【書籍化記念SS】侍女ライラの王都散歩(……という名の巡回)
皆様の応援と温かな励ましのお力で、2/19に書籍化いたしますこととなりました。
予約も開始いたしましたので、記念SSをお送りいたします。
戦える侍女ライラの休日を覗いてみると……
「物盗りだよ! 捕まえておくれ!」
街の中を金切り声が響き渡る。ライラは声の主を確認しようと振り返った。
強奪者に突き飛ばされたのだろうか。道の後方に老婆が這いつくばりながらも頭を起こし、片手を伸ばしている姿が飛び込んでくる。
「退け退けぇっ!!」
そして懸命な顔で走ってくるゴロツキがひとり。手には先ほど叫んだ老婆から奪ったのだろう包みを抱えながら走っている。
王都のメイン通りに近い道にはそこそこの人が行きかっていた。
若い会頭が経営する店や、店舗を併設している工房。そして布張りの露店などが並んでいる活気のある通りだ。
蹴り飛ばされないように、もしくは巻き込まれないようになのか露天商が慌てて商品を抱えながら飛び退いていく。
ライラは気負いなく振りむくと、やや足を開いてしっかりと地に足を着ける。
外出用の優美な靴が、ジャリッと砂を踏んでは鳴った。
――暴漢とライラの距離は数百メートル。
「前を退きやがれ、ふき飛ばすぞ!」
「お嬢さん、危ないからこっちへ!」
唾を飛ばしながら喚くゴロツキを真っすぐ見据えるライラに、見かねた通りすがりの人が声をかけた。
恐ろしさのあまり身が竦んで動けないのだと思われたのだろう。ライラは見た目、嫋やかで楚々とした良家の娘にしか見えないのである。
見知らぬ人の優しさに微笑みながら小さく頭を下げると、ライラはこれまたおめかしをしたドレスの隠しに手を入れた。
いつでもそれらを使えるよう、右側の隠しは縫い留めず開いたままにしてある。か細い指が慣れた感覚の相棒に触れ、太もものガーターベルトに差し込んであるそれを素早く引き抜いた。
黒くて滑らかなそれは、彼女愛用の鞭だ。
左の手のひらをそれに絡まりがないか確認するように滑らせると、強度を確かめるようにたわませて左右に引く。
パン! という小気味よい音に通行人たちは目を瞬かせているが、その間に目にも止まらぬ早業で鞭がしなり、ゴロツキの足元へと伸びていった。
次の瞬間、気づけばゴロツキが道にひっくり返っていた。
足を鞭で縛られ受け身も取らぬままに転んだ男は、痛みよりも驚きの方が勝ったようで、顔に砂をつけたまま言葉を発せずにいる。
周囲の通行人も同じで、呆気にとられたまま目の前の出来事を凝視していた。
シンと静まり返った道の真ん中で、ライラは栗色の柔らかな髪を風に揺らしながら歩く。
ゴロツキのすぐそばまでくると、ライラは、清楚なドレスの裾から優美な靴の踵を男の顔の横、顔は片頬を地面につけているので眉間スレスレに突き立てた。
尖った踵が石畳の隙間に容赦なくめり込んだ。
そして、絶対零度の視線と声が浴びせられる。
「その包みを放せ、この腐れ外道が!」
「…………(汗)」
街の刻が止まった。
******
「バーナード様っ! 毎度ご協力ありがとうございますっっ!!」
騒ぎを聞きつけた巡回の騎士ふたりが走ってくる。
……騒ぎの真ん中にいる人間を見て、顔に冷汗を浮かべながら全速力に変わったように思うのは気のせいだろうか。
ひとりは老婆を抱き起こし、ひとりはゴロツキを回収すべくシュタ速でライラの側へとやってくる。
「物盗りのようですわ」
いつものように丁寧な語り口調でそう言うと、右手で鞭を引き、縛っているゴロツキの足を解放した。そのまま寸分の狂いもなく右手に回収される鞭は、まるで生きているかのようである。
「……では、こちらにてお預かりいたします! さ、行くぞ」
「よろしくお願いいたします」
お互いぺこりと頭を下げる。
引き渡されたゴロツキが何か喚いていたが、ライラが睨むと口をへの字にして押し黙った。
落ちていた包みを拾い汚れを払い落とすと、老婆のもとへと歩みを進める。
「お怪我はございませんか?」
「はい、ありがとうございます!!」
差し出された包みをしっかりと抱きしめると、老婆は何度も頭を下げた。
「念のためにお医者様に診ていただいた方がいいかもしれませんね」
「騎士団の医師に診察してもらいます」
ライラの言葉に、若い騎士はピッと背中を伸ばす。
「あの、お名前は……」
老婆がおずおずとライラに確認する。
ライラは薄く微笑むと、小さく首を傾げた。
「ただの侍女でございますわ……あら、大変!」
聞こえてきた鐘の音に、ライラが顔を上げた。
「お茶会に遅れてしまいますわ」
たまの休日、友人とのお茶会に向かう途中であったのを思い出して立ち上がる。
本来なら馬車で向かうべきところだが、バーナード家の人間は散策がてら(?)徒歩で向かうことが多いのだ。
……そう、こんな風に街の極々些細な治安を守るためである。
「それではお気をつけて」
老婆に挨拶をし、騎士に後はよろしくと目配せをする。騎士はまるで上官に行なうような、キビキビとした美しい礼をとった。
事の成り行きを見守っていた面々はいまだに呆気にとられた様子で、心の中で(ただの侍女……?)とツッコミを入れながら、歩いていくライラの後姿を見送った。
(またつまらないものを縛ってしまったわ……)
一方のライラは、鞭を隠しの中へ押し込みながら心の中でため息をつく。
もうじき結婚をするのだし、お淑やかにしなければと思いつつも、つい、悪い奴らに遭遇すると身体が動いてしまうのだからどうしようもない。
鞭で打たなかっただけマシかしらと思いながら、ライラは友人宅へと足を速めた。
かつて『切り裂きライラ』と呼ばれた少女は、『鞭使いのライラ』という貴婦人に名称を変えたのであった。
(注:今でも必要とあらば切り裂けます)
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