知識の根源を暴露する・後編
※本文に学校、日本社会、転移・転生の概念、症状の記述等がありますが、
それらに一般的な知識しか持たない主人公が、異世界人に説明する為の解釈です。
充分な内容では無い事を記載しておきます。
「……どういうことだ?」
クロードは怪訝そうに、用心深く尋ねる。
「到底信じりゃれないでちょうが、わたち、前世の記憶があるのでしゅ」
マグノリアの口から発せられたあんまりな内容に、セルヴェスもクロードも絶句し、時を止めた。
マグノリアは構わずに、更に説明を続ける。迷っては尻込みしてしまうから。
こことは違う世界の『日本』という国で生きていた成人女性の記憶と知識があると言う事。
ある晩眠りにつき、朝起きたらアスカルド王国に小さい女の子……マグノリア・ギルモアとして目覚めた事。
日本でマグノリアは六年・三年・三年・四年と、合計十六年間を各学校へ通い、この世界の学院に比べ様々な事を学んでいる事。
また就学年数は家庭の事情や個人の希望、学校の専門性(高専や医学部等)などで個人差はあるが、おおよそ二年から三年の幼児教育を受けた後、法律的には九年を必須として、十二年~十六年間を学校にて学ぶのが一般的である事。
だから特段マグノリアが特別なのではなく、優秀だと言う訳でも無い事。
更にその後で大学院という専門分野を学んだり研究する大学付属の研究・教育機関があり、その期間は大抵合わせて五年程で『修士課程』と『博士課程』が存在すること。
研究者や学者の多くはその機関に属し、その後も研究や学問を続ける事を説明した。
四年制の大学の他に、二年制の短期大学、他には専門学校と言う職業の専門性を学んだり高める学校もある事を伝える。
文字は元の世界の外国のものと酷似しており、素養があった事。
算数や自然科学等、殆ど同じ様な内容のものがあったので、それらは教科書を読んで名称の差違を確かめる程度で済んだものが多かった事も伝えた。
社会構造そのものがアスカルド王国とは大きく違い、国によって様々ではあるが、マグノリアが暮らしていた国は安全で高度な文化があり、身分差が無く、男女差も少ない、比較的豊かな国であった事。
教育を終了後基本的には自由に職業を選べ、就業する事。
婚姻や恋愛もある程度は自由である事。
個人個人に自由と選ぶ権利とが認められており、人権……自身のみで無く他者の命や権利も尊重し、幸せに生きる為にあるべき考えが当たり前の権利として、法律にも社会にも備わっている事を説明した。
二人は飲み込めない風ではあったが、話を進める為に無理矢理飲み込んだらしくため息をついた。
「それだけの時間をかけて学び、高度な知識を持っているならば……確かに五か月で学び終えるのも可能なのかもしれないな」
「……成人していた、と言う事はもしや……クロードより年上なのか?」
「そうですね……まあ、今は身体は四歳でしゅから、『だった』と言った方が良いかもちれないでしゅけど」
三人は微妙な空気を感じながら会話をする。
「……まさか、兄上よりも?」
クロードの鋭いツッコミに、マグノリアはすいっと視線を逸らす。
「……まさか、儂より……」
「いやいや、しょれはないでしゅ!!」
セルヴェスの言葉に食い気味で否を突き付ける。
「とはいえ、今は四歳でしゅからね……心が身体に引っ張られるようで、元の様には心のバランスが取り難いでしゅし。身体も小さいので、成人しているクロードお兄ちゃまが完全完璧に年下なのかと言われると、微妙なところなのでしゅけど……」
一応、それとなくフォローしておく。社会的に立派に役目を果たしてる成人男性が、なにくれとなく世話を焼いていた幼女にいきなり年下宣言されたらびっくりであろうからして。
取り敢えず話を聞き終わり、長い睫毛を伏せると、クロードは色々な可能性を考えて吟味しているようだった。
「……その、戦争を体験した騎士に稀にあるのだが……」
暫くして青紫色の瞳を開くと、クロードは言い難そうに口にした。
「ああ、心理的・精神的にゃ後遺症でしゅね……前世にもありまちた。戦争以外にも虐待を受けた人間にも見りゃれる傾向がありましゅ。後遺症にはそりぇこそ色々な種類や内容がありまちたが、例えば別の人間の人格や思考、記憶などがありゅ解離性同一性障害、多重人格者など言わりぇる症状などがありまちた。こちらでは違う呼び名かもしれまちぇんが」
自分が疑われるであろう内容を冷静に話すマグノリアを見て、クロードは再び口を噤む。
クロードが言わんとしている事をきちんと理解しており、その知識も充分にあり、伝えれば疑われる事を予見もしている。
その内容は到底幼児が話す内容ではない。取り乱すことも無く、冷静だ。
「……まあ、可能性がゼロと言う訳ではないでしゅよね。家族にずっと放置され、そういう症状になってちまったというのも考えられましゅ。自分は認識ちていないだけで、全て妄想という可能性も無い訳ではありまちぇん」
ただ、と。
「……かと言って別の人格がある訳でもないにょでしゅ。あくまでもマグノリア・ギルモア一人であって、五か月前に目覚めたら、別の世界の記憶が思い出すように『あった』のでしゅ」
「元のマグノリアに、『ニホン』の君が乗り移ったとかは無いのか?」
セルヴェスが肉親として最も危惧するであろう事を確認する。
――これを考えるのは、ちょっと辛い。
ファンタジーな世界観の認識が無いであろう彼等には、輪廻転生も憑依もそれ程変わりがあるかないか、察することは出来ないが……
地球の概念で言えば、多分二つは似ているようでいて大きく違うだろう。
「前世のお話に、異世界に精神や体そのものが移動ちてしまうものがありゅのでしゅが」
「あちらでは頻繁にある事なのか!?」
驚いたようにセルヴェスが大きな声を出す。
「いいえ。あくまで空想の『お話』で……物語やお芝居などの『設定』でしゅ。幾ちゅかの違いがありゅのでしゅ」
マグノリアは自分が知る範囲での、召喚と転移、転生、憑依を説明する。
「現実にありゅ事では無いので、必ずちもこうだ、とは言えないのでしゅが。人によっても若干の考え方の差違がありゅと思います。何せ物語上の空想の概念でしゅから――多分今回は『転生』か『憑依』かの可能性が高いのではと思いましゅ。元の身体が寝ている間に死んで、生まれ変わっていりゅのならば転生でしょう。元の人間が生きているが、何かちらの要因でこちらのマグノリアに成り代わっていりゅなら、憑依だと思いましゅ」
「はっきりとは言えないと?」
「あい。あいにく向こうでは眠った記憶ちか無いので……ただ、どちらにちろ今此処に居りゅ わたちには人格は一人でしゅが、『マグノリア』とちて生きた四年の記憶と、名前も思い出しぇない日本人とちての記憶と知識の両方を持っていりゅと言う事ちか、確かな事とちては言えないのでしゅ」
目覚めたらそうだった、と言うのなら。
異世界ストーリー設定としては転生よりも憑依と言うか成り代わりと言うか……そちらの可能性の方が強いのだろうか。
この辺はあまり詳しくは無いのでマグノリアには、はっきりとは解らない。ただ、そう離れた解釈でも無いだろうとも思う。
あの、ラノベ好きの友人がここにいてくれたらと切に思う。
しかし、確実でない状況で、セルヴェスにやっと会えた孫娘が憑依されている人間だ、と突き付けるのは躊躇われた。
まだ、生まれ変わったマグノリア本人が、前世を思い出しただけなのだと言った方がマシなような気がする。
どちらもおかしい事この上ないのは間違いないが。
「後遺症だと思うなりゃ、治療も良いでちょう。可能性が無いわけではないので、受け入れましゅ。気味が悪い、許しぇないと思うにゃら、修道院に行くか、孤児院に行くか、市井で生きりゅか致ちましゅ……混乱しゃれているでしょうから、落ち着いて良く考えてみてくだちゃいませ」
「……随分冷静なんだな」
クロードが静かに言う。
「しょれは……こんな話をしゃれたお身内の方がショックでちょうから」
困ったようにマグノリアは微笑むと、
「実は、未だに自分自身納得出来てなんて無いち、混乱ちていない訳では無いのでしゅ。……ただ、ナリは小しゃくても大人だった記憶がありゅので、抑えりゅ術を知っていりゅだけなのでしゅ」
セバスチャンには二人が良い様に話してくれと言って、静かに部屋を出る。
声を出そうとしても上手く出せないセルヴェスは、何度か手を伸ばそうとして躊躇う姿が見えた。
クロードは父を気遣いつつも、酷い困惑と混乱の中にいるようだった。




