庭師の仕事
いつも応援いただきまして誠にありがとうございます。
お陰様で1/18に第4巻が発売されることになりました! 現在ご予約承り中です。
4巻発売を記念いたしましてSSをお送りいたします。
今回のSSは4章辺りの、庭仕事をするガイとそれを見かけたマグノリアの一幕です。
「♪ふんふんふ~ん」
マグノリアが窓の外を見れば、鼻歌を歌いながらガイが庭の片隅にしゃがみ込んで作業をしていた。
「ガイってばご機嫌だね?」
からかい半分、興味半分で近づけば、その手元には似つかわしくない程の可憐な花が並んでいる。
「ここはアスカルドと違って、ちゃんと世話をしねぇとすぐ枯れちまいやすからねぇ」
花の女神の加護により、肥沃な大地に恵まれたアスカルド王国。
その隣にあるアゼンダ辺境伯領は元はアゼンダ公国という小国だったこともあってか、智慧の加護に恵まれているのだという。
長いこと男所帯が続いたせいか、辺境伯家の庭は樹々に覆われていた。
……一応草は刈られてはいたが、花といえば館の壁につたう植物の小花くらいのものである。
貴人の家とは到底思えない庭木に、マグノリアは、急な不作や戦での立てこもりの際に非常食として使用するために利用するのかと考えたくらいであった。……かつて地球で兵糧攻め似合った場合、木の皮を食べたとか言う城の周りに植えられたあれやそれだ。
セルヴェスとクロードに確認したら、なんとも言えない表情で、さすがに木の皮は食べないと首を横に振られた。
来訪者といえば、館の主である大男ふたりと似たようなむくつけき男と漢ばかりなのであるが、さすがに(非常食でないのならば)貴族の住まう家としてどうなのだろうかとマグノリアが苦言を呈したのである。
よって、一応庭師ということになっている隠密家業の者たちが、暇な際に庭師のものまねをしているのであった。
かつて諸外国を周回していたガイだが、今はマグノリア付きの護衛が主であるために、必然的に館に滞在することが多い。よって庭仕事も彼が行うことが多い。
花屋から仕入れたのだろう、苗の中には花が開いているものや蕾が多くついているものがあった。その多くはマグノリアの前世でも見たことのある花たちであった。
「水仙にシクラメン、ヘレボルス……」
ヘレボルスはキンポウゲ科の植物で、ヘレボラスとも呼ばれる。
幾つかの種類があるが、ヘレボラス・ニゲルはクリスマスローズの別名だ。
ヘレボルスは異世界での名称ではなく、地球でも正式な学名である。
現在マグノリアが生きる土地に年末年始は存在するものの、『クリスマス』と言う名称は存在しないため、クリスマスローズという俗称も存在しないのであろう。よって学名のままヘレボルスと呼ばれているのだろうと推測している。
ガイの足元にあるのは、かつてマグノリアが暮らしていた日本でもおなじみの、晩秋から初春に向けて花壇を彩る花々だ。
しかしそのラインナップを見て、マグノリアは微かに眉を寄せた。
「……なに、この選択」
「一度で二度美味しいでしょう?」
マグノリアの言いたいことが解かったのであろう、ガイがニヤリと笑う。そしてせっせと目星をつけていたのであろう場所に花たちを植え始める。
「せっかく手間暇かけて育てるならば、仕事に役立てようって魂胆なの?」
「奴らもそう使うことはありやせんがねぇ……まあ、備えあれば患いなし。ご使用は適量にっすよ」
ガイは人の生死に気を揉むお嬢様に軽い調子で答えると、再び鼻歌を歌いながら水をかけている。
マグノリアはジト目で陽気な密偵兼暗殺者兼護衛を見た後、再び美しい花を咲かすであろう花々を見た。
そこにあるのは毒花ばかりだ。下痢や吐き気などを引き起こすものが多いが、量によっては不整脈を起こしたり昏睡したり、更には死に至らしめるほどの毒性のものもある。
植物は意外にも毒があるものが多い。虫や動物に食べられないよう、種の保存、生き残りのためなのであろう。
(……とはいえ、毒性の少ないものや無害なものは殆どこの庭にはないんだよね)
薬草園といい、この館にある花は異様なほどに毒性のある花が多い。
ハーブ以外は毒花ばかりと言っても過言ではないかもしれない。
庭の采配は女主人が取ることが多いらしい。……が、ただの居候と決め込んでいるマグノリアとしては敷居が高く、更には商売や領政の手伝いで忙しいとニセ庭師に任せていた。
「ガイさん、この花はどうしますか?」
手伝いをしていたらしいディーンが、抱えられるだけ抱えて来たと言わんばかりの花の苗を両手によたよたとやって来た。
「おや、まだありやしたか?」
「…………」
ディーンの抱える苗を見れば、小さなフクジュソウであった。
「ああ、別の大陸からの輸入品っすねぇ。先日クルースでみつけたんすよ」
ガイはにっこりと笑って受け取ると、いそいそと植え始める。
御多分に漏れず、フクジュソウも毒花である。
「ディーン、とりあえずよおおおく手を洗って。服も着替えて」
「う、うん……?」
ジト目でガイを見つつ、真剣な顔で己に向き直るマグノリアの顔を見て、ディーンは素直に何度も頷いた。
マグノリアはといえば、庭に植える花の選別を自分の仕事に加えることを本気で考えようと心に決めた。
(……そうじゃないと、近い将来庭全体が毒草畑になっちゃうだろ、これ……!)
秋晴れの空の下、綺麗な花々を見ては、マグノリアはため息をついた。
お読みいただきましてありがとうございます。
ご感想、評価、ブックマーク、いいねをいただき大変励みになっております。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。




