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【1巻発売SS】 うたた寝

武闘会が終わったある秋の日の一コマを。

クロードが夢の中で(?)出会った人とのお話です。

 視線を感じて瞳を開けば、まん丸な朱鷺色の瞳がクロードの顔を覗き込んでいた。


「…………」


 あり得ないくらいの至近距離に、思わず眉根を寄せる。

 …………。夢?


 小さい。

 目の前で穴が開くのではないかというくらいにまじまじととこちらを見ているマグノリアは、出会った頃ほどの年齢に見える。もしかしたら、もっと小さいかもしれない程だ。


 はち切れんばかりにふくふくとした頬っぺたは、今は年相応に細くなった筈だが。

 しかし、実際のマグノリアはこんなに近くで覗き込むような真似をしただろうか。

 だが、夢なら、現実ではないこともあり得るかもしれない。

 ボンヤリとそう考えていると、小さなその娘が口を開いた。


「おとーしゃま、起きまちたか? いちゅまで寝てるでしゅか? 暇ならあしょんでくだちゃい!」


 おとーしゃま。


 思ってもみない言葉に、クロードは青紫色の瞳を瞬かせた。

「……は?」


 思わず飛び起きて、怪訝そうな顔で小さな娘を見る。

 すると一丁前に可愛らしい唇をへの字に曲げては、胡乱気な表情で見上げているではないか。


「……………………」

「……………………」


 確かに。よくよく見れば、この子はマグノリアではないようである。

 見た目はそっくりであるが、気配というか、雰囲気が全く違う人間であった。そしてなぜだか解らない程に、温かいような愛おしいような感情がクロードの心に満ちていく。


(――娘?)


 自分の。


 思わず無表情のまま固まっていると、小さな娘がそっくり返ってしまいそうな体勢で見上げながら、不思議そうに首を傾げた。


「……いちゅもの『おとーしゃま』じゃ、にゃい?」

「……父の名前は言えるか?」

「『クヨード・アリェン・ギリュモア』でしゅ!」


 フンフン! と、鼻息荒く答える。

 口調は若干怪しいものの、やはり自分の子どもであるようであった。

 思わず再びまじまじと見つめてしまったのは仕方がないであろう。


 見た目的には全くもって己の遺伝子(というものがあるらしい)が見当たらなかった。



 先日婚姻選別の武闘会が終了し、無事に婚約者と立場が変わったからか、変な夢を見ているのだろうか。


 夢の中の娘はマグノリアと同じで全くもって物おじしない性格のようで、尚且つピンクの髪に朱鷺色の瞳を持つハルティア王家の先祖返りの色を持っていた。


 本当であったなら、またまた難儀な娘が生まれたらしい。

 思わず夢で良かったと苦笑いをすると、娘は小さな手を繋いできた。


「ちぃしゃいおとーしゃま。お散歩いたちましょ!」


 父ではあるもののいつもの父ではないと認識すると、『小さいお父様』と呼んで、クロードを散歩へ誘った。

 違和感のない庭を見れば、何のことはない、領主館の庭である。


「……他に兄弟はいるのか?」


 これはうたかたの夢。

 聞いたところでどうしようもないが、手持無沙汰のために質問をしてみる。


「えっ、記憶しょーしちゅ?」


 家族のことを聞かれ、びっくりしたようにしていたが、暫し考えては納得したように頷いた。


「……あ~。わかりゃないおとーしゃまなんでしゅね……」


 年齢の割に頭の回転は速いらしく、勝手に思い至り勝手に納得をしている。


「大にーしゃまとちぃにーしゃまは双子でしゅ。五ちゃい年上でしゅ! ちょちてわたち。ちたにおとーとがいまちゅ」

「…………。四人兄弟か」


 思ってもみない程の子沢山ぶりに思わず疑問の声が漏れる。


 上の双子と五歳違いで下にも兄弟がいるとなれば、結婚をして十年近く経っているのであろう。

 通常なら、まぁなくもない人数なのだが、過去の記録を確認しても、ギルモア家の血筋は子どもが多くはない傾向がある。


 すると、見上げながら首を左右に振り、衝撃的な言葉を投げてきた。


「もうちゅぐ赤ちゃんがうまりぇるので、五人でしゅ!」

「…………」


(五人?)


 夢の中とはいえ、随分大盤振る舞いなことだ。


「……兄たちは可愛がってくれるか?」

「大にーしゃまは、いちゅも気取ってましゅね。ちぃにーしゃまは理くちゅ屋でしゅ。いちゅも、ちゅまんないことでケンカちてましゅ。しょういうお年ごりょでしゅ」


 双子ということもあり、色々と上下関係を争うことがあるとのこと。

 見た目はクロードに似ているが、やはりピンク色の髪に朱鷺色の瞳を持った少年たちだという。


「おとーとは暴君でしゅ」

 そう言ってため息をついた。


「……そうか。唯一の女児ということで、苦労をするな」


 本当かどうかは怪しいものだが(往々にして目の前の娘が一番とんでもない事が想像される)、一応労っておく。


「しょうなのでしゅよ……」


 口調と話す内容のアンバランスさから言って、この娘も大して変わらないように思うが……とはいえ、小さい内は往々にして女児の方がしっかりしていることが多いため、小さいながらの気苦労があるのだろうと思い込むことにした。


「ちなみに、弟の髪と瞳は」

「ピンクと朱鷺いりょでしゅ! お顔はおかーしゃま似でしゅ!」

「…………」


 ハルティア王家の色をした、アゼリア姫とマグノリア似の暴君。


 …………。……………………。

 随分と亡国の血を色濃く継承した子どもたちらしい。


 アゼリア然りマグノリア然り、型破りなふたりを思えば、四人……いや、五人の子ども達の破天荒さも予測されるわけで、夢の中の自分も大変なことだと同情を禁じ得ない。


「多分、腹の中の子も同じ色なのだろうな」

「あい。ピンクに朱鷺いりょでしゅ!」


 はっきりと断言する娘の言葉に歩みを止め、思わずまじまじと見下ろした。


「……解るのか?」

「あい。よーしぇいちゃんがおちえてくりぇましゅよ」

「妖精」


 恐ろしい言葉に、彼女が妖精の力を持っていることも察せられた。

 益々夢の中の自分に同情する。


 ――まさかとは思うが。他の兄弟にも妖精の力があるのかと聞こうとして、止めた。


「精神衛生上、聞かない方がいいな」

「?」


 人間、諦めと割り切りが肝心なのである。

 短くない時間、マグノリアと過ごして身に染みたことであった。



 小さな娘の歩幅に合わせゆっくりと庭を進んでいくと、中庭の四阿に座る自分とマグノリアの姿が見えた。

 むつきを履いているのだろう、もこもことしたお尻の赤ん坊が芝生の上に座っては、おもちゃを地面に叩きつけて遊んでいる。


(――なるほど)


 小さな暴君は「うあうあ!」と話しながら、一心に地面を叩く。


「……叩いているんじゃないな。何か、書いているつもりなのか?」


 その様子を笑いながら見ているふたり。

 今にもはち切れそうなほどに大きくなった腹に手をあてながら、幼い息子を見守るマグノリアは美しかった。内に満ちる幸福感が溢れ出ては輝いているかのように、光を放つようである。


 自分が知るマグノリアよりも計算上十年近く先のマグノリアなのだろうか。顔立ちはそう変わらないものの、大人の女性らしくしっとりとした風情を感じられた。


 その横で身重の妻を気遣いながら微笑む自分の顔は、なんともむず痒く感じる程に穏やかな表情で。


「……まるで別人のようだな」


 体型などに弛みは見えないが、そこはかとなく落ち着きのようなものが感じられる。

 そして腑抜けたようにすら見える穏やかな瞳。


「お父様とお母様のところに行っておいで」


 小さな娘を促しては、小さな背中を押してやる。


「……ちぃしゃいおとーしゃまは?」

「俺はここにいるよ」


 夢なのだからもうひとりの自分と話してみるのも面白いと思ったものの、自分は異分子だ。まるで絵にかいたような絵画の中の幸せそうな様子を壊したくなくて。


 ここから、幸せそうな自分達を見るのも悪くない。そう思って娘の背を再びそっと押した。

 娘は何度も振り返りながら進んでいく。手を振ってやると、小さな手を振り返しながら両親の下に歩いていく。



「父上! 母上!」


 走りながら、向こうから小さい影が二つ駆けてくるのが見える。双子の息子たちであろうか。

 幸せそうな六人……いや、七人の姿を見ていると、ふいに夢の中の自分がこちらを振り向いては笑みを深めるのが見えた。


「!?」



 ざぁっと強風が吹いて閉じた瞳を開けば、やはりそこは領主館の庭であった。

 頭上に広がる木の枝の間から、木漏れ日がキラキラと輝いて顔に落ちる。


「……夢?」

「あら、起こしちゃいましたか?」


 腹の上に、パッチワークでできた柔らかいブランケットがかかっていた。気を利かせて掛けてくれたのであろう。


 庭でのんびりと休憩をしている最中、敷物の上に寝っ転がっていたらいつの間にか眠っていたらしい。横で本を読んでいたマグノリアが顔を上げてこちらを見た。


 見慣れた十八歳のマグノリアは、溌溂とした表情を向けた。未だ少女のような彼女。

 やはり光り輝くように美しくはあるが、その表情と姿は、瑞々しい若葉を思わせた。


「随分と楽しそうな夢を見ていたみたいですね。何度もニヤニヤしてましたよ?」


 そう言いながらクスクスと笑う。

 普段仏頂面をしていることが多いクロードの柔らかい表情が珍しくて、ついつい揶揄いたくなるのだろう。


「……そうだな」

「どんな夢だったんですか?」


 まん丸な朱鷺色の瞳でクロードを見つめている。


 ――そう遠くない未来、五人の子どもが舞い降りたんだ。

 そう言ったならどんな顔をするだろうか。


『おぉ~い、クロードぉ!』


 雲一つない青空を、白い小鳥が飛んできた。ラドリだ。

 ……クロードを呼びながら飛んでくるときは、往々にして碌なことがない。


 悪戯好きな友人なのか同居人なのか、変な鳥はその愛らしい見た目に反して、エキセントリックな行動が多い。


 マグノリアがラドリを迎え入れるために、空に向かって手を伸ばす。


 クロードは眉と唇にぎゅっと力を込めて空を見上げた。

お読みいただきましてありがとうございます。

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