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閑話 デイジーは見た!(デイジー視点)

本日2話更新いたします。

こちらは1話目です。


 私はデイジー・ハリス。

 ほっぺのそばかすと赤毛をちょっぴり気にしている、花の十七歳。


 普段はあの有名なギルモア侯爵家で侍女をしているのでお嬢様っぽくしているけど、プライベートはスイーツの食べ歩き、そして噂話が大好きなの!


 実は近々、縁あって男爵家にお嫁入りする事が決まっていて。

 そこそこ儲かっている商人の娘とは言われているけど、平民には変わりない。なので貴族の家門というのがどういうものなのか、行儀見習いの為に侍女になったの……って、説明してる場合じゃなかった!!


「マグノリア様ー! そっちは調理場ですよ!?」


 目の前をちてちてと早足で歩くマグノリア様を、慌てて追いかける。

 ……うぅぅ、廊下をスカートを持ち上げて走ってる姿なんかを侍女頭のグロリアさんに見られたら、絶対大目玉を食らう~(泣)。


 マグノリア様はピタッと止まると、ぐりん! と音がするような勢いでこちらを振り向いた。

「厨房、見たいにょ」

 

 朱鷺色の大きな瞳は揺るぎない。

 一生懸命な表情で、私を見上げている。

 小さいおててをぎゅっと握りしめている姿を見ると、ついつい許してしまいたくなるのが、何とも困ったところなのだ……。


 こちらは八の字に眉毛を下げるのみだ。


「ロサさんに叱られますよぉ……」

「ナイチョにちておけば、だいじょーぶ!」


 ニヤリと笑う姿に、思わず噴き出してしまいそうになる。


「あら、悪い子ですよ?」

 やんわりと窘めれば、

「命の危険がにゃければ、多少にょ事は大丈夫。時には、ぼうけんも大事」


 しれっと言うだけ言うと、再びちてちてと歩き出した。

 肩まで伸びた、フワフワのピンクの髪が左右に揺れている。


 ため息をついてマグノリア様の後をついて行った。

 取り敢えず、怪我だけはさせてはいけない。ぐっと拳を握りしめる。



 

 最近のマグノリア様はちょっと変だ。

 いや、変具合で言えば前の方が変だったのだけど……こう、なんと言うか。別人?


 貴族一般の色々を勉強したいと希望を出したので、普段は『屋敷付き』として、色々な場所でお仕事をしている。

 先輩侍女のロサさんのお手伝いで、ギルモア家のご令嬢であるマグノリア様のお世話をする事があるのだけど。このところの変わりようといったら、まるで別人の様なのだ。


 ……マグノリア様はご家族から何故か疎遠にされていて、ほぼ、誰とも交流が無い。


 誰とも関わる事が無いせいか、表情が乏しく、殆ど動かない。この前までは。

 日がな一日、椅子に座っては窓の外をぼーっと見ていたのだ。この前までは。

 お話をすると、頷くか首を振るかが多くて……時折答える声はとても小さかった。

 この前までは。

 

 ロサさんに笑顔がありませんよ、と注意された時だけ、目が覚めるような微笑みを浮かべるのだ。


 ――まるで、人形のよう。

 見たことも無い位美しいお顔立ちに、訓練されたように綺麗な笑顔。

 初めて見たときは、みとれるよりも怖いと言う気持ちの方が先立った。


 しかし。

 ある日を境に、別人のようにおしゃべりになり、活き活きとした表情を見せるようになったのだ。

 

 そう、ある日ロサさんがお昼の休憩に出た時だ。

 暫らく何かを考える様に小首を傾げていたと思うと、ぴょん!と椅子から飛び降りて(!!)、


「デイジー? いちゅもおしぇわ、あいがとね。ちょっと、いりょいりょ聞きたい事がありゅんだけど」

 いつもはガラス玉の様に凪いだ瞳が、ギラギラとした光を湛え


「いいかしりゃ?」

 にっこり笑う。


 ――ひぃぃぃ! 怖っ!!




「平民のしぇいかちゅは、一般的にどんにゃ感じにゃの?」「幾ちゅで働きにでりゅの?」「おんにゃの人はどんにゃお仕事をしゅりゅの?」「平民の人特有の決まりとか、風習とか、しきたりとかありゅの?」「お家を借りりゅ時はどうしゅりゅの?」「シュラム街とか貧民街とか、あぶにゃいところはありゅの?」「学校はありゅの?」「こりぇは絶対っていう常識はどんにゃなの?」「お役所とかはありゅの?」「働く時は面せちゅだけにゃの?履歴書とか、紹介状とかひちゅようにゃの?」「家事はどういう事をしゅりゅの?道具とかはどんにゃの?どこで買うにょ?」「病院とか診療所とかはどのくりゃいありゅの?」「おんにゃの人もズボンを穿くにょ?」「髪にょ毛、短いおんにゃの人もいりゅ?」……etc



 ……。

 …………。


 お話をされるようになってから、凄まじい勢いで平民の生活を質問され、目を白黒させたのよね……同じくお手伝いをしてるライラにも『貴族の色々』を質問攻めにしたみたいで、めちゃくちゃびっくりしてたなぁ。


 今でも日々びっくりしてるんだけど……。

 うんうん、と自分の言葉に頷く。




 そして今。マグノリア様は厨房の扉から顔の半分だけを出して、じーーーっと厨房の様子を観察している。


「……。」

「……。…………。」


 スープが煮える音がする。オーブンからはお肉を焼く香りが漂い、カチャカチャとボールの中で卵を溶く音がする。

 ぴかぴかに磨き上げられた作業台が、日の光を反射している。積み上げられた美しいお皿。拭き仕上げた銀食器とグラス。


いつも賑やかな筈の厨房は、作業の音はすれど、無言。

皆無言だけど、こちらを気にしている。


凄い緊張感が漂っている。



「……マグノリア様? 皆さん忙しいですし、危ないですからお部屋に帰りましょう?」

 困ったようにマグノリア様に提案すると、料理長がややあって戸惑ったような声で問いかけた。


「デイジー、何処の子を連れて来たんだ? ……火や刃物があって小さい子は危ないし、第一勝手に屋敷に人を入れてはイカンぞ」


 マグノリア様は料理長の言葉を聞いて、パチパチと瞬きすると。自分の服を見て頷き、呟いた。

「無理もにゃい」


 そして、一歩前に出て姿を扉から現す。

「こんにちは!マグノリアでしゅ。……マグノリア・ギルモアでっしゅ。いつも美味しいお料理を、あいがとうごじゃいましゅ」

 

ペコリ、頭を下げる。

調理場の人達は困惑と戸惑いに、ピクリとも動かなくなった。


……無理もない。


「おいしょがしいところ申し訳にゃいのですが、調理場の様子が見たいのでしゅ。邪魔ちないように端の方にいりゅので、しゅこしだけ見しぇて頂けましゅか?」


 調理場にいる人達が一斉に私を見た。

 私は高速で首を横に振る。

 チガウ、ツレテキタノ、ワタシジャナイヨ。



*****


「こりぇは何でしゅか?」

 いつも通りに仕事を、と言われたものの。そうする訳にも行かず(そりゃそうだ)マグノリア様にぴったり付き添って質問に答えている料理長。


 他の人達は、こころもち小さく固まるように作業している。

 気持ちはわかる。

 私も気配を消すように小さくなって、後ろについて行く。


「それは『ポテト芋』です」

「ポテト芋……」

 マグノリア様は怪訝そうに眉を寄せると、小さく呟くように呟いた。


「『ポテト』『芋』……『チゲ鍋』みたいな感じ?」

「はい?」

「ううん……じゃあこりぇは?」

「それは『にんじん』ですね」

 マグノリア様はきゅーっと眉を寄せて、信じられない、と言うようなお顔をする。

「……人参、だと……? そこは『キャロット人参』じゃにゃいんかい!?」

「……マグノリア様? どうかされましたか??」

 可哀想な料理長は、大きな体を小さく屈めている。


「ううん。にゃんでもにゃいの。……もにょの名前はむじゅかちいね」

 マグノリア様はため息をつく。普段見慣れないものの名前を覚えるのは小さい子には大変だろう。

 ましてや貴族のご令嬢であるマグノリア様は、調理された姿形でしか目にする事はないだろうから、余計だろう。


 何を思ったか、マグノリア様は可愛らしい顔に素敵な笑みを浮かべて、料理長を見上げた。

 料理長はその顔を見て、思わず相好を崩した。


「おいしょがしいのに悪いにょだけど、五分だけお時間欲しいにょ」

「ご随意に」

 料理長……! それ、多分駄目なやつ……!!



「料理人としてはたりゃくのは女しぇいでも可能にゃの?」「どうやって募集を知るにょ?」「器具はどうちゅかうの?オーブンは?竈は?変わったにゃべとかありゅ?」「調味料はどういうものがありゅの?」「供給が充分でにゃい調味料や食材はありゅ?」「修行は何年くりゃい?」「食べもにょの栄養素……働きとか効果はどんにゃ?」「衛生管理はどうやってしてりゅの?」「養殖ってありゅ?」「味噌と醤油って知ってりゅ?」「お米ってありゅ?」「出汁ってどりぇとどりぇ?」……etc



 いやいや、五分で答えられないでしょうよ!!

 途中、良く解らない事も聞いているし……。


 楚々とした見た目のマグノリア様に、敵襲のように捲し立てられて。

 料理長の瞳は、最後、死んだ魚の眼のようになっていた。

 調理場の皆さんは戦々恐々といった表情を浮かべ、マグノリア様からそっと目を逸らしていた。


 無理もない。


「……マグノリア様?そろそろ料理長もお仕事がありますから、帰りましょう?」

 可哀想だから、解放してあげて……!!


「あ……ごめんにゃさいね?」

 恥ずかしそうに微笑むと、周りを見て頭を下げる。

「にゃかにゃかお話しゅりゅ機会がにゃいから、ちゅい……」

 正気(?)に返ると空気が読めるお嬢様なのだ。


 調理場の皆に見送られながら、マグノリア様は今一度、みんなの方へ身体を向ける。

「本当に、いちゅも一生懸命お料理ちてくれてあいがとうごじゃいましゅ。これかりゃも宜しくお願いしましゅ」

 お嬢様でありながら、使用人全員に丁寧に頭を下げた。

 調理場の人達も、全員帽子を取り、深くお辞儀する。

「大変光栄でございます、マグノリア様」


 さあ帰ろう、という時に言い忘れたのか、マグノリア様は早口で

「あの……!全部美味しいにょだけど。ほしょ切りの『ポテト芋』にみじん切りの玉ねぎとチーズを混じぇて、ぎゅっと焼いてありゅやつ。カリカリの、中とろーりホクホクの。ありぇ凄く美味しい……! ありぇ、一番しゅきでしゅ!」

 

 満面の笑みで、うっとり蕩けるような表情で好きな料理を伝えるマグノリア様。

 みんなあっけに取られていたが、程無くして調理場に笑い声が響いた。




 その日の夕食には、マグノリア様の好きな『ポテト芋のチーズ焼き』がつけられていた。

 こんがり黄金色に焼きあがったポテト芋の上には、パセリが彩りよく掛けられている。

 ほわほわと立ち上がる湯気とチーズ、そしてほのかな香辛料の香り……


 くぅ~~っ!! じゅるり、涎が出そうになる。


「あら、やだ」

 無理をさせたかと、両手を頬にあて、マグノリア様がなんだかいつもと違う声で感嘆の声をあげると……


「にゃーーーん」

「猫?」


 何故だかウィステリア様のお部屋にいるはずの猫が、部屋の隅できちんと前脚を揃えてちんまりと座り、尻尾を揺らしていた。

「ウィステリア様の猫ですね。何処から入ったんだろう……プリマヴェーラちゃん、おいで~」


 食事中部屋で走り回ると危険なので、捕まえようと、ちちちち、と舌を鳴らす。

 しかし、猫は小さくひと鳴きして走り出す。

「あ! 待って、プリマヴェーラちゃん……!」

 

 次の瞬間。

「きゃっ!」


 私は近くの椅子に足を取られ、見事にすっ転んだ。

「わー! デイジー、大丈夫っ!?」


 宙を舞う靴。けたたましく音をたてる椅子。逆さに見える焦った顔のマグノリア様。

 ひっくり返る自分。

「いったぁーーーーー!!」


 身体を思いっきり床に打ち付けると。

 猫は窓の前で脚を揃え、もうひと鳴きし、無情にも開いた窓から外に出て行ったのだった……。



 次の日。

 お休み明けのロサさんに連れられて、マグノリア様は廊下で掃除をする私のところへ様子を見に来て下さった。

 足と手に包帯を巻いた姿をみて、マグノリア様は心配そうにしていた。


「大丈夫? 痛いよね、おやしゅみしたら良いよ」

「ダイジョウブデス……」


 ああ、恥ずかしい。

 昨日は淑女に有るまじき大声をあげながら、転倒した。

 偶然近くの廊下を(見回りで)歩いていた侍女頭が、びっくりして部屋に飛び込んできたのだった。

 すぐに手当をして頂いて……骨は折れていないと言う事だったが、めちゃくちゃ痛い。

 

 話を聞いたのだろうロサさんが、呆れたような顔をしているが。

 マグノリア様は心配そうに、

「デイジー、ここ、辞めにゃいよね? 次のお家に働きに行ったりしにゃいよね??」

「行かないですよ?」


 アキコサン……イチハラサン、ハルミチャン、と小さく呟く声が聞こえる。

(?????)


 何故だかもの凄く転職を心配されていた。

 解せぬ。


 

 そんなこんなで。大人しいマグノリア様はいつの間にか居なくなり、替わりに賑やかな日々が始まったのだった。


デイジー視点のお話でした。

マグノリアは普段こんな感じで過ごしているみたいです。



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