リスのお家
リスを愛するマグノリアのために、クロードが日曜大工をする話です。
何だかんだで小さな同居人を気に掛けるクロードです。
庭の方から木材を切る音と、釘を打ちつける音が響いている。
セルヴェスがあちらこちらを壊すため館では日常の音と言ってもよいのであるが、ふと気になってマグノリアが窓の外を覗けば、腕まくりをしたクロードが釘を打っているところであった。
「お兄ちゃまが何か作ってましゅね」
「本当ですねぇ」
リリーは思ってもみないクロードの姿に飴色の瞳を瞬かせた。
リリーとクロードは、何を隠そう王立学院の同学年である。
……とはいえ、片や王国屈指の名家の子息と片や貧乏男爵家の令嬢である。同じクラスになどなったことも無ければ話したこともない。
当時から孤高の天才という言葉が似合う少年だったクロードは、余計なことは語らない寡黙な少年であった。見た目も相まって女生徒から熱い視線を注がれていたが、どこ吹く風で先生方の研究室に日参する少年だったのだ。
一方のリリーといえば貴族の対面を保つのがやっとのような弱小男爵家の長子長女である。勉強もそう得意でもないうえ、下に兄弟がいるということもあり、前期課程を卒業するとすぐさま侍女として働きに出た苦労人だ。
よって六年のうち、三年だけの同学年である。
本人が自覚していたのかは疑問であるが、もの凄く目立ちまくっていたクロードが、校庭の樹木よりも目立たないリリーの存在を認識していたか否かは不明である。
(……クロード様も大工仕事をなさるのですねぇ)
使用人にさせるなり、職人に頼むなりできるだろうに。
意外にも質素というか、質実剛健な家であるらしいギルモア家と、アゼンダ辺境伯家。できることは自分でするという、何とも貴族らしくない側面を持った家だということが侍女になって解ったことだった。
「何を作ってりゅのかにゃ?」
「お庭に出てみますか?」
「うん」
とてとてと小走りに進むマグノリアを微笑ましく見つめながら、リリーは庭へ向かうことにした。
ふたりが庭に出ると、シャベルで穴を掘るディーンとエサ台をつける細い丸太をノコギリで切り出すガイが加わっている。
ガイは小走り(?)でやってきたマグノリアと手に持った丸太を交互に見遣ると、少し考えてからノコギリで短く切り直した。
……暗にチビと言われたようでムッと顔を顰めたマグノリアが、ディーンとクロードを見比べる。
「何をちてるでしゅか?」
「クロード様がリスのエサ台と巣箱を作っていらっしゃるんだって!」
やや興奮気味に話すディーン。
(コイツ、お兄様に対してはちゃんと敬語を使えるんか……)
「…………」
なかなかに世渡り上手である。いや、生きて行くには大切なことだと思い直し、クロードを見た。
手早く丸太を切ったガイが木槌で庭に丸太の杭を打ち込み、クロードがリズムをとるようにリズミカルにエサ台を釘で打ち付けている。
――いやに手馴れているのは、もしかしなくてもセルヴェスがモノを壊すせいなのだろうかと推測する。
「リスだけではなく野鳥も来るかもしれないな」
倒れないか確認すると、ポケットからドングリや小麦の粒を出してエサ台の上に置く。
「木には巣箱を置こう。どの木がいい?」
クロードがマグノリアを抱き上げて巣箱を持たせてやる。
「……お兄ちゃまが自分で作ったのでしゅか。上手でしゅねぇ……」
「……慣れだな。上の方が安心して近寄って来そうだが、あまり高いと見えないからな」
(……やっぱり)
互いに微妙にあいた間には、間違いなくセルヴェスの顔が浮かんでいるのであろう。
気を取り直しキョロキョロしながら樹々を見渡し、執務室からも見える場所につけてもらう。
巣箱を押えるために肩車され、巣箱を押えるマグノリアと釘を打ち付けるクロード。
そんなやり取りを見ながら、リリーは孤高の天才の思ってもみない一面に感心していた。
(小さな子どもは苦手そうなのに、意外にも面倒見がよくていらっしゃる……!)
顔立ちというか表情というか。クールに見えるだけで、実は家族思いで世話焼きなクロード。そんな本来の姿を知り、ちょっとだけ親近感が湧くのは気のせいか。
ニマニマとガイのような表情のリリーを見て、マグノリアとクロードが怪訝な表情をした。
隣でガイもニマニマしているが、そちらは通常運転なのでスルーしておく。
「リリーってばどうしたんでしゅかね?」
「……モーガン嬢は時折、ああいった表情をしていることがあるぞ」
昔から、とクロードが言う。名ではなく姓を呟いたクロードに首を傾げる。
「モーガン嬢……?」
「彼女とは王立学院の同学年だ。……もっとも俺は研究棟に入り浸りで目立たない学生生活を送っていたから、向こうは覚えていないだろうがな」
サラッと呟いた内容に、マグノリアは疑わしそうな表情と声を出した。
「目立たない……? 本当でしゅか……?」
それから数日後、カラフルな羽毛のシジュウカラや、赤い顔のゴシキヒワ、橙色が目印のコマドリなどが代わる代わるエサ台の麦を啄んでいる。
「可愛いでしゅね! リシュ、早くこないかなぁ」
執務室の窓辺から顔を覗かせたマグノリアが、セルヴェスとクロードの方を振り向く。
ふっくりした後姿は羽根に空気を含んだ冬の小鳥のようで笑みを誘う。
壁際に控えるリリーも、お茶のお手伝いにきていたディーンもクスリと笑った。
なかなかやって来ないリスに思いを馳せながら、マグノリアはもう一度巣箱を見つめた。
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