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閑話 笑ったらアカンな王都のハッピーニューイヤー

今回はおかしな三人組のお話です。

『みん恋』ヒロインが入学して来た年の、冬の王都での一コマを。

ユリウスとディーン15歳、ヴァイオレット13歳です。

 アスカルドは雪深いという程ではないが、比較的雪がちらつく地域だ。

 ……一応地球のヨーロッパを参考に設定された大陸のようであるので、気候もそれに似せて作られているようである。


「……めっちゃ寒いんだけど!」


 大陸の比較的南側に位置するマリナーゼ帝国出身のユリウスは、分厚いコートにマフラーをぐるぐる巻きにし、毛糸の帽子をすっぽりと被ってはガチガチと震えていた。


 アスカルド王国に留学して三年目の冬。

 年を追うごとに冬の装備がもこもこと充実(?)していっているのは気のせいでも何でもなく、ただただ事実である。


「マリナーゼ帝国って暖かいの?」

 

 動きやすいワンピースドレスに厚手のコートを着込んだヴァイオレットと、飾り気の少ないコートに黒いブレーとブーツを着こなすディーンが声を揃える。


「そりゃあ断ゼン暖かいよ。南欧っぽいからねぇ」


 もこもこの皇子様は、赤くなった鼻をすすりながら断言する。

 ディーンは『なんおう』ってなんだろうと首を傾げ、ヴァイオレットはかつて南欧と呼ばれる位置にある国で開催された冬のオリンピックを連想しては、茶色い瞳を瞬かせた。


 南欧とはいえ国によって……更に東西南北どこかに長ければ、地域によってだいぶ気温差があるだろうとヴァイオレットに教える人間がいない事が悔やまれるが……まぁ大したことではない。


「まぁ、何はともあれアスカルドよりは暖かいんだね?」

 よく解からないので、ふたりともユリウスに適当に話を合わせておく。


 学院の冬休みは三週間程だ。

 既に冬期休暇に入った彼らは、連れだって王都のメインストリートを歩いている。


 アスカルドでは畑仕事の少ない冬の時期に社交が開かれているため、王都に貴族が多く集まっている。家族と共に過ごす学生半分、領地がそう遠くない者はせっかくなので実家へ戻り、のんびりまったりと過ごす学生が半分というところだろうか。


 同じく領地に残る使用人たちはゆっくり休暇をとれる時期であり、家を出て暮らしている者は新年を家族と共に過ごすため実家に帰る者が多い時期でもある。

 逆に王都のタウンハウスの使用人は交代で休暇を取りつつも、主の社交のために忙しく過ごす人が多いといえるであろう。



「なんでこんな寒い日にアイツ等は外出なんかするんだ!」


 ユリウスが文句を言いながら、普段は飄々とした垂れ目を三角にして怒っている。ホットワインで暖を取っているが、温くなっては飲み干しているので、既に三杯目だ。

 アルコールは飛んでいる筈だが、もしや鈴木海里氏は酒癖が悪いのだろうかと、ヴァイオレットは若干引きながら、ぶう垂れた顔のユリウスを横目で見遣る。


「そりゃ、マーガレットに新年の花菓子を贈りたいからだよ! 冬の雪の中色とりどりの甘い花菓子……。ロマンチックじゃん」


 鼻息荒く拳を振り上げながらヴァイオレットが言う。


『みん恋』のヒロインであるマーガレットが入学した初めての冬。

 そのヒーローであるアーノルド王子は頑張り屋の彼女に花菓子を贈りたいと、一緒に王都に買い物に来る予定なのだ。


 いわゆるイベントという奴である。


 ぶふんぶふんと鼻息荒いヴァイオレットに、ディーンとユリウスが微妙な表情で顔を見合わせた。


「綺麗だけどさ……花菓子ってさ、味が微妙なヤツがあるよね」

「美味しいのもあるけど、何だか化粧品を食べてるみたいなのとかねぇ……」


 思い出したのか、ふたりはそれぞれに顔を歪めて首を振った。

 お祝いに多用される花菓子ではあるが、好みがあるのはどんな物も同じであり、往々にして男性陣にはそれほど好まれているとはいえない……というのが現状である。

 

「え~、いい香りで美味しいじゃーん!」

 ヴァイオレットが口を尖らせた。

 その時。


「あ、ほら! 来たよ!」


 通りの向こう側。

 お忍びらしいアーノルド王子が平民に擬態したつもりの格好で、マーガレットは言うまでもなく、ルイを始めとした側近たちと一緒に街を闊歩していた。


「う~ん……頑張って低位貴族に見える、かなぁ」

「マーガレット、めっちゃ可愛くないっ!?」

「ちょっ、ヴァイオレット! みつからないようにするなら声を落としてよ」


 全く皇子には見えない、ただの着ぶくれた変な恰好のユリウスが貴族感丸出しのアーノルド王子を評する。一方でほわほわとした雰囲気と柔らかな色合いのコートがよく似合うヒロインを見て興奮するヴァイオレット。

 みつかると面倒なので王子御一行の様子を窺いつつ、とはしゃぐ同行者を小声で諌めるディーンが反対側でわっちゃわっちゃとしている。


「…………」


 ――のを、微妙な表情で瑠璃色の瞳の端に入れる素振りをしつつ、内心でため息を飲み込むブライアンがみつめていた。


「ほら! みつかるとヤバいよ」

「ステルスモード!!」


 思わずブライアンと目が合い、再度声を潜めるディーン。

 ヴァイオレットの掛け声に、隠れる場所も潜める物陰も、それどころか木切れすら見当たらない街の真ん中で低位貴族奥義を発動させられた。


 ……無茶振りもいいところだが、彼らは彼らで手慣れたもので。


 咄嗟に、飲みかけのホットワインを持ったユリウスは両手でカップを持ちながら『モスト・マスキュラー』のポージングをする。中身を零さないようにという配慮と、ポージングをしながらも少しでも暖を取ろうというコスい考えからだ。


 最大限無表情を取り繕いながらお馴染みの『サイドチェスト』をするのはディーン。


 一番筋肉とは無縁のヴァイオレットがキリリとした顔で、両腕の力こぶを強調するようなガッツポーズの『フロントダブルバイセップス』を決めた。


「……どうしたんですか、ブライアンさん」


 そんな三人の様子に、チベットスナギツネのような表情をするブライアンの視線の方向を見ては、ルイが不思議そうに首を傾げる。


 元々低位貴族のディーンとヴァイオレットは言うに及ばず、大国の皇子でありながら元々はただの日本人大学生であるユリウスも、ステルスモードの使い手であるのは言うまでもない。


 なんなら元々貴族であるディーンや、異世界で成金、日本でも裕福な家の娘であったヴァイオレットに比べて、令和の時代であるにもかかわらず苦学生をしていたユリウスの方が、間違いなくド平民の感覚を持っているとすら思うのはユリウスだけなのだろうか。


「……いや、何でもない……」


 まるで初めからそこにあった彫刻のように(?)ポージングをする三人にジト目を向けながら、ブライアンは小さく首を振った。

 再びルイが視線の先を向けながら、反対側に首を傾げる。


「あれ? あんな所に彫刻なんてありましたっけ……?」

「…………」


(彫刻……)

 ブライアンは嘘だろうという言葉と共に、到底信じられない気持ちも飲み下す。


 そう。余程気配に敏感な人間でない限り、あのおかしな三人組の行動というか気配というかは、自由に消すことが出来る……らしいのだ。

 常に見えている自分にとっては信じられない事であるが。

 特段危険な事をする訳でもなく、更に一名は隣国の皇子でもあるため、黙認しているというのが現状なのである。


「ふたりともどうしたんですか?」


 愛らしい微笑みを向けながら、マーガレットが小走りでふたりに駆け寄った。


「寒いので、カフェに入りましょうってアーノルド様が」


 言いながらマーガレットは右手で華奢なルイの腕を、左手でブライアンの大きな掌を握る。


「早く行きましょう?」 


 屈託ない微笑みと態度にふたりは心密かに胸を騒めかせる。

 同時に腕やら手やらを握られ、その場所が熱を持ったような気がして。


 ルイはそっと火照る頬を隠すように優しく穏やかに微笑み返した。

 ブライアンはときめく心と同時に、父のいつかの忠告が脳裏を掠めて唇を引き結んだのであった。


 そんな彼らを離れた場所から複雑な表情で見守るアーノルド王子の姿も、ばっちりはっきりと見える。



「……青春だわ」

「……青春だね」

「青春なのか?」


 三人が小雪の舞う中ステルスモードでポージングをしながら、同時に呟く。

 次第に遠ざかる御一行をみつめながら、三人は瞬きした。


「……僕らは雪の中、何をやってるのかねぇ」

 

 疑問を発してそのまま流れるようにぼやくユリウスへ視線を向けたディーンは、確かにと苦笑いをする。


「しゃーないわね。皇子が寒い寒いうるさいから、何か温かいものでも食べて帰りましょう」

「え、追わなくていいの?」

「だって、多分ブライアンが気付いちゃってるでしょう」

「今更な気がするけどねぇ」


 ディーンの問いかけに答えるヴァイオレット。それにユリウスがもっともな言葉を返す。


「それにこれも今更だけど。ヴァイオレットさ、僕の事『皇子』ってあだ名の、その辺の低位貴族か何かだと思ってるでしょ」

「それこそ今更でしょう?」


 大国の皇子相手に全く悪びれないヴァイオレットにディーンはハラハラするが、確かに今更だなとも思う。


 ユリウス自体が器が大きいので、ああは言っているが幼い(?)子爵令嬢のたわごとなど気にもしていないのだ……とディーンは思っている。

 一応他の人間がいる時には取り繕いが出来ているので、お互いのメンツや立場は守られていると思うのだが。多分。


「あと、ブライアンに関しては六歳も上の侯爵令息なんだから『様』とか、せめて『さん』ぐらいつけて呼びなよ」

「はいはーい」

「…………。じゃあ何処か入ろう? ここ往来だしさ」


 幼い頃から従僕を務めるしっかり者のディーンがポージングを解いては、ふたりの間に割って入ると、取り敢えずその場を引き揚げるように促す。


「じゃあ、アゼンダ辺境伯家のタウンハウスに行く? クロードが来てるかもだし」

「冗談抜きで止めなよ。彼は学生のキャラと違って本当に忙しいんだからさ」


 それに辺境伯かもしれないだろうとユリウスが首を横に振る。

 ただでさえ最愛の孫娘と引き離されて社交をさせられている不機嫌真っただ中の悪魔将軍の前に、のこのこ邪魔をしに行く気概は持ち合わせていない。


 どちらが来ているにしろ、社交に会議に忙しいのは間違いないのだ。


 ディーンは『きゃら』ってなんだろう、と首を捻ったが、おかしな事を言うああいうテンションの時のヴァイオレットに突っ込んでも仕方がないし、ユリウスには多分はぐらかされるので黙って飲み込む事にした。

 上位者と付き合う場合、状況によって口を噤んだり引き下がったりするのは、低位貴族の嗜みみたいなもの(?)である。


「っていうか、君。まさかいつもクロード殿のところに突進しているんじゃないだろうね?」

「…………」


 ユリウスの追及に、ヴァイオレットは茶色い瞳をすいっと逸らした。


「……えっ?」

「……えっ!」


 思わず男子ふたりの疑問(ディーン)と非難(ユリウス)の声が漏れる。


 目の前の少女の様子を見てユリウスとディーンは、苦虫を噛み潰した顔でヴァイオレットのマシンガントークをお茶と共に飲み下すクロードを想像して、嘘だろう……という言葉を飲み込んだ。


((ヴァイオレット……恐ろしい子!!))


 そんなこんなでアスカルド王国の王都の年末年始は、色んな意味で忙しい。

 年末年始が忙しいのは、地球も異世界もそう変わらないのである。


お読みいただきまして誠にありがとうございます。


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誤字脱字報告をありがとうございます。

お楽しみいただけましたら幸いです。

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