【書籍化記念SS】 いつかどこかで見た銘品
アルファベットに十進法に、地球との類似性を怪しんでいるマグノリアですが
見たことがある名産品に遭遇したらどんな反応をするのか……北海道のあの銘品が出て参ります。
「マグノリア様、今どの辺りかしら……」
デイジーはほわほわと浮かぶ真っ白な雲を見つめながら呟いた。
マグノリアが王都のギルモア邸を去ってまだ数日。今はアゼンダ辺境伯へ向かう馬車の中であろう。
「…………見たこともない町や景色に、瞳をキラキラさせているのかしら」
思わずクスクスと笑みがこぼれる。
なんにでも興味津々なマグノリアが、まん丸な瞳で周囲の人間を質問攻めにしている姿が目に浮かぶようであった。
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「……馬車ってこんなに簡単に壊りぇりゅものなんでしゅか?」
マグノリアは取り敢えず降ろされた道の端っこで、腕を組みながらジト目で扉の外れた馬車を見ていた。
隣では大きな身体を小さくしたセルヴェスが、汗を浮かべながら頭を下げている。
「スマンスマン……長時間じっとしていたもんで、ついつい伸びをしたら、こう」
……こう、丸太のように太い腕が容赦なく馬車の扉をぶち破り、ついでに勢い余った腕力でつなぎ目が半壊したのである。
いきなりの風圧に、危うく外に飛ばされそうになったマグノリアであるが、セルヴェスの膝の上に座らせられていたためにがっしりと抱え込まれ、逆の意味で危うく全身複雑骨折するところであった。
信じられないものを見たという表情のリリーと、通常運転とばかりに仏頂面のクロードが、身体は小さいが態度の大きい幼女と、身体は大きいがこれ以上ないほどに小さくなっている悪魔将軍その人を見比べている。
更に日常のことなのであろう、ガイが御者台の足元から工具箱と木切れを取り出すと、軽快な音をたてながら修理を始めた。
「皆さん、せっかくなんで街でも観てきたらどうっすか? お嬢の好きな変わった食いモンがあるかもしれませんよ。クロード様にでもセルヴェス様にでもおねだりしたらいいっすよ」
「…………変わった物じゃにゃいよ、美味ちい物が好きにゃのよ?」
正直、これ以上いろいろと買ってもらうことに抵抗があるマグノリアであるが、その土地でしか食べられないものというものには非常に心惹かれるものがあった。
『地域限定品』、『期間限定』――どちらも魅惑的な言葉であるのは、地球も異世界も一緒である。
朱鷺色の瞳を揺らすマグノリアに、セルヴェスが高速で首を縦に振りながら言った。
「そうだ! きっと旨いものがあるぞ! たーんと好きなだけ買おう! 馬車に積めるだけ買おう!」
下手をすると店ごと買いかねないセルヴェスの勢いに、マグノリアがドン引きしながら釘を刺す。
「しょんなにいりゃないでしゅよ……」
そんな様子を苦笑いしながら見つめるクロードとリリーも伴って、途中下車の散策となったのである。
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先程危うく抱きつぶされそうになったため、マグノリアはクロードの側に避難する。
悲しそうな顔でセルヴェスがみつめてくるが、何かある度に粉砕骨折の危機を味わうのは誰だって御免であろう。
「……抱えなくて大丈夫か?」
己の腰よりも低い位置に頭のある姪っ子に、再三クロードが確認する。
小さな足を細かく動かすマグノリアに合わせ、彼は止まっているかのような一歩だ。
(……くっ! コンパスの差がえげつない!!)
実際に半分ほどしかない背丈なので、足の長さは凄まじい差であろう。
大男にリードを引かれるチワワの気持ちがよく解る……と思ったその時。
「……ん?」
マグノリアの目に、かつて見たことのあるものが掠めた。
繋がれたクロードの手を引っ張って露店の店先を覗けば、そこにはこんがりと焼かれた茶色い物体が山積みにされている。
小さなパウンドケーキのような、はたまた大きなフィナンシェのようなそれ。
「……こりぇは……」
超至近距離で眺めている為、甘い香りが否応なく感じられる。
(北海道名物、ビタミンカステ〇ラ!?)
もしくはミルク〇ステーラとも呼ばれるそれ。
……何が違うかと言えば、製造元が違うのである(レシピも違うであろう)
「カステーラだな。幾つか買うか」
目の前でお菓子をガン見するマグノリアに苦笑いをしながら、クロードが店の人に数個程包むように話をつけている。
「カステーラ……?」
カステラでも、かすていらでもなく『カステーラ』
(え、取ってつけた感?)
マグノリアはこんな所で感じる地球と異世界との類似に、じっとりと罪なきカステーラを凝視する。
「……どうした、親の仇のような顔で見て」
姪っ子の凄まじい気迫に(?)、引き気味のクロードが怪訝そうな声で尋ねる。
「食べてみるか?」
包みからひとつ取り出すと、マグノリアの小さな手に持たせてくれた。
再びじっくりと難しい顔をしながら、上に下にと観察をする幼女がひとり。
(大きさといい香りといい、そっくりなんですけど!)
一般的に想像するカステラよりも水分量が少ないそれは、表面の焼き色も全体について香ばしく、日持ちもするお菓子であった。
見た目に続いてくんくんと香りを検分する様子に、リリーとクロードが再び苦笑いをした。
「それは水分を持っていかれるな! 飲み物を買ってこよう!!」
そう言うや否や、凄まじい速さでセルヴェスが走っていく。
「せっかくなので飲み物もこの辺りの名物のにしたぞ!」
そして秒と言えるほどの速さで戻ってきたセルヴェスの右手には、瓶に入った薄茶色の飲み物が。
左手に持ったカップに注ぐと、マグノリアに差し出した。
「……こ、こりぇは……!」
再び鼻先を掠める甘酸っぱい香りに、朱鷺色の瞳を瞠った。
(『ソ〇トカツゲン』……!?)
前世時代、スーパーの北海道フェアで購入して一度だけ飲んだことのある北海道の乳酸菌飲料の名が浮かぶ。
乳酸菌飲料もいろいろあるのだが、他の商品に比べて味と色と、ちょっと濃いのがソフトカ〇ゲンである。
「これは『ソフト』と呼ばれている、この辺でよく飲まれる飲み物だな」
領主であるにもかかわらず気取りのないセルヴェスは、重ねて持っていたカップに『ソフト』なる飲み物を注いで、リリーとクロードに順番に渡した。
恐縮するリリーの横でマグノリアが、むぅ、と呟く。
「ソフト……?」
セルヴェスの右手、瓶の中に残るソフトと、自分の手の中にあるカップの中身を見比べた。
(え。どういうこと?)
カステーラは百歩譲るにして(?)、ソフトとは。
偶然とは思えない偶然を垣間見て、マグノリアは丸い瞳を瞬かせたのであった。
何だか警戒しているらしい幼女の様子に首を傾げながら、丁度喉が渇いていたクロードがソフトに口をつけた。
ゴクリ、と嚥下するたびに動く喉仏を見ては、綺麗な顔に似合わず骨格は意外に男性らしいのだななどと考えて現実逃避をする。
「甘酸っぱくて、なかなかうまいぞ?」
素で微笑むクロードがいやに爽やかである。
(CMか!)
まるで宣伝をするアイドルか若手俳優のようで、心の中でツッコむ。
かつて住んでいたと思われる日本で、北の大地に住んでいた記憶はないため、実際に某乳酸発酵飲料のCMを見たことがあるわけではないのであるが。
(……っていうか、CMあるのかどうかも知らんけど)
何故に異世界で北海道物産展めいた商品を両手に持ちながら、マグノリアは首を傾げた。
(……まあ、美味しいからいいか……)
美味しいは正義である。
大きく頷いて、黄金色に焼けたカステーラを齧り、甘酸っぱいソフトを口に運んだのであった。
――食べて飲んでなお、同じものであると確信する。
――そんなにも同じって、おかしいであろう。
(なんでーーーーっ!?)
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ふわふわとした雲を見上げていたデイジーが、はっと我に返って小さく首を振った。
回廊から見える庭には、ピンク色のコスモスが揺れている。
マグノリアが遥かに背の高いコスモスをかき分けて顔を覗かせるのではないかと思ってしまうが、今はもう、はるか遠くを旅していることであろう。
(……美味しいもの、沢山召し上がっているかしら)
やたらと食べ物について聞かれたことを思い出して苦笑した。
本人に聞いたのなら、出奔生活をするにあたって食料を確保することは大切なのだと力説するのであろうが、侍女たちにとってはただの食いしん坊にしか感じられないのは哀しいかな、現実である。
「いけないいけない。早くお掃除にいかなくちゃ!」
そう言って両手のシーツを抱え直すと、いそいそと客間に向かって歩き出したのであった。
また時折番外編を更新する予定でおります。
お時間がございましたら、お立ち寄りいただけましたら幸いです!
お読みいただきましてありがとうございました。




