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【小説7巻12/19発売・コミカライズ2巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第二章 アゼンダ辺境伯領・新しい生活編

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その後の保護者たち

 何の音もしない静かな部屋。

 小さく呼吸する音すら大きく響いてしまいそうで、クロードは無意識に息を詰めた。 


 何かを考えているのか、それとも辛いのか――項垂れたままの父を見て、クロードはどう言葉を掛けたら良いものか途方に暮れる。


 そして何より、傷つきながらもこちらを気遣い、強張った顔で出て行った姪の哀し気な瞳を想う。


(……あんな顔の幼子を、放っておけまい……!)


 自分に、心の中で言い訳をすると小さく拳を握り、父には何も言わず踵を返した。



 この五か月程で行った姪の行動にも驚いたが、その後に語られた凡そ信じる事が出来そうもない内容は驚くとかいう範囲を超えて、頭が理解する事を拒んでいる様にすら感じる。


(違う世界、というのは……違う国や環境、と言う範疇では言い表せないものだった)


 まったく違う場所の、全く違う時代。全く違う国の、全く違う……価値観も、社会の様相も違うのだろう。


 想像がつかない。

 

(時空を……()()()()()()()()()()と言うのか?……有り得るのか、そんな事)


 信じられる訳がない。

 しかし。


(……それは、どんな恐怖なのだろう)



 正直クロードは、マグノリアがたとえ別の人間の意識があろうがなかろうが、そう大きく彼自身の認識が変わる訳でも、彼女への態度が変わる訳でも無かった。


 病気や何らかの心身の異常なら、大変な事であり治療が必要であるが。

 理解の範囲を超える事を言い出す事も、もちろん頭が痛いが。

 そしてやっぱり突拍子もない事を突き付けて来た事に、ため息が出るのは仕方ないだろう。



 『マグノリア』は、彼にとっては目の前にいるマグノリア以上でも以下でも無い。


 姪とはいえ血が繋がっていないというのも、意識していないつもりでも頭の何処かにあるのかもしれない。


 もしかしたら……血の繋がった肉親ではないからこそ、『姪のマグノリア』ではなく、純粋に『マグノリア』という存在のみを見るし、考えるのかもしれなかった。


 元の彼女と今の彼女が違うもの、違う存在だと言われても、そうか、としか言えない。大変信じ難く、奇異ではあるが。


 第一、元のマグノリアの何も知らないのだ。


 彼にとっての『マグノリア』は、小さいくせにやたら頭が回り、舌っ足らずで、ちょっと生意気な、無鉄砲にも程がある、頑張り屋で愛らしい、油断ならないのに迂闊な、事をとんでもない方向へひっくり返してしまう、小さい小さい女の子だ。


 そうじゃないと言われても、自分にとってはそうなのだとしか言いようがない。

 知らないものは認識する前にすり替わっていたと説明されたとしても、失ったとは感じられない。

 今目の前に在る存在しか知らないし、解らない。

 まるで纏まらない考えに、苦々しく嗤う。


 堂々巡りの考えを重ねたところでどうしようもない。

 クロードは頭を振り払うと、マグノリアの部屋へ急ぐ。


「マグノリア、いるか?」


 ――ノックをしても反応がない。

 躊躇いながらも扉を開けると、部屋には誰も居なかった。


「…………」

 マグノリアが行くところを考える。


「図書室、か?」

 小さく呟くか否や、急いで身体を反転させる。

 すれ違う使用人達に驚いた顔をされながらも、構わず廊下を走った。



 ******


 セルヴェスは疲れ果てたように力が抜けていた。

 まるで大きな戦闘を終えた後の様だ。


 息子たち程優秀な頭脳ではないとはいえ、セルヴェスにはマグノリアの言っていることが全く理解できなかった。


 ――いや、言わんとしている言葉は解かる。

 しかし、意味が全く理解できない。


(どういう事だ……?)


 何故か解らないが、自分がとてもショックを受けている事もわかる。

 そして、凡そ信じられない荒唐無稽な話が、本当の事であるというのもわかる。


 人は嘘をつく生き物だ。どんなに信じていても、避けられない事がある。

 保身の為、欲の為、大切なものを守る為。

 相手を出し抜きたい為、ただの愉悦の為。時に苦渋の決断によって。時には無自覚に。

 実に様々に。


 戦地では一瞬の判断の差が自分を始め多くの人を助けもすれば滅ぼしもする。

 セルヴェスは類い稀な心身能力に恵まれているが、実は本能的に真偽を感じられる能力にも恵まれている。

 元々備えられていた能力なのか、多くの戦闘で身についた能力なのかは本当のところは解らない。論理的に説明する事は出来ないそれが、第六感的なものと言えば良いのか……


 漠然とした『そう思う』という直観に、何度助けられたか解らない。

(マグノリアは嘘をついていない――少なくとも、本心からそう信じている瞳だった)

 

 そして自身が受けた衝撃以上に、マグノリアが不憫で仕方がなく、理不尽さに然程信じてはいない神を呪いたくなる気分だった。


(何故、あんな小さい子どもに過酷な運命ばかり背負わせようとする?……あの娘が何をしたというのだ!)


 力強い手が、大きく頭を掻きむしる。


 マグノリアはマグノリアでないかもしれない?

 混ざった存在という事か? 本人ですらも確実には解らない――


 どんなマグノリアでも、それはマグノリアではないのか?

 変わったのなら、それごと。丸ごと愛せば良いのではないのか?

 一部が理解できないからといって、全てを切り捨ててしまえるのか?


 解らない時は気持ちを第一に考えるのだ。

 自分にとって譲れないもの。大切なもの。後悔が少ないもの。

 窮地であれば窮地であるほど取捨選択はついて回る。

 それも、そういう時に限って、間違っては取り返しのつかない選択だったりするのだ。


(セルヴェスよ、己の護りたいものはなんだ?)


*****


 クロードは一瞬戸惑ったが、心を決めて静かに図書室の扉を開けた。


 逸る気持ちを抑える様に、ゆっくりと奥へ足を進める。

 部屋の奥の奥、大きな執務机に地図を拡げるマグノリアの姿があった。

 

 やっと見つけた小さな姿に安堵の息を吐くと共に、その手元にある地図を見て、焦燥感が募る。

 人の気配に、マグノリアが顔をあげた。


「……クロードお兄ちゃま……」

 そう言って口をへの字に曲げると、まん丸の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙を零した。


「……なっ!」

 クロードは突然の涙に身体を強張らせたが、急いで大股で近づくと腕を伸ばし、膝立ちだった椅子から強引に引き寄せては、マグノリアの小さな顔を頭ごと自分の胸に押し付けた。


「ぶっっ!!」

 鍛えられた硬い胸板に額と鼻をしたたかに打ち付けられ、マグノリアは潰れたような音を出した。


「何を泣いているんだ!」

「だって……!」

 

 クロードが怒ったように聞く。

 マグノリアは胸に顔を押し付けたまま、涙は止まることが無くどんどん頬を濡らす。

 言葉は出て来ず、大きく吐く息と、とめどない涙がクロードの胸元を温く湿らせる。

 マグノリアは嗚咽を必死に抑えながら、大きく肩で息をしながら問う。


「……気持ち悪くないのでしゅか? しょれに、しょれに わたちは」

「お前はマグノリアだ。違うのか?」


 マグノリアの言葉を遮ってクロードが問い返す。

 緩んだ腕から顔をあげた。

 ――小さな引き結んだ唇が震え、音も無く次々と涙が零れ落ちる。

 

「……酷い顔だな」

 困ったように薄く笑うとマグノリアが座っていた椅子に座り、小さな姪っ子を自らの膝に乗せ、取り出したハンカチでそっと頬と瞳を押さえた。


「~~~~、ふえぇっ」

 

 ハンカチを押さえる手がとても優しくて、余計に泣ける。

 拭っても拭っても溢れる涙が、時折クロードの指を掠めて濡らす。


(……今まで、泣けなかったのか……)

「俺にとってマグノリアはお前だ。大人でも子供でも。知識があっても無くても」


 真っ赤になっている瞳を覗き込んで、自分にもマグノリアにも言い聞かせるように、囁く。

 もっと上手く慰められれば良いのに。

 それ以上、クロードの口から言葉が出る事はなく、薄い唇を引き結んでハンカチをあて続ける。

 

「……ここに居て、良いのでしゅか?」

「ここ以外に何処へ行くつもりなんだ?」


(なんてお人好しなんだろう)


 泣きながら、苦笑いしようとした時。


 凄まじい勢いの地響きがする。ガラス窓がビリビリと細かく揺れ、床が何か重いものを受け止めては軋むを繰り返す。


「「…………」」


 何事かとマグノリアが思った瞬間、図書室の扉が蹴破られる様な音がして、大きな塊が目の前に飛び出してきた。


 セルヴェスだ。

 今にも死にそうな顔をした祖父が、泣き濡れる孫娘を見ると義息子からひったくり、ぎゅーっと抱きしめる。


「ぐぇ……っ!?」

(……じ、死ぬ……!)


「すまん、マグノリアァ! 余りの衝撃と不憫さに気を取られてすぐに抱きしめてやれず、すまんーー!!」


 心底悔いるような唸り声を聞いて、ああ、この人もかと思う。


「おじいしゃま!」

「マグノリアァァァァァ!!」

「……ぐふぅ!」


 後ろでお茶の為の一式を持ったまま唖然と固まるリリーに、クロードは苦笑いをして言う。


「戻ったところ悪いが、濡れ手巾と冷たい水を持って来てくれ。あれの瞳が腫れてしまう」

「……! はいっ!!」

 

 よく解らないけど上手く纏まったらしい様子にほっとしながら、リリーはすぐさま走り出す。


「……父上、それ以上締めるとマグノリアが潰れてしまいますよ?」

 

 ため息交じりにクロードが止めに入る。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、本当に今にも潰されそうだ。


 潰されそうになりながらも、マグノリアは破顔した。

 


 人の存在はいつだって移ろい易い。生も死も、すぐ隣にある。

 現実なのか幻なのか。真なのか疑なのか、それとも偽りなのか。

 境界線は時に曖昧で掴みところが無い。


 確かな鼓動と息遣い。柔らかい声と力強いまなざし。

 そう、確かに『マグノリア』は今ここに居るのだ。

 彼女の。彼等の。三人はそれぞれにそう思った。


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