護衛騎士リターンズ
要塞に帰ると、昨日見送った護衛騎士が門の前で待っていた。
要塞の中には入らず、馬車と馬にまたがったユーゴとイーサンが見えた為、そのまま到着を待っていたらしかった。
「……本部の騎士はお前だけになった訳じゃないんだよな?」
ユーゴが微妙な表情で毎日やって来る騎士を見遣る。
護衛騎士は泣きそうな顔でグッと息を詰めると、ガックリと頭を垂れた。
「部隊長からも言ってやって下さいよ……違う人間を寄越せって」
「俺から言うと、お前が粗相したみたいになるんじゃないか?」
尤もな忠告にため息を飲み込んで、イーサンへと向き直る。
「……こちら、調査部よりベルリオーズ卿への報告書だそうです」
そう言って封筒を渡す。馬を引いたイーサンは小さく頷いて受け取った。
次に騎士達のやり取りを見ていたマグノリアに向き直り、馬車の窓に向かって礼をする。
「こちらはお嬢様宛に……クロード様からです」
送り主を聞いて、封筒からお説教が漏れ出る気がして、マグノリアもげんなりした顔をする。
「…………ありがとうごじゃいましゅ。こちりゃからもお兄ちゃまにお願いがあって手紙を書こうと思っていたのでしゅ。お時間に問題が無いなりゃ、少し待っていて欲ちいのでしゅが」
「……………………。わかりました」
直に帰ろうと思っていたのだろう。ぼやぼやしていると、ユーゴはともかくイーサンから文句を言われるのを察しているのだ。
騎士はたっぷりと間を取った挙句、無念ともいうべき表情を浮かべ、再び頭を垂れた。
部屋に帰り、マグノリアは取り急ぎ手紙の封を切る。
中には几帳面な字で、騎士達に迷惑をかけない事、一人で出歩かない事、セルヴェスが無事王都に着いたと連絡があった事、状況に目途がついたら概要を知らせるようにと書かれていた。
ついでに、先日の試算表はどういう人間を使うつもりかによって人件費の算出が変わるので、知らせるようにとも書かれていた。
……口うるさいのはいただけないが、なんだかんだで小さな姪っ子を心配しているらしく、投げられるように依頼された試算表にも取り組んでくれるらしい。
必要だろうと紙とペンをマグノリアにも渡されており、ある程度自由に書き物が出来るのは有難かった。
どう筆記具を調達するか考えていたのだが、字の読み書きどころか成人以上の知識がある事がセルヴェスとクロードにばれ、領政の手伝いをすることになり、使いなさいとがっつりな量を渡された。
一見有難いが、その位こき使うとも言われているのだが。
マグノリアは注意については『存じております』の一言で終わりにし、パウルに実際に会い食事療法を始めた事、イグニス国の商船で発生した五人について聞いた、知る範囲の内容を書き、試算表は他で仕事をするのが難しいような者や老人、子どもなど本当に生活に困窮している人間を優先的に雇いたい旨を書いた。
ついでに、イグニス国のシャンメリー商会とその家族や背後について調べて欲しい旨を付け加える。また、イグニス国でアーネストという名前に聞き覚えはないかも書いておく事にした。
(そんなに盛んな国交があるのか解らないけど、大物だったら引っ掛かるでしょう)
ついでにシャンメリー商会のアーネストに商売にした方が良いと言われ、その試算表は元々それの為のものである事と、取り敢えず商品を売って欲しいと言われたが、どの位で売ればいいかの助言も欲しいと付け加えておく。
(わーん、怒られませんように!)
中身は十四歳も違う筈なのに。圧倒的強者である年下(中身は)の叔父に心の中でジャブをお見舞しておく。
一方執務室では、副官手ずからお茶を淹れ早馬の騎士の前に置いた。
「昨日も一昨日も、さっさと帰るから話を聞けなくてね……まあ、お茶でもどうぞ」
まるで自白剤でも入れてあるような笑っていない笑顔の圧を受け、騎士は顔を引きつらせ、ゴクリと唾を飲み込む。
(ひー! 何で俺がこんな目に……!!)
全くもってタイミングが悪い自分の運を呪う。
いつもいつもそうなのだ。
騎士団の試験の時には足を挫き補欠合格(なんとか滑り込んだ)、入団式には熱を出し欠席。入団してからも大事な時には何かが起こる。
……最近は落ち着いていると思ったら、先日お嬢様の護衛にたまたまあたり、そうしたら危うく隔離されそうになり、そのせいでここ数日は何度となく領都と西部を往復させられている。
居合わせた流れで伝令に行き来する事になったのが先だが、今日は廊下を歩いていたら手紙を持った調査部長に遭遇し、西部駐屯部隊に持参するように言われ。クロードには何故か直々に声掛けされ、何かと思えばマグノリアへの手紙を渡された。
……別に伝令は嫌ではないが、こうも続くと何なのかと思う。いつものタイミングの悪さがなにやら悪いものを引き付けているのではと、ついつい邪推してしまう。
(それに、お嬢様だ……! 関わる度にこう、どんどん話が大きくなって行っている気がする!!)
その内がっつりと、身動きが出来なくなりそうな位関わるようになる予感がして怖い。
そして、目の前の副官も不穏な空気を放ちまくっている。
「……で? 君は何を知っているの?」
イーサンは綺麗な緑色の瞳を細める。
さも知ってる風に言っているが、問い詰められている彼は何も知らなければ見当もつかない。
慌てて首を横に振る。
「何も知りません!! 本当です!!」
「でも、僕たちにお嬢様の事隠していたでしょう?」
「あれは、こちらに来るのが幼児だと解ったら……お怒りになるのではと思い、つい濁しただけです!」
本当です! と叫ぶ騎士に、確かになとユーゴは思う。目の前の騎士が嘘を言っているようには見えない。多分真実だろう。
普通、幼児が大人顔負けに理路整然と話すとも思わなければ(赤ちゃん言葉だが)、まさか誰も知らない筈の航海病の情報を本当に持ってくるとも思わないであろう。パウルや母親、アーネストという外国人に対する対応もきちんと出来ており、とても小さな子どものそれとは思えなかった。
不思議且つ不自然極まりない存在。
「……お嬢様はセルヴェス様かジェラルド様の隠し子なのか?」
ユーゴの言葉に騎士は目を瞬かせる。
「いや、ジェラルド様の嫡出子らしい」
騎士ではなく報告書を読んだイーサンが答えながら、ユーゴにマグノリアについての書類を差し出す。
「……嫡出子って、正式な?」
ユーゴは信じられないといった様子でイーサンと騎士を見る。
「何故お披露目していない……? そうだとするならば、未来の王妃候補だろう」
「さあね。領都の騎士団本部でも解らないみたいだよ。なんせ一週間位前に、団長と副団長がギルモア家から預かって来たらしい」
セルヴェスとクロードはマグノリアの存在を隠すつもりは無いが、何より移領してまだ一週間。お披露目の件も、今後いつ頃すれば良いのか話し合いをしている最中だ。
「……体調が悪いようには見えないな」
お披露目が遅れる理由を口にして、ユーゴが首を捻る。イーサンはそんな事はどうでも良いとばかりにため息をつく。
「辺境伯家は西部駐屯部隊の何かを探ってるの?」
イーサンがズバリと核心をつく。が、問われた騎士は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「は?」
「だから、小さい子を使って、油断させてありもしない何かを探ってるのかって聞いてるんだよ」
「違います!」
今までとは打って変わったように、騎士ははっきりと否定の言葉を口にした。
「お嬢様は、航海病についてご自分の知っている知識が役に立つかもしれないと、大人の反対を説得してこちらに来ているのです。たまたま話が出た時に、自分が護衛をしており、話を聞いておりましたので間違いございません」
イーサンは訝し気に騎士を見る。今までおどおどしていた騎士の姿は無く、真っ直ぐに上官であるイーサンをみつめた。
「お嬢様だけではありません。従僕の少年も、小さいながら家族を説得して付き添っています。侍女の方も伝染するか解らないのにもかかわらず、自らお嬢様に付き添うと言って同行されているのです。そもそもこちらにいらっしゃる事になったのは、全く偶然のことです。そのような意図は無いかと思います」
マグノリアが領都に外出中に、西部駐屯部隊から領主館に航海病発生の知らせが来た。前日にクロードとマグノリアがクルースへ出掛けており、大事を取って隔離を、というのが始まりだった。
イーサンが言うような話はある筈も無く、そんな指示も無ければ、マグノリアはともかく、善良を絵に描いたようなお付きのふたりにそんな事は出来ないだろうと騎士は思う。
「クロード様もセバスチャン殿も、三人がここへ来る事をとても心配しています。万一があったらと……王都に出られているセルヴェス様に知れたら、どうなる事か……」
孫を溺愛するセルヴェスを思い出し、騎士は背筋が凍る。
孫娘が身の危険を冒してまで(伝染らないと確証が無いからそう思うだろう)行動しているのに……締めあげられるだけでは済まないだろう。
ユーゴは意外に愛情深いセルヴェスに、そうだろうなと同意するが、イーサンはいまだに納得がいかないらしく、形良い唇を引き結んでいた。
そんな中、扉をノックする音がする。
ユーゴのどうぞ、と言う声の後に入って来たのは噂の張本人であるマグノリアだった。
「ん? 何??」
尖った瞳と必死な顔、疲れたような背中があった。
ちょっと不思議な空間だが、この前のように入室を拒まれている風でもないので用事を済ませようとちてちて歩き、騎士に向かって手紙を差し出す。
「騎士しゃん、これお兄ちゃまにお願いちましゅ……後、騎士しゃんばかりじゃなくて、他の人にも用事を頼むように書いておいたからね?」
「お嬢様……!!」
殊の外感激され、ちょっと引く。
伝令ばかりさせられ、隔離もされそうになったし、災難と言えば災難な事であると奇行(?)をマグノリアは納得する。
「お邪魔だろうから、失礼しましゅ」
「お嬢様、ちょっとお聞きしたいのですが」
ユーゴはここ二日程の様子から、きちんと自分で考えた上で行動と発言が出来ているらしいお嬢様に聞くことにした。
言っていけない範囲は自分で判断出来るのだろう。
みつめる先にいる小さ過ぎる姿に、全くもって信じられないがと心の中で呟きながら。
「……お嬢様はギルモア家のジェラルド様とウィステリア様のお子様なのですか?」
「しょうでしゅよ?」
それが何か? と言わんばかりの様子に、三人は毒気を抜かれた。
「……何故辺境伯領へ?」
「うーん……居候でしゅね」
「居候……」
ユーゴは目を瞬かせる。おおよそ侯爵令嬢からそぐわない言葉が飛び出して来た。
さて、何処まで話したものかとマグノリアは思う。
多分イーサンが何かごねているのだろう。今もなにやら険しい顔をしている。
短い間逡巡して、面倒臭いから話せることは話しておいた方が良いだろうと判断する。
「お父しゃま……ギルモア侯爵は、政治的な判断かりゃ、わたちの存在を隠したしょうでしゅ。理由なんかは詳しく知りたかったりゃ直接ギルモア侯爵に聞いてくだちゃい。侯爵夫人は役に立たない女児は興味が無かったみたいでしゅよ? こっちも詳ちくは解らないので本人にどうじょ」
「「「…………」」」
聞いたとて、話してくれるかどうかは解らないが。
「……体調は宜しいのですか?」
言い辛そうなユーゴに、お披露目の件か、と思う。
「ピンピンしてましゅよ。お披露目をちていないのも先程の政治的な理由からなのでちょう。今後遅れてすりゅのかしないのかは解りましぇんが、その辺は両家ですり合わせるか、おじいしゃまの判断になるのかと思いましゅ」
黙ってマグノリアの一挙手一投足を窺っている様子のイーサンを見る。
「しょの辺は多分デリケートな問題でしゅ。それはわたちがギルモア家の女児だからでしゅ、解りましゅね? 領主家の意向が定まらない内に外へ漏らすのはやめてくだちゃい。そんなこんなで、実家が窮屈だったので、存在を知って会いに来てくれたおじいしゃまとお兄ちゃまの家で暮らす事になったんでしゅ」
聞きたくないと言うような表情で、騎士は両耳を塞ぐ。気持ちはわかる。
「後、何か聞きたい事はありましゅか?」
「こちらの調査をされているのですか?」
イーサンは思いっきり切り込んだ。マグノリアは首を傾げる。
「……隠すような事をちているのでしゅか?」
「してません! だから無駄な勘繰りをしない為に聞いているのです」
イーサンとユーゴ、両方の顔を見る。
(いや~、私の知識について聞かれなくて良かったよ)
マグノリアはほっとしながら口を開く。
そちらの方が、説明し難い……いや、出来ないのだ。
「なりゃ、堂々としていたりゃ良いでしゅ。第一、二人が怪しんでたらそんなまどろっこしい方法は取りゃないのでは? 一気に来て一気に締めあげられて終わりでしゅよ」
例え的な意味でも物理的な意味でも。と付け加える。確かにと三人も思う。
「警護的な意味でここに居た方が良いかと思いまちたが、そんなに気になるようなら外に宿を取りましゅよ。見張っているのに都合が良ければここに居ましゅし。取り敢えずパウルの様子が一段落するまでいりゅ予定ですので数日は西部に滞在予定でしゅ」
「……いいえ、それには及びません。言い辛い事もありましたでしょうに、率直に答えていただきましてありがとうございます」
ユーゴはイーサンに目配せし、話を収める事にしたらしい。
マグノリアも頷いて了承する。
やれやれ。
マグノリアもユーゴも騎士も、そう思ってため息をついた。




