閑話 S級魔獣再び
番外編の時系列はまちまちです。
このお話は最終章、セルヴェスのギルド長就任から
まだそれ程経っていない頃になります。
ここは通称北の森と呼ばれる、アゼンダとモンテリオーナ聖国を隔てる森である。
大陸で唯一魔法が存在する国がモンテリオーナ聖国であるが、魔法が存在するという事は魔力が存在する訳で。
それならば当然、魔物や魔獣といった類のものも存在するのである。
モンテリオーナ聖国以外の国は魔力が存在しないか、しても極々微量であるため、魔獣が生まれる事もなければ徘徊する事も殆どない。
北の森は、モンテリオーナ聖国に近ければ近い程魔力が多く、アゼンダに近づけば近づく程少なくなる。
なので殆ど魔獣たちがアゼンダ側に来る事はないが、時折はぐれたり迷ったりした個体が現れる事があるのだ。
そして現れた場合は基本冒険者が討伐に対応し、手に負えない場合はギルモア騎士団が投入される事となっている。
……初めから騎士団を投入しても良いのであるが、そこはそれ冒険者にも生活がある訳で。
魔獣や魔物の素材は高く取引されるので、人命に関わらない場合は冒険者と冒険者ギルドに一任されるのであった。
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「ギルド長~! 北の森にビッグスネークが出ましたっ!」
駆け出しの冒険者が息を切らして駆け込んできた。
急いでいるからなのか、元々ノックをする気が無いのかは解らないが……ここでも書類仕事をする羽目となっているセルヴェスが、これ幸いとペンを放り出す。
ビッグスネーク。
その名の通り大きな蛇だ。
どのくらい大きいのかと言えば、体長十~十五メートル、重さは優に一トンを超える蛇である。
「……ビッグスネークっすか。毒もないしデカいだけっすね」
「頭を切り落とせば済むだろう」
「素材と考えると、切るより絞めた方がいいんじゃないか?」
ギルド棟に遊び、もとい様子を見に来ていたクロードとマグノリア、そしてその護衛のガイが応接室のソファに座っていた。
マグノリアは『危険生物大事典』をみながら、ビッグスネークのページを探している。
この世界の危険生物に詳しくないマグノリアは、祖父がギルド長になってからというもの討伐対象生物にも興味津々なのである。
その隣でガイとクロード、執務机で書類を決済箱に放り込みながらセルヴェスがのんきに会話している。
新人冒険者がアタフタしながら捲し立てた。
「ちょっと! 何を悠長に構えてるんですかっ! 今、森に居た数名の冒険者達で足止め・応戦してるんです!!」
「ビ……あった!『体長十~十五メートル、重さは優に一トンを超える蛇。毒はないが大きな体と力で人や動物を絞め殺したり、尻尾を叩きつけて吹き飛ばしたりする。危険度B』だって」
記載内容を読みながら、マグノリアはその大きさに感心する。
デカい。物凄くデカい。
その姿を想像しつつ、思う――美味しいのだろ……
「マズいぞ」
容赦ないクロードの言葉が浴びせられた。
残念そうなものを見る目でセルヴェスとガイがマグノリアを見る。
――なんで考えている事が解ったんだろう?
マグノリアはきまり悪そうな顔で三人と冒険者を見ると、危険生物大事典を勢いよく閉じた。
「べ、別に生き物が捕れる度に、美味しいかどうかを考えている訳じゃないんだからねっ!」
ツンデレがツンのままデレている時のような口調で言っているが、内容が程遠く残念この上ない。
その証拠に、セルヴェスとクロードが疑わしそうな目でマグノリアを見ている。
「お嬢が考えてる事なんて丸わかりっすよ」
ガイが揶揄うように言いながら、グフグフと嫌な顔と声で笑う。
新人冒険者は痺れを切らしたように叫び声をあげた。
「もう! 何でもいいから早く行きましょうよっ!」
四人は顔を見合わせて、立ち上がってはいそいそと上着を羽織ったのである。
ちなみに、朝寝坊なラドリはガイのジレのポケットの中でスヤスヤと眠っている最中だ。
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『ここが境界線である。モンテリオーナ聖国側も危険であるが、対応の仕様がある。だが向こうのアゼンダ側は恐ろしい人型の魔獣が複数いるため、近づかないようにするのである!』
成虫らしいジャイアントアントが二匹と、まだ子どもらしい小さめの数匹が、キシャキシャ言いながら実地の講義をしていた。
最近あの恐ろしい人型魔獣の出没が頻繁なため、子ども達に危険が及ばないように説明をしているのであった。
――最近頻繁に出没するのは、セルヴェスがギルド長になったからである。
魔虫にとってはそんな人側の道理など知る訳もなく、こうして子ども達を指導している訳だが、その苦労はしばらくの間続く事であろう。
『はーい!』
『人型の魔獣だって~』
『人って弱そうなのに、そんなに強いのかなぁ?』
教師達の心配を他所に、子ども達がワイワイと騒いでいると、少し離れた場所でビッグスネークと冒険者たちが格闘している姿が見えてきた。
『……あのように、普通の人間はおかしな気配を発していない』
『……若先生、万が一があるので子ども達を避難させましょう』
人の群れがいる時には、奴(=セルヴェス)が来る可能性がある。
魔虫の先輩教師がそう言った時。
近づいてくる蹄の音と共に、禍々しい気配が感じられた。
『不味い、来た!』
老魔虫の声に緊張が走る。
動けず立ちつくす間に、その気配がどんどん近づいてきている。
『さぁ、みんな並んで! 焦らずに急いで逃げますよ!』
教師二匹が子ども達を促す。
子ども達は感じた事のない恐ろしい気配に怯えて走り出した。
『わーん! 怖いよぅ!!』
『助けてぇー!!』
『ぎゃぁぁぁぁぁっ!!』
『焦らないで大丈夫だ。さ、早くこっちへ!!』
不味い事に今日は三体の魔獣がいるらしかった。
かつて老魔虫が遭遇した、あの人型魔獣である。
子ども達を先に逃しながら、自分は殿を務める老魔虫が後ろを振り向く。
やはり。
十年以上前に遭遇したS級魔獣二体とA級魔獣一体である。
相変わらずの禍々しさに、背筋に冷汗が伝ったが……よく見ればあの時の妖精の末裔が一緒にいるのが見えた。
心秘かに行く末を心配していたが、無事な上すっかり大きくなっているのが解り、ホッと胸を撫で下ろす。
(あの人型魔獣も魔獣の心があったのか……喰われずに育てられているのだな)
元気そうな(元気過ぎるのだが)様子に安心しながらも、子ども達を守るために足早に前に進む事にしたのだった。そして、もう一度振り返る。
――可哀相に、あのビッグスネークはひと溜まりもなくやられてしまうのだろう。
老魔虫は黒目がちな……というか黒目しかないのだが、一瞬視線を落としては、子どもたちのところへ戻っていったのであった。
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例の如く爆走馬を連ね、一路北の森へと一行は急いだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
セルヴェスの後ろに荷物のように乗せられた新人冒険者が、悲鳴を上げながら山道を走り去っていく。
馬が上下する度に身体も打ち付けられているが……あの冒険者が無事たどり着けるのか、ちょっと心配になるマグノリアであった。
暫く行くと、人々の応戦する声が聞こえてきた。
六人の人間が入り乱れて大蛇という概念を超える程に大きい蛇と戦っていた。
馬から下りた冒険者はフラフラのヘロヘロになりながら、前を指差す。
「あれ、です……」
おぇぇぇぇ! と言いながら、どこかに走り去っていった。馬酔いだ。
……大変ご愁傷様である……
新人冒険者の後姿を見送って、マグノリアは再び前を向いた。
デッカイ。
地球によくある新築三階一戸建てより高い場所に頭が見える。
色は意外な事にカラフルで、きれいな空色からグリーンへとグラデーションになっており、縁取るように赤いラインが走っているのが見える。
太い身体をくねらせている様子を、マグノリアは口を開いて見遣った。
「大丈夫かー?」
必死な形相の冒険者達の方へ、まったりと走り寄るセルヴェス。
現在目の前では二種類のパーティーが戦っているそうで。
五人組のパーティーと、先ほどの新人冒険者の片割れであるとの事であった。
ガイとクロードが周りを見回し、同じ方向を向いて止まる。
「ジャイアントアントが数匹いるっすね」
「逃げていくようだな……」
「追いやすか?」
「いや……無理にはいい」
クロードが首を振るのを見て、ガイも頷く。
「お嬢に飴玉くれた個体かもしれませんしねぇ」
「うん……」
ふたりはそう言うと、マグノリアが初めてアゼンダへ足を踏み入れたあの日の、ジャイアントアントに鎚鉾片手に向かっていくマグノリアを思い出していた。
「大きくなりやしたね」
「……そうだな」
今、あんぐりと口を開けてビッグスネークを見上げている様子は、あの頃とちっとも変わらないが。
自然とふたりは表情を緩めて顔を見合わせた。
「……マグノリア、危ないから少し下がった方がいい」
「あ、はい……?」
そうは言うが、あの長くてぶっとい尻尾が振りかぶってきたら、いったいどこにどいていたら良いものか……
首を傾げながら、とりあえずクロードとガイの近くに避難(?)しておく。
「ギルド長ーー!!」
「我々では全く歯が立ちません!」
「任せろ!」
そう言いながら、セルヴェスはどうしたものかと周りを見渡す。
――振り回すには木が邪魔だし、岩に叩きつけたら(何故か)飛散してしまうし……危うく拳を叩き込むと(どうしてか)穴が開くしなぁ。
「……父上、諦めて首を切り落とした方が綺麗に残りますよ?」
「大丈夫だ!」
冷静なクロードの言葉に、拗ねたように返す。
――よし。頚動脈を絞めよう。
物騒な事を考えながら全くそうではないようにひらめいた顔をすると、ポンと拳を打った。
「一匹しかいないっすから、セルヴェス様だけで大丈夫っすね」
「うん」
クロードとマグノリアは大きく頷く。
それよりも……
セルヴェスは大きく走りこむ。
ぐんぐん加速する巨体が轟音を立て、のんびりした声で大地を踏み込んだ。熊のように大きな足が土を抉った。
「とりゃあぁぁぁっ!」
そして、ぽーーーーんと高く飛び上がると。
自分の顔と同じ高さに飛び上がったセルヴェスにびっくりしたようなビッグスネークをガッシと掴み、すばやい動きで首に太い腕を回すと、力を込めて頚動脈(蛇にもあるのだろうか?)を絞めた。
「ふんっ!」
ばーーーーーーーんっっ!!!!!!
何が起こったのか。
――大爆発だ。
憐れビッグスネークは、一瞬にして飛散した。
……あ~あ。
ガイとクロード、マグノリアがビッグスネークの欠片が降り注ぐ中、遠い目をした。
「え、なっ!?……嘘でしょ?」
「はぁ!?」
「…………」
冒険者達は信じられない目の前の光景に、目を見開いた。
……え、ナニ? どういう事?
「うわ~!? 力を入れすぎたっ??」
自分の腕と、小さくなった『ビッグスネークだったもの』を交互に見ながら、セルヴェスは首を捻る。
……つーか。
「くっさ!!」
マグノリアが、辺りに漂うドブ川の臭いに、朱鷺色の瞳と鼻の穴を広げて驚愕した。
急に臭い出したという事は、もしかしなくてもビッグスネークの臭いなのだろう。
「……うぇ、おえ……、ぐっ。おえぇぇぇぇぇ……!」
全員が悪臭に顔を顰める中、木陰から合わせるように新人冒険者の声が聞こえてきた。
「……ううぅ……。何故こんな事に……」
冒険者七名と辺境伯家の四人は、木の枝を箸のようにしてチマチマとビッグスネークを拾っていた。
近くに掘った穴には既にあらかたのビッグスネークが鎮座している。
素材として利用も出来なそうなので、ちゃんと自然に還してあげるのだ。
『ふぁ~あ……? ……くっさ!』
ガイのポケットから顔を出したラドリが、羽を伸ばしながら欠伸をしていたが、すぐさま動きを止めた。
『えっ!? 何、この臭い!!』
文句を言いながら首を忙しなく動かすラドリに、全員がセルヴェスを見遣る。
「……何かスマンの」
そうして。
館に帰ったら帰ったで、仁王立ちのセバスチャンとプラムに、怖い笑顔で説明を求められたのは言うまでもない。




