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【コミカライズ開始記念SS】実験をしよう!(ギルモア侯爵家料理長視点)

本日5/17より、集英社「ウルトラジャンプ」様にてコミカライズが連載開始となります!

コミカライズ化を記念いたしましてSSをお送りいたします。


2章では食事で治療をしようとし、栄養素について悩むマグノリア。

地球と異世界の食べ物がかなり近しいのでは?と思う一因となった、実家の調理場で行なったという「でんぷん」実験の話となります。

 マグノリア様は厨房の扉から顔の半分だけを出して、じーーーーっと厨房の様子を観察していらっしゃる。

「…………。」

「…………。……………………。」


 スープが煮える音がする。

 オーブンからは肉を焼く香りが漂い、カチャカチャとボウルの中で卵を溶く音がする。

 ぴかぴかに磨き上げられた作業台が日の光を反射している。積み上げられた美しいお皿。そして曇り一つないほどに拭き仕上げられた銀食器とグラスたち。


 いつも賑やかな筈の厨房は、作業の音はすれど、無言。

 皆無言だけど、扉の辺りを気にしている。


 凄い緊張感が漂っているのは気のせいか。


「……マグノリア様、どうされたのですか?」


 堪らず料理長である自分が声をかけた。

 いつの間にか生まれていたらしいお嬢様が、扉の隙間からじっとりと厨房を眺めているのだ。


 お嬢様のお過ごしになるお部屋と厨房はかなり離れているうえ、常に様々な音に溢れている。お小さい頃は病弱で弱々しい泣き声、かつ体力が無いために泣くことすら少なかったのだそうだ。


 ……本当か? と思うが事実である。

 誰のことだ? と思うがマグノリア様のことである。


 そんなお嬢様であるが、先日厨房を見せてほしいと言って侍女と一緒にやって来たのを皮切りに、ちょいちょい厨房にいらっしゃるようになった。凄まじい勢いでの質問をあちらこちらの人間に浴びせるだけでなく、食べ物の名前や味、食し方に調理方法まで興味津々らしく、更には隙あらばつまみ食いをしようと画策して来るのである。


 とはいえ普段活気に満ち、重いものに火に刃物にと危ないものの満ち満ちている厨房だ。非常にお小さいマグノリア様が無断で足を踏み入れ、万が一にも怪我などをさせたら大変なわけで……


 自らの作業を部下に任せ、マグノリア様の前にしゃがみ込む。


「今日は侍女は一緒ではないのですか?」

「しょうにゃの。ちょっと聞きたいことがあってにぇ」


 …………。なかなかやんちゃなお嬢様は、侍女を撒いて来たようである。


「何を聞きたいのですか?」

「あのにぇ、ポテト芋を切るとナイフに白い粉が残りゅでしょ」

「はい」


 ものを切ると、当然切ったものがナイフに付着する。

 肉を切れば脂肪や水分、時に肉片。野菜を切れば水分や野菜くずが付くであろう。水分が渇くと、中にある成分が結晶化して残留するものがある。マグノリア様はそれを言っているのであろう。


「しょれが知っていりゅ物と同じか知りたいのでしゅ。ポテト芋を一つくだちゃい」

「畏まりました」


 食べ物を実験に使うのはどうなのかと思いつつも、ポテト芋を良く洗う。


「皮を剥いてからしゅりおろちてくだしゃい。綺麗な手巾で包んで、中身が出にゃいように紐で堅く縛ってほちいでしゅ」


 指示されるがままに素早く手を動かす。


「ボウルに水を入りぇて、よく揉んでから絞ってくだちゃいましぇ」


 茶色に変色したポテト芋水(?)を暫らく置いておけば、そこに白い粉が沈殿する。水分を捨て粉のみを残し、綺麗な水でさらしては沈殿させ水を捨てる。これを繰り返す。


「綺麗になったでしゅ! 塊をほぐちてお皿に載せて乾かちてくだちゃい」


 満足そうに言ったところで、侍女がマグノリア様を探す声が聞こえて来る。

 やばい、と呟いては足早に厨房を出て行く。


「明日また来るでしゅ! 乾かちて置いてくだちゃい!」

「承知いたしました……」


 横目で様子を窺っていた面々も、皿の上に乗せられた白い物体を見ては瞳を瞬かせた。



 翌日、再び扉の陰からじっとりと見つめるマグノリア様に、乾いた物体を差し出した。小さな指で塊を潰すと、そのまま匂いをかいだり目を近づけて粒子を観察したりしている。 


「こりぇを水で溶いて火にかけてくりぇましゅか?」

「畏まりました」


 言われるままに火にかければ、すぐさまフツフツと粘度を持って煮立ってくる。

 とろりとした鍋の中身を焦がさないよう、木べらでかき混ぜ続ける。


「これでよろしいでしょうか?」

「あいがとうごじゃいましゅ」


 マグノリア様は、ぽってりと落ちる緩い物体を観察している。冷めたそれを注意深く指に取り、今度は粘度と匂いを確認していた。


「……同じでしゅ……!」


 なにが同じなのだろうか。思わず皿の上の白い粉と、鍋の中のドロドロした物を見比べた。後ろでも同じように見比べている気配が伝わって来た。


「同じようなものにコーンから取ったものがありますね」

「……『コーンシュターチ』はありゅのでしゅね……」


 こんな面倒な方法を実行するよりも既にあるもので代行できると伝えるために発言すれば、何やら勝手に納得して難しい表情で頷く。


「……つーと、やっぱでんぷん質にゃのか? 名前は違っても成分的には一緒にゃのかな……そんなりゃ栄養的にも一緒にゃのか? だけど『他のもにょ』も同じとは限りゃんよにゃあ……」

「…………」


 マグノリア様は自分の世界に入るとすこぶる口調が悪くなる。今も愛らしい見た目からは想像もつかないような言葉遣いで、ブツブツと考えを纏めているようだった。


(……マグノリア様……考えが全部漏れてしまっておりますよ……)


「…………ありぇ? ……えへへ?」


視線に気づいたのか、マグノリア様が顔を上げた。


 厨房の全員が微妙そうな表情で自分を見ているのに気づいたのだろう。取り敢えずの疑問が晴れてスッキリしたのも相まってか、見た目だけは愛らしい顔でもって調理人たちに誤魔化すよう微笑みかけた。

お読みいただきましてありがとうございます。

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