遠乗りへ出掛けよう・領都編
朝食へ出ると、しおしおしたセルヴェスが座っていた。
「王宮から呼び出しがあったんだ……行きたくない! 行きたくないぞ!!」
二か月に一度、セルヴェスとクロードが交替で王宮に出向くらしいが、それを待たずにセルヴェスへの指名で招集が掛かったらしい。
早朝に早馬があったらしいが、せめて孫娘と食事を一緒にとりたいと駄々を捏ね(?)出発の時間を遅らせたらしかった。
「急がなくて大丈夫なのでしゅか?」
「……大丈夫だ。ここは辺境なのだ、王都は遠い」
鬱々とした表情で、ブツブツ言いながら食事をしている。
マグノリア以外は慣れたものなのか、完全スルーをして粛々と朝食の準備をしている。
散々文句を言った後、馬車に乗る時にも渋っていたので、マグノリアはとことこと近づいて、祖父にぎゅっと抱きついた。
「お仕事を頑張りゅおじいしゃまも、頼りにしゃれるおじいしゃまもカッコいいでしゅ! 早く行って御用を済ましぇて……早く、帰って来てくだしゃいね?」
上目使いでちょっと淋し気な、穢れなき眼ビーム(※当社比)を投げかける。
直訳は早く行って来い、だけど。
セルヴェスはあっという間に機嫌を直し、意気揚々と出掛けて行った。
……やれやれ。
「……随分扱いを心得ているな」
呆れを通り越し何処か達観した表情のクロードがぽつりと囁く。
マグノリアはそっと視線を逸らす。
「しょんなことありましぇんよ?」
見送りに出ていた使用人たちが持ち場へ戻り始める。
クロードは再び視線を、己のずっと下にあるマグノリアに向けた。
「身体は大丈夫か?」
「まあ……ちょっとギシギシはちましゅけど、通常生活は送れましゅ」
騎士たちにすれば準備運動の類いなのだろうが、やはり慣れない人間は厳しいらしく、今日はディーンもお勉強を中心にするとの事で朝の給仕には出ていなかった。
身体が痛いのであろう。無理もない。
「慣れぬ間は二、三日毎に訓練をするといい」
「……しょうですね。しょの方が筋肉にも良いでしゅものね」
マグノリアは深く頷いた。
「体調に問題が無いようなら出掛けるが。昼前に声掛けするので、無理そうならその時に言いなさい」
さらっと無表情に告げる叔父に、マグノリアは勢い良く聞き返す。
「えっ! クロードお兄ちゃま、お出掛けに連れて行ってくりぇるのでしゅか!?」
「うん。馬に乗るので動き易い格好にしなさい」
「はーい!」
良い子のお返事をする。
眉をきゅっと寄せ、胡乱気な顔でクロードが振り向いた。
(……そうですよね。アラサーだと知っていらっしゃいますもんね。すんません。)
祖父の仕事も被るだろう若い叔父を思い遣って、執務室には行かず久々に縫物をする事にした。
いつ来るのか解らないが、暇がある時にいつか買い取りに来るであろう、キャンベル商会に引き渡すドレス巾着もどきを量産しておく方が良いだろう。
ここ数日バタバタしていて、全く針を使っていなかった。
リリーも一緒に針を動かしてくれる。
「何か悪いにぇ。買い取り金貰ったりゃ、リリーにも渡しゅね」
「いいえ、充分にお給金を頂いていますし。今日の午後は領主ご一家がいらっしゃらないので、皆のんびりしたものですからね。お気になさらないで下さい」
見た目に反して作り方は簡単なので、平民タイプと貴族タイプのノーマルバージョンをせっせと量産していく。
「布屋さんがあったりゃ寄って貰って買って来ないとだねぇ」
「もし無理そうでしたら、見物がてら休日にでも行って参りますよ」
リリーが快く頼まれてくれる。本当に有難い。
「ありがとう。何だったら、作って欲ちい布地をキャンベル商会に持って来て貰うとかにちた方が良いのかなぁ」
「確かにその方が楽ではありますよね。良いものが割引になった布地の差額分は儲けが減るでしょうけど」
「うん……まあ、取り敢えずはお小遣い程度を賄う感じだかりゃね」
「お小遣い、セルヴェス様沢山下さりそうですもんね?」
「うーん。とは言え居候の身だかりゃね。急な出費とかに備えて、へそくりは作っておくに限りゅよね」
「しっかりしてますねぇ!」
ちょっと呆れたような、感心したような声でリリーが言う。
「さぁ、そろそろ終わりに致しましょう? 髪を結いませんと」
丁寧に髪を梳かれ、手際よくハーフアップにされる。
「頻繁に結んでたら、ハゲしょうで怖いでしゅね……」
……肩まで伸びた髪は細く頼りなげで、ぎちぎちに結んでは切れたり抜けたりしてしまいそうだ。
鏡の中にいる自分の頭に向かって疑念の視線を向ける。リリーは苦笑いだ。
「大丈夫ですよ。もう少し大きくなられたら、太くなって行きますって」
「しょうかな……?」
萌黄色のワンピースとお揃いの(余り布で作ったとも言う)小さいリボンをつけて完成だ。
プラムがクロードの準備が出来たようだと呼びに来たので、いそいそと下へ降りる。
階段の下、待っている叔父は白いシャツに濃いグレーのジレ、柔らかな黒い上着と乗馬用のやはり黒いズボンという、かなりラフな格好で立っていた。
「お待たしぇを致ちまちた」
「良い。さあ、いくぞ」
いうや否や、セルヴェスと同じように肩に担ぎあげると、颯爽と歩き出す。
玄関前に用意された馬の鞍にマグノリアを乗せると、ひらりと後ろへ飛び乗った。
使用人達の見送りを受け、颯爽と馬が歩き出す。
「……。横向きに乗るとかえって落ちそうだな。鞍を跨げるか?」
「何とか……パンツが見えしょうでしゅが、大丈夫でしゅか」
「…………。これを掛けておきなさい」
長い無言の後、上着を貸してくれた。
……すまんね。
「女の子も乗馬用の服はトラウザース?みたいなのでしゅか?」
「そうだな……横乗りが多いのでドレス型の場合もあるし、女性は比較的自由だな」
(おおぅ、それは良い事を聞いた!)
「お馬に乗りゅ事が多けりぇば、普段かりゃ男性みたいな乗馬服を着ていても大丈夫でしゅかね?」
「普段から……?」
怪訝そうに繰り返す。
「いや、普段はドレスを着るものだろう。却下だ」
「ええぇ~……」
不穏な気配(?)を察知したらしく、速攻で却下された。
「……それよりも、怖くはないか?」
「いいえ、気持ちいい位でしゅ!」
クロードの鹿毛の馬は、柔らかく土を蹴る。暫し流れる風と風景を楽しんで、マグノリアは叔父の方に顔を向ける。
「何処に向かっていりゅのでしゅか?」
「取り敢えずは領都が近い。そこで飯でも食おう」
(おおぅ!! 外食!!)
マグノリアのテンションが上がる。館のお料理も美味しいが、時折食べる外食はまた格別だ。
王都からアゼンダ辺境伯領に来る間も何度か宿屋や食堂などで食べたが、美味しかったり微妙だったり、それぞれ面白かった。
「領都の少し手前には麦畑が多い。小さい湖が幾つかあるのでそこから水を汲み易いので、麦以外にも色々な畑がある。街の近くには森や林があり、開けた場所もあって憩いの場になっている」
「へぇ! そうなのでしゅね」
秋になり枯葉を落とす樹々と、青々とした葉を残す針葉樹とが交じり合ってる。
均して固めた道の脇には色とりどりの小さな花が咲き、時折どんぐりなど、木の実が落ちてもいた。
「あ、クロードお兄ちゃま! りしゅ! 栗鼠でしゅ!!」
然程広くない道の幅を、小さなリスが走っている。
クロードははしゃぐ姪っ子をみて、静かに笑った。
「森林が多いからあちこち走っているな。ほら、左奥の木にもリスがいるぞ、木の実を食べている。走っているとあちこちでうさぎも見るぞ」
「えぇー! 本当だ、可愛い!!」
「たまに庭にも来る」
「本当でしゅか!? わあ、見たい~!!」
珍しく子どもらしい様子に、こんな顔もするのだなと感慨深く思う。
子どもなのか大人なのか、よく解らない存在。
暫く走ると家や店が多くなる。道路も土から石畳になり、ゆっくりとした馬蹄の音が心地よく響く。
街は広場を中心に放射状に道が延びており、元来た方向である森へと向かって延びていく。
領都といってもこじんまりしており、そこまで大きな街ではない。
自然が多い土地柄を示すかのように、広場の中央には大きな木と芝生を植えた休憩スペースがあり、その周りにはベンチが置かれている。
広場を見下ろす三角屋根の教会は、ロマネスク様式なのだろうか。中央近くには幾つかの大きな建物があり、可愛らしい外観の店もある。
白や茶色の壁に、やや傾斜のある屋根。
木組みの窓辺には寄せ植えをしたポットからこぼれる様にカラフルな花が顔を覗かせている。
間を縫うように、マルシェの様に布張りの屋根の屋台や店が覗く。
食べ物だけでなく、香辛料、アクセサリーや服、花。絵画に壺などの少し怪しいもの。古本。異国の雑貨達。
まるでおもちゃ箱をぶちまけたような煩雑さとワクワク感に、マグノリアの顔は自然と笑顔になる。
少し奥に行けば領民が住む家々や、職人の工房などが区画で分かれており、やはり窓辺に様々な花に溢れ、ヨーロッパらしい鉄看板があちらこちらに散見する。
(うわ~……絵本の街みたいだ!)
馬を降り、クロードの肩に乗せられたマグノリアは、忙しなく右へ左へと頭を動かす。
領民の姿は活気に満ちており、戦争の傷跡も見た目には感じられない。
花の香りと、屋台の様々な食べ物の香り。そして何処かで焼いているパンの匂い。
存分にキョロキョロしたところで、珍しく柔らかい表情のクロードがマグノリアを見ている事に気付く。
「食堂に入るか、屋台を幾つか廻るか……」
「屋台! 屋台にちまちょう!!」
食い気味に答えると、クツクツと喉の奥で嗤われた。
「解った。何が良いか……」
「アジェンダの名物はどんなもにょがあるのでしゅか?」
「アゼンダは長い間色々な国の影響を受けているから、それらが交じり合っているな。屋台で食べるものなら……アスカルドでもよく食べられている肉の串焼き、マリナーゼ帝国で食べられている海鮮焼きやフライ。モンテリオーナ聖国で良く食べられているのは、丸く伸ばして焼いた生地に、香辛料の効いた肉や野菜を巻いたロールサンドや豆の煮込み……」
「ふわぁぁぁ……!!」
お腹が空いて来たのと、何とも言えない香りとが相まって、頬を紅潮させながら話を聞いて震える。
(美味しそ~! 全部丸ごと、全て食べたいっっ!!)
マグノリアの考えていることはお見通しなようで、ふふふ、とクロードは珍しく声をあげて笑った。
「じゃあ買いに行こうか?」
「降りましゅ! 荷物を持ちましゅ!!」
なるべく沢山買おうと言うマグノリアの魂胆が透けて丸見えなようで、今度は大きな声をあげて笑った。
「おや、クロード様! 随分別嬪さんを連れているね」
串焼き屋のおじさんが威勢良く挨拶をする。
「ああ、親戚の子なんだ。これから沢山食べるから、取り敢えず一種類ずつ買うか……豚と牛と鳥を塩味とあまだれと、漬け込みダレで一本ずつ」
「あいよ~! 可愛い子には、卵のあまだれもサービスしておくねぇ」
「ありがとうごじゃいましゅ!」
そう言うと、クロードの分と二本追加してくれた事を確認し、マグノリアは元気にお礼を言う。
(ここは周りが思う、可愛い幼女を演じようではないか!)
次に海鮮の屋台へ行き、貝とイカの様なものと、エビの焼いたもの。白身魚のフライと、エビフライを買う。
そして、ロールサンドと言われる、地球のラップサンドの様なものを二つに切って貰い、チリコンカンの様な豆の煮込みをカップで二つ買う。
海鮮焼き屋ではイカのフライを、サンドイッチの店では、チリコンカンもどきにチーズのトッピングをおまけして貰った。
領主家が慕われているというのは誇張や忖度ではなく本当の様で、あちこちで気さくに声を掛けられ、クロードはそれらに答えていた。
……元アゼンダ公国の民としては、戦争で、色々と口には出せない鬱積した気持ちもあっただろう。
それをここまで活気ある領地にして慕われるまでになるには、セルヴェスやクロードだけでなく、今は亡き曾祖母と祖母、使用人や騎士団みんなの努力と尽力があったからこそなのだろうと思い、心の中で感服し誇りに思った。
木皿を蓋の様に被せ、落とし難くした皿を二つ持ったマグノリアが慎重に歩く。
左手一杯に残りの食材すべてを抱え、右手にはジュースとシードルを持ったクロードが、広場のベンチに座る。
「……いっぱいでしゅ!」
座ったマグノリアの膝にハンカチを敷いてくれ、食べ物の乗った木皿を持たせてくれた。
「さあ、好きなものから食べなさい。丸々食べると他を食べられないから、串焼きなら一つ食べて、次のを食べなさい。お腹に隙間があったら追加で買おう」
「はーい!」
(なんて太っ腹なんでしょう!)
マグノリアは心の中でクロードを称える。
「「いっただきまーしゅ(いただきます)!」」




