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【小説7巻12/19発売・コミカライズ2巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第二章 アゼンダ辺境伯領・新しい生活編

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それぞれの日常へ

これにて第二章完結です。

お付き合い頂きましてありがとうございました。



 船は海を滑るように進む。

 港を出てだいぶ経つので、もう島影も見えなくなった。

 アーネストは金色の髪を潮風になびかせながら、見えなくなった景色を追うように眺めていた。


「お名前をきちんと名乗られなくても良かったのですか?」

「……私の名前は『アーネスト』でも間違いではないよ?」

「それはそうですが……」


 侍従は苦々しい顔でアーネストを見遣る。


「ギルモア様を娶られるおつもりですか?」


 思い切って切り出すと、思ったよりも振り返る顔は穏やかな表情だった。


「あちらは大国アスカルドの王妃候補だよ。私はしがない中規模国のいち貴族だよ? どんな身分差なの」

 

 年も離れているしねぇ、と言って笑う。


「十一歳など、珍しい差でもありますまい。それに……」

「んー? 政略めいているよねぇ」


 言葉を遮るように言葉を被せる。

 そして苦笑いのまま、侍従の方へ身体を向け直す。


「『亡国の妖精姫』の末裔でしょう? きっと、これから大変だよ」

「そうでしょうな……未だ幼いですがあの美貌、気立ての良さ……ましてやあの知識。戦乱が再び起こらねば良いですが……」

「だから、ギルモア侯爵は隠していたのもあるんだろうねぇ」


 侍従は無言で肯定を返す。


「でも、そのまま隠れるようなお姫様じゃなかったんだね」

「才があり過ぎるのも、時に酷な事でございます」


 色々な事を含んだ侍従の言葉に、アーネストは金色の睫毛を潮風に震わせた。


「まあ、妖精姫は悪魔将軍と黒獅子に護られているよ。今の大陸で、考えられる最強の鉄壁だ」

「…………」


 再び見えない陸をなぞるように、髪と同じ金色の瞳が水平線を滑った。

 侍従はため息を飲み込み、青い波をみつめた。




 

 マグノリアは使いの鴉を待っていた。

 要塞の鋸壁きょへきから瞳を出して空を見上げていた。背が低いので、鼻から下は壁に隠れてしまっているのはご愛敬だ。大きな丸い瞳がクリクリと動いている。


(今度、私も伝書鴉飼おう。電話もメールもSNSも無いんだから、めっちゃ不便!)


「見ていてもカラスは来ませんよ。来たらお知らせしますが」


 珍しくイーサンが声をかけて来た。空を眺めたままマグノリアは生返事をする。


「うん……しょうなんだけど。そりょそりょ帰らないと、おじいしゃまが帰ってくりゅと思うの」

「……自分の家なんだから、先触れなんか出さなくても自由に帰ったら良いですよ」

「うん。しょうなんだけどねぇ」

 

 イーサンはピンク色のつむじを見ながら問いかける。


「今後、ザワークラウトの工房を作るのですか?」

「しょうだね。畑かりゃ作るちゅもり」

「……畑から?」

「うん。シュラム街の人や雇用が難ちい人、困ってりゅ人の就職先に、畑から製造、可能なら販売まで一貫ちて出来りゅようなのを、どーんと」

「…………。ははは」


 視線は空を見上げたまま、マグノリアは『どーんと』に合わせて大きく腕を広げる。

 壮大な計画に、イーサンは可笑しそうに笑った。


「空いてりゅ農地も使えるちね」

「一次的には良いでしょうが、真似されたら直ぐに立ちいかなくなりますよ」

「うん。広まって、病気が無くなったりゃ良いと思う。本当は別な野菜の方が効率が良かったから、春・秋・冬はキャベツ、夏はパプリカを使って作りゅよ」


 二人は淡々と会話を続ける。


「なるほど。別の商品がすでに構想にあるのですね……」

「うん。と言うか、航海病の話を聞かなかったらザワークラウトとピクルスは思いちゅかなかったかも。畑はあくまで彼等の自給自足用で……別の、食べ物じゃない製品を使って事業をすりゅつもりだったから」

「…………」


 違う事業。

 事も無げに言うマグノリアの頭を、まじまじとみつめる。


「……それで、クロード様に窓口になりそうな西部を見に来るように言われたのですか?」

「うん?」


 イーサンの言葉に、初めてマグノリアは顔を上げた。

 朱鷺色の瞳を瞬かせて、首を横に傾ける。

 ――イーサンの緑色の瞳を見て、察する。


「……あー、本当はお兄ちゃまも来て色々確認出来たりゃ面倒は少なかったよねぇ。実際、工房の立ち上げ方とか手続きとか解りゃないから、おじいしゃまかお兄ちゃま任せになりゅもんね」

「輸出には西部が窓口になるでしょうからね」

「しょうね~。航海病に関すりゅものだかりゃ、特にね。まあ今回は事業の下見に来たわけじゃなくて、患者しゃんがいるって聞いたかりゃ解決出来たりゃと思って来たんだけど」


 別に会社員じゃないのだから、査定がある訳でもボーナスが上がるわけでもないのだ。手柄が何処であろうが構わない。

 実際、起業の知識はこれっぽっちも無いうえに居候をしているのだから、迷惑料としてクロードでもセルヴェスでも、好きな方の考えだと思われれば良い。

 その方が色々と煩わされる事も少なくなるだろうから、却って都合が良いだろう。

 勘違いを改めることもせず、そのまま流す。


(つーか、四歳児に新事業の下見に来させるって考えてるだけで、オバちゃんだったら驚愕するわ)


 ただ、純粋に航海病を解決に来たことだけは念押ししておく。

 そこは譲れないし、ましてやついでだとか思われたくない。


「あ、来た!」

 遠くに、一羽の鳥が飛ぶ姿が見える。マグノリアの声に、視線を上げたイーサンの目にも近づく黒い影が見えた。


 カー、と来訪を知らせるように鳴くカラスは、ぐんぐんとスピードに乗り、その姿を大きくする。

 イーサンが腕を上げると、旋回してゆっくりと降り立つ。


 カラスは本当に賢い。マグノリアはそっと優しく黒い羽を撫でる。羽はほのかに温かく、応えるように小さくクアァとひと鳴きした。


 足元に用意しておいた水と餌を差し出す。早速と言わんばかりに啄み、水を飲む。


 イーサンは手紙を外すと、マグノリアに渡してくれたので急いで開く。

『状況を色々整理する為に、落ち着いて可能なら一度帰って来なさい』几帳面な字でそう書かれていた。


「ベリュリオーズ卿、こりぇ、結んでくだちゃいまちぇ!」


 既に、明日帰ると書かれた手紙を持参していたマグノリアは、急かすようにイーサンに手紙を渡す。

 珍しく子供らしい様子に、イーサンは微かに目を細め、通信筒に手紙を入れて、カラスを放った。



 

 初めはお世話になったお礼にケーキでも作ろうかと思ったが、リリーに砂糖と蜂蜜の値段を聞いたら結構高くてびっくりした。

 それなら甘くないケークサレを……と思ったが、アセロラを探すついでに確認したのだが、ベーキングパウダーも重曹も見当たらなかったのだ。

 

(……ホットケーキミックスの無い世界……)


 がっくりと肩を落とす。

 念のため、ベーキングパウダーの中身に思いを馳せるが……重曹とコーンスターチ、もしくは片栗粉しか思い浮かばない。


(何か、化学変化させるものが必要なんだっけ? 成分的にレモン汁でも行けるのか?)


 そう思ったものの、重曹自体が見当たらなかったのだ。

 たまたま品切れかと思い、聞いたら知らないと言われた。


(天然の重曹って、確か鉱石だったよなぁ……つーか、異世界転生は絶対理系の人を選出すべきだわぁ……)


 最近の思考がビタミンだ酸化だ病気だと、理系な方向に偏っていたのでなおの事そう思う。きっと抗生物質とかを作れればこの世界の生存確率も治癒率も、各段に良くなる筈なのだ。


 ――理系の人といえ全員が全員、道具や機器が無いのにカビとか微生物から薬を作れというのも無茶振り過ぎるだろうとは思うが。


(まさか、お菓子作るのに重曹の原料発掘から必要だとは思わなかったわ~)


 確実に中世でも手に入りそうなもので、幼女でも作れる簡単かつ力が必要でない、そこまで時間がかからないもの……と考えると、マグノリアの知るものの範囲では、ベイクドチーズケーキしか思い浮かばなかった。



 リリーとディーンにはやっとお休みをして貰う。

 暇な三日間もお休みみたいではあるものの、病気が大丈夫そうだという確信があるのと無いのでは全くもって気持ちが違う。


 せっかくなので、クルースにでも観光して来てはと伝え、ついでに帰りに蜂蜜を買って来て欲しいとお願いした。


 朝食の時にクルースの詰所に行く騎士にお願いして、途中まで二人に同行して貰う事にした。

 帰りは二人に詰所へ寄って貰い、こちらに戻ってくる騎士と一緒に帰って来る事にする。


 お礼に使う分のチーズ、牛乳か生クリーム、卵、バター、小麦粉は、寮母さんにお願いして出入り商人に多めに届けて貰うよう頼む。経費はユーゴかイーサンに渡しておけば、然るべき部署に渡してくれるであろう。

 レモンは先日大量に買った時に、幾つか残しておいた。


 夜に、調理場の鍋や型に直接、フロマージュっぽいもの、砂糖、卵、バター、小麦粉、牛乳、レモン汁とレモンの皮のすりおろしを順番に入れていき、木べらで混ぜ、平らに均す。

 もう一方には、硬いチーズを削ったもの、砂糖、卵、バター、小麦粉、牛乳、レモン汁と皮のすりおろしを。


 生地の堅さはチーズの水分量によっても違うので、牛乳で適当に調整する。材料の分量も前世で作っていたものを思い出しながら、目算で入れる。


 ……お菓子作りが好きな人やプロに言ったら怒られそうなやり方だ。


 日本でも慣れるとはかりを使わず、クッキーなどは適当に作っては友人にズボラ過ぎると呆れられたものだが、それが功を奏したようだと思う。


 取り敢えずオーブンで焼いてみようと思った所で、リリーが手伝いにやって来た。ディーンは既に夢の中のようだ。


「火は危ないですから、私がやりますよ?」


 休んでいて構わないと言われたものの、やはり心配で調理場を覗いたリリーが言うので、素直に頷いて焼いて貰う。

 タイマーも温度設定も無いのだ。マグノリアには扱いきれないであろう。


「……良い香りですねぇ」

「上手く出来たりゃ幾ちゅか作って渡しょう」


 お菓子の焼ける香り漂う中、港町で見た珍しいお土産の話や変な果物、肌の色の違う沢山の人々の事などを話してくれたので、うんうんと頷きながら聞く。

 普段来る事の無い土地を、短い時間ではあるが楽しめたようで安心する。


「もう焼けたかもしれませんね?」


 やけどをしないよう慎重に取り出すと、綺麗な焼き色がついた黄色いお馴染みのケーキが焼きあがった。

 粗熱が取れた所で型から外し、少し切り分けて味見をしてみる。


「……大丈夫っぽい。冷やちても美味ちいけど、こりぇはこりぇで美味ちいかも」


 リリーには大きく切ってスプーンを渡す。


「こりぇ食べてて? その代わり、オーブンで焼くのを見てくりぇる?」

「解りました」

「一度に何個並べられりゅかなぁ……」


 そうして試行錯誤しながらベイクドチーズケーキもどきを次々と焼いて、要塞で過ごす最後の夜は更けて行った。




「みなしゃん、お世話になりまちた。心ばかりでしゅが召し上がって下しゃいましぇ!」


 次の日の朝、ケーキはあっという間に騎士達のお腹に収まった。

 イーサンが何やら難しい顔をして食べていたが、それ以外は概ね好評だったみたいでほっと胸を撫で下ろす。

 寮母さんもえらく褒めてくれて、是非作りたいというのでレシピ……と言えないようないい加減なレシピを教えておいた。失敗したらスンマセンと先に謝っておく。


 口々にお礼を言われ、帰宅を残念がられ。

 若干暑苦しいものの、気の良い騎士達にこちらも笑顔になる。


 あっという間の七日間で、色々な事があった。

 感慨深く要塞のそこかしこを眺める。

 何よりも、無事に航海病患者が治癒に向かい、本当に良かったと思う。

 安堵と達成感が全身を満たした。


*****

 迎えに来た騎士は、例の護衛騎士だった。


「…………」

「…………」


 暫くお互い無言で見合った後、どちらともなく苦笑いを漏らした。

 門の前を沢山の西部駐屯部隊の騎士達が整列している。


「みなしゃま、七日間、色々とお気遣いとご対応いただきありがとうごじゃいまちた。これからも地域や領民、国境や国民を守る為に御尽力いただければと思いましゅ。今後もみなしゃまのお力添えに期待しておりまちゅ。怪我や病気には気をちゅけて、お仕事に邁進して下ちゃいませ」


「「「「「「はっ!」」」」」」


 騎士らしい、気合の入った返事と礼が返って来た。

 マグノリアとリリー、ディーンもそれぞれ礼をとる。


「デュカス卿、ベリュリオーズ卿。お二人には特にお世話をかけまちた。お忙ちい中急な来訪にもかかわらずご対応いただき、あいがとうごじゃいまちた」


 馬車に乗り込む間際に、前に出ている二人を労う。

 厳めしいが意外に人の好い笑顔で、ユーゴは小さく頷く。


「いえ。お嬢様と辺境伯家の迅速なご対応に、騎士団一同感謝いたします」


 何か航海病に進展や変化があったら連絡して貰う事を伝える。

 そうして西部駐屯部隊の騎士達に見送られながら、一行の乗る馬車はゆっくりと動き出した。



「……行ったな」

「……そうだな」


 小さくなる馬車を見送りながら、ユーゴとイーサンは小さく呟く。


「……まさか本当に解決するとは」

「有り得んな」


 未だ信じがたいと言わんばかりのイーサンの口調に、ユーゴはため息と共に苦笑いが浮かぶ。


「そうだな。嵐の様なお嬢様だったな」


 小さくって生意気で、こまっしゃくれた規格外のお嬢様。


「……そう言えば、客間にお前への贈り物が置いてあったぞ?」

 

 ニヤリと嗤うユーゴの様子に、イーサンは眉を顰めた。




 馬車は来た時と変わらない景色を窓に映している。

 流れるような緑と赤、黄色に色づく樹々の景色を瞳にも映す。

 窓の外は一面の雑木林が広がっている。そしてあちこちに点在する蒼と碧の湖。


「騎士しゃん……今日もお兄ちゃまに見つかっちゃったの?」

「……いえ。今日は丁度、館の護衛当番だったのです……」


 後はお察しだ。

 一応騎士の顔を見て、クロードも言い辛そうに迎えに行くようにと言っていたそうなので、多少の気遣いは行えるようになったと見える。

 マグノリアは心の中で苦笑いをした。


 きっと館へはあっという間に着くだろう。


 小さな中心街を抜け再び緑が増えだすと、遠くに領主館が見えて来る。

 それなりには大きいが、領主の館としてはこぢんまりしている方だろう。

 小さな薄茶のレンガの壁に茶色い瓦屋根。蔦の這った壁にはピンクと白い小さい花が咲いている。


 筋肉ダルマの大男と、気難し屋の大男が住んでいる家。

 最近、小さい舌っ足らずのお嬢様が加わった。


 馬車の窓から屋敷の方をみると、気難し屋の大男である叔父と、使用人と屋敷を警護する騎士らしき人々が、正面にずらりと勢ぞろいして到着を待っている。

 一週間ぶりの我が家だ。


 「……あの土煙はなんですかね?」


 正面の道の遥か向こう。

 もくもくと土煙を上げながら、何かが猛烈な勢いで近づいて来る。怪訝に思いながらも馬車を降りると、マグノリアは到着を待っていた一同の前に降り立った。

 挨拶をする前に、皆で土煙の方向を見遣る。


 蹄の音と地響きと。

「マグノリアァァァァア!!!!」

 

 地を這うかの様な怒声に、驚いた野良猫が草陰から逃げ出し、木々にとまる鳥は騒がしく飛び立ってゆく。

 クロードはため息と共に眉間を揉み込む。


「……父上だな」


 土煙の原因だったこの地の領主であり、マグノリアの祖父であるセルヴェスは愛馬から飛び降りると、そのまま猛然とダッシュで走り出し、ぐんぐんと、とても齢六十とは思えないスピードでこちらへ向かって来る。


「おじいしゃま! お帰りなちゃいましぇ!!」

 

 マグノリアは笑顔で早歩k……走り出すと、拡げられた祖父の腕に飛びついた。


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