訓練を開始します!
案の定プラムは懸念と心配を口にしていたが、マグノリアはギルモア家の人間である為、もしもの場合は昔のジェラルドのように戦場へ出る可能性もゼロでは無い事を理由の一つにあげた。
実際何の訓練も受けていない、ましては女子であるマグノリアが戦場に出る事なんて余程の事で、最後の最後だ。
更には公爵家に近い侯爵家のご令嬢として暗殺や暴漢に備えが必要であり、必然的に従僕であるディーンにも最低限の武術は必要であると説く。
「護衛がついていりゅとは言え、もち護衛が倒れた場合は従僕であるディーンが護るのではないのでしゅか? それとも、わたくちが従僕である彼を護るのでしゅか?」
貴族のお嬢様として発言する場合に使っている『私』使いと、確かに最終的に近くにいる事になるディーンが、主人――それも女性に護られる存在であるのはおかしいだろうというロジック。
武術の心得が無ければ身を挺して護るしか術がなく、その場合はせっかくの捨て身の行為も無駄な抵抗という範囲のもので。基本お嬢様もあの世行きにしかならないのだ。
プラムは諾と言うしかないだろう。
(……うん。まあ詭弁だよね。ごめんね、プラムさん)
心の中で頭を下げる。
あなたの孫の為です、許してください……!
翌朝、少し早めに来たディーンに、数字と文字の書き取りの進捗を聞く。
地面に小枝で書いて貰い、添削する。
「昨日はちゃんと出来たみたいだね。今日も頑張りょう! もち疲れて出来にゃかったりゃ、一文字でも良いかりゃ、必ず毎日練習しゅる事。出来りゅね?」
「解った」
ディーンはディーンで、お嬢様が本来は必要ないのにもかかわらず、自分の為に保護者ふたりに頼んでくれて、尚且つ付き合って鍛錬する事になったのを理解している。
ましてや想い出の品なんだろう、大切な道具を『友達』だと言って貸してくれた。
……友達な訳ない、本来なら。
なのに従僕の仕事や勉強をしたくなくてグズグズしていた自分をちゃんと受け止めてくれ、その上で勉強も必要なんだという事をきちんと教えてくれた。
また、自分にとっては好きに思えない仕事だとしても、他の人にとっては大切なものである事も教えてくれた。
(小さいのに……年下なのに、マグノリアは凄いなぁ)
本当なら、男爵家の三男のくせに自分に仕えるのが嫌だなんてどういうつもりだと、問い詰められても文句が言えないのだ。それどころか、小さい頃から安定した職を得る事が出来て感謝すべきであろう。
(マグノリアは大切なお嬢様だ! 騎士になっても従僕になっても、必ず護れるようになるんだ!)
ディーンはまだ小さい自分の胸に決意を刻み込む。
前を行くマグノリアは、セルヴェスの左肩に乗せられている。
彼が護るべき小さい背中に、彼はひとり誓った。
騎士団の面々は、セルヴェスの肩に乗る小さい女の子を見て、この方が噂のご令嬢かと興味深そうに観察する。
セルヴェスとクロードはマグノリアを隠して育てるつもりは無く、特段情報の統制をしなかった。
出迎えに居合わせた館の護衛当番から、どうも王都のギルモア家から小さい女の子を預かったらしいと騎士団に伝えられた。
噂や野次馬ではなく、護衛対象はきちんと知っておくに限るからだ。
「孫娘のマグノリアと、その従僕のディーン・パルモアだ。万一の襲撃等に備え、護身術と簡単な攻撃の訓練をする。怪我などが無いよう、充分注意してやってくれ」
「「「「「はっ!!」」」」」
(おおぅ、何十人もの一斉の返事、でけぇな……)
思わず心の中で言葉が前世の口調に戻るマグノリアだが、顔にはそんなことを微塵も感じさせない綺麗な微笑みが張り付けられている。
「騎士の皆しゃま、いつも領民と御国、そして辺境伯領の為にお仕事ちて頂きありがとうごじゃいましゅ。訓練に参加しお邪魔かとおもいましゅが、どうぞよろしくお願い致ちましゅ」
綺麗に淑女の礼を取る。
着ている服は汚れても良い様に、ギルモア家から持参したワンピースなのでちぐはぐな感じではあるが。
騎士団のメンツは大男と大男の間に挟まれた、すんごい小さいお嬢様をまじまじと見る。
社交界を席巻するレベルの美貌……になるだろう姿に(但し十年以上後)、舌ったらず過ぎる幼い口調。なのに大人の様な口上と礼。
((((((これは見事にアンバランスだな……)))))
何と言ってもセルヴェスとクロードと、お嬢様の体格差が凄い。人と豆粒位に見える。
まあ、セルヴェスが人外じみているのもあるのだが……目の前の幼女と血縁関係がある事が不思議で仕方ない対比だなと皆思う。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
その隣で焦ったように挨拶をする少年を見て、騎士たちは何だか大変そうだな、と同情の念を送った。
解散の後、騎士団は訓練に入る。
長く騎士団に在籍していると、惣領家の子ども達が訓練に混じる事はままある。ジェラルドもクロードも、小さい頃から訓練に混じり剣技を学んできた。
ギルモア家で女の子が訓練をする事は珍しい。
近年は男子ばっかりが誕生していたのも大きいだろうが、少し前まで戦時中でもあった為、女子への訓練よりは実際に戦場へ出る男子へ比重が偏っていたのは明白であった。
家柄といいあの見目といい、訓練をしておくに越したことは無いのだろうが。
余りの可憐さに、ただ護られていれば良いのにと思うと同時に、可愛い顔に傷なんか付けてくれるなとハラハラする。
(((((……それにしても)))))
あの、腰に巻き付けている鎚鉾はなんだ?
可愛らしい見目とは結びつかない武器。
だが、小型なので子どもにも扱い易そうではある。
(((((セルヴェス様の血縁者だ……もしや、凄い実力が既に……?)))))
ゴクリ。唾を飲み込む音があちらこちらから聞こえる。
騎士たちはセルヴェスとクロードに視線を向け、すぐさまマグノリアを見る。
(……何か、すんごい注目浴びてない?)
マグノリアは突き刺さるような視線を感じて、怪訝そうな表情をする。
隣のディーンは、今までの意気揚々さは何処へ行ったのか、非常に硬い表情をしていた。
少し離れたところで準備運動をしたり型の練習をしている騎士たちが、妙な緊張感を漂わせて、マグノリア達の方を見ているのだ。
いつもは活を入れる筈のセルヴェスも、そわそわ・チラチラしている。
……やりにくい。
マグノリアは目の前の叔父の様な顔をする。
「……始めは走り込みや準備運動をするのでしゅか?」
「そうだな、先にどの程度の素養があるか見せて貰おう」
不愛想な叔父は通常運転で、ぶっきら棒に言い放つ。
まずはディーンが木刀を持ち、素振りと幾つかの型を行ってみせる。
「ふむ。ディーンは自己流で練習をしているのだな。変なクセがつくと良くないので型を習うまで止めなさい。後ほど基礎体力をつける為に走るので、少し離れて準備運動をしておきなさい」
「はい!!」
気難し屋師匠とキラキラお目々の弟子。
憧れの騎士に言葉を掛けられてやる気満々の少年に隣で、うんうん、と頷く。
「……マグノリアは気を抜かずに集中しなさい。今度はお前の番だ」
「……はい。」
眉間にクロード渓谷を作りながら、睨まれた。
マグノリアは神妙な顔をしながら返事をする。
「わたち、剣はやったこと無いでしゅ」
「ライラから教わった事をしてみなさい」
「……武器を使うための基礎訓練、でしゅが。それで良いでしゅか?」
クロードは無言で頷く。
練習場の静かな緊張感は、最高潮に達した。
マグノリアは小さい鎚鉾を両手に持ち、交互に片足を上げる。四股を踏んでは踏ん張り、そのまま前後へ移動する。
「ふっ! はっ!! とう! やぁ!!」
肩より上に上げながら、飛び跳ね・ステップ、ターン。飛び跳ね・ステップ、ターン。
屈んでジャンプ!
「えいっ! やぁ!! さっ! はいっ!」
今度は何やら険しい顔で両手を交互に突き出し、正拳突き。
「やぁ!! さっ! はっ!! とう!!」
「…………」
「「「「「????」」」」」
クロードは眉間の皺をぎゅっと一層深くし、口をへの字に曲げた。
騎士たちはあっけに取られる者、身体を小刻みに震わせる者。
「ふっ! はっ!! ふっ! はっ!!」
鼻を膨らませながら怪しい踊りを踊るマグノリアを見て、ディーンは微妙な顔をしながら大きな瞳を瞬かせた。
訓練場の雰囲気とは対照的に、マグノリアに至っては大真面目に真剣である。
「ぶっ!」
ひとりの騎士が堪らず小さく噴き出した。
セルヴェスが、凄まじい勢いで噴き出した方向へ鬼の表情を向ける。
騎士達は声が出るのを必死で抑え、腹筋と表情筋をプルプルさせていた。
「ていやあぁ~!!(ビシィッッ!)」
ポーズが決まった。
「「「「「ぶーーーーッ!!!!」」」」」
堪えきれず、崩れ落ちた騎士達が数名、セルヴェスから射殺す様な視線を受けていた。
クロードは頭が痛そうな顔をしながら、言う。
「……。その運動は、するなら館でのみにしなさい。訓練場ではディーンと同じ事をするように」
「……はぁい?」
解ったような解らないような返事をしながら首を傾げているマグノリアに、クロードは深い深いため息をついた。
その後ディーンとふたり訓練場を走らされ、幾つかの型を教えられ、木刀を振り回す。
腹筋や腕立て伏せなどをし、軽くまた走る。普通にキツい。
その間、さっきまでの緊張感は何処へやら。
騎士達がにこにこと会釈をして行く様子に、会釈し返しながら、盛大に首を傾げるマグノリアであった。




