ポテト芋は偉大だ
現在各書店様、ネット書店様で4巻ご予約承り中です。
(1/18発売予定)
4巻発売を記念いたしましてSSをお送りいたします。
4章のお披露目会の少し前ごろの一幕です。
「異世界にも、お祝いや新年などに食べるものはあるのか?」
セルヴェスが愛らしい花菓子の小瓶を手に首を傾げた。
セルヴェスの手が大き過ぎるせいで、ミニチュアの小瓶のように見えるのはご愛敬だ。
執務室には珍しく三人きり。
普段の様子から脳筋に見られがちなセルヴェスではあるが、意外にも行動が脳筋に寄りがちなだけで、思考は常人のそれと大差ない。
異世界転生者だという愛孫のお披露目会。出来ることならマグノリアに馴染みのある方法でも祝ってやりたいと考えているのだ。
父親の考えを察したクロードが、書類仕事のてを止めてマグノリアを見つめた。彼も同じように考えていたからである。
「そうですねぇ……」
確認された本人は、地球の様々な国のお祝い食の知り得る限りを思い出すが、対象と言うか主語と言うかが大き過ぎて、どう説明したものかとやはり首を傾げた。
「時代や国、下手をすると地域によっても違いますが。住んでいた『日本』だと、やはり『お餅』でしょうか……」
誕生日にはケーキでお祝いするのが大半だし、お披露目会的な七五三ならお祝い膳や千歳飴だろう。地域によってはお赤飯やお饅頭を配る場所もあるかもしれないが、どちらにしろ各家庭では、子どもが好きなメニューで祝われるに違いない。
家を建てる時には屋根の上からお餅やお菓子を撒いて振舞う地域もあると聞く。
そしてお正月には鏡餅を飾りお雑煮を食べ、一歳の誕生日には一升餅を背負わされ、お盆やお彼岸には牡丹餅やおはぎを食べる。そして事あるごとにもち米であるお赤飯を食べるわけで……日本の節目節目には『お餅』がついて回ると言っていいだろう。
「「『オモチ』」」
セルヴェスとクロードが、おかしなイントネーションで繰り返した。
「ケーキや他のご馳走などでお祝いすることも多いですけど……伝統食と言うか、お祝いで食べられることが多い食べ物です」
異世界の人間であるセルヴェスとクロードに餅の起こりや詳しい内容を説明したところで混乱を招くだけであろう。わかり易いように端的に説明をする。
「新年には餅を丸めた鏡餅というものを年神様をお迎えするためにお供えし、依り代にします。……元々餅は神饌でしたからね」
雑煮に入れて食べることや、焼いてミソーユの汁のようなものにつけて食べること。
はたまた砂糖を入れ、時に甘い豆などに絡めてお菓子として食べることや、乾燥させ保存食にすることなどを説明すると、大人ふたりは怪訝そうな表情をしながらとりあえず頷いた。
「……甘くしても塩辛くしても食べるのか……?」
「パンと一緒ですよ。まあ、原料はお米……分類的には穀物ですからね」
現実にはもち米であるが。その辺りの分類もややこしいだろうから省くことにする。
「『オモチ』も『オコメ』なのか……!」
セルヴェスが絶望したような声と表情で嘆く。
出来ることならマグノリアに故郷の味をと考えていたのに、原料のお米がないので叶わないと知りがっかりする。
セルヴェスの嘆きを目にし、クロードはマグノリアに向き直る。
「代用品はないのか?」
正式なものではないので祝いの席には無理だとして、普段何かの際に似たようなものを食べるのも、マグノリアも懐かしいだろうと考えてのことだ。
見た目仏頂面であるが、意外にも心根は優しいクロードらしい気遣いである。
「代用品ですか?」
白玉粉はもち米、上新粉はうるち米が原料だ。
……雑煮なら小麦粉を落としてすいとんを代用に出来そうであるが、そういう問題ではないことをマグノリアは感じ、肩を落とすセルヴェスを見遣る。
「雰囲気的にはダンプリングが向こうの雑煮とちょっと似ていますけど……もっとモチモチというかネバネバというか、ベタベタというか……」
小麦粉と片栗粉を使って団子もどきを作るレシピがあったかと思うが、生憎作ったことはない。割合がどんなだったかと雑誌の端っこで見たレシピを必死に思い出してみたが、マグノリアの頭の中には残ってはいなかった。
「……う~ん……?」
一方で、餅の説明を聞いたクロードは、モチモチはまだしもネバネバでベタベタなものを祝いの席で食べるのかと、微妙な表情をする。
……『不思議の国日本』が彼の中で、どんどん上書きされて行くのは気のせいであろうか。
「そういえば、代用品というよりは似て非なるものなんですけど、おやつ……軽食に出てくるヤツがありました!」
そうだ! とマグノリアは手を合わせると、そう言ってぴょんと執務机の椅子から立ち上がる。
「磯部焼きとちょっと似ているかもしれませんから、ちょっと作ってみましょうか」
「「『イソベヤキ』?」」
アレンジも利きますしね、と言いながら部屋を出て調理場へと向かう。
******
「……ポテト芋ですか?」
料理長に分けてほしいとお願いすると、もちろんですとふたつ返事で渡された。
「なにかお作りになるのでしたら、お手伝いいたします……!」
一緒に調理場へやって来たセルヴェスとクロードにギョッとしながらも、料理長が手伝いを買って出る。
「でも……、仕込みとか、作業の邪魔にならない?」
本来の仕事の手を煩わせるのも申し訳ないとマグノリアが気を遣わずとも大丈夫だと断るが、凄まじい勢いでそんなことはないと返してくる。
「全然! 全くもって大丈夫ですっ!」
ギラギラとした瞳で言い切る料理長の後ろで、他の料理人たちも勢いよく首を縦に振っている。
料理長たちはマグノリアの作る珍しい料理が気になるのだ。
今までも調理場の片隅で素朴ながらも滋味深い料理の数々が生み出される(マグノリア的には再現しているだけだが)のを目の前で見て来た彼ら。今回もきっと同じに違いないと、料理人の勘が言っている。
「そ、そう?」
料理人たちのあまりの勢いにマグノリアはドン引きながらも、それほどいうのならばと手伝ってもらうことにした。
セルヴェスとクロードも腕まくりをし、皮むきのお手伝いをしてもらう。
ポテト芋ことジャガイモをひと口大に切って茹で、片栗粉、塩を入れて潰して丸めて焼く……というのが基本の作り方だ。
よりもちもち感が出るように粉ふき芋にしてからマッシュするとか、冷ましてから潰し混ぜるとか、いやいや熱いうちに……と、各家によってさまざまな作り方がある。
マグノリアの説明を聞いた料理人たちが、手慣れた手さばきでポテト芋の皮を剥き、茹でる。
(片栗粉……は無いから、コーンスターチでいいかな)
多少仕上がりの違いはあるのかもしれないが、基本的な役目はほぼ同じなので大きな問題はないだろう。片栗粉を自作することは可能であるが、時間も手間も掛かるので、ここは代用で差し支えないだろうと判断する。
作るのは、北海道の郷土料理として有名な『いももち』だ。
実は似たような料理が日本各地にある。名前は一緒でもそれぞれ、混ぜるものや製法、芋の種類に違いがある。
一般的によく知られているのが、北海道のいももちであろう。
「丸める分を取ったら、こっち側にはチーズを入れてまとめましょう」
少し強めの塩と香草を芋で作った生地に交ぜる。
もっちりした食感とチーズのとろけるクリーミーな味わいは、いうまでもなく合うに決まっている。
「そっちはミソーユと砂糖を混ぜたたれを、両面に焼き目がついたら絡めましょう」
醤油もどきであるミソーユと砂糖のやや焦げた香りが調理場に広がる。定番のみたらし風いももちだ。
料理人だけでなくセルヴェスも、密かにクロードも鼻を動かしている。
(……周りの顔を見なければ、日本の台所の香りだね……)
マグノリアはかつての世界を知る身らしく、異世界と日本のミスマッチな違いに密かに苦笑いをした。
「こっちはバターミソーユと、こっちはベーコンを巻いて焼こうかなぁ」
どうせならみんなが美味しく感じるよう、いろいろな味を食べてもらいたい。
それぞれに好みの味もあるだろうから、好きな味がみつかればいいと思いながら芋生地を丸めては焼く。
わいのわいのと言いながら焼き上がったいももちを皿へ並べて行く。
「出来立てが美味しいから、味付けが問題ないか食べてみようよ」
「……作る者の特権ですな」
含むように言いながら、料理長がにっこりと笑う。
「お爺様もお兄様も」
マグノリアはふたりを手招きすると、焼きたてのいももちが並べられた皿を差し出した。
立ったままで行儀が悪いことこの上ないが、今更でもある。マグノリアにお小言を言う場面ではあるが、普段はちゃんと座って食しているので、何も言わずにひょいとつまんで口に運んだ。
「……ほう! 確かに不思議な、もちもちした食感だな!」
行儀はどこへやら、セルヴェスが言いながら他の皿から別の味のいももちを摘まんでは流れるように口に運んだ。
「……よく伸びるな」
チーズの入ったいももちを手に、みょーんと伸びるチーズを見ながらクロードが呟く。
「本来のお餅もよく伸びますからね」
くすくすと笑いながらマグノリアが返すと、ひょっこりとガイが顔を出した。
「領主家の人間が、三人揃って立ったままつまみ食いっすか? セバスチャンさんに見られたら怒られやすよ!」
匂いに釣られやって来たのだろう。なぜ呼んでくれなかったのかと恨みがましそうな顔をしながらガイが言う。
セルヴェスとクロードだけでなく、料理人たちも顔を見合わせた。
「ちゃんとガイの分もあるよ。みんなで食べよう!」
「……それじゃあディーンとリリーさんも呼びますかね?」
マグノリアの言葉にゲンキンに笑うと、ガイはいそいそと仲間を呼びに走って行く。
「カリカリ焼きといい、マグノリアは芋が好きだな」
何気ないクロードの言葉に、マグノリアは一瞬間をおいてから大きく頷いた。
(特別お芋が好きなわけじゃないけどなぁ……とはいえ)
「ポテト芋は偉大なのです!」
マグノリアは腰に手をあて胸を張り、なぜだか自信満々にそう言った。
調理場には楽し気な笑い声が響き渡った。
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