アセロラを探して
荷物が多いので船まではと言う事で、恐縮するアーネスト自身と、彼等に渡すために持って来ていた野菜や果物、ザワークラウトを船着場まで馬車で運ぶ。
馬車の中では、お互いに軽く身の上話をする。
アーネストはまだ十五歳で、商会頭の祖父の手伝いで各国を船で回っている事。イグニスは熱帯の国である事。
マグノリアはアスカルド王国の王都で産まれた事。つい一週間程前に、家の都合で祖父の家に居候する事になった事を話す。
……お互い、どれだけ本当の事を話しているのかは解らない。
マグノリアにしても、大筋は間違っていないが、家の都合というよりは自分の都合で飛び出し、行きがかり上辺境伯家に転がり込んだといった方が良いであろうからして。
身のこなしから言って、アーネストが貴族であるのは間違いないであろう。
若くしてこれだけ外国語を流暢に話せるという事は、多くはその言語を使うであろう事を想定して育てられているという事だ。
シャンメリー商会がどういう商会なのか解らない上に、本当に商会の人間なのかも解らない。
平民のフリ――そう明言してはいないが、あの話し方と仕草の数々は平民としてのものだろう――どうしてそうしていたのか、どういった理由かは解らない。
(こりゃ、早急に相談しなきゃだなぁ……何故か怒られる予感がモリモリなんだけど……)
セルヴェスはともかく、クロードが眉間に立派な渓谷を作ってマグノリアを睨み下ろす姿が、容易に想像出来て仕方がない。
(人助けした筈が、なんか変な事と行き当たったっぽいんだよねー)
船着場へ着くと、アーネストは礼を言って馬車を降り、近くの人間に声をかけている。
先程対応した人が転がる様に出て来て、何か話している様子から、どうも事の顛末を説明しているらしかった。
然程多くない荷物は、船乗り達によってどんどん運ばれていく。
どうか効果がありますようにと、全員が祈る様にみつめる。
「ギルモア嬢、本当にどうもありがとう。心遣い感謝致します。それでは、支払いと状況報告はまた後日に」
挨拶の為に小走りで近づいて来ると、綺麗な笑顔で優雅な礼をとった。
それが、砕け過ぎた格好とちぐはぐ過ぎて、おかしくもあり、芝居じみていてもいて不思議な感じだった。
「マグノリア様、お疲れではないですか?」
外の流れる景色を見るマグノリアに、リリーが気遣わし気に口を開く。
馬車に揺られコクリコクリと船を漕いでいたディーンは、はっとして顔をあげる。
「昨日は遅くまでお仕事をちて貰ったから、ふたりとも疲れてりゅよね。申ち訳ないけど、もう少ち我慢ちてね」
町への移動に護衛が付くようなら、なるべく騎士達に手間を掛けさせない方が良いだろう。
こちらへ出るついでに、必要なものを揃えておいた方が良い。
追加でキャベツと、大きな蓋つきのかめ、塩を買う。作り方を教えないとなると、多めにザワークラウトを作って渡した方が良いだろう。
木樽も考えたが、瓶か瀬戸物の方がネズミに齧られる事もないだろうと、手頃なかめにする事にした。
露店を回ってアセロラや、ビタミンCの多そうな果物も探す。
正式な名前も解らない上に、あるのか無いのかも解らないものを探すのは思ったよりも困難で、見つけられないまま時間ばかりが過ぎた。
「オー、コノマエノ オジョーサン!」
きょろきょろと露店を見回していると、例のドリアンを売っていた店員に声を掛けられる。
「……ドウモ」
マグノリアまでが片言で返すと、何かを察知したらしいユーゴが咳ばらいをしてマグノリアを見つめていた。
「コノマエハ スゴカッタネ! キョウハ オトウサンハ イッショジャナイノ?」
「……先日の連りぇは叔父なんでしゅ。あの、『アセロラ』っていう果物、知りましぇん?」
「アセロラ?」
確認するように繰り返す店員に、マグノリアは頷く。
「あい。甘酸っぱくて、暑い所で採れる、身体に良い、さくりゃんぼみたいなこの位の……」
そう言いながら、指で丸を作る。
もしかすると、現地では違う名前で呼ばれているのかもしれないのですけど、とも付け加える。
「ン~~? 『チェリー』カナ?」
店員さんは首を傾げながら言う。
(多分、チェリーじゃないと思うな……)
とはいえ実際に見てみないとわからないのも事実だ。それであれば良いのだが。
「もちあったら、欲ちいのでしゅが」
「オーケー! ジキニナッタラ シイレルヨ!」
陽気な店員さんは、快く引き受けてくれた。
その後、果物を扱う露店を隈なく探してみたが、それらしいものは見つからず、要塞に戻る事にした。
「リリー。多分数日クルース近くにいる事になるけど、宿を取った方が良いと思う?」
いきなりやって来た辺境伯家の人間を持て余すだろうかと、ちょっと思うのだ。
かと言ってわざわざ宿に警護がつくようなら余計な手間になる。
「まあ、歓迎されているかどうかは解りかねますけど……クロード様から正式に書面が出ておりますから、警護をおつけになるでしょうし、要塞の客間にいる方が彼等には都合が良いかと思いますが」
「しょうだよねぇ」
町を歩き回ってすっかり疲れたらしいディーンは、既に夢の中だ。
「まあ、少ち様子をみようか……」
窓の外、相変わらず曇っている空の下、馬に乗り背筋を伸ばして警護をするユーゴとイーサンを見て呟く。
曇り空の切れ間からは、青い空がのぞいていた。
その頃、一騎の馬が西部駐屯部隊の要塞に向かって走っていた。




