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閑話 宰相コレット

今回のお話は最終章の中頃。

ヴィクターとガーディニアが結婚して暫く経った頃のお話です。

マグノリアは17歳です。

「え、王都に新居を構えるって事ですか?」


 話があると言われて、新たな事業――商業的な意味か公共的な意味かはともかく――と思えば、何と王都に長期出張に出掛けるという事であった。


「そうなの。移領まではしないんだけど」

「はぁ……何でまた?」


 辺境伯家の庭でのお茶会。

 にっこり微笑むコレットとは対照的に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔のマグノリアが戸惑っていた。


 ラドリといえば、隼や鴉たちと追いかけっこをして遊んでいるところである。

 ……相手をさせられている鴉と隼が、何処か迷惑そうなのは今更だ。


「ほら。我が家の長男がこの前結婚したじゃない? これを機会に店を任せてみようかと思って」

「ああ……でも、キャンベル商会本店ですよね? いきなりで息子さんも戸惑いません?」


 コレットの長男はマグノリアの一歳年下で十六歳になる。

 先日幼馴染の女の子と結婚した新婚ホヤホヤであるが、そんな気分を吹っ飛ばすびっくり発言であるだろう。


「ああ見えて、小さい頃から商売のABCは叩き込んであるの……生まれた時から店頭と倉庫が遊び場だし」


 何でもない事のように言うが、あの天下のキャンベル商会である。

 この世界は代替わりが早いと言えば早いのだが……


 いきなり十代で任せるとか言われたら、マグノリアだったら即お断りするであろう。

 国内有数の商会を任されるとか怖い。怖過ぎる! 


 ……とは言え他家の事である。基本的に口出しは出来ないのだ。


「早く本当の一人前になってもらわないとね。暫くはロイドが行ったり来たりする事になると思うけど……」


 ロイド・キャンベルは現キャンベル商会会頭であり、コレットの夫である。

 穏やかで一見のんびりした男性であるが、なかなか。その実、曲者で食わせ者な御仁である。



「…………。コレット様はアーノルド王子やマーガレット嬢の案件に?」


 元々はガーディニアがマグノリアのために始めた薬事関連の事業だ。

 それと提携し、王子に分割された領地で行う事業として良いのではないかという話になり、化粧品や薬品を贅沢に使ったリゾートサロンと高級ホテルの事業に着手している。


 軌道に乗れば、一般にも化粧品の販売を広める心積もりだろう。

 既に男爵領には大きな薬草園と工場も作られているとの事である。


 あれだけ騒がせて結局は王子待遇かという意見も出たが、それは余りにも内情を知らない人の意見である。

 これが王子待遇な訳があるかと、アーノルド王子が唾を飛ばしながら怒りそうな程こき使われているのだから……


 この事業は国営事業として運営され、人件費や原材料など必要経費を差っ引いた利益の多くは、国に徴収される。

 その徴収された資金を元に、大々的な医学と医療の研究が行われる事になるのだ。

 全ては国民を始め、この世界の人々の健やかな健康と生活。そして未来のためへと還元されている。


 それだけでなく、コレットはアーノルド王子の領地経営の教育にも携わっている訳で。

 確かに。アスカルド王国の端っこからでは面倒だし、色々と歯がゆい事なのであろう。


 迷惑をかけたお詫びという事で、新事業に関する方からの収入はそう多くないアーノルド王子とマーガレットであるが……沢山の人が領地に訪れて、新しい商売が生まれたり、既存の商業関連が盛り上がったりする。

 そちらの収入や税収に関しては、普通に領地のものとして対応してもらっている。


 流石にそれらも毟り取るのは、行き過ぎであり鬼畜以外の何物でもないであろうからして。

 初めての領地経営はなかなか思うように行かないようではあるが、へこたれずに頑張ってほしいと思う。


 更に、とある筋から聞くところによれば、前国王と王妃もこき使う算段でいるという事だった……

 コレット姐さん、恐ろしい子……!


 まぁ。

 そんな色々と家庭の形の変化から、丁度良いタイミングであると判断したのであろう。

 時には思い切りも大切なのである。



「それもあるけど……一番はヴィクターよねぇ」

「ヴィクターさん?」


 王太子を捕まえて呼び捨てにしたコレットは、小さく頷いた。


「ほら、あの子ってば頼りないから……」


 政務にプッツン、その内魔物狩りに飛び出して(?)行きかねない。

 あれで元冒険者ギルド長であり、A級冒険者だ。生半可な騎士などブチのめして、撒いて行きかねないのである。


 ヴィクターを小さい頃から知るコレットにとって、大きくなってもおじさんになっても、何処か頼りない弟のような存在なのだろう。


 かつてヴィクターは、長い年月をかけてコレットだけを想い、コレットの幸せだけを願って見守って生きてきた。

 ……拗らせた初恋を友情で包んで過ごしてきた訳だが、ガーディニアとの新しい出会いによって本当の友情へと昇華した今。


 コレットは本当の意味で、やっと友人に立ち戻る事が出来たのだと感じていた。


 姉離れをした弟を見るようでちょっと淋しくある反面、ヴィクターが愛情を与え合い受け取る相手に出会い、幸せそうにする友人――いや、親友を見るのは、その何十倍も何百倍も嬉しいのである。


 ――良かった。本当に。

 これからずっとずっと幸せでいてほしい。


「……あの子なりに私のために色々してくれたから、今度は私の番でしょう?」


 それに、と言って言葉を続けた。


「ジェラルドも嫌がっているし無理にやらせるのもねぇ。それに、他に向いている仕事もあるし……かと言って公爵も年だし」

「……え、それって……」


 まさか。

 言わんとしている事を察して何とも言えない表情をするマグノリアに向かい、コレットはトレードマークの黒い鉄扇を広げては、艶やかな微笑みを浮かべた。




 それから数日後。 

 新聞に大々的に『宰相 コレット女男爵 誕生』の文字が乱舞していたのは言うまでもない。



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