遠乗りへ出掛けよう・食リポ&課題編
大きな口を開けて、まずは肉の串焼きを齧る。
「う~~~ん! おいちい!!」
塩味はシンプルに塩のみ、あまだれは焼き鳥のたれの様な甘味の強い味、漬け込みダレはスパイスやハーブが混じった塩味と程よい辛味の利いた味つけでこんがりと焼かれている。
その辛さがあとを引く味付けで、飲み物と串焼きの無限ループに陥りそうだ。
……卵のあまだれ焼きは、焼き鳥のうずらの卵の様で懐かしい。
香ばしい味と香り、肉による歯ごたえと旨味の違いに、マグノリアは舌鼓を打つ。
「フライは熱いから気をつけなさい」
ロールサンドを食べながら、クロードが安定の世話焼きである。
そして高位貴族でありながら、マグノリアの食べかけを次々に平らげて行く。
普段は神経質そうなのに意外に頓着しないのか、嫌そうな素振りは全くない。
(騎士だから……ある種運動部のノリなのかな? スポーツドリンクの回し飲みOKみたいな)
整った顔で肉を齧る様子に、普段はお上品が洋服を着て歩いている感じだけれど、年相応な男の子の一面もあるんだなぁと感心する。
クロードも全て温かい内に食べられるよう、ロールサンドは後回しにして、マグノリアは海鮮焼きを、お次はサクサクのフライをと、モグモグと順番に口に入れる。
海鮮焼きの豊かな風味と魚醤のような香り、それぞれの素材の持つ触感と舌触りを楽しむ。
フライは具と油の旨味。ほのかに香る下味の香草。
タルタルソースの酸味とまろやかさ、もう一方はレモンのさっぱり感と二つの違いを楽しむ。
クロードも辛口で甘味の少ないシードルを流し込みながら、朱鷺色の瞳をキラキラと輝かせたり、時に目をつぶって味わうマグノリアを楽しそうに見ていた。
(かなり食いしん坊な娘だな……こんなに大口で串を齧るご令嬢は初めて見たな)
マナー的にどうかと言われると肯定は出来ないが、ネズミの齧った後の様に小食なご令嬢よりも、一緒に食事をしていて楽しいだろう。
それに一応時と場所を弁えているから、よもや侍女や家令の前で豪快に肉や魚に齧りつく事は無いだろう。
「うわー、こりぇ、やっぱりチリコンカンみたい……! 凄く美味ちい……!!」
赤トマトと香味野菜、数種の豆、ひき肉と腸詰めを煮込んだ『豆の煮込み』は、クロードも好きな料理の一つだ。素朴で滋味に溢れた風味はけして上品では無いものの、時折無性に食べたくなる。
そのままでも美味いし、今日の様にチーズを溶かしかけても美味い。
気に入った様子のマグノリアを見て、彼は連れ出して良かったなと思う。
マグノリアは最後のロールサンドに手を伸ばす。
ロールサンドは、タコスの様なケバブサンドの様な、肉と野菜が一緒に包まれたものだ。
ざくざくと切られた葉物野菜と。トマトやパプリカ、玉ねぎやセロリの香草類のみじん切り。濃くスパイシーな味付けの肉。それらにまろやかなソースが絡んで、混然一体となった味付けだ。
肉の弾力と、野菜の歯ざわり、生地のもっちり感がめちゃくちゃ合う。
モグモグと咀嚼し終わると、お腹ははち切れそうだが名残惜しく、クロードに買って貰った酸味の強いジュースで喉を潤す。
……口のなかがサッパリして、これも旨いとマグノリアは心の中で唸る。
「まだ食べられそうか?」
「ううぅ……食べたいけど、お腹がパンパンでしゅ!」
「そうか。では移動して、その先で美味いものがあったらおやつにしよう」
再びマグノリアを抱き上げると、カップと木皿をそれぞれ片付けて馬を預けている馬場へと移動する。
「これから、スラム街の近くを通る」
「シュラム街……」
馬上の人となりながら職人街の区画を抜け、ゆっくりと路地裏へと進んで行く。
粗末な服を着て座り込む人が見られるようになり、全体的に煤けた格好の人間が多くなる。
「……やはり、戦争で怪我をちた人や家族を失った為にここへ辿り着いた人が多いのでしゅか?」
「そうだな……当時子どもで身寄りの無い者、戦争で身体に大きな欠損をし働けなくなった者たちが、路地裏に住みついたのが始まりらしい」
「保護施設の様なものは無いのでしゅか?」
「無くも無いのだが、やはり合う合わない等があり、ここへ戻ってしまう者も多い様だ」
どういう政策をとったとしても、あぶれたり飛び出したりする人は居る訳で。万人に行き届くというと言うのは不可能だ。
遠巻きにふたりを見る沢山の目に、マグノリアは考える。
(無理だからと言って、何もしないのは違う。ここの人間に合った方法って何なのだろう……)
「騎士団が直に取り締まっている地域なので大きな犯罪こそ無いが、課題のひとつだな」
クロードは思案気に言いながら頷く。
子どもだった人は、ここから抜け出して生活している人も一定数いるであろう。身体に欠損が生じてしまった人の方が、新しい生活を始めるのが難しい筈だ。
「……現在の割合……二十年前に子どもや出征していた人達と言う事は、現在は中高年者が多いのでしゅか?」
「いや、そうでもない。女性や子どももいる」
「シュラム街の元締め的な人と話ち合ったりは」
「過去にはあったようだが、反発的であったり平行線であったりしたようだな」
見ている視点や視線が違うのだろう。
お互い歩み寄っているようで、本当に必要なものや考え方の基準が違うから、相容れないのだ。
「今は定期的に炊き出しをしたり、各ギルドで仕事を斡旋したりしているな」
「なりゅほど……」
確かに急を要する飢え等に対しての対策は必要だ。
だけど、必要なのは自分達で自立する事だ。言うは簡単だが現実は厳しい。
だからこそ、彼等は路地裏で肩を寄せ合って生きているのだろう。
暫く言葉少なに馬を進ませると、再び自然の多い景色が多くなる。
「アゼンダでは地方地区毎に、元の地方領主を代官として任命し、土地を治めて貰っている」
アゼンダは大きく六つの地域に分けられている。
領都は領主直轄地。やや北西寄りの中央にある。
北側のモンテリオーナ聖国に接する領地、東側のアスカルド王国に接する領地、南東部の小国と接する領地、南側のマリナーゼ帝国に接する領地。そして港を有する西側の領地。
「港のある西部は領都から比較的近い。各地区にある要塞が騎士団の寄宿舎と所属になっていて、家族がその地区にいる者以外は定期的に地区を替わる事になっている」
「へぇ……お給料や維持費みたいなもにょは、どうなっていりゅのでしゅか?」
自前の騎士団と言う事で、その辺はどうなっているのか。
なんだかんだで凄い人数だろう。
「各国との国境を守っていると言う事で、国から相応の補助が出ている」
「補助?」
クロードは頷く。
「仮にアゼンダ辺境伯家が国境を護る事を辞めたとしても、自分達で騎士団や軍を集めて警備しなくてはならない。国境は複数の国相手だ……それなら、金を払って手慣れた者にして貰った方が簡単に済むと言う事だ」
なるほど。まして辺境の土地だ、転勤先としては人気が無いだろう。
マグノリアも頷く。
「それと辺境伯家の収入を合わせ給料を出している。寄宿舎は『寮費』として各人から部屋代を毎月二小銀貨、食費は月一小銀貨を徴収していて、そこから修繕費や食材費、雑費を出している感じだな」
大きな体の大食漢たちだ。毎月一小銀貨で食べ放題(?)なのは魅力的であろう。寮費もとても良心的な値段だ。
「しょれにちても、食材費ってしょんな位で賄えるもんなんでしゅか?」
「近くの農家から直接仕入れたり、食べてくれと持って来てくれたりするらしくって、何とかなっているらしい」
騎士団も、地元の人に受け入れられているらしくて、何故かホッとする。
なお、肉は自分達で訓練がてら狩って来たりもするらしい。
時代なのか世界観なのか……恐れ入ります。
「……あ……」
森の緑の香りに混じって、懐かしい海の匂いが鼻先を掠める。
マグノリアは大きく息を吸い込んだ。
(海……懐かしいって感じるのは、前世でそばに住んでいたのかな?)
それとも、何か今は思い出せない、大切な想い出があったのか。
もしくは、知っているものや同じものを直に目に出来る安心感からなのか。
「さぁ、ちょっと駆けるぞ!」
そう言うや否や、クロードは馬に軽く鞭を入れ合図する。
心得たとばかりに早掛けとなり、緩やかな坂を駆け上がって行く。
(風に溶けたみたいだ)
マグノリアの郷愁じみた気持ちを振り切るかのように、ぐんぐんと速度を上げ、樹々の緑と空の青が流れる様だ。
そうして、坂道を一気に駆け上がると。
視界一面に、遠くで日の光を受けキラキラと反射する、青い海が広がっていた。




