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海苔を作ろう!

いつも応援いただきまして誠にありがとうございます。

第7巻本日12/19発売です。

お近くの書店様でみかけましたら、すざく先生の美麗な表紙をご確認いただけましたら嬉しいです!


今回のSSは7章で使われていた板海苔誕生にまつわるお話です。

領民から献上された海藻、それは……!

「……いったい、俺はなにをしているんだろうな……」

 腕まくりをしたクロードは、マグノリアに作らされた道具を水の中で小刻みに動かしながら小さくぼやいた。


「なにって、海苔作りですよ、海苔!」

 何度も説明しただろう、と言わんばかりの口調だ。


(……ノリ)


 クロードは眉間に皺を刻みながら、水の中のやや緑がかったような黒い物体を見る。

 マグノリアがあんなに一生懸命になるということは、いうまでもなく食べ物である。……調理前の食材であるとはいえ、とても美味しそうには見えないそれ。

 

 ため息をつきながらマグノリアを見遣ると、頬を紅潮させながら真剣な表情で、手すきの紙のように薄く均された海苔を崩さないよう慎重に枠型から外していた。

 なにかに夢中になる姿を見るたび、子どもらしい様子を見せるものだと思っていたが。


(『あの子』はというか『彼女』はというか……意外と、大人のままでもああなのかもしれないな)


 クロードはマグノリアの物理年齢と精神年齢とを思い半ば呆れるような、それでいてどこか愉快に感じながら、再び視線を落として海苔と格闘することにした。



 先日、初めて見る海藻がみつかったと、マグノリアのもとに献上された。


 非常に食い意地の張った……いや、新しい食べ物の開発に余念のないマグノリアのことは、領民の多くが知っている。

 とりあえず変わったもの、変なもの、未知のものなどは(一応最低限の安全は確認したのち)マグノリアのもとに送られてくる。加えて幾つかの食材を積極的に探していることも知られており、その一つが海苔である。


 何せマグノリア本人が、見つける可能性がある漁師やら冒険者やらに声掛けをしていたりもする。

 実際に、それらを使った新料理がお目見えするだけでなく、栽培やら加工やら販売やらと領民も恩恵に与ることは実証済みだ。


 よって未知なるものをみつけたら即マグノリアへが、領民たちの間でも徹底されているのである。

 なにより、領民に寄り添うことを信条としているお嬢様の笑顔を見たいという領民たちの総意なのだ。


 ……ただ、それらは大体話が大きくなる傾向にある。

 喜び勇んだマグノリアが暴走しないためにも、誰かお目付け役が必要なのである。


 未知なる海藻が献上されたときも大変であった。

 黒っぽい海藻を見たマグノリアは、例のごとく矯めつ眇めつ観察し、匂いを嗅いでは大興奮の表情で叫んだのである。


「これ! 海苔やんっ!」


 そんなマグノリアの様子を見ていた、自他ともに認めるお目付け役であるクロードの口と眉間に、ギュッと力が入ったのは仕方がないであろう。


      ******


 海苔。

 これまたマグノリアが切望していた食材のひとつである。


 大陸ではほとんど海藻は食されない。

 他国はわからないが、少なくともクロードの知る範囲の国々では、食べるとは聞いたことがなかった。


 しかしマグノリアがかつて暮らしていた地球では、ごく普通に日々の食卓にのぼる食材であるらしい。


「まあ、地球でも海藻を常食する地域は限られていますけど。時代が進みいろいろな国の食文化も広まって、食す地域も広がっていってはいますが……」


 なんでも、日本人には海藻を消化する酵素なるものを、腹の中――腸と呼ばれる消化器官に持つ人間が多いのだという。


「…………」


 加えて調査をしたのがだいぶ昔で、サンプル数も限られているので結果的に偏りが見られるだろうと付け加えられた。

 日本人にも酵素を持たない、もしくは少ない者もいるだろうし、調査する国や人種を多くすれば、新たな発見や結果が得られるであろうとのことであった。


「……海苔とは、その『コウソ』を持っていないと食せないのか?」


 クロードは海苔を見ながら確認する。

 領民の安全は大事である。美味しい・美味しくない以前に、健康被害があってはよろしくない。


(まあ、安全でないものを食べるなどとははじめから言わないであろうが……多分?)


 案の定、クロードの言葉にマグノリアが首を振った。


「海藻そのものに毒素などがない限りは問題ありませんよ」


(まあ毒があったとしても、どうにかして食べようがある、と考えるかもだけど……)

 心配をかけないよう、マグノリアは心の中で呟いた。


 なにがそこまで日本人を駆り立てるのか……猛毒のあるフグの卵巣を二、三年間糠につけて無毒化させるという『フグの子ぬか漬け』や、生のままではとても食べられないコンニャク芋を加熱し、アルカリ性の凝固剤で中和させ固めて食べるというおかしな……いや、手間暇かけてまで食べてしまう、実に日本人らしい感想を心の中で呟いていた。


「食べても消化されずにそのまま排出されるだけですからね。よほど大量に食べなければお腹も壊しません。……栄養として消化・吸収されないというだけです」


 クロードは当然のように説明するマグノリアに小さく首を傾げた。


(ニホン人、もしくは海藻を常食する地域の人間は、通常は栄養にならないものまで自らの養分にしてしまうように身体を変化、もとい進化? させるのか……)


 元日本人だというヴァイオレットとユリウス皇子を思い出し、クロードは一層微妙な表情をした。そのふたりもマグノリアに負けず劣らず、食事に並々ならぬ情熱を傾けていることが窺えるからだ。


(ニホン人の食への意欲は、他の国の者たちが食べないものも食し、そればかりか本来消化吸収しないというものまで自らの糧として取りこんでしまうのだな……)


 若干違う気もするが、日本人の食への執着を痛いほどに実感したクロードは、引き気味にマグノリアを見遣る。


「?」

 不穏な視線を受けたマグノリアが、怪訝そうな表情で口を開いた。


「体質が環境や状況に対応するよう変化するには、長い年月が必要ですからね。そのくらい長い間、海藻を生の状態で食してきた歴史があるってことですよ。……それに過熱してしまえば酵素を持ってなくても消化できます。海藻の細胞壁が他の食物に比べて堅いことが原因なんで、壊してしまえば問題ないのです」

「『サイボウヘキ』」


 クロードが聞きなれない言葉に反応したので、マズいと感じたマグノリアが話を変える。


「それに、日本人も乳製品やアルコールなど、消化吸収という点では他の人種よりも苦手らしいですからね!」

「ふむ。人種や住まう地域……食生活の違いによって消化とやらに差があるというわけか……」


(興味深いな)


 自分たちが住まう世界ではどのような結果になるのだろうかと、クロードは興味津々である。

 一方のマグノリアは、これ以上知識欲モンスターに余計な情報を与えてはならないと、危機感を募らせながら更に話を変えた。


「と、とにかく海苔を作らなきゃですよ! ひと口に海苔といっても幾つも種類があるうえに、適した料理法があるわけですが……」


 そして。

 マグノリアに促されるままに海苔なる海藻を洗い、ごみを取り、細かく刻み……紙すきのごとく海苔を型に入れては均等になるように水の中を泳がせているのだ。


 館の使用人たちも慣れたるもので、マグノリアとクロードは、はたまたガイがおかしなこと(?)をしていたとて、気にも留めない。


 ……自分に関わってくるかもしれないセバスチャンが、物陰からじっとりと目を光らせて牽制しているくらいのものである。


(ガイはどこに行ったのか……)


 クロードが海苔と格闘させられている間、必要だからと大急ぎで『海苔ミス』なるものをマグノリアに指示されて何十枚も作らされるガイの目は死んでいた。


 大量の海苔を刻み始めたところまではいたはずであるが、ちょっと目を離した隙にいなくなっていた。

 ……おおかた、海苔の山を確認して逃走したのであろう。


 根が真面目なクロードは、心の中でガイに文句を言いながらも丁寧に海苔を刻み……それこそ何度も何度も細かく刻み、今はマグノリアに言われるままに海苔を水に泳がせている。


「沖のほうの小島周辺に群生していたって報告でしたけど、今まではなかったのでしょうか」

「どうだろうな……気にも留めていないから気づかなかっただけかもしれないし、他国の船にくっついてきて、たまたま運よく根付いたのかもしれん」


 クロードの言葉に、マグノリアは難しい顔をして唸った。


「うーん、それなら無くなっちゃう可能性もあるのかな? 養殖しないと駄目だったりする? ……海苔の養殖って、海苔の種類によって違うんだっけ? これってスサビノリ……アマノリの一種だよね? もしかしたらアオサとかもあるのかなぁ」

「…………」


 ブツブツと小声が耳に届く。

 ただ考えを纏める言葉が漏れ出ているだけなので、本人的には聞かせるつもりも内緒にするつもりのないのであろうが。


 クロードはため息を呑み込んだ。


「海苔の養殖法なんて覚えてたかなぁ……。作っても湿気り易いから、スクリュー瓶に入れるだけでなく、密閉性の高い海苔箱を作ってもらわないとだね……!」


 必要なものを指折り数えるマグノリアを見ながら、量産するつもりであることを悟る。


(…………。それなら、どう考えても生海苔なりなるものをを細かく刻む道具を作らないとだろう)


 刻まれた海苔の山を見てげんなりしたクロードは、ひとり頷いた。

 粗方纏まったのか、スッキリした表情のマグノリアがクロードのほうを向いた。


「お兄様、この海苔に圧力をかけ、水をできる限り抜いてほしいのです!」


 本来はプレス機のようなもので押すのであるが、勿論そのようなものは無いため、清潔なリネンを巻いた板で水を押し絞ってみせるマグノリア。


「…………」


 言われるままに圧をかけるが、もっと強く! と文句を言われる始末だ。

 クロードは理不尽を覚えながらも、粛々と海苔の水を絞る。

 クロードがやらないと言えば、海苔のため延々とマグノリアが水を絞り出すことが判り切っているからだ。


 少量ならまだしも、大量になればなかなかの重労働である。


(…………。これは、水を切る機械も作る必要があるな……)


 ガイが逃走する前にやはり作らされた、梯子のような棚に海苔ミスを並べる満足気なマグノリアを見て、クロードはそう心に誓ったのである。

お読みいただきましてありがとうございます。

お楽しみいただけましたら幸いです。

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