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妹は意外にそそっかしいらしい

5巻(5章)終了時辺りのブライアンの様子です。

失敗を重ね、気づき、侯爵家の跡取りらしく成長したブライアン。

彼がマグノリアのために何かできないかと、図書室で資料を探す一幕です。

 ブライアンは自宅の図書室でハルティアの古書を開いていた。


 ……あの兄が図書室で本を読んでいると知ったらマグノリアが酷く驚きそうであるが、ここ数年のブライアンにとってはそう珍しいことでもない。


 小さい頃は年相応にヤンチャであっても、自覚を持つと落ち着くというのがギルモア家の人間の特徴だ。


 かつて王都からちょっと離れたギルモア領で暮らしていたセルヴェス少年が、鹿をぶん回し熊を放り投げ、猪に頭突きを食らわすという暴れん坊ぶりで家人を悩ませた(?)ものであるが、学院入学前頃には次第に落ち着き出した。

 ……通学のためセルヴェスが王都の屋敷に移動したから、周囲に大型の野生動物がいないからではないかと言う説もあるが……


 子どもの成長というのは著しい。

 ブライアンも御多分に漏れず、ダフニー夫人の教育とジェラルドの指導、本人の自覚と努力の甲斐あって、侯爵家の嫡男として申し分のないと言える少年に成長した。


 マグノリアがアゼンダ辺境伯領へ移動した辺りから、少しずつ我儘も尊大な態度も改善されて行った。特にマグノリアのお披露目会以降、自分たちのマグノリアに対する悪感情の原因とジェラルドの不思議な力の話を聞いてからは、驚くほど思慮深くなったといえる。


 加えて気もそぞろだった勉学にも本腰を入れて取り組むようになり、元々素地は悪くないからか、ダフニー夫人も驚くほどの急成長を遂げた。

 さすがに天才と呼ばれる叔父や秀才のジェラルドには敵わないものの、学院での成績も周囲への態度も、侯爵家の嫡男として充分に合格点といえるくらいには成長したのである。


(……妖精や精霊の力は、魔法と同じくらいに応用が利くものだったのか……)


 妖精や精霊は、気に入った人間の呼びかけに呼応して力を発揮すると書物には書かれてある。

 魔法と違うのは、本人に魔力があるかないかだ。魔力がないハルティアの人間は、気に入られた妖精や精霊――時に気まぐれに力を貸そうと思った人間に自らの力を使って、魔法のような事象を起こすのだ。


 古くは特定の精霊と契約をしていた者もいたらしい。


(父上の話だと、呼応すると言うよりは勝手に引き起こされているようだったが……)


 妖精。

 そして精霊。


 そんな存在など全くもって信じられないが、きっとジェラルドを気に入っている妖精か精霊がいて、気まぐれに「なにか」を見せているのであろう。もしかすると本人たちは必要と思うものを見せているのかもしれないが、時系列もまばらなうえ断片的過ぎるので判断が難しいと言っていた。

 


 大陸の北の地にかつてあったというハルティア国。妖精や精霊の類と人々が共生する長閑な国だったと言い伝えられている。そのため妖精の国ハルティアと呼ばれていた。


 大戦中に侵略にあい、妖精の国はなくなってしまった。


 ハルティア最後の王女がセルヴェスの母であるアゼリア姫で、ブライアンからすると曾祖母にあたる。曾祖母を知る人々の話によれば、いつまでも若々しく彼女自らが天真爛漫な妖精のような人物であったそうだ。


(…………。マグノリアとは真逆の人間だな……)


 ブライアンは腕を組んで、実妹であるマグノリアを思い浮かべる。

 見た目は曾祖母にそっくりなピンク色の髪と朱鷺色の瞳を持つ美少女だ。


 赤ん坊の頃は身体が弱く、病気を伝染したり怪我をさせてはいけないからと触れ合うことは殆どなかった。体調が安定したと思ったら碌に話さない、どこかオドオドした様子で窓の外を見つめる子どもになっていた。


 しかしある日、やたらと口と頭の回る小生意気な幼児に変身した。


 病弱などどこに行ったのか、屋敷中を走り回っては使用人に話し掛け、こちらを易々と手玉にとってはダフニー夫人の授業に潜り込み、あっという間に文字を習得すると大人の読む本を読み漁るような。


(使用人から外の様子や生活に必要な情報を得ていたんだろうな)


 聞くところによれば、家を飛び出し外で生きて行くための採取の知識や、物を作り売って生計を立てるために刺繍や裁縫の腕を磨いていたのだという。


 それが嘘でない証拠に、孤児の買い取り額を聞きつけてはコツコツと布小物を作り、その準備に充てていたのだという。

 さらにその布小物は自分の同級生たちがこぞって身につけるような大流行を遂げた商品である。


(……狡猾で用意周到。とても三、四歳の幼児が考えるとは思えないだろ)


 考えるだけでなく実行する行動力と能力を持ち合わせているのだ。


 天才。


 クロードと同じような人種なのだろうと思い、いつからか能力について嫉妬することを止めた。同時に自分がすべきことを蔑ろにせず、きちんと取り組もうと思い始めたのも同じ頃だった。そこからは意識が変わったからか、驚くほど勉強に身が入るようになった。


(時折やたらと大人のような……当時の父上や母上よりも年上のようなことも言っていたなぁ)


 とても幼児とは思えない、なんともいえない表情でお茶を飲んでは、ブライアンの顔を呆れたように見ていたことを思い出す。


 そんなことをつらつらと思い出しながら、ブライアンは小さくため息をついて古書に視線を戻した。

 古書はいにしえの言葉で書かれている。スラスラと読めるはずもなく、前後との関りや意味を考えながら読み進める必要があった。


(うーん……ほぼ魔法と同じだが、おじい様も父上も、自由には使えないと仰っていたな)


 曾祖母であるアゼリアは妖精たちと会話をするのみであったという。

 祖父であるセルヴェスは危機回避能力と人の善悪がなんとなく判るという。


(……野生の勘というか、虫の知らせ的なものか……)

 ブライアンは腕組みしながらセルヴェスを思い起こす。


 ……確かに野生に生きていそうな祖父ではあるが。だからこそ、激しい戦争の窮地を生き延び、数々の勝利に導いて来たのであろう。


 父ジェラルドは、遠くの未来が見えるのだという。千里眼と呼ばれる類のものであろうが、これまたはっきり見える時もあれば、「なんとなくこうだ」と思う(答えが浮かぶ)こともあるそうで。


(どちらかと言えば後者のほうが多いと仰っていたな……千里眼と虫の知らせ的なものが合わさっているのか……?)


 強い力があるわけではないからか、ふたりとも直観めいた虫の知らせが多いようだ。

 現実には虫ではなく、妖精ないし精霊が知らせているのであろうが。


(曾祖母様のように話せれば、虫の知らせの域を超えられるんだろうがなぁ)


 自分にはない能力であるのが口惜しいが、反面ジェラルドの苦労を思えば無かったのは幸いかもしれないとも思える。どう考えても使いこなせる気がしないからだ。


(それに、曾祖母様の渡した石から孵ったというおかしな鳥だな)


 アゼリアがかつて、マグノリアに渡すようにとジェラルドに託したという石。


 それはマグノリアが生まれる前のことで、アゼリアは女児が生まれることを予知ないし妖精から教えられていたのだろう。場合によってはハルティア王家に言い伝えられていたのかもしれない。


 はるか昔に消滅した国なうえ、肝心の曾祖母もいない今では確かめる術もない。


(カラドリウスと言っていたか……あれはどう考えてもインコじゃないだろう)


 なにをどう差し引いてもみえみえの誤魔化しを口にしたマグノリア。

 さらにはそのおかしな鳥に意図せず名づけをし、何やら契約に至ってしまったらしい。


 帰領するという道の途中で、ジェラルドとクロードにこっぴどく叱られていた妹を思い起こし、小さく苦笑いをした。


「……年相応に、嫌そうな顔をしていたな……」


(そして意外にも、案外そそっかしいらしい)


 離れてみて客観的に見られるようになったのか、それとも年齢を重ね冷静になれるようになったのか。

 一生懸命だった幼いマグノリアの姿を思い出しては、憎悪や嫌悪だけでなく、どこかふんわりとした感情を覚えるようになっていた。

 いや、もしかしたら幼過ぎて気づかなかっただけで、本当は元々持っていたのかもしれない。だからこそ、湧き上がる嫌悪の中でも存在を気にせずにはいられなかったのかもしれなかった。

 


 一緒にお菓子を食べ、他愛もない話をしたことに思いを馳せる。


 こちらを窺うような様子を見せながらも、興味津々と言わんばかりに朱鷺色の丸い瞳がお菓子に釘付けであったことを覚えている。訳のわからない感情にイライラしつつも、兄妹の小さなお茶会でだけは、マグノリアが好きなものを選ぶまでブライアンは自分が先にお菓子を選ばないようにしていた。大体は複数用意してはあるのであるが、マグノリアが選んだものは選ばないようにしていたのだ。


 嫌いだからではない。マグノリアがもう一つ、それを選ぶかもしれないからだ。


(お母様からいただいたお菓子の話をした時に、本当は半分こしようと思ったのに、なぜだか素直に言えなかったんだよな)


 泣いてしまうかと思ってハラハラしたが、呆れたような顔をしてブライアンを見ていたことを思い出す。



(自分の悪感情に振りまわされて、小さな妹に大きな傷をつけてしまわないように……か)


 結果的には上手く抑えきることなど出来なかった訳で、たくさん傷つけたことは紛れもないが、もっと密に関わっていたらとんでもないことになっていたことは明白だ。


(……あの重い扉は、父上と母上なりの配慮だったのだな)


 どこから湧くのか解らないいつもの嫌悪感と、小さな命が守られてよかったという安堵。そして罪悪感と焦燥感と、心の奥底に隠された名前のわからない感情に、ブライアンは自嘲して汗ばみ細かく震える手のひらを握りこんだ。



 ……マグノリアの体調が安定したのは、間違いなく、状況それぞれに別の角度から推測したジェラルドとウィステリアが、マグノリアを遠ざけ遠回しに守ったからである。


(……守ったとは誰も思わないのだろうが……)


 ジェラルドが意地を張り自分の気持ちを押し通して見えない何かに抗い続けたなら。ウィステリアが恐怖を押し切り情をかけ関わろうとしていたとしたのなら。


 ……多分マグノリアは既にこの世にいなかったかもしれないと思い、ブライアンは詰まる息を意識して大きく吐き出した。


 マグノリアの存在を知った有象無象が、もっと方法があったなんてもっともらしく言えるのは、この膨れ上がる感情を解らない外野だからだ。

 感情を押し止めようとする反動でか、湧き上がる吐き気を押し止め、自らの感情を宥めるように意識して細く息を吐く。


(言ったところで誰にも理解はされないだろうが)


 しかし、そのくらい抑えるのに苦慮をする大きな感情だったのだ。

 自分たちの行動を正当化するつもりはないが、周りの人間が結果だけを見てもきっと解らない。

 あの感情を味わったことのない人間には解らないであろう。


 はじめからセルヴェスに頼む方法もあるかもしれないが、ジェラルドが自発的にそうしたとしたら、多分マグノリアは預けられる前に儚くなっていたであろう。

 それを推測していたからこそ、ジェラルドはそれを選択しなかったのだ。


(とりあえず、あのおかしな鳥の正体だな。そして契約は問題ないのか、あった場合に解除法はあるのか……)


 なんとも物騒な事件に巻き込まれたマグノリア。

 ……結果、訳のわからないもの(鳥)に関わることになったマグノリア。


 みつけられるのか、はたまたみつけたとして役に立つのかは解らないが……せめてと思い、ブライアンは古書に視線を戻した。

 窓の外、秋の清々しい空の下を楽し気に飛ぶてんとう虫が踊るように横切って行った。

明日3/19、小説5巻が発売となります。

皆様の応援のお陰です。ありがとうございます!

これからも頑張って参りたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



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