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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第二章 アゼンダ辺境伯領・新しい生活編

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治療

 厚い雲が空を低く覆っている。

 晩秋の港町は風が冷たくて、マグノリアはふるりと震えた。


 ギルモアの馬車は無地が多い。しかし黒く重厚な馬車の屋根飾りには紋章がデザインされており、遠くからでもギルモアの馬車である事が一目でわかる様になっている。長い歴史の中で、疚しい輩たちがギルモアの紋章が見えたら逃げるよう、無用な争いを避けるための工夫であるそうだ。

 そんな一見地味な馬車でクルースの町へ向かう。要塞からも程近い町は、馬車を走らせ十五分もすれば着くとの事であった。


 昨日と同じように港町に詳しい者に案内を頼んだところ、部隊長と副官自らが案内を買って出た。

 

(どういう風の吹き回しなのか、それとも何か企んでいるのか……)


 リリーは露骨に眉を顰めており、マグノリアは心が全く見えない淑女の微笑みというヤツを浮かべていた。

 同じように胡散臭い微笑を晴れやかに浮かべたイーサンと、困った顔のユーゴとディーンが対照的な様子であった。

 


「……お忙ちいでちょうに、他の方にお願いちていただいて問題ごじゃいましぇんが」

「はい。()()()()()()()()()()()()()ので、今日はご案内を務めさせていただく事が可能です」

「まあ。案内よりもお休みをしゃれては? ……徹夜なんてなりゃらない様に、普段かりゃお仕事は溜めにゃい方がよろちくてよ? しょれに自分が居にゃくても仕事が回るよう、後進を育てるのも上官の役目でしゅけどね?」


 刺々しく子どもに恩を売るつもりが、余計に刺々しい言葉の連続パンチをお見舞いされた。

 マグノリアの正体なかみを知らないユーゴとイーサンは……特にイーサンは、ただの幼児と思っている為に、想像以上に頭も口も回る事に内心驚いていた。

 

「お嬢様にはまだ御解りにならないでしょうが、仕事とは大変なものなのです。なかなか人員も厳しいのですよ」


 めげずに子供騙しな応酬をするイーサンに、マグノリアは輝くような笑顔を向ける。


「そうでしゅの。そりぇではおじいしゃまとクロードお兄ちゃまの目が節穴なばかりに西部の人事がよろしくなくて、お二人は大変、大変支障を生じているとご報告しておきましゅわね。改善さりぇるとよろしいこと」


 ユーゴはため息をつく。まだ何か言いたそうなイーサンに向かって諫めるような視線を投げ、膝をつくとマグノリアに深く頭を下げる。


 どうやらデュカス部隊長は部下の為に頭を下げられる上司であり、一応幼女であっても相手を立てるフリは出来るらしかった。


「……イーサン、もういい加減止めておけ。いつものお前らしくないぞ。お嬢様、ご気分を害するような発言の数々、誠に申し訳ございませんでした。私からもお詫び申し上げます」


 別にマグノリアは怒ってはいない。勿論祖父と叔父に告げ口するつもりも無い。


 イーサンという男は、普段西部駐屯部隊を上手く回しているからこその牽制なのだろう。

(――幼女相手に牽制せんでもと思うし、若干大人気ないとは思うけどさ)


 子どもなんぞを寄越しおってと思っているか、航海病に対して人一倍苦慮しているか、かこつけて別の意味(例えば駐屯部隊の調査等)があるのかと不信がっているか、所詮子どもと侮っているか。その全部なのか。


 金色に近いような薄い茶色の髪と、優しそうな緑色の瞳はきっと女性受けも良いのだろう。副官という役職からか、騎士の割に柔らかい雰囲気は、何処かマグノリアの父であるジェラルドを連想させる。年齢は父親よりは少し若い、二十代半ばと言ったところか。


 腹黒キャラそうなのに、そうなり切れず感情がダダ解りなのは、根が素直なのだろうと判断する。


(忙しい時や構えない時は面倒だけど、暇な時に揶揄うと多分面白可愛いタイプだよね~)


 警戒する犬のような青年に、誰か頭を撫でてやってくれとマグノリアは思う。


「部隊長、本当に案内は他の方でよろちいのでしゅよ。無理せず何かあった時の為に体調は整えりゃれる時に整えた方が良いのでしゅ」


 組織のトップが忙しいのはどこの世界も同じだろう。本当に徹夜したのかどうかはさておき、他の者にも出来る仕事は割り振った方が良い。


 ユーゴは小さいお嬢様の朱鷺色の瞳をまじまじと見ると、遥か年上な(外見は)自分達を思い遣っての言葉であることを確認し、鳶色の瞳を細めた。


「大丈夫でございます。昨日報告があったので、元々本日我々が詳細確認に行く予定でしたから。宜しければ警護を務めさせていただければと思います」


 そう言うと小さな手を取り、丁寧に馬車のステップまでエスコートしてくれる……残念な事にマグノリアの見目が小さいので、手をつないだ親子みたいな風体ではあるが。


 見た目はやや厳めしい、いかにも騎士と言った風貌だが、意外な事にちゃんとした紳士であるらしかった。


「……解りまちた。しょれではよろちくお願い致ちます」


 ここで言い合っているのも時間の無駄と、マグノリアは了承し、馬車に乗り込んだ。



(内面はまるでイーサンより大人だな……こまっしゃくれたお嬢様だ)


 ユーゴはくすりと笑う。


 穏健派な部隊長は、普段はのんびりしているがそれはポーズだ。

 昨夜三人が遅くまで航海病患者の為に作業をしていたことも、イーサンが複雑な気持ちでそれを見ていたことも全て知っている。


(ギルモアの人間は変なのが多くて敵わんなぁ)


 ユーゴはジェラルドと一緒に例の内戦地に行かされたクチだ。 

 ――と、いうより先輩であるものの立場は直属の部下として、ジェラルドの大分おかしな戦術を実行させられた被害者である。


 ジェラルドより三つばかり年上のユーゴは、ギルモアのどの面々ともガッツリ関わった事がある人間の一人で。ギルモア家の人間たちはどこ吹く風な雰囲気であるが、ユーゴとしてはそれぞれに迷惑を掛けられた覚えで一杯なのだ。


 環境が人を作るのか、それとも類友という奴なのか。血縁関係は無い筈のクロードまでもがかなりおかしい奴に仕上がった。

 ジェラルドの息子であるブライアンにはお披露目で祝った程度で、まだ関わったことが無いが、願わくは普通の人間であって欲しいと懇願している。


 だから……わざわざセルヴェスなのかクロードなのか知らないが、辺境伯の御印までぶら下げて寄越したお嬢様は、とんでもない暴れ馬だと思ってかかった方が身の為だと、ユーゴは身に染みているのだ。


(今朝方イーサンはお嬢様の探りを入れる為、本部に使いをやったみたいだが……情報なんぞ知ったところで、対応の手引きになればいいがなぁ)


 乗り慣れた愛馬に乗りながらため息をつき、少し前を走り出したギルモア特有の馬車を見て濃褐色の髪を少々乱暴に掻いた。




 クルースの町の平民街にその家はあった。

 みんな同じ様な色合いと形の家が並んでいる為、慣れていないと迷ってしまいそうだ。


 一応昨日話を聞いた時点で、イーサンが詰所の人間に本日来訪する旨伝言を指示しておいた。


「すみません、ギルモア騎士団西部駐屯部隊です。御在宅でしょうか?」


 各駐屯部隊は土地の治安維持と、いざという時の国境警備が本来の仕事であるが、災害時の対応や疫病が出た時の状況把握など、広い意味での治安を守る部隊でもある。

 なので今回の様に重大と思える病気が出た時などは、隊員の安全を確保しながらも状況確認と対応、領主と騎士団長への報告が義務と課せられている。


 ややあって、薄く扉が開く。

 この家のおかみさんであろう年配の女性が、疲れた顔をのぞかせた。

「……はい。どうぞ入って下さい……」


 広くはないものの、部屋の中はきちんと整えられている。

 奥の部屋の扉を開けると、ベッドの上に身体を起こして座る十代か二十代前半らしい男性がいた。


「お嬢様、扉の外でお待ちになりますか?」


 ユーゴが確認すると、マグノリアは首を横に振った。


「リリーとディーンは、おばしゃまにお伺いちて持って来た荷物をお渡ちして。お湯を大鍋に沸かちて貰って、瓶の消毒とキャベツの洗浄をしておいて」


「「……かしこまりました」」


 何か言いたそうなふたりであったが、主人の言葉に素直に従う。

 

 まずはユーゴとイーサンが名乗り、細かな聞き取りを行う。

 マグノリアの方が時間が掛かりそうだったので、先に騎士団の仕事を優先して貰った。


 青年は名をパウルといった。

 思ったより容体は安定している様子だが、終始暗い表情で答えていた。

 粗方終わったところでユーゴがマグノリアに目配せをしたので、頷いて口元に布を巻く。簡易マスクだ。そしてアルコールで手を消毒する。


 その様子を見て、それまで不思議そうに小さい子どもを見ていたパウルは顔を強張らせ、イーサンは眉を顰めた。


「初めまちて。わたくちはマグノリア・ギルモアと申ちましゅ」

「……ギルモア……? 辺境伯の!?」


 目の前の子どもの正体に気づき、弾かれたように起き上がろうとするので慌てて押しとどめる。


「体調が思わちくないのでしゅから、どうぞしょのままで。いきなりお邪魔をちてちまいごめんなしゃい。もちかすると、わたちが知っている病気の治療法が効くのではないかと思い、お邪魔させていただきまちた」

「……お嬢様が、航海病の治療法をご存じなんですか……?」


 信じられないのだろう。うわ言のように呟く。


「あい。なので、病状の確認の為に、ちょっと身体を見せて貰っても大丈夫でしゅか?」

「え……、しかし……」


 困ったように視線を彷徨わせる。

 パウルは貴族のお嬢様に診察していただくのも烏滸がましいという思いもあるし、伝染らないと言われてはいるが、万一伝染してしまったらという恐ろしさもある。

 まして口を覆う程に抵抗感があるだろうに、病気で発疹だらけの身体を見せても良いものかと誤解していた。

 

「わたち()他の病原菌を伝染さないよう、口を覆っていましゅ。手についたものも酒精の強いお酒で消毒しましたので、完全ではないでしょうが普段より安全な筈でしゅ」


 マグノリアの言葉を聞いて、パウルは目を見開いた。


「え!? ……それは、俺に伝染さない為なんですか!?」

「しょうでしゅよ? パウルしゃんは今、身体がとても弱ってましゅから、普段は罹らない様な病気にも罹ってしまうかもしれましぇんので」


 マグノリアの真摯な様子を見て、パウルは小さく頷いて了承した。


「解りました。何処からお見せすれば?」

「では、まず口を開けていただけましゅか?」

「お見苦しいですが……」

「大丈夫でしゅ」


 幸い歯が抜ける程の状態ではなく、薄く血が滲む程度の歯肉炎の様だった。

 下瞼を下げ貧血の具合と、手足の痣や発疹――点状出血の様子を確認する。


「倦怠感や息切れ、めまい等はありましゅか? 熱が酷いとか、胸が苦しいとか。幻覚が見えるとか、酷い出血痕があるとか……何か気になる症状は?」

「だるさはあります……めまいは今は治まってます。歯を磨くと血が出るのと、点状の発疹が色々な所にありますが、それ以外は特に……」


 見た感じでは、ネットで見た壊血病の初期症状の様だった。


 意識はしっかりしており、浮腫や酷い肌荒れも無いので、脚気やペラグラの併発は無い様に感じる。

 ……医師でもないのに診断を下すのは非常に勇気がいるが、安心させるためにも伝えた方が良いだろうとマグノリアは腹をくくった。


「わたちはお医者様ではないので、はっきりとは言えないのでしゅが、ビタミンCという栄養素の不足で起こる病気にとてもよく似ていると思いましゅ」

「ビタミンC……?」


 マグノリアは頷くと、食事を摂取するのは栄養を身体に取り込む為だという事や、偏った食生活を送ると身体の調子が大きく崩れる事、航海では食事内容が限られるので、長期になるとそういった不調が起こりやすい事を伝える。


「確かに……お嬢様が仰ったような野菜や果物は、余り食べなかったと思います」

「あい。なので、ビタミンCの多い食事を暫らく続けりぇば、初期症状なのでおそりゃく完治しゅると思いましゅ」


 パウルはこれ以上大きく開かないだろうと思う位に目を丸くすると、次第に瞳を潤ませた。


「……俺、治るのですか……?」

「あい。原因が目に見える訳ではないので確実にとは言えないのでしゅが、今話した病気だとするならば、栄養をきちんと摂って安静にしていれば、きっと治ると思いましゅ」


 マグノリアの言葉に、パウルは感情が抑えられない様に声を震わせると、ぎゅっと掛布団を掴んで頭を擦り付けるようにして礼を言った。


「ありがとうございます……! ありがとうございます!!」


 落ち着かせるように優しく背を撫ぜていたが、パウルが顔を上げた所でマグノリアが確認した。パウルは注意深く逡巡する。


「それと、一緒の船だった他の発症者の事でしゅが。病状はパウルしゃんと同じような感じでしたか?」

「そうですね……そう変わらなかったと思います……ひとりだけ、出血が多い人間がおりましたが」

「しょうでしゅか。解りまちた。では、お大事にしてくだしゃい。何かありまちたら、騎士団にお知らしぇくだちゃい」


 パウルはベッドの上で何度も何度も頭を下げ、扉が閉まるまで変わらなかった。閉じた扉の向こうからむせび泣く様な声が聞こえて来ると、とてつもなく不安だったのだろうその心情を思い、三人は胸が詰まった。



 台所へ行き、母親であろうおかみさんにも報告をする。

 口に手をあて、堪えようとしているが嗚咽混じりの荒い息が、ここ数日の心情を表しているようであった。怖かったであろう、とても。


「おばしゃま。病気を治しゅ為には食事がとても大事なのでしゅ。まだお薬が無いので、食べ物から摂るしか無いのでしゅよ。今から説明をちましゅので、覚えて貰えましゅか?」

「……はい」


 おかみさんは息を整えると、真剣な様子で返事をした。


 まずは石鹸で手を洗って貰い、新しい手巾で良く拭いて貰った。アルコール消毒もしてもらう。手を良く洗う事は、他の病気の予防になる事も伝え、先に煮沸消毒をして乾かしてくれていた瓶を見せながら書いた木札も見せ、ザワークラウトを作る時の注意と、普段からこまめに手巾を熱湯で消毒する事をすすめた。


「これは昨夜作ったザワークラウトでしゅ。夏場なら翌日から三日位、冬場なら三日から六日程で食べれるようになりゅと思いましゅ。作り方を説明ちますね?」


 昨夜と同じように説明しながら実際におかみさんに作って貰い、作業を覚えて貰う。

 その後は野菜や果物について説明する。


「例えば、ポテト芋はきちんと火を通ちてくれて良いのでしゅが、ブロッコリーやカリフラワーはさっと茹でた方が栄養が壊れにくいでしゅ。スープに入れる際は煮すぎない様に気をつけてくだしゃい。温野菜はサラダにしても食べ易いと思いましゅ。オレンジやレモンと、蜂蜜、塩、ハーブ、油、必要であればお酢を混ぜてドレッシングを作って貰い、絡めると良いと思いましゅ。ドレッシングに柑橘類を加えりゅと、味だけでなくビタミンCの摂取量もより増やせましゅ」


 意外に手は覚えているもので、マグノリアは即席ドレッシングを混ぜ合わせると、茹で上がった野菜に絡めた。


「まだ沢山は食べられないでしょうから、少しずついろんなものを試して下しゃい。食べられるようになったらレバーなども一緒に食べると滋養に良いと思いましゅ」


 思いつく限りの説明をし、木札を渡すと、おかみさんは深々と頭を下げた。

 また数日後に様子を見に来ると伝えると恐縮していたが、名乗るのを忘れていたのでマグノリアが詫びて名乗ると、酷く驚いて膝をつこうとするので抑えるのが大変であった。



「辺境伯家のお嬢様自らが、こんなあばら家においで下さり、見舞うどころか診察までして下さるなんて……」


 おかみさんは深々と頭を下げ、一行が見えなくなるまでそうしていた。

 感染してしまうかも知れないのに危険を顧みず対応してくれた事に、口では言い表せない程の感謝と。半ば諦めていた息子が治るかもしれないという安堵に、なかなか涙は止まらず、暫く顔を上げる事が出来なかった。


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