領都にて、モブーノ伯爵令嬢と遭遇しました
「セバスチャンさん、何気に鋭いですね」
「べちゅに、礼拝と買い物と、ちょっと見学をするだけでしゅのに」
「またまた~。何か考えがおありなんですよね?」
リリーが苦笑いをしながら言う。マグノリアは小さく口を尖らせる。
せめてクロードに反対して貰おうとセバスチャンが確認をしていたが、「行ってみても良いだろう」という言葉しか引き出せなかったのである。
……礼拝に行くのは寧ろ褒められる事である。ましてやその程度の行動を規制するのは、軟禁されていた実家での生活と変わりない様に思えてならなかったのだ。
クロードとセルヴェスとしては、おおよそ侯爵令嬢らしい生活をして来なかったマグノリアに対して、ささやかな希望位は叶えてやりたいと思っている。
……とは言え、セバスチャンの懸念も解らなくはない。
異世界の大人の記憶と知識を持つというマグノリアは、とにかくこの世界のご令嬢の範囲に収まらない。気付けば斜め上の方に助走をつけて飛び出して行きかねないので、常に誰かが手綱を持っていないと心配ではある……
がしかし。
昨日丸一日を外出し、父も不在。且つ礼拝と言う事は、チャンスとばかりにかの伯爵令嬢がやって来るであろう……
うるさく意味の通じない言葉を捲し立てるご令嬢を思い出し、クロードはげんなりする。
何度も何度もあのご令嬢とは婚約も結婚もしないと言っているのに、どう説明すれば解って貰えるのか。
もはや説明しても到底理解して貰えるとは思えないので、諦めて放置しているのだ。
(早く何処かへ嫁に行ってくれないだろうか……)
そんなこんなで。
色々な事を天秤にかけて、クロードはこんこんとマグノリアに言い含め、侍女と護衛騎士に念押しして送り出す事にしたのだった。
四人乗りの馬車の中はマグノリア、リリー、ディーン、そして護衛騎士だ。
セバスチャンも行くべきか迷っていたようだが、あいにくと外せない来客があったのと、プラムも行こうとしていたが持病の腰痛が出てしまい、動けなくなっていた。
都合が良い事に今日は日曜日。
天はマグノリアに味方したのだった。
「……お嬢様。礼拝に行くだけですよね……?」
護衛騎士に選抜された若い青年が、おずおずと口を開く。
「あい。後、出来たりゃ縫物用の布を買いに行きたいのと、ちょっとだけ後学の為に炊き出ちの様子が見たいのと、アゼンダの事が知りたいので、帰りにちょっとだけ農村地帯が見たいだけなのでしゅけど……」
お得意の穢れなき眼(※当社比)と、侍女と従僕の訴えるような圧に護衛騎士は屈した。
布を買うのによもや危険はないであろう。
……炊き出しは、教会と騎士団で協力して行っているものだ。こちらも危険は無い上に、寧ろ自分のホームグラウンドだ。
農村部は至って平和だ。気をつけろと言うとするのならば、せいぜい虫に刺されない様に気を付けるのと、肥溜めに落ちない様に気を付ける位であろう。
「本当にそれだけですよね?」
「本当でしゅ」
念を押す護衛騎士に、マグノリアは愛らしい顔でにっこりと笑う。
ちょっとだけと念を押す時は、ちょっとだけにはならないものなのだが。
昨日見たばかりの三角屋根の教会の近くに、ゆっくりと馬車が停止する。
沢山の人が礼拝に来ているらしく、正面の玄関前は広場の近くまで人でごった返していた。
おめかしをした富豪のご婦人らしい群れ、紳士会のメンバーらしい、貴族男性と従者の団体。質素な服装の親子連れ。走り回る子供たち。真っ直ぐに扉の中へと入る人々……
ディーンが教会に近づくにつれ、窓の外を忙しなく様子を見ている。
しばらくすると神妙な面持ちでマグノリアとリリーに向き直った。
「……多分大丈夫だと思うけど、もしかすると変なご令嬢が絡んで来るかもしれません」
「「変なご令嬢?」」
護衛騎士は、ああ、と言った風な微妙な顔をし、リリーとマグノリアはハモリながら顔を見合わせる。
……降りると。
「あら、あなた誰なの? クロード様は!?」
目の前には、黄色いフリフリのドレスを着たつり目のご令嬢が、仁王立ちで立っていた。
((変なご令嬢って、もしかしなくてもコイツ(この方)か……))
リリーとマグノリアは、突然現れたけんか腰のご令嬢に、遠い目をした。
ご令嬢は、ジロジロとリリーを見て、次にマグノリアを一瞥すると、ふん、と鼻息荒くそっぽを向いた。
「使用人ごときが主家の馬車に乗って来るなんて、どんな了見かしら!? 本当に図々しいわねぇ。クロード様がお可哀想だわ~!」
護衛騎士にはああ言ったものの、マグノリアには目的があって本日質素なギルモア家(実家)の洋服を着て出て来ている。よってご令嬢の目には使用人の子どもに見えているのであろう。
……帯剣をしている護衛騎士が同乗している時点で、気の廻る人間なら惣領家に関わりのある人間がいるのかもと思うところであるが……こちらの非礼をあげつらう割に、そこは何とも思わないらしかった。
「……クロードしゃまのお知り合いでしゅか?」
マグノリアが見上げながら尋ねると、まあ!と大きな声をあげた。
「使用人の癖に、勝手に口をきくなんて! 良~いぃ?目上の人間が許可をし・て・か・ら・話すものなのよ!? まあ、子どもだから仕方なく許してあげるけど。その位、ちゃんと心得なさいよね!!」
手に持った扇で、マグノリアの目の前を言葉に合わせて振り回す。
マグノリアの後ろで、ディーンと護衛騎士が高速で首を横に振る。
(逆、逆! 目の前のその人、アスカルド王国の未婚女性で一番身分が高い人!!!!)
「それに私、知り合いではなくクロード様の婚約者ですから!」
勝ち誇ったように、つーん!と横を向く。
(ええええ!! 婚約者ーーー!?)
反応を見ようと敢えてマグノリアが『お兄様』ではなく『様』呼びすれば、本当に使用人判定したらしく、おったまげー! な事を言い出しやがりましたよ。
リリーが護衛騎士に視線で確認すると、超高速で首を横に振っていた。
そうでしょう、そうでしょう。
幾ら政略結婚とはいえ、彼は選り取り見取りで選べるご身分なのだ。
こんな摩訶不思議な対応をするご令嬢は婚約しないでしょう。危う過ぎて家を任せられない。
そんなギャンブルな相手を好んで選択するのはジェラルド位のものである。
王都でジェラルドがくしゃみをしそうな事を考えていると、つーん!としながら去って行った。
「……何でしょうね、あれ」
余りにも急で怒りそびれたリリーがマグノリアに聞く。
マグノリアも首を傾げる。
「さあ? お兄ちゃまの婚約者みたいでしゅね?」
「違いますよ! モブーノ伯爵令嬢です。クロード様のファンで、クロード様がいらっしゃりそうな場所の至るところに湧いて出るんです……!」
ディーンが慌てて言い募ると、護衛騎士はうんうんと頷いては口を開く。
「家柄的に、一度婚約者候補に挙がったらしくて。結局流れたのですが、それ以来ああやっていいふらしては絡んで来て、大変なのです……」
(おおぅ! 厄介な奴にロックオンされてるんだ……)
「イケメンも行き過ぎると大変なのですねぇ」
「それなぁ」
リリーがしみじみと言うので、思わずマグノリアも前世のノリで返してしまった。




