに要らないでしゅよ……」
セルヴェスの盲目度合いが酷い。マグノリアは膝の上で引く。
「砂糖は元々南の国から輸入していて、薬として入って来たものだからな」
「なりゅほど、薬……流通の問題なのでしゅね。南って事はサトウキビから作ってるんでしゅかね?」
マグノリアの言葉にセルヴェスが首を傾げる。
「さあなあ。国内での甘味と言えば、他は蜂蜜だけだからなぁ」
「うーん。北なら北で、メープリュシロップの原料のサトウカエデの木とか、てんさい糖とかありそうでしゅけどね?」
「『チキュウ』は砂糖もそんなに沢山あるのか!?」
セルヴェスは驚いて大きな声を出す。
(それにしてもうちの孫、賢過ぎないか!? 天使か? 可愛いし、天使だな!!)
「厳密には砂糖ではないものも含まりぇてましゅけど……そうでしゅね。サトウキビから作った砂糖は、特売なりゃ一キロ一中銅貨位で買えまちたからねぇ」
「砂糖が中銅貨一枚……!」
定価でも種類に依るが中銅貨二、三枚と言われ、さらに絶句していた。
ヒ、ヒ、フー! ヒ、ヒ、フーッ!! セルヴェスは呼吸と荒ぶる心を整える。
落ち着くために孫娘を抱きしめる。
傍から見ると、ピンク色の抱き枕のようである。
そして手元にある肖像画……もとい、航海病罹患者の経過を描いた小さな姿絵を見てため息をつく。
「これ……本当に食事に気をつけるだけで、こんなに良くなったのか……?」
「あい。元々イグニス国の『シャンメリー号』の乗組員が罹患したのでしゅけど。絵心がある方が乗っていたそうで、経緯を観察するためにスケッチしていたそうなのでしゅ」
アーネストが出港した後、パウルが彼に託されたと言って写しを渡しに来てくれたのだ。
写真がないので、基本的に絵と文しか記録を残すものが無い。
すっかり頭から抜けていたので、変化を証明する手段としてこの絵は大変助かったと言える。
(抜け目無いな、アーネスト。本当に何者なんだか……)
「これが本当なら、確かに事業化せねばならんだろう」
(うちの孫凄い! 天才! 可愛い! この想い、世界の中心でKAWAEEEを叫びたい!!)
領地を潤し、且つ沢山の人を救う手立てになるだろう。セルヴェスが心のくねりとは正反対の真剣な顔で眺めていると、離れた場所から子ども達が叫んで手を振っている。
「マグノリア様ぁぁ!!」
「あーい! あっちまで駆けて、戻って来たりゃ手を洗っておいで~! お菓子あげりゅよー!!」
「はあい!!」
きゃいきゃいと騒ぎながら、子ども達は我先にと走って行く。
切り分けたベイクドチーズケーキを、綺麗なハンカチに包んで分けてあるのだ。それを盛ったバスケットに目を通し、数を確認する。
(ひい、ふう、みぃ……足りなくて、ケンカになるとまずいからなぁ)
セルヴェスはしっかり者の孫娘を見て、笑うと、頬ずりしてぎゅぎゅぎゅっと抱き締める。
「本当に、マグノリアは可愛いのう! 世界一じゃあぁぁ!!」
「ぐへっ!!」
(い、息が! 腕が軋む……!!)
タップタップ!! ターーーーップ!!!!
******
アゼンダ領の上空を、格納していた羽を出して巨大な蟻が飛行していた。
ブンブ・ブーン。
先日は誠に遺憾であった。
モンテリオーナ聖国の方には『魔導士』や『魔法使い』、『魔術師』と呼ばれる危険な人間がいるが、アゼンダ領には人型の大変危険な上位魔獣がいるらしい。
危険なので、か弱き魔獣や魔虫が被害に遭わないよう、時折こうして見回りをする事にしたのだ。
ブンブブ・ブーン。
(奴らは飛べない様であったからな。地上だといつ遭遇するか解らない。おちおち散歩も出来んな……)
ジャイアントな蟻の老魔虫は、大きくため息をついた。
……もうじき辺境伯館の上空である。
(魔虫生活二十五年! このジャイアントアント、あんな危険生物に遭遇した事はない!)
辺境の地アゼンダ。今はかの悪魔将軍が領主を務める場所である。
もしかすると魔境に変わりつつあるのかもしれない……




