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閑話 強制力

今回は最終章終了後、少し落ち着いた頃でしょうか。

相変わらず仲の良い辺境伯家での、ちょっとシリアス(?)なお話しです。

「……あいつらの『強制力』とやらはいつなくなるんだろうな」


 セルヴェスがぼやくように言った。

 とある日の辺境伯家の執務室で、久々に三人が揃っている時だった。



 ある程度不幸な現実を回避出来たと思うに至り、ジェラルドやウィステリア、ブライアンもこのままで良くないだろうと考えているのだろう。色々と歩み寄りやら意識の改善やらをしようとしている事が感じられた。


 一方マグノリアとしては無理せず騒がず、静観の姿勢を取っている事が見て取れる。

 気遣いはしつつも、向こうが負担にならない程度に対応をする……


 周囲から見ればドライな実家との関係に見えるかもしれないなと思いつつも、三人が罪悪感を覚えすぎたり圧迫感を与え過ぎないよう、歩み寄り過ぎないように注意しているのだ。


 一応騎士対応用のメンタルケア的な考えはあるものの、全く対応の術が解らないセルヴェスとクロードは、マグノリアを見る。


 普通なら頑張れとジェラルドやウィステリアを焚きつけるところなのだろうが、今まで彼らが多大な犠牲を払った事も知っている訳で。

 ましてや現在進行形で、何とか改善しようと奮闘している事も知っている訳であり、流石にもっと頑張れと言う程、苦心している相手に鬼にはなれなかった。


「もう、とっくに無いと思いますけどね?」


 マグノリアは朱鷺色の瞳を瞬かせてセルヴェスを見た。


 家を出た時……いや、両親の話を色々聞けば、もしかしたら名づけやお披露目、教育をあきらめて部屋の奥に小さなマグノリアをしまい込んだ時点で、それらは消滅しているのかもしれないとすら思う。

 少なくとも次第に薄くなっていっている事だろう。

 そうでないなら、歩み寄ろうという気にもならないのではないか……と思う。多分だが。


 彼らが初めて体験したであろう、本能に訴えかける程の抗い難い拒否感とは多分そういうものだ。


更にはジェラルドが命もかけるようにマグノリアを庇っても、その後別件で奔走しても。『誰か』にも『マグノリア』にも不幸は訪れなかった。

 幸いな事だが、全員ピンピンしている。


 強制力が働いたままなのだとしたら、過去と同じような事が起こっていた筈である……と思う。きっとだが。

 

 至極あっさりと告げるマグノリアに、セルヴェスとクロードは顔を見合わせた。


 言いたい事も口に出し難いウィステリアや、腕を組まれ脂汗を流すジェラルドを見る限り、無くなっているとは思えないのだが……


「……じゃあ、どうしてなかなか普通にならないんだ?」

「そりゃあ、心の問題だと思いますよ」

「こころ……?」

「はい。まぁ、神的なもの(?)というか原因を作った存在(?)にとっては、元に戻られても困るというのもあるのかもしれないですが。でも、一番はインプリンティングだと思いますよ」

「インプリンティング……?」


 聞きなれない言葉に、クロードが繰り返した。


「『刷り込み』とも言うのですが。心理学……地球で心の領域を研究する学問があり、それが心理学なのですが。その心理学で使われている理論のひとつです。インプリンティングは主に乳幼児期が人間のすり込み期に養育者から働きかけられたことや教えられたことが、その子供の基盤となり、後々変更しようにも難しくなるという理論です。

 厳密にいえばお父様たちは乳幼児期の刷り込みではないのでちょっと違うともいえるのですが、多分私の誕生から幼児期に相当なインパクトを持って感じた感情と嫌悪感が、心に刷り込まれてしまっている事はあり得る事だと思います。まして人間の感情はネガティブな方によりクローズアップし易いように出来ていますから」


 嫌悪感以上に、万一マグノリアに何かあったらどうしようという恐怖が強ければ強い程、刷り込みは深くなるものなのかもしれない。

 恐怖や不安は心に沁み込みやすく、刷り込まれやすいのだ。


「たとえ原因が解ろうが解決しようが、ネガティブだったものを、全くなかったものとしてすぐさま大好きとは、なかなかなれないものですよ」

「解決法は……?」

「ただでさえ傷ついているのに、これ以上追い詰めるのも……やはり時間薬なのでしょうかね」


 気遣わし気なふたりに、マグノリアは苦笑いを返した。


「裏を返せば、それだけ深く想ってくれているという事ですからね」


 かつての地球だったのならカウンセリングを受けるなりも可能だが、この世界にはカウンセリングのノウハウもなければ、カウンセラー自体がいないのだ。


 マグノリアが対応しても良いが、彼らの心の内をマグノリア本人が確認するのは、今はまだかえって苦痛を与えてしまうように思える。


 両親や兄が歩み寄ってこられたらこちらも一歩、歩み寄る。

 こちらは大丈夫だ、解っていると示し続ける。


 もう損なわれる事も不幸が起こる事もないのだと……


 そうやって時間はかかっても、根気強く対応していくしかないのであろう。


「……私やおじい様たちが理解していたら、それで良いのだと思います」


 セルヴェスとクロードは煮え切らないような諦めきれないような表情をしていたが。マグノリアはそれもまた両親やブライアン、そしてマグノリアへの愛情ゆえと思うと、ほんのりと温かな気持ちが膨らんできて。……膨らみ過ぎたのか、何故だか鼻の奥がツンとして慌てて大きく深呼吸した。



 セルヴェスとジェラルド、そしてウィステリアとの関係にも和解の兆しが見える。

 人生は長くて短くて、そして長い。


 どんなどんでん返しが待っているかなんて解らないのだ。

 とんでもないやらかしをした神なのか大いなる存在なのかが、スライディング土下座で謝る事だってあるかもしれない……そう思うと、マグノリアは不敵に微笑んでは再び書類に瞳を落とした。

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