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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第二章 アゼンダ辺境伯領・新しい生活編

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焦らないで確実に

 基幹産業である農業だが、だからと言って特段肥沃な土地という訳ではないらしいアゼンダ。

 馬車で走ると小麦畑を多く目にするが、ライ麦や大麦、蕎麦なども栽培されているそうだ。


 資料を見た限りでは野菜は玉ねぎ、かぼちゃ、キャベツ、ポテト芋、カブ、ニンニク、人参、瓜類、ビーツ、パプリカ、茄子、豆類などが多く、それ以外にも細々と思い浮かぶ範囲の色々なものが作られている。

 果物はさくらんぼやりんご、ザクロに葡萄やベリー類、なしが多く、オレンジなどの柑橘類も南側の地域で作られているとの事。


 ――寒冷地とまでは行かないけれど、若干北寄りのラインナップに感じる。


 更にちょっと派生的に酪農や養蜂(小規模)、自然に自生しているきのこ等もプラスされる。


(日本と似たような気候って思えば良いのかなぁ? 海が近いから地中海性気候? ……その割に柑橘類が少ないか……ヨーロッパの農業って麦と酪農のイメージか、地中海近辺のオレンジとオリーブか。そして北欧のベリーを沢山収穫するイメージしかないぞ)


 己の貧困なイメージにため息をつく。

 かといってここは地球でもヨーロッパでも無いのだから、知ったところで参考程度にしかならないのだが。

 ましてや農作業なんて学校のイベント以外、した事が無いのだ。


(トマト……赤トマトだっけ? それがあるってことは、とうもろこしとかサツマイモとかもあるのかな?)


 どれも別の地域から持ち込まれた作物だった筈(地球は)。じゃが芋……ポテト芋も同じだ。


 以前ギルモア家で眺めていた植物図鑑を思い浮かべるが、数が膨大で思い出しきれない。

 仮にあったとして、こちらは自生していたものなのか、もしくはもっと古い時代に持ち込まれて根付いたものなのか。食用とされているかいないのか。

 

 

 館の方角に馬車を進めながら、段々と緑が深くなる道を眺める。

 針葉樹が多い道らしく、肌寒さを感じるというのに葉は青々としている。


 領主の館は領都の中心地から離れた端の方にあり、途中には農地、更に進んだなら周囲は小さな湖や小川、雑木林に囲まれたその先にある。

 そんな、なかなか自然豊かな場所に建っているのだ。


 領都の中心地から馬車でしばらく走れば、農地が見えて来る。

 周辺を馬車で走って貰いながら、作られているものを馬車の窓から確認する。


 秋も深まって来ているので、畑の作物は温かい時期よりもきっと少なくなって来ているだろう。露地栽培が主な筈だ。寒冷地用の野菜や、低温を好む野菜があるとはいえ、相対的には暖かい時期の方が実りは多い事だろう。


 麦以外にネギの葉の様なものや、何種類かの葉物野菜が。

 そして保存してあるのか、枯れた葉の下に根野菜らしきものが見える畑もある。


(これからはここで四季折々の季節を見て、過ごす事になるのだろうか)

 

 ちょっと感傷的な気分になりながらも、走っている距離が長くなる程に、朱鷺色の瞳には空いた土地が予想よりも多く目に留まった。


 ……連作障害を解消するために畑を休ませているのか。それとも遊休農地なのか。


(空いてるなら、有効活用したいよなぁ。農作物を買い取って経済を回すのも勿論なんだけど、何かに活用出来ないか……)


 それこそ、港の露店でアゼンダでも作れる作物の種を買い取り、試験的に作るのもありだろう。

 せっかく開墾してあるのだから農作地として使いたいが、どうしても難しいなら道の駅みたいな直売所を作るとか、農作物を使った工房を作っても良いと思う。


「……農地の問題点とか、困った事とか、何か聞いた事ありゅ?」


 ディーンとリリーは顔を見合わせていたが、護衛騎士が遠慮がちに手を挙げる。


「旬の時期は沢山出来過ぎると買い叩かれるから捨てる事があるって聞きました。後は、大量に売る時、値段を誤魔化される事が多いそうです」

「……文字や計算が出来ないかりゃ?」


 護衛騎士は頷くと悔しそうに教えてくれた。


「そうです。農村部に限らず、読み書きや計算が出来ない者は多いですから……仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが、悪質だとやっぱり許せないです」

「しょうだね……」


 教育は大事だ。しかしそこへのテコ入れより先にすべき事がある。

 考える事は山積みだ。


 焦らない。やれるところから。確実に潰して行け。結局それが一番近道だ。

 しかしいつでも出来るように必要なものは準備はしておけ。


 誰かに言われたのか、自分が誰かに言ったのか。

 かつての大人が、逸るマグノリアを諫める。

 

 そうだ。未来や目標に向けて、かつて日本で盛んであった事前の働きかけのように心掛けて行けばいい。

 ――健康のために腸を綺麗にする腸活。より良い未来を求めての就活に婚活……そんな様々な働きかけを『〇〇活動』と言った。――略して『〇活』


(さしずめ、異世界生活改善・改革活動……『異世改活』だね)


******


 セバスチャンに叱られない様に、程々の時間で切り上げる事にする。

 農民の人達にも話を聞いてみたいけど、いきなり知らない子どもが話し掛けたところで、聞けることも限られている。


(家に帰って計画を練るか。試作品も作らんとイカンし)


 目の前に座る護衛騎士が、やっと帰ると聞いてホッとしたような顔をしているのが面白い。

 じっとしていない護衛対象者に振り回され、だいぶ気を揉ませたのだなとマグノリアは苦笑いしながら思った。

 心なしか、ディーンも安心したような顔をしているのは納得が行かないが……

 


 館が見えてくると、一緒に人影がある事も見て取れた。

 大きい影と小さい影。多分、クロードとセバスチャンだろう。


「どうしたんでしょうか……? セバスチャン様だけならともかく、クロード様もいらっしゃるなんて」

「何かあったんでしょうか?」


 騎士が不思議そうに首を捻る。リリーは不安そうに誰にともなく呟く。

 すると一気に馬車の中が重い空気に満たされる。

 たった五分ほどの距離が、とても長く感じられた。

 



「ただいま戻りまちた」


 護衛騎士に降ろして貰い、出迎えに出ていたクロードとセバスチャンに挨拶すると、ふたりは緊張感を漂わせてマグノリアの姿を確認していた。


「お嬢様、お身体は何ともございませんか?」

「あい。元気でしゅ?」


 硬い表情のセバスチャンが、答えを聞いて幾分表情を緩めた。

 クロードは変わらず硬いままだ。

「どうか ちたのでしゅか?」


 マグノリアは声を低めて確認する。と、クロードが口を開く。


「クルース……昨日行った港町で、原因不明の病が出た。多分、航海病だと思う」


 マグノリア以外の三人が、引きつったように身体を強張らせた。

 マグノリアは聞いたことが無い病名に眉を顰める。


「コウカイ病……?」

「ああ。航海から戻って来るとたまに発症する病気だ。外国で病気を貰って来るのか、別に原因があるのか正確にははっきりしていない。多分伝染る病気では無いと思うが、念のためマグノリアと俺、今日一緒に行動した三人、そしてセバスチャンは一日隔離しようと思う」

「…………」


 マグノリアは中世の有名な病気を頭の中で掘り起こす。

 黒死病、チフス、赤痢、コレラ、結核、天然痘……みんな怖い感染症だ。

 特に黒死病はペストとも言い、大流行して沢山の命を奪った筈。


 しかし今、クロードは多分伝染る病気ではないと言った。

 

 

「……解りまちた。取り敢えず、執務室に参りまちょう」


 クロードとセバスチャンは黙って頷くと、踵を返した。四人は黙ったまま後ろへ続く。


 

 執務室に着くと、クロードは執務机に、セバスチャンはお茶を給仕し、四人はそれぞれソファに着席する。

 マグノリアが確認をすると、クロードが答えた。


「詳ちく教えて頂けましゅか?」

「数日前に停泊している他国の船で、航海病と思われる者が複数出たらしい。船員は多国籍で、中にアゼンダ出身の者がおり、帰省をしていたそうなのだが……その者にも症状が見られるらしい」


 マグノリアは首を捻る。

「……どうちて今頃の報告なのでしゅか?」

「まず、船が他国のものだと言うのがひとつ。重大な事由について報告を挙げる決まりはあるものの、やはりそこは摩擦が少なくなるように慎重になりがちだ。……他国の者達は念の為上陸はせず、船の中で看病されているらしい。アゼンダの者は実家で看病中らしいが、数日しても他の者に伝染る様子が無いので実家の者が外に出て、周りに判明したらしいのがひとつ」


(本来すぐに知らせるのが筋だとは思うが……)

 微妙なマグノリアを余所に、セバスチャンが続ける。


「海外特有の病気であるか判別がつかない為、伝染るかどうか解るまで様子をみていたそうです。先程西部駐屯の騎士団より早馬が参りました。他に発症する者がいないので、病状から航海病だと判断したようです。ですがはっきりと確定する事は難しいのです。念のため、お部屋から出られない方が良いかと」

 

 ツッコミどころが満載だが、取り敢えずそれは置いておこう。

 ……やはり、医学もそこまでは進歩していない世界なのだろう。病気が何であるか、検査をして解ると言うレベルにまで発達はしていないらしい事が見て取れる。


「解りまちた。死者は出ていないのでしゅか?」

「今回は出ていない」

「……病気に、伝染る、伝染りゃないの概念はありゅのでしゅね?」


 クロードは訝し気に頷く。他の者は黙って話の流れを見ているようだ。

 ディーンに至っては恐怖なのだろう。可哀想に。無理もない事だが顔色がすこぶる悪い。


「病気の正体が解らない限り、確実にこうとは言えないでしゅが……取り敢えずは伝染らない『コウカイ病』という病気だと察せられる症状がありゅのでしゅね?」

 

 マグノリアの質問に、クロードはどう伝えればこの世界の医学の現状が解り易いのか、考えながら説明する。


「何と言うか……病気は症状以外は余り目に見えない。よって、原因がはっきり解っているものは少ない。ただ、過去に同じような症状だった者がおり、違う病気とも比べた上で、今回は航海病だと判断したのだと思う」

「解りまちた」


 マグノリアがこの世界の疫病を調べた時に、意外に大きな感染症の流行が無かった事に驚いたのを思い出す。


 なんちゃって中世・近世風だからなのか、現代の地球には遠く及ばないものの、意外な事に汚物の処理が最低限なされており、よく言われる悪臭などがそれ程ではないのだ。

 過去の地球の感染症の多くは、衛生観念に難がある為に広まったものも多い。

 汚水や汚物がある程度管理されているからか、地球の中世に比べて感染症が少なく済んでいるのだろうと思っていたのだった。


「まじゅ、病気には『細菌』や『ウィルス』と言うものが原因で発症するものと、身体の機能や組織が破壊しゃれ発症しゅるものがありましゅ。伝染るものには大抵細菌やウィルスが関係あるのでしゅが、保菌者になったとしても、発症するまでの潜伏期間は原因菌によってまちまちでしゅ……無意味に数日隔離した所で、効果は薄いと思いましゅ」


 クロード以外の四人は、あっけに取られたようにマグノリアを見ている。

 セバスチャン辺りには聞かせない方が良さそうだが、事態は急を要する。今は配慮より解決が先だ。


 コウカイ病……多分、『航海病』なのだろう。

 ここはクリアされていないのか……と、元の世界の相違にため息をつきたくなる。


 名前から言って、多分長期航海に依る欠乏症の事なのだろうと推測する。

 地球でよく知られたものが三つ。


 脚気・ペラグラ・壊血病だ。


「しょの、『コウカイ病』の詳しい症状を教えて貰えましゅか?」

「程度は様々だが皮膚に出血が見られる事が大半だ。衰弱し、歯が抜け落ちたり、古傷が開く者もいる。悪臭がしたり、稀に気鬱になることもあるらしい」


 マグノリアは確信する。

 地球とここの相違が解らないから確実ではないが、多分この五か月ちょいの様子から、大差は無いのだろうと思う。


「解りまちた。しょれは多分伝染りゃないので隔離の必要はありましぇん。それは『壊血病』でしゅ」


前半の大きなターニングポイントまで漕ぎつけました。

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