遠乗りへ出掛けよう・おまけ
楽しい遠乗りの時間も今回で取り敢えず終了です。
町中へ戻ると、罵声と悲鳴が聞こえる。
町の中央に近づくにつれ、次第に喧騒が大きくなる。
(何だろう、喧嘩かな?)
警戒するクロードはマグノリアを肩ではなく左腕に抱え直し、野次馬の一人に話し掛けると、戸惑うような声が帰って来た。
「どうしたのだ?」
「何か、揉めているらしいんだが……」
頷くとクロードは声を張った。
凛とした、指示をし慣れた声が周辺に響く。
「誰か、詰所に連絡を!」
近くにいた少年達が、わかったと言いながら走って行く。
クロードが警戒を強めながら野次馬の合間を縫って進むと、人だかりの中央で男が二人怒鳴り合いをしていた。何度か殴り合ったのだろう。お互い顔が少し腫れてもいる。
怒鳴り合いはどんどんエスカレートし、激高したひとりが懐からナイフを取り出して振り回し始めた。
(うわ! ……やべぇじゃんかよ!)
ギラリと光るナイフの刃に、反射的に、クロードの服を強くつかむ。
「クロードお兄ちゃま!」
「…いや、この人だかりにお前を置いて行くのは危険だ。もうじき騎士が来る」
あくまで二人から目を離さずにクロードが答える。
言いながらも、最悪は間に入る気だろう。
マグノリアは焦りながらも周りの露店へ素早く目を走らせ、首を伸ばし左右に振る。
幾つ目かの店で目当てのものを見つけた。
(あった!)
……多分あれだ!
「お兄ちゃま、あれ! あれをナイフの人の顔に向かって投げて下しゃい!!」
言うや否や、クロードが指をさされた方向に走り出す。
話を聞いていた野次馬が慌てて道を譲り、知らない者達も何事かと思いながらも慌てて倣う。どんどん目の前がふたつに割れて行く。
――この間数秒。
「これか!」
「あいっ!!」
記憶のものの半分以下の大きさだが……微妙に漂う熟れた香りから、同じものである事を祈る。
目当ての物をひっつかむと、それが、もの凄い速さでナイフ男に向かって飛んで行った。
(勿体ないオバケさん、すみません! 人命救助の一環です!)
掴みかかる男と、ナイフを振りかぶる男。
人だかりに響く悲鳴。
――同時に。
ゴツッという重い音と共に、ビッチャッ!と果肉が潰れ、飛び散る音がする。
薄黄色の液体と柔らかい果肉が、暴漢二人に掛かった。
「痛っ!……うっわ! 何だこれ!? 臭ぇ!!」
「うわー! 目が! 口が……!? オ、オエェェッ!!」
(……地球の物より柔らかく、中身が瑞々しいらしい……)
その分、匂いの拡散ぶりも凄い。
マグノリアは遠い目をして騒ぎの張本人である二人をみつめる。
顔にぶつかり破裂し……本人にも相手にも果汁が掛かり、二人して臭いに悶えているのだ。
石畳の上にひとりはうずくまり、もう一人は転がりながら呻いている。
男たちの傍らに落ちているのは、何処かで見た、とげとげフォルムの茶色い皮(もはや殻?)。
(……地球のはそうでも無さそうだけど(食べた事無いけど)、ここの世界のドリアン果汁は目に沁みるのかな?)
「「「「「「…………!?」」」」」」
濃密な香り……もとい臭いが広場一帯を這うように拡がり、野次馬はザッと音がするように後ずさり、暴漢達から距離を取った。
「何だ、これ……」
「……え? 誰か腐ってる喰いモン投げたのか?」
野次馬がざわざわしているところに、少年に案内された騎士団の面々が足音を響かせながら走ってやって来た。
これで取り敢えずは一件落着だ。
余りの匂いに騎士たちも一瞬躊躇しながら近づくと、悶える暴漢を縄で拘束し、詰所へと連行して行った……
騒つく野次馬の輪をすり抜け、果物屋の店主に謝ってお金を払おうとすると、やはり事の成り行きを見ていたらしく固辞された。
ここの店主も明るい人柄の様で、笑いながらサムズアップされ片言のアスカルド語で褒められる。
もう一度頭を下げて、替わりに館のみんなへお土産の果物(いい匂いのもの)を買い、馬留の場所へと急ぐ。
ほっとしつつも、クロードが微妙そうな表情でマグノリアに向き直る。
「何だ、あれは……」
「果物でしゅ」
「あれが、食い物なのか……?」
信じられん。とクロードが心底嫌そうにぼやいた。まあ、気持ちはわからなくも無い。
マグノリアは格言のように重々しく言い、頷く。
「南国のフルーツは奥が深いのでしゅ」
速脚で馬を進めながら、夕闇に染まる町を駆け抜け、思ったより早くに領都へ入った。
領都へ入れば、スピードを多少落としても三十分程で館に着くだろう。
やっと歩調を緩めたので口を開く。
「クロードお兄ちゃま、今日はお出掛けに連れて行ってくれて、ありがとうごじゃいまちた」
「うん。楽しかったか?」
「あい。美味しかったち、楽しかったでしゅ!」
後ろへ振り返り、弾ける笑顔で答えた。
(そして、色々見せてくれてありがとうございます)
先日の執務室の木札。
思案するような叔父の姿を思い起こす。
実際に見た方が、誰かに聞くよりも色々と自分で判断出来るだろうと、時間を取って連れ出してくれたのであろう。
「また行きまちょうね!」
「うん?……そうだな」
前にちんまりと座る小さな姪っ子の言葉に、クロードは今日一日の顛末を思い起こしては苦笑いした。
空はすっかり暗闇へと変わり、幾つもの星が瞬いている。
次も退屈はしないのだろうなと思いながら、彼はクツクツと喉の奥で笑った。
次の日の朝、姪っ子からのプレゼントの小さな貝殻がひとつ、執務室の机の上に置かれていた。




